Plan.3
前方にいた異形が、私の首を目がけてゆっくりと五指を伸ばし、鷲掴みにする。
足が地面につかないくらい、ぐいっと持ち上げられ、異形の手首を掴んで抵抗の意思を示すも全く力が入らず、ヒューヒューと喉元から音が漏れる。
鉤爪が肉に食い込み、首元に走る小さな鋭い痛みを感じながら視線を動かすと、視界に多数の異形が見えた。
黒い森が徐々に迫って来るかのような威圧感。
まるで私を狩るためだけに、集まって来たかのように。
悔しさか切なさか、はたまた怖さからかなのかは分からない。
ただ、目元からボロボロと涙が零れ落ちてくる。
「私なんかが、産まれて生きてて……ごめんなさい」
頬を濡らす私は死を覚悟し、ゆっくりと目を瞑ろうとした。
「ーー魔導武装《葬雷》」
一瞬。ほんの一瞬。
劈く雷鳴とともに、涙を溜めた薄目が捉えた、歪んだ一条の雷が、多数の異形の中心へと落ちる。
広がる光の波と、伸びる黒い影がそれに包まれて消える。
全てがーー蒸発した。
その轟音と熱気に、思わず目を見開いた。
一陣の風が吹き、霧が晴れたクレーターの真ん中では、青年が刀を突き立てた状態で座り込んでいる。
立ち上がった際に、悪魔よりも悪魔らしい、黒い軍服を身に纏った青年と目が合う。
顔の右半分に、異形の黒い血をべったりとつけながら、ニコリと笑ってきた。
「ふぅ、取りこぼしてしまいましたか」
異形の紅い双眸から放たれる、殺気だった視線が青年へと集まる。
が、その視線すら虚空へと向けさせるかの如く、次の一歩で相手の懐に入り込み、初撃で殺せなかった相手を次々と斬り伏せて行く。
息を吸うように異形を殺し、息を吐くように異形を殺める。
血塗られた日常茶飯事を送っているかのような、体捌き。
斬り口から噴き出し、景色を黒く染め上げる血ですら、青年にとっては飽きるほど見てきたものなのだろうと想起させた。
残り、一体。
青年は、私を掴む異形を睨みつける。
「残りは、貴方だけですよ」
私は思わず身を竦めた。まるで、自分に向けて言われたような言葉のような気がして。
異形は人質などという概念が無いのか、私を投げ捨てるかのように地面に落とし、青年の元へと向かう。
青年は鋒を異形へと真っ直ぐ向け、
「〈剣限破棄〉」
バチリと軽く爆ぜた刀身が、雷によって補完され長く伸びる。
瞬間的に伸びたそれは、異形の喉元へと突き刺さり、裂傷を与える。
刀身が倍以上伸びた、それを横薙ぎに一閃。
返す刃で胴体を上下に分離させる。
圧倒的な力。
これがーー人間を淘汰すべく、突如現れた人型の黒い異形を倒すだけのために、悪魔に魂を売った『契厄者』の力。
私の家族を屠った異形達をあっという間に、葬り去った青年は、一息吐いて剣を下ろした。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
額を切って、顔面血塗れの私に向かって言う言葉なのだろうか。
優しさからか、青年は片手は差し出してきた。
その手は異形の血がべったりとまとわりつき、手の平には禍々しそうな紋様。
『契厄者』が刻んでいる、悪魔との契厄印。
地面に落ちていた、大きめのガラス片を両手で掴み、おもむろに立ち上がっていた。
「一体、何の真似ですか?」
何の真似か。
反射。本能。衝動。
いずれかに関する何かかも知れないモノが、少なからず働いていることは確かだった。
「……あく、ま」
ガラス片を強めに握ったからか、手の平から血が零れ落ちる。だが、不思議なことに痛みはない。
青年は差し出した手を引っ込める代わりに、ポケットからハンカチを取り出し、手を拭いた。
黒い血は拭えても、その罪はーー刻印は拭えていなかった。
「そうですね。僕は悪魔です。それが、どうかしましたか?」
異形を退治を生業とする特務機関の所属員であり、国民から忌み嫌われ、疎まれる者。
「でも貴方は、その悪魔に命だけ救われたんですよ?」
ニコリと純粋な笑みを見た気がした。命〝だけ〟という表現からは目を背けた。
「悪魔に身も心も売った奴に助けられる覚えなんてない! 世界の裏切り者!」
悪魔を倒すために悪魔と契厄した、矛盾を孕む存在者。
「裏切り者、ですか。家族を見捨てた貴方に、それを言う資格があるんですか?」
雷を纏った刀が小さく爆ぜる。まるで、憤怒を押し殺しきれていない、鬼の呻き声のよう。
「貴方は罪を、背負わなければならない。何故なら、貴方はーー」
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