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第1話 そして、小さな決意 

 「『勇者』のものがたり」を初めて聞いた時、僕は憧れた。大好きになった。

 僕の住む孤児院にたまに来てくれる、貴族のおじさん。そのおじさんが『勇者』さまに憧れていたらしく、よく話をしてくれた。

 『勇者』さまは、困難に立ち向かい、強い心で人を導く…

 誰もが一度は憧れるような、すごい人なのだと教えてくれた。

 話を聞いていた孤児院の仲間も、目をキラキラさせていた。


 僕は、その「ものがたり」を聞いたとき、胸がどきどきした。きっと僕の目も他の仲間たちと同じようにキラキラしていたと思う。

 かっこよく強い『勇者』さま!残虐非道な悪の『魔王』!

 予想もできない戦い。強い魔法。

 

 僕はまだ小さくて、やっと5歳になったばかりで、力もないし、魔力なんてあるのかどうかも分からないし、生まれた時から孤児院以外の世界を知らないけど…

 いつか、いつか!!


 僕は、憧れた人に恥ずかしくない人間になりたいと思った。


 友だちになりたい!近くに行ってみたい!!隣に立ちたい!!!


 いつか、再び『彼』が現れた時、僕は必ず旅に出よう。

 

 そう心に誓った。




 


 

「テイン―――!!」

 

 僕を呼ぶ声が聞こえて、思わずさっと物陰に隠れた。ぎゅっと手に持っていた木の棒を握りしめて、息を殺す。

 また、木の棒を剣に見立てて振り回していたことがばれたら、きっとすごく怒られる。

 アイラは孤児院のシスターが言うには、「しんぱいしょう?」らしくて、いつも僕に危ないことはさせないようにしている。1つしか年が違わないのに…


「テイン!!どこ――?」


 声が離れて行く。聞こえなくなって、そっと物陰から這い出る。

 ズキッと地面についた手のひらに痛みが走る。


「…また皮がむけちゃった」

 

 あの「ものがたり」を聞いて、一週間…

 僕は次の日から毎日、日も出てない中で1人起きて、木の棒を振り回すようになった。


「…こんなので強くなんてなれるのかな?」


 剣なんて知らない。孤児院しか知らない僕が、剣なんて見たことがあるわけもない。ただ、いつも握っている鍬のように、上に下にぶんぶん振り回すだけだ。それでも、慣れない手のひらは、すぐに皮がむけてしまう。


「でも、いつか…」


「いつか、なに?」


「!!…わっ!!」


 急に声をかけられて、驚いて立ち上がる。


 ゴツッッッ!!!!!!


 頭に衝撃が走る!

 思わず何かにぶつけた頭を抱えて、うずくまる。


―――ぃいいったっ!!!!!!!


 声にならない痛み。涙が勝手に出てくる。ずきずきずきずき…


 しばらく、頭を押さえて我慢していると、だんだん痛みが治まってきた。

 そこで、初めて“何に”頭をぶつけたのか、疑問に思い、恐る恐る振り返った。


―――うん!やっぱりね!!


 そこにいたのは、僕の頭にぶつけたであろう額を押さえて、今も背中を向けて震えながら痛みに耐えているアイラがいた。






 朝食を食べるために食堂に向かいながら、僕はちらちらアイラを見ていた。


「あたまが割れるかと思ったわ」


 アイラはまだ涙目で額を押さえていた。ぶつけたところが真っ赤になっている。


「ごめんなさい!」


 謝るしかない。僕の頭はすぐに治ったのに、アイラはあれからしばらく立ち上がることもできなかった。


―――どれだけ硬いんだ僕のあたま!!


 手のひらはあんなにすぐ皮がむけるのに…


「ところでテイン。裏庭で何をしてたの?」


「…朝の散歩だよ」


 にっこり笑って言うと、アイラはじっとりと睨んできた。

 まずい!これは、きっとばれている!!


「アイラ、僕は強くなりたいんだよ」


 アイラが口を開く前に、慌てて話をする。


「なにも無くしたくないから、だから…どうすればいいのか分からないけど…」


「テインは…いいよ!!」


 大きな声に驚いて、アイラを振り返ると、目に涙をためて首を振っていた。


「テインは…強くなんてならなくていい!!そのままのテインでいて!!」


―――ああ、そうか。アイラは…


「うん。でもね、アイラ。僕は…強くなりたいんだ。だって…」


「!!ばか!!!ばかばかばか!!!」


 泣き出してしまった。ぼろぼろと雫が落ちて行く。


「ア…」


「テインのばか!!!」


 名前を呼ぼうとしたけれど、アイラは背中を向けて、走って行ってしまう。

 1人残されて、アイラの小さくなっていく背中を見送って呟く。


「だってね、アイラ…」


 空を見上げる。


「あの人は、世界一強いんだよ?」


 くすくすと笑いながら、僕は雲一つない空に手を伸ばす。


「だから、僕は強くなりたいんだよ」


 だれも聞くことのない決意は、静かに空に溶けて行った。




 テイン、5歳。


 どこにでもいる普通の少年の誰にも気付かれない、小さな決意だった。




 







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