第6話 そして、アイラの過去 1
テインと初めて会ったのは、私が4才の時だった。
それより前の私は、小さな村にお父さん、お母さんと1つ下の弟と住んでいた。
貧乏だけど、とっても幸せだった。
やさしいお父さん、心配性なお母さん、弱虫で泣き虫な弟。
そんな幸せがいつまでも続くことを祈っていた。
ある時、村の近くに飛竜の群れが住み始めたという噂が流れた。
飛竜は、魔王軍のもので、もともと人類大陸にはいなかった。500年前に飛竜に乗って魔族が攻めてきたあと、人類大陸で増えたらしい。
飛竜は竜種だけあって、かなり強いみたいだけど、縄張り意識が強いから、住み家に近づかない限り、襲ってはこない。と、村長さんが言っていた。
村長さんは、旅の魔物狩りの人にそう聞いたらしい。
怖いね。
そう言って、怯える弟を、私が守らなきゃって思った。
弟は弱虫だし、泣き虫だし、私がいないとなんにもできないんだもの。
そう思っていた。
だけど、違った!
守られたのは、守られていたのは、私の方だった。
あの日のことは忘れない。
夕方、空が真っ赤に染まった。私たちは家の中で、夕ごはんの準備をしていた。
急に、大きな音が村に響き渡って、悲鳴が聞こえた。いっぱい聞こえる、どん!という音と悲鳴!何が起こっているのか、わからなくて、思わず、お母さんに抱きつく。
飛竜の襲撃だ!
お父さんが開けたドアを急いで閉めて、私と弟を抱きしめるお母さんに向かって、叫んだ。
それからのことはよく覚えていない。
お父さんとお母さんは私たちを裏口からそっと逃がしてくれた。
それから、私は弟の手を握って、走った。走って走って、だけど、子どもの足で飛竜から、逃げられる筈もなく、気がついたら、目の前に飛竜がいた。
もうダメだ!足が震えて、動けなかった。怖くて涙がこぼれおちる。
飛竜が、長い爪の足を向けて、飛んでくるのを、私は動くこともできずに見ていた。
引き裂かれる!
ぎゅっと目をつぶる。
なにかが裂けるような音がして、なにか液体が身体にかかる。
なにかが身体にぶつかって、後ろに倒れる。
私は死ぬの!?
お父さん、お母さん!!!
そう思ったけど、いつまでたっても、痛みはこない。不思議に思って、目を開ける。飛竜が、飛び去るところだった。爪には、赤い液体がついている。
飛竜が見えなくなってから、はっとする。
私にぶつかったのは?
飛竜の爪についていた赤い液体は?
身体が痛くないのは?
私に被さっている弟の姿。
涙がこぼれた。
もうピクリとも動かない、その身体をぎゅっと抱きしめる。
次から次から、涙が出て、止められなかった。
息がうまく吸えずに、ひっくひっくと声が出る。
声が漏れないように歯で口をギュッと噛む。
私は、弟を抱きしめたまま、声を出さないように泣いた。
身長はそんなに変わらなかった。弟のくせに生意気だ。
それでも弟だ。守らなきゃって思ってた。
それなのに!
どうしてあんたが私をかばうの?
あんなに泣き虫で、弱虫で、逃げながら涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったじゃない?
怖い、怖いって叫んで、足だって引っ張らないと動かなかったじゃない?
怖かったはずだ。
逃げたかったはずだ。
痛かったはずだ。
なのに、どうして!どうして!!
守っていたつもりだった。
なんて、ばかなんだろう、私は。
最後の最後で、守られたのは…私だった。
私は国軍の討伐隊がくるまで、そのまま弟を抱きしめていた。
村で、生き残ったのは……私とあと数人だけ…
お父さんもお母さんも…どこにもいなかった…
私は、一人ぼっちになってしまった…
私は…笑うことも、泣くこともできなくなっていた。
なにも考えたくない。
すべてを無くしてしまった。
テインに初めて会ったのは、そんな時だった。