第8話 そして、動き出した影
「『師匠』、仲直りってどうすればいいの?」
朝、走る前に唐突に師匠に聞いた。
「…まだ仲直りしてなかったのかね?」
『師匠』は呆れたようにため息をつく。
確かに、『師匠』のためにアイラと仲直りをしよう!と決めて、「仲直りする」と『師匠』に宣言してから、もう1週間たっていた。
なんとかしようと思ったけど、仲直り…というか、ケンカさえも今まで誰ともしてこなかったので、やり方がわからない。
困って、誰かに聞こうにも、聞ける人がいない。
「私に聞くことではないと思うがねぇ」
「じゃあ、『師匠』はお友だちとどうやって仲直りするつもりだったの?」
「…お友だち?だれのことだね?」
「ケンカしたって言ってたじゃない?」
『師匠』はしばらく考え込んで、ああ、と顔を上げる。
「友だちではないのだが…まあ、たぶん、戦うんじゃないかね」
「え?仲直りするのに、ケンカするの?」
不思議だ。ケンカして、仲直りするのに、またケンカするなんて!
「ケンカじゃなく。戦いだよ」
意味がわからなくて、首を傾げる。
「私達は、まあ、そういうものなのだよ」
参考にならない!アイラを殴るわけにいかないし、なにより、僕よりアイラの方が強そうだ。負ける自信がある。
しかも、その方法は信じあっている相手じゃないと成功しない気がする。
僕は、がっくりと肩を落として、今日のノルマを走りにいった。
そもそも、僕は、アイラと仲直りしたい、とか考えていない。
『師匠』が、後悔していると言ったから…
たぶん、『師匠』は僕に仲直りをしろと言っているんだと思ったから…
だから僕はそうしようと決めただけだ。
アイラとこれからも仲良くしたいとか、ずっといっしょにいたいとか…
そんなことは思ったことない。
だって、きっと僕は…今日このまま、仲直りもしないまま、アイラと永遠に別れても…
後悔なんてしないから。
僕はとっくにおかしいのかな。
変なのかな?
ああ、でも、僕の気持も心も…
ぜんぶぜんぶ、『あの人』のためにあるんだよ。
「『師匠』には大切な人っている?」
「…君の質問はいつも唐突だな、少年」
走り終えた後、裏庭に戻って訊いた。
『師匠』はまた、椅子に座ってゆったり紅茶を飲んでいる。
「私の大切な人は、みんないなくなってしまったよ。
ああ、でも1人だけ…おもしろいやつはいるかな」
「たいせつ?」
「いや、大切というか…」
『師匠』は黙り込む。
最近、ちょっと分かってきた。『師匠』がこうして黙っちゃうのは、僕でもわかりやすい言葉をさがしているか、説明の難しい時だ。
そんなに関係が分からない人なのかな?
「ふむ…。友人というと、彼は大笑いして、なにを言っているんだ、と否定するんだろうな。
私は友人と思っているが、彼の方は、違うという」
『師匠』はゆっくり僕を見る。
「ちょうど君とケンカをしている子どもの立場だな、私は。
友人と思っているのは、私だけなのかと、ひどく落ち込んでしまう」
僕は、はっとする。まただ!
また『師匠』は僕に何かを教えようとしている。
僕には難しくて、わからない気持ちを…
ごめんなさい、『師匠』。
僕には人のこころは難しすぎる。
「『師匠』って!『師匠』って!!うける!!」
『影』はそう愉快そうに笑う。
「うるさいねえ。それより、例のものは見つかったのかね?」
「ああ、俺に不可能はないっ!!」
「自信過剰だねえ。だが、不快ではないのだよ。友人としてね」
「…ゆうじんっすか?」
『影』の気配は困惑している。
「正直、俺なんかのことをそう思ってもらえるのは、光栄なんっすけど、俺はただの『影』っすよ」
「ああ、君はそう言うんだろうね。まあ、気にするな。私だけが勝手にそう思っておくよ」
「ちょっ…!!!なんなんっすか!!その、片思い的設定!!!」
やはり、『影』と話をするのは面白い。
今までは、彼の配下との接触しかしてこなかったが…
「それより…解呪には時間がかかりそうかい?」
「それよりって…。あんたが持ち出した話だろ…。
まあ、今までの時間に比べたら、短いんじゃないか?」
「何年だね?」
「十年はみてほしい」
「そうか…わかった。そちらは頼んだよ」
「了解っす」
「ではまた、報告を待っている」
「へ~い。アイルデイル様」
『影』の気配が消える。
密かに、秘かに、動き出した『影』は、しずかに、静かに闇へと解けて行った。