20 逃げるが勝ち
今回は主人公のヴィスが登場しません。
「イディオファナ、いつまでここに滞在するんダ?」
「おや、ヘルツバール殿から尋ねられる日がこようとは…」
「御託はどうでもイイ。どうなるのカ教エロ」
ヘルツバールは誰に対しても敬語を使うことはない。例え同格の立場である君主だったとしても。それが許されるのはアルゲベルトが君主になってからの年月と、そのアルゲベルトと契約している年月が全く持って同じからであり、アルゲベルトが君主になってからの年月は例外のギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムを除いては君主の中では一番長い。
いわゆる年功に報いた扱いであり、例外を除き一番 君主の在位期間が長いアルゲベルトとその盟友であるヘルツバールは他の君主からも尊敬される立場にあるのだ。だから、ヘルツバールが同じ立場にあるイディオファナに対してこんな口ぶりでも誰からも咎められない。というよりも咎められる立場にいるものがいないと言ったほうがいいかもしれない。
現に、イディオファナはヘルツバールよりも歳下である。
「エフォール殿の祝祭が終わるまで、ここに滞在させて頂きます」
「なるホド。君主宮より外に出る予定はあるのカ?」
「いえいえ。私の立場は承知しています。それに外に出たとしても他の竜族の方々に混乱を招くだけですし…」
イディオファナの言動をヘルツバールは信じていなかった。彼の言うことは事実無根であるが、だからいって君主宮より外に出ないというわけではない。それに、彼の執着するヴィスが君主宮の近くにいるのだ。
「そうか。まあ俺が言うことではないだろうガ、ゆっくりしていくとイイ」
「ありがとうございます。では」
イディオファナはヘルツバールの傍から離れ、この場を去った。
「何も起こさないのが賢明だと思うぜ。イディオファナ。俺たちを敵に回したくなければな」
イディオファナの背中を見ながら、ヘルツバールは誰にも聞こえないような小さい声で呟く。
今、ヘルツバールが幻想世界で君主と同等の立場でいられることが出来るのは、契約しているアルゲベルトが君主だからだ。ヘルツバールもそれは分かり切っていること。
しかし、ヘルツバールには君主には存在しない武器がある。
イディオファナが去った後、人間の契約者が挨拶にやって来た。契約している幻妖がこの場にいるのだろう。
ヘルツバールに見せる眼差しは尊敬の感情で溢れかえっている。
ヘルツバールはニヤニヤと笑みを浮かべた。
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(相変わらず、食えない野郎だな)
ヘルツバールから離れ、イディオファナは彼のことをこう称した。
丁寧な口調で会話しているが、イディオファナはヘルツバールのことが嫌いだった。寧ろ殺してしまいたい。
そんな感情を隠しつつも彼に話しかけるのは、ヴィスとの関わりが大きい。
(とりあえず、ヴィスがアルゲベルトの直轄領にいるのは確実のようだ)
ヘルツバールやアルゲベルトから情報を読み取るのは容易では無い。だが、エフォールからは簡単だった。
心を覗きみれば、ヴィスと試合をしたい、会いたいという気持ちが有りありと伝わってきた。
それだけ子供なのだろう。歳を重ねていないせいか、感情を剥き出しにすることも出来、素直である。
淫魔族ではエフォールの年齢はそこそこ常識を弁えた大人であった。伴侶を見つけて子をなしている淫魔族もたくさんいる。
イディオファナは勿論エフォールよりも歳上だが、あの年齢であそこまで純真にいられるのは淫魔族の倫理観からすれば甚だ疑問である。
(別に私がどこにいようと関係なく、ヴィスの場所が分かればどうということはない。仕掛けるのは私だが、実行するのは私ではないのだから)
もう手は打ってあった。あとは報告を待つのみだ。
死なせはしないが、その寸前まで行って欲しい。そして死に至る直前で思い出して欲しい。記憶を取り戻し、真の自分を見つけたその暁にはーー自分は欲しいもの両方を手に入れるだろう。
イディオファナが望むのはそれだけであった。
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「で、結局のトコロ、イディオファナは何にもしてこなかったナ。とは言ってもシバラクは用心するに越したことはないな。多分、ヴィスの居場所は向こうにはバレテいるダロウシ…」
ヘルツバールがいるのは君主であるアルゲベルトの部屋だ。ヘルツバールの目の前にいるのはヴィスの事情を知っている盟友のアルゲベルトとその妻ラフィヌだ。
勿論のこと最重要機密であるヴィスの話題を出すためか、セキュリティーは万全にしている。
「淫魔族の特性か………心を読んだとしたら、私達の子供達か」
「ヘルツバール、二人にそれとなく忠告した方が良かったのではなくて?」
好物の紅茶を飲みながら、話しかけるアルゲベルトの妻、ラフィヌ・シエル。彼女とヘルツバールはアルゲベルト程ではないが、そこそこ長い付き合いをしている。美人であり君主の妻としては相応しい女性であるとヘルツバールは思っている。
君主の配偶者は君主と同等の権利を有するわけではない。というよりも権力は全く無いといった方が良い。
配偶者が君主に代わり、自分たちの族の決定権を担うことはない。君主会議には出ることは無いし、"ロワイヨム" を名乗ることも出来ない。あくまで君主の妻、あるいは夫として君主の一番傍にいることの出来る権利が保証されるだけの話だ。理想としては権力欲がない方が好ましい立場である。
しかし、配偶者の立場の利点を巡り、争うことも少なくはない。
アルゲベルトとラフィヌは昔から相思相愛であり、そもそもアルゲベルトがヘルツバールと契約した原因はラフィヌにある。 "誰よりも強くなって皆を護れる存在になって欲しい" とラフィヌに望まれたアルゲベルトはその過程として瀕死の状態であったヘルツバールを助けて契約した。
その経緯もあってかヘルツバールは君主となったアルゲベルトの配偶者問題に介入し、名立たる配偶者候補からラフィヌを推し、アルゲベルトとラフィヌが結婚出来るようにした。君主の盟友の意見であるため、周りも納得せざるを得なかったのである。
「イヤ、忠告したところデ同じ結果だっただろうヨ。正直に言うガ、アイツラは若スギル。
ああ、これはアルモニーに珍しく淫魔族と契約している契約者がイルカラ確かなことなんダ。そいつから聞くに思考を読む魔法は精神年齢が若いホド多くの情報を読み取るコトが可能らしイ」
「成る程ね。それは確かな情報だわ。若いというのはどうしようもないことだものね」
「そうだな」
二匹はヘルツバールの意見に納得したような表情を見せた。
自分で判断し、他人の意見をいち早く飲み込んでみせるところ。そこはこの二匹の長所である。
「だがヘルツバール。 私の直轄領にヴィス君が来ているとは極々少数しか知らん。それに結界が張り巡らされているため、私の許可した者で無ければ入ることが出来ん。こんな万全状態の中でどうやってイディオファナはヴィス君に接触しようとするのだ?」
「多分…今回の目的は別ノトコロだ。本人は帰っちゃったシナ。俺サマが疑ってイルのは "揺さぶり" ダ」
「揺さぶり?」
「言い換エレバ、その手ノ者を送りこんでの襲撃カナ? 竜族は特性上の問題で細々シタコトに見落としが多いことガよくある。そこをついて来る可能性はないことはナイ」
竜族は巨体である。巨体なのは他の族にもいる。そんな巨体な族は総じて豪快な性格が多く、細かな見逃しが多い。それは思考だったり、魔法だったりとあらゆる面に及ぶ。
それに対して淫魔族は些細なところにも気を使うものが多い。ときには神経質過ぎるところもあるくらいなのだ。
「まあ、俺サマは当分警戒するつもりダガ、アルとラフィヌは警戒スル必要性はあまりないと思う。アルが言った通り、警備は一応万全状態ダカラな。ダガ、もしもの状態があった場合、すぐに転移の魔法で地球に帰させてモラウ。俺はヴィスのことを最優先に行動させてもらうからな」
アルゲベルトとラフィヌが自分よりもこの事態の重要性を分かっていないのも態度で分かる。所詮彼らはヴィスに関しては傍観者であり、自分を介す、つまり自分が関わっているから協力しているに過ぎない。
だが、自分は違うのだ。正直なところ、自分の中では長年盟友であったアルゲベルトよりもヴィスの存在は大事であった。だから、当人であるヴィス以上にも周囲に気を配っていないといけないと危険を察知することは難しいとヘルツバールは思っていた。




