表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

第5話 そして、意外な助言

 男に名前を聞いたけど、言いたくないと言われたので、『師匠』と呼ぶことにした。


「剣の道は、基礎体力からだね」


 そう言って、朝、教会の周りを走るように言われた。

 10周走ったら、帰ってこいと言われたけど、小さい教会とは言っても外を走るとなると、かなり大変だ。

 いきなり10周なんて、無茶だ。

 でも、諦めないと約束したので、走り始める。


 最初の2周は、まだよかった。3周目になると息が切れ、4周目になるとぜぇぜぇいった。


 5周目には、歩いている人に抜かされた。

 息はきれぎれで、汗がぽたぽたと滴になる。

 心臓が早すぎて、胸が痛い。

 もう前に進むことしか考えられない。


 7周目あたりから、あまり覚えてない。


 ふらふらになりながら、やっと10周走り終えた時には、太陽は登りきっていて、周りは明るかった。

 しまった!と思って、裏庭に行くと、『師匠』はいなくなってた。思わず、その場で寝転がってしまう。呼吸が落ち着くまで、そのままじっとしている。


―――帰ったのかな?


 まあ、いいか、と思って、食堂に向かう。




  ちょうど食堂に向かう途中で、アイラに会った。

 そう言えば「ばか」と言われた後、話をしていない。


「…どこ行ってたの?」


 考えていると、アイラから声をかけてくる。


「ちょっと走りに行ってた」


「ふ~ん…。朝ごはんなのに帰って来ないし、見に来たらいなかったから…」


 アイラは目をそらしながら、呟くように言う。


―――アイラが来たから、『師匠』はいなくなってたのかな?


「ご飯…シスターがとっててくれてるよ」


 アイラはそれだけ言うと、逃げるように走って行ってしまう。


「あ…」


 アイラをそのまま見送って、僕は食堂に向かった。




 朝ごはんはいつものように、シスターのお手製の黒い小さなパンとスープだった。





「君の朝ごはんは美味しいのかね?」


 次の日『師匠』は走りに行こうとした僕を引きとめて、会って最初に苦々しい顔でそう言った。


「?」


 よく分からなくて、首を傾げる。


―――というか、見てたのか?


「君の生活を昨日一日、見させてもらったが、あの食事はとても美味しそうに見えなかったのだがね」


―――…どこから見てたんだ…


「ご飯はいつもあんなものだよ?」


「…あのパンは、歯で噛み切れるのかい?なんだか、君が机に落とした時、パンとは思えない音がしたのだが…」


 確かに昨日、パンをスープに浸そうとしたとき、手が滑って机に落とした。


―――よく見てるな。


「スープに浸すと軟らかくなるんだよ」


「…味は?」


「?…パンの味?」


「……」


 『師匠』が何を言いたいのか分からなくて、首を傾げる。


「生まれた時からこの生活か…。慣れというものは怖いものだな」


 ぶつぶつと『師匠』は呟いている。


―――なんだろう?もう走りに行ってもいいのかな…

  10周走るなら、早く走りださないと、間に合わない。


「『師匠』、走りに行っていい?」


 『師匠』は顔を上げる。


「ああ、行ってくるといいよ」


 『師匠』は昨日のようににこやかに見送ってくれた。




 二日目もやっぱりふらふらになったし、終わる頃には太陽が昇っていた。


 昨日走りすぎて、体中がぎしぎししていたけど、我慢して走った。

 

 なんとか終わって、裏庭に向かうと、やっぱり『師匠』はいなくなっている。

 きれぎれの息が落ち着くまで、裏庭で寝転がっていた。


 上を向いて目を瞑っていると、ふっと光が陰った気がして、目をあける。


「…だいじょうぶ?テイン」


 心配そうな声をかけられて、ゆっくりと起き上る。


「アイラ?」


「…また走ってたの?」


「…うん」


「…ご飯…またとっててくれてるよ」


 またそれだけ言うと、僕が何かを言う前にアイラは走り去ってしまう。




「…ケンカかね?」


 アイラが見えなくなって、急に後ろから声をかけられる。


「!!っわっっ!!!」


 驚いて振り返ると、すぐ後ろに『師匠』が立っていた。


―――裏庭の入口は一つしかないのに、どこにいたの?


「ケンカ…かなぁ?」


「…ふむ」


「アイラは…僕が強くなるのがイヤみたいなんだ」


 アイラの昔のことを考えると、そう思える。


「…」


 『師匠』は、急に畑の方を見る。

 

―――なんだろう?畑になにかあるのかな?


 『師匠』の見ているものを追ってみるが、畑を超えてずっと遠くを見ている。


―――なにを見ているんだろう。


「…私が言うことではないが…


 仲直りは早くしておいた方がいいよ」


「?」


「仲直りをしたいと思った時に…相手がいなくなっていることもあるのだよ」


「…『師匠』も仲直りできなかったの?」


 『師匠』はゆっくりと僕を見る。


「…昔ね…。ケンカをして、国を出たのだよ。

 

 ……だが、戻った時、『彼』はいなくなっていた…

 

 私は、とても後悔したね…」


 『師匠』はとてもとても悲しそうに、哀しそうに言った。

 いつもの怖い空気はどこかへ行って、どこか懐かしそうだった。


―――『師匠』は…その人が好きだったんだ。


 僕は、アイラに何かを言う気も謝る気もなかったけど、『師匠』を見ていて、思った。

 

 

 『師匠』のために仲直りしよう、と…









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ