第7話 そして、アイラの過去2
テインに会った時、私は天使さまだと思った。
キラキラ光るうすい金髪は肩で切り揃えられ、さらさらしている。緑の宝石のような瞳はとても大きい。真っ白で、シミのないキレイな肌。まるで、教会にあった天使さまの絵のようだ。
何も考えたくないと思ったのに、あまりにキレイな天使に思わず見とれた。
「この子はテイン、3歳よ」
隣に立つシスターが教えてくれる。
3歳!?
歳を聞いた瞬間、思わず、テインに抱きつく。
急に抱きつかれて、テインは少しふらつく。
私の手から抜け出そうともがくが、私はぐっと手に力をいれる。
しばらくすると諦めたのか、動きがなくなる。
テインの肩に顔をうずめていたが、だんだんテインのシャツが冷たくなる。
ああ、私、泣いてるんだ。
まだ私、泣けるんだ。
会って、まだ話もしていない私が自分の肩で泣いているのに、テインは文句も何も言わなかった。
私は、そんなテインに救われた気がした。
それから私は孤児院に入り、テインの後をついて歩くようになった。
と、言っても、テインはあまり私を相手にはしない。ううん、誰も相手にしていないように見える。私がついて歩いても全く気にすることはないし、話しかけなければ、誰とも話をしない。
気がついたら、1人でぼんやりしている。
いつもいつも1人でいる。
1人でいても、なにも感じていないようで…
テインが何を考えているのか、分からなかった。
それでも、私はテインに話し掛け続けた。
話して、何でもいいから、何かを話してほしかった。
半年…
テインについて歩くようになって、気付いたことがあった。
テインは、私の名前を呼んだことがない。
「テインは私の名前を知ってる?」
「…」
びっくりした。
半年もいっしょにいるのに、名前を知ってもらってなかったなんて…
それからは、アイラって呼んで、とよく言っていたが、それから何ヶ月しても、名前で呼ばれることはなかった。
10ヶ月が経つ頃
テインに名前を呼んでもらえるようになった。
いや、名前を呼んでくれているのに気付いた。
そこで、ふと別のことに気づいてしまった。
テインは…
誰の名前も呼ばない。
私だけじゃなかった。
他の付き合いの長い子どもたちもシスターのこともだ。
こうなると、名前を覚えているのか知っているのか、どうかも怪しい。
あまりにも悲しいと思った。
本当になんにも興味がないし、気にもならない。
かなしい。
なにがかなしいのかも分からないけど、とにかくかなしかった。
それが変わったのは、あの「『勇者』のものがたり」だった。
服や食べ物をよく持ってきてくれる、貴族のおじさんは「『勇者』のものがたり」が大好きのようで、よく話をしていた。というか、その話しかしない。
テインは、そのおじさんの話を聞くことはいままで一度もなかったらしく、いつも来た時はどこかへ行ってしまっていた。
でも、なんの気まぐれだったんだろう。
その日、テインは他の子と同じように、おじさんの前に座って、話を聞いていた。
おじさんの話は、この二年ちょっとで何回も聞いた「ものがたり」だったので、みんなはちょっと飽き気味だ。だけど、『勇者』の話はみんな好きなので、夢中で聞いていた。
気になって、テインを見てみると、テインも他の子と同じように目をキラキラさせていた。
あんな顔、初めてだ。
テインもみんなと同じように『勇者』さまに憧れたんだ。
テインが初めて、強い興味を持ったのが、顔もしらない、大昔の人なんて…
私は少し複雑だった。
それから、テインは朝、修行みたいなことをするようになった。
まさか、そんなに強い気持ちだと思わなかった。
「アイラ、僕は強くなりたいんだ」
テインの初めての願い。
私は、動かせなかったテインの心。
『勇者』さまは、本当にすごい人だ。
昔の「ものがたり」だけで、人の心を動かすなんて…!
テインが目標を持ったことはうれしいけれど、私は悔しかった。
だから、あんなことを言ってしまった。
「テインは強くなんてならなくていい」
テインを弟の代わりに見ていると言われたら、きっとそうだって思う。
テインに危ないことはしてほしくないし、私が守りたい。
でも、テインは前に進みだしてしまった。
きっと私は置いていかれる。
しかたないと思っても…私はわかりたくないんだ。
「ばか」と怒鳴ったあの日から、私はテインと話をしていない。
やっぱり…と思ってしまう。
やっぱり、テインは私が話しかけないと、自分からは話をしてはくれない。
私はテインにとっては、名前を知っているが、他の子と変わらない人なんだと思う。
それが、どうしようもなく、悲しい…