2 愛別離苦
「えっと、コルボーさんのいうことが正しい…となると」
思い出すことも億劫なあの出来事をまた頭の中に思い浮かべるのは、鞆絵にとってキツイことではあった。
でもきちんと解明しないと、何かモヤっとする。
「あの男の人は操られていた、ってことですよね?その幻妖とかいうのに」
「そういうことだ」
確かに血走った目をしていたのも事実だったし、どう見てもその男は正気の形相では無かった。
それが何者かによって、操られていたのなら…説明がつくのかな?
鞆絵は思案した。
「で、その幻妖というやつが、悪霊?みたいなものだと」
「幻妖は悪霊だけとは限らないが…今回はそういうことにしていたほうが良い」
「で、その悪霊?がその男の人に取り憑いてしまった…と」
悪霊と言ったら、人にたたり、つまり災いをもたらす霊魂のことで、物の怪とか怨霊とかもそれにあたる。
つまり…悪霊が悪さをするためにその男の人に取り憑いた…ということだろうか?
「その悪霊?が取り憑いて、私を狙おうとしたわけですよね。
それで私を狙ったのは、私が契約者の素質…があるから」
「そう。契約者の素質のある者を襲うことで、奴らは力を得ようとする。普通の人間だと力を得ることが出来ないからね。
それに、契約者の素質があるものは、普段見えないものが見えたりする」
「えっ、じゃあ私が幽霊が見えるのも?」
鞆絵は幽霊を見たことがあった。
墓場とかに行くと、必ず見ることになる。
危害は加えたりはしないものの、人には見えないものが自分には見えるというのは怖いので、夏の御盆の時期が嫌いだったりするのだ。
「ああ。それもトモエが契約者の素質があるからだ」
そう言われると、コルボーの言うことは筋が通っていて、正しいように思えてしまう。
「っと、ここまで分かっているなら今日のところは充分だ。
今は信じる気にはなれないかもしれんが、頭の片隅に置いておくといい」
そうコルボーが言うなら、それで良いのだろう。と鞆絵は思った。
それよりも、頭をよぎる事柄があった。
それを聞くのは、怖くて仕方がなかった。
でも、聞かなければその事柄が気になって気になって、鞆絵の頭から離れないであろう。
「あのぅ…」
「何だ?」
「お父さんとお母さんは…」
「………」
コルボーは急に黙ってしまった。
"生きていて、病院にいる"となるとすぐに鞆絵に話すだろう。
だが、そうでは無い。コルボーは沈黙を選んでいる。
その間は鞆絵に絶望を与える結果にしかならなかった。
「ちゃんと話してくれませんか?二人が…どうなったか」
もう結果は鞆絵の中には出てしまっている。
でも、それを否定したがっている鞆絵も、心の中には存在した。
悲しくて、哀しくて、涙が出そうになる感覚がしたが、鞆絵は堪えてコルボーに聞いた。
「こういうの俺はどういったら良いか分からないんだがな…」
「…お願いします。両親がどうなったか教えてくれませんか?」
鞆絵は再度コルボーにお願いした。
しばしの間が経ったあと、コルボーが話した言葉は、鞆絵の予想した通りとなってしまった。
「鞆絵が気を失ったあと、救急車に運ばせたが…もうその時には出血多量で亡くなっていたらしい」
予想はしていた。
それでも、現実をこうやって叩きつけられると、堪えられると思ったものも堪えれなくて。
家に帰って来てから涙腺が緩みっぱなしであるためもあってか、鞆絵は簡単に嗚咽した。
+++
気がつくと、いつもの天井が見えた。
あの後、鞆絵は嗚咽し、崩れ落ちたあとのことはさっぱり覚えていなかった。
今、自分はベットの中にいる。
つまり、またコルボーがベットの上まで運んで、毛布をかけてくれたというのか?
窓を見ると朝日が昇っていて、朝になっていた。
「おはよう」
「わっ!?」
昨日と同じく、唐突にコルボーは現れた。
「え、えっと…おはようございます」
コルボーは唐突に現れるのが好きなのであろうか?
自分としては心臓が縮まる思いをするのは一回だけで充分だと思ったりするのだが…
「はい、朝食。出来るかぎり食べろよ」
と言って、コルボーはテーブルの先を指差した。
そこには見事な朝食が並んでいた。
「ああ、それと朝食を食べたらシャワーを浴びたほうがいい」
と言われ、鞆絵は自分が昨日お風呂に入っていないことに気がついた。
顔も泣きはらして、見るも無様な状態になっているに違いない。
「学校は…」
今日は平日、つまり学校がある。
しかし、昨日の今日だ。
どうしても行く気になどなれない。
「ああ、連絡を入れたから心配するな。学校に状況は報告してある」
ということは、しばらく学校に行かなくても、忌引きで欠席扱いにはならないだろう。
それを聞いて、鞆絵は安堵した。
「風呂には入るか?入るなら沸かしてくるが…」
「お願いします」
それを聞いてコルボーは部屋から出て行き、鞆絵は何とか胃に入れようと朝食を食べ始めた。
+++
風呂が湧き上がったため、鞆絵は風呂に入った。
ゆったりと入り、身体の疲れを癒す。
両親が亡くなった。
それも唐突に。
昨日までいつも通り、この家に居て。
起きたら母親は朝食を作ってくれて。
父親は普通に仕事に出かけていて。
そんな日常も、もう…来ない。
頭では理解していたとしても、心は拒絶する。
だって、昨日まで普通に二人はこの家に居たのだ。
この…家に。
また、涙が出そうになる。
涙を流したところで、二人は帰って来ないことなど…分かり切っているはずなのに…
涙を流して、二人が帰ってくるなら、私はいくらでも涙を流すというのに。
神様は、私を助けてくれはしないのだ。
風呂を上がり、服を着替える。
鞆絵は今後のことを考える余裕がほんの少しだが、出来ていた。
とりあえず、コルボーに会わなければならないことは分かった。
あの夢物語みたいな話を自分にしてくれたのは、慰めのためだった可能性もある。
そうでなかったとしても、今回の事件には関わりのある人物であることは間違いない。
だって…加害者を殺したのは、彼なのだから。
そういえば、そのことについてはどうなるのだろうか?
あんな拳銃を持ち歩いていて、コルボーは銃刀法違反にならないのであろうか?
加害者を殺したことによって、コルボーは裁かれるのであろうか?
「私…何も知らない」
結局のところ、知っているのは少しのことだけだと、鞆絵は痛感した。
廊下へと続くドアを開ける。
昨日血の川が出来ていた場所だ。
だが、血は跡形もなく消えていた。
普通は血痕でも残るのでは?と思ったものの、鞆絵は深く考えないようにした。
考えすぎると、フラッシュバックを起こしそうで…怖くなったからだ。
リビングは…あれから一度も行ってはいない。
行くと、間違えなくあの光景が思い出すから。
そう考えれば、廊下を普通に歩いていけるのも、奇跡ではないだろうか?
そう鞆絵は思いつつも階段を昇り、一旦自室へと戻ることにした。
コルボーは自分が自室に居さえすれば、いつか何かしらの手段で現れるだろう…と予測したのもある。
だが、それは徒労の考えに終わることになる。
「待っていたぞ」
自室のドアを開けると、そこにはコルボーがいたからだ。
「…驚かせないで下さいよ」
コルボーは風呂を沸かした後、何処かへ消えていた。
鞆絵が風呂に入るために自室から出て行ったとき、人の気配は一切無かったからだ。
「これは、俺の趣味だ」
「人を驚かすことが趣味なんですか?」
「ああ、そうだ。だから、トモエが止めろと言ったところで、止めはしない。
俺の楽しみが一つ減ってしまうからな」
コルボーの言動は何だか…面白い。と鞆絵は感じた。
もしかしたら、これも自分に配慮しているからなのだろうか?
そこまではさすがに分からなかった。
「さてと、今日も俺の夢物語に付き合ってくれれば幸いだが」
ということはコルボーは昨日の続きをしに来た、ということになる。
それは鞆絵の望むところであった。
「はい。よろしくお願いします」
コルボーは昨日の状態のまま全く変わっていなかった。
首と両手以外は全て、黒。
黒づくめのままだ。
しかも、服も昨日と同じものを着用しているように思える。
「今日は何を話せば良いやら…」
どうやら話す事柄を決めかねているらしい。
ということは、いくつか浮かんだ疑問を質問しても良いのだろうか?と鞆絵は思った。
「コルボーさん」
「ん?何だ?」
「コルボーさんのことについて、教えて下さい」
鞆絵は目の前にいるヴィス・コルボーについて、何も知らないのだ。
知っていることと言えば、外見と名前だけ。
銃を持っている理由や、鞆絵を助けてくれた理由、何故ここにいるのか?など、疑問はたくさん出てくるのだ。
成り行きもあって世話になってはいるものの、今の段階で鞆絵の中では素姓のしれない男であることと同義なのだ。
「ああ。じゃあ今日は俺のことについて説明するとしようか」
鞆絵はクッションの上に座り、コルボーの話を聞くことにした。
「俺の職業は騎士というものだ」
「騎士?」
騎士、と聞いたら鞆絵が思いつくのは王に仕える兵士のことだ。
コルボーもまた、そういった存在に仕えているのであろうか?
「そう。簡単に言ったら、昨日トモエが遭遇した奴らを倒すのがお仕事」
コルボーは両親を殺したあの男が悪霊に取り憑かれていたと言っていた。
詰まるところ…
「えっと、コルボーさんのお仕事はハンターみたいなものですか?」
本でよく出てくる、妖魔や悪いものを退治するものたち、つまりハンターと境遇が似ていると鞆絵は思ったからだ。
王に仕えるナイトといった職業ではないみたいだ。
「まあ、そのようなものだ。で、俺はアルモニーっていう組織から派遣された。
アルモニーっていうのは…んーと、鞆絵みたいな契約者の素質を持つものを管理するところ…と言ったらいいかな」
それを聞くと…アルモニーというところは秘密結社っぽいな、と鞆絵は思った。
魔法物なら、そういった秘密結社という設定はよく出てくるではないか?
「トモエも名前ぐらいは聞いたことあるはずだ」
と言って、コルボーは世界に名だたるメジャーな企業を上げた。
普通の女子高生である鞆絵ですら、何度も聞いたことのある名前。
「あれはアルモニーの表向きの姿だ」
「………」
鞆絵は絶句した。
これが事実なら、自分はすごい秘密を知ったことになる。
そんなことを、簡単に話して良かったのか?