第16話 そして、聞こえた声
「『師匠』…すいません。失敗しました」
僕が、ユーリウスさまの話をすると『師匠』は少し考え込んでいた。
やっぱり怒ったのかな?
だって、最初の約束を守れなかった…。
『師匠』のことは絶対誰にも言わないって約束だったのに!
いくらタイトルが気になっても、本に興味なんか持たなければよかった。
伯爵と必要以上に接触しすぎたんだ…。
落ち込んでしまう。
『師匠』たちとお別れするのは、絶対嫌だ!!
僕がこんな風に思える人ができるなんて…。
『師匠』と会って、もうじき5年になる。
『影』さんとは3年だけど、最近ようやく壁の内側の出入りを許されたかのようになってきたのに…。
「いや、気にすることはないよぉ」
『師匠』はいつもの調子で答える。
怒っているようには見えない。
本当に怒っていないのかな?
「でも…僕は約束を守れませんでした!!」
『師匠』は、大丈夫、と言ってくれる。
だけど、僕は気にしてしまう。
だって、ここに来てくれなくなったら、『師匠』とも『影』さんとも、会えなくなってしまう。
自分の考えにずんっと胸に重いものが圧し掛かるように苦しくなる。
僕は…2人のことを、なにも知らない…。
名前も知らない。
どこから来たのかも。
どこに住んでいるのかも。
なぜ、ここに来たのかも。
本当に何も知らないんだ…。
きっと…別れてしまったら、もう二度と会えない…
そんな予感がした…。
伯爵とユーリウスさまの訪問から、5日後、急にシスターの部屋に呼ばれた。
ソファに座らされる。シスターはにこにこと嬉しそうだ。
なんだろう?いい予感がしない…。
「伯爵さまが、あなたを引き取りたいと申し出てくださったの」
「…え!?」
どうして、そんなことに?
「伯爵さまはゆくゆくはあなたをご自分の後継者に、と考えてくださっているようなの。
これはとても光栄なことなのよ」
後継者!!??
なんでそんなこと!
「お受けしようとしたのだけれど、伯爵さまはあくまで、あなたの意見を尊重したいとおっしゃっていて…」
「あ、あの!!お受けしなくてはいけませんか?」
慌てて尋ねると、シスターは驚いた顔をした。
そりゃそうだよね!?
「どうしてお断りしようと?」
「…いえ…。あまりにも…恐れ多いと言いますか…」
言いよどむと、シスターは首を傾げる。
「お返事は明後日また、聞きに来られるとおっしゃっていたけれど…」
「…考えさせていただいてもいいですか?」
「ええ…」
シスターの不思議でたまらないという視線を無視して、僕は部屋を後にした。
どうしよう!!
どうしたらいい!?
でも、断るなんてできる気がしない!!
いつもの僕の様子を見てる伯爵は、ここに僕を引き止めるようなものがないことも知っているはずだもの。
理由を聞かれても、答えられない。
僕は…『師匠』とのお別れを考えたくない。
僕は裏庭に急いだ。
『師匠』がいないことはわかっている。朝しか来ないのも理解してる。
でも、なんとなく、裏庭に足が向いた。
裏庭についてすぐに、声が聞こえた。
いつになく、はっきりとした声。最近、ほとんど聞こえなかったのに!
声が呼ぶ。
≪ていん≫
≪ていん≫
≪おうと はなれては だめ≫
≪おうと わかれては いけない≫
おう?
王?
―――だれのこと?
≪おうは おう≫
≪おうは ぎんぱつの おう≫
銀髪??
そんな人、近くにいないよ。
だんだん声は小さくなっていく。
ついには、聞こえなくなってしまう。
王?
「…だれのこと?」
意味はわからない。
だけど、精霊が離れることを警告する『誰か』…
『師匠』のこと?
『影』さん?
二人とも銀髪じゃない。真っ黒い髪だ。
それでも、あの二人しか思い浮かばない。
「…銀髪の…王?」
わからない。
あんなこと、なぜ言い出したんだろう?
精霊があんなことを言い出したのは、初めてだ。
だけど、意味の分からない、不安感だけがあった。
それの意味を知ってしまったら…何かを無くす!そう思った。




