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L'amour pur -純愛-  作者: 鶯花
悪夢
4/92

1 裂かれる日常

「あ~。今日も疲れたな~」


もうすぐ夕暮れ時。

一人の制服を着た少女が帰宅の途についていた。


彼女の名前は松本鞆絵(まつもとともえ)。日本の高等学校に通うごく普通の女子高生だ。


「晩御飯何かな~」


帰ったら当たり前のように母親が料理を作っていて、先に帰ってきているはずの父親と三人で仲良く食事をし、いつも通りの日常を送るものだと、その時も彼女は思っていた。




家に入るまでは。




「ただいま~!!」


いつも通り勢いよくドアをかけた。

しかし、いつも帰っているはずの母親の声が聞こえない。

更に…


「………!?」


鉄の臭いが充満していた。


おかしい。

何かがおかしいと鞆絵は思った。

普通臭うはずのない臭いが鼻を刺激する。

廊下にはいつもと変わらない風景が広がっているにも関わらず…だ。


廊下の突き当たりにはリビングが広がっている。

いつもなら家族団欒の場所。

そこに至る扉が開かれていた。


「ヤットキタ」


声が聞こえた。

母親の声でも、父親の声でもない。

第三者の…知らない声。


不審者か?と鞆絵は思った。

逃げなければならない。と脳裏には思いついていた。

でも、今まで経験したことのない"異常な事態"に身体が動くことが出来なかった。


「マッテイタヨ」


ストーカー紛いの発言をする誰かに、鞆絵はそこしれない恐怖を感じた。

ようやく状態を理解した身体は反射的に動きだし、ドアを開けて逃げ出そうとしたが…


ガチャガチャ、ガチャガチャ!!


「開かない……!!」


さっき、自分が開けたばかりなのだ。

鍵など掛けたつもりはない。

なのに、ドアは開かなかった。


鞆絵はドアのロックを確認した。

ロックはしていない。

なのに、何故?


「ムダダヨ、ムダ」


必死になってドアから出ようと奮闘している鞆絵。

そんな鞆絵に、近づく影。


鞆絵は気配を感じ、振り返った。

そこには…


「ひっ……!!」




男がいた。




目は血走り、形相も尋常なものではない。

そして、鞆絵は男の握っている物に意識が吸い込まれた。


それは…普段料理をするときに母親が握っているもの。

つまり包丁だ。



その包丁に、血が滴り落ちていた。



ポトッ、ポトッという音を僅かに立てながら、流れ落ちる血。

その血が示している真実(・・)に、気づかないほど、鞆絵は鈍くは無かった。


鞆絵は両親の状態(・・・・・)が心配になった。

血の川は廊下を通って、リビングへと進んで行く。

ということは、父親と母親はおそらく…リビングにいるだろう。


何とかして、リビングに行って両親がどうなっているか確認しないと!!

鞆絵は勇気が奮い立ち、男を通り過ぎ、ひたすらに走った。

突然の鞆絵の行動に油断していたのかもしれない。男は何もして来なかった。




これほどリビングの距離が怖いと思ったことなど、鞆絵にはもちろんない。

ひたすらに後ろにある存在を感じないようにしながら、走る。




リビングに着いた鞆絵がみたもの。

それは…




床に大量に流れた血と、その上にだらしなく倒れこんでいる両親の身体だった。




「お父さん、お母さん!!」


鞆絵は両親の側に駆け寄った。

近くに駆け寄り、自分に血がつくことを恐れず、しゃがみ込む。

身体にはたくさんの切り傷があった。

起き上がらせようとすると、身体は酷く重く、そして、冷たかった。


「ムダダヨ。モウシンデイル」


何時の間にか男はすぐ後ろに来ていた。


「貴方が…お父さんとお母さんを……?」


起き上がらせようとする努力をいったんやめ、鞆絵は男と向かい合った。

背を向けていると、恐怖感が何倍にもなって、襲ってきそうな気がしたからだ。


言葉は、最後まで発することは出来なかった。

身体も、心も、身体から出て行く声も、全てが震えていた。


「ソウ。キミガクルノガオソカッタカラ」


「私が、帰ってくるのが遅かった…から?」


こんな状態になったというのか?

鞆絵はごく普通の、どこにでもいる女子高生だ。

そんな自分に何の用があるのだというのか?

両親を殺したと言っている…相手が。


「ダイジョウブ。キミモスグニフタリノイルバショヘツレテイッテアゲル」


何も恨みを買うような行動なんて、何もしていない。

なのに、どうして私に向かって、血走った尋常でない男は包丁を振り下ろしているのか?


ああ。そうか。

目の前の男は正気を失っている。

現にそうではないか。

それしか普通の何の接点の無い女子高生を狙うなんて考えられない。


包丁を振り下ろしてくる行為が、一瞬スローモーションのように感じた瞬間。


パン!!


何かが破裂するような音を聞いた瞬間、男は風船のように膨張し、破裂した。

血と残骸がそこらに散らばり、包丁も鞆絵を狙うことなく、床に落ちた。


代わりに現れたのは全身黒ずくめの男。

その男は銃のようなものをこちらに向けていて。

鞆絵を殺したという男が破裂した後、その銃のようなものを黒コートの中に収納した。


鞆絵は男を見ていた。

男は鞆絵の視線に気がつき、こう言った。


「もう、大丈夫だ」


今までの恐怖が、その言葉で弛緩した。

鞆絵は全く知らない相手であるに関わらず、人肌を求めるために彼に抱きつき涙を流し、その腕の中で、気を失ってしまった。






+++






目が覚めると、いつもの天井の景色。

起き上がって見渡すと、何の変哲もない自分の部屋が広がっていた。


ああ、今までのことが夢だったのか。

そう思った数刻後、


「起きたか」


「わっ!!」


急に黒ずくめの男が目の前に現れた。

その見ず知らずの男がいることが、先ほどのことが夢では無いと証明していた。


「もう晩飯時だ。全部は入らないだろうが、少しでも腹にいれろ」


部屋のテーブルに置かれたそれは、いつもなら母親が作っているはずの晩飯だった。

でもあの光景を見た以上、胃がそれらを受け付けなかった。


「…いらない」


「ふぅーん。じゃあ、せめてスープでも飲んだら?俺の料理、美味しいって評判だし。

食べ終わるころにまたくるよ。そのときに今回のことについて説明してあげる。

君の将来に関わることになるから」


そう言い残し、男は部屋から出て行った。






結局のところ、スープだけは頂いた。

美味しかったが、母親との味の違いを感じ取り、鞆絵は何時の間にか涙が出ていた。


「あの人、誰なんだろう?」


晩御飯を作ってくれた、ということは、悪い人ではなさそうだ。

だが、しかし鞆絵は彼のことについて、何も知らなかった。


今わかる男の情報と言えば、外見上の特徴のみ。

顔は長すぎる前髪が垂れているせいで、伺うことが出来なかった。

全身黒ずくめで、黒以外の色、つまり肌が出ている場所は首と、両手だけ。

あとは、何から何まで全て、黒。


「うーん、分からないや」


とりあえず、情報が足りなすぎた。

鞆絵は大人しく彼が来るのを待つことにした。


だが、一人になって、思い出すのはあの光景。

父親と母親は、一体どうなってしまったのか?

本当にあの男の言うとおり、殺されてしまったのか?


「うっ……う………」


泉のように湧き出る不安に、鞆絵はただただ静かに嗚咽し続けた。






「スープ、全部飲んだんだ」


ノックをして、入ってきた黒ずくめの男は、テーブルを見てそう言った。

男が来るまで泣きはらしていたため、鞆絵は目が腫れているだろうと思った。

しかし、男はそのことには触れて来なかった。


「美味しかったです。どうもありがとうございました」


とりあえず礼を言わないといけないと、鞆絵は思っていた。

気絶した後、自室のベッドへ運んでくれたのも彼だろうと思ったから、その思いも込めて。


「ふーん。じゃあ日本人にも俺の料理は合うということか…?」


日本人にも…?

ということは、この黒ずくめの男は、外国人だろうか?

それにしてもイントネーションまで完璧な日本語を話せるなんて、すごいことだ。と鞆絵は思った。

日本語を完璧に話せてもイントネーションが変だという外国人はごまんといるのだから。


そういえば、この黒ずくめの男の名前すら、鞆絵は知らない。

見ず知らずの相手だったが、世話になった以上、せめて名前だけでも聞き出さなくては。


「私は、松本鞆絵って言います…貴方は?」


「ああ、そういえば互いに名乗って無かったな。俺はヴィス・コルボーというものだ。

ええっと…どこから語ればいいものか……ああ、その前に…だ」


「はぁ…」


黒ずくめの男、コルボーは表情が見えないためか、イマイチ感情がわかりにくい。

そんな人とは関わったことのなかった鞆絵はその問いに何と答えたら分からず、何とも言えない返事をした。


「今から俺のいうことを、とりあえず信用してくれないか?」


「これからコルボーさんの言うことを信じれば良いんですか?」


「そうだ。今からいうことは……その………普通の人間はまず信じない(・・・・)


一体全体、どういうとだろうか?

普通の人間は、まず信じない?


そう言われて鞆絵が思ったのは、ファンタジーの世界だ。

ファンタジーとは、空想、幻想という意味を持つ。まず存在事態があり得ない世界である。

鞆絵は本が好きで、更にはファンタジーが好きだった。

ワクワクする冒険物語。現実世界ではあり得ないようなことが起こり、頭の中にその光景が広がることが鞆絵は好きだった。


本の中の世界が現実世界にあって欲しいと思っていた鞆絵は、コルボーのいうことにひたすら心を震わせた




そうすることでつい先ほど目の前に起こった凄惨な光景を忘れるかの如く。






+++






「ーーというわけだ。わかったか?」


「………」


先ほどまでコルボーの語ったことは、確かに"信じられない"ことだった。

だが、"信じられないことが起こって欲しい"と願っていた立場である鞆絵はコルボーの語ったことをあり得ないとは思いつつも、そんなことが実際にあるなら素晴らしいなと、どこかぼんやりと思っていた。


「全く、こんなこと突然言われても、信じないよな…

あのじじい(・・・)はもうちょっと段取りを考えたほうがいいと思うなんだが…」


「あの…」


「ん?何だ」


「コルボーさんが言ったこと、質問しながら整理しても…良いですか?」


コルボーが語った内容で、鞆絵は脳が若干混乱していた。

そこには今まで思っていた一般的な内容を破壊(・・)するようなことが含まれていたからだ。


「いいぞ。むしろその方がいい」


コルボーは鷹揚に(うなず)いた。




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