#4 大都市ヨクハマ
大都市ヨクハマ、それは日ノ本勇国の建国3年を記念して造られた町で、総人口は実に10万人にも及ぶとされる日ノ本勇国で二番目に大きい大都市である。
そんな大都市に帯剣した執事と息切れしたお嬢様が着いたのは既に日が暮れた後だった。
「おい、あれが例の大都市か?」
「ぜぇ……はぁ…… 貴方、もう少し……ぜぇ……レディに対して気を配るべきではなくて?」
「人の事を椅子代わりにしたり靴を嘗めさせるような奴をレディとはいわん、ゲスという」
相変わらず使用人の制服、というか執事服を着ているフリードと今朝とは打って変わってぞんざいな扱いを受けているオウカの二人は昼間の襲撃から徒歩で移動して漸くヨクハマに到着したのだった。
「というか何で俺、こいつを連れて来たんだっけ……?」
-回想開始-
「じゃ、俺自由になったわけだし後は勝手にしろ」
「ちょっと!わたくしも連れて行きなさい!レディを一人にするなんて信じられませんわ!!」
「知るかボケ!俺は勝手に町を目指す!」
「貴方道知らないでしょうが!」
「ぐっ!!」
-回想終了-
「……ああ、そうだった。地図代わりだった」
自由になったは良いが行く宛て無し、地理も不明、その上資金は雀の涙程度。はっきり言って自由になっても自立は出来ない、そんな微妙な状態だった。
「もう嫌!! 元下僕、わたくしを運びなさい!!」
「喧しい、きりきり歩けゲス! それから俺は元下僕じゃねえ、フリードってんだよ!」
「五月蝿いですわ!! わたくしの名前だってゲスではなくオウカですわよ!!」
言い争っている間に門前にたどり着く。時間が遅いこともあって門番は一人しかいなかった。
「ようこそヨクハマへ、中へ入るには身分証の提示が必要になります」
「身分証を出せですって?貴方まさかわたくしが誰が解らないのかしら?」
「わかってねえから聞いてきたんだろうよ」
「お黙り!!」
「誰かと言われましても……っ!その黒髪、もしや王族の方で……!!?」
「わたくしはオウカ・シンジョウ・ヒノモト。この国の第一王女ですわ!!」
「大変申し訳ございません!!まさか王女様がおみえになるとは思ってもなかったので!!」
元々この世界に黒髪というのは存在しない。黒髪を持つのは召喚された勇者カズマとその子供だけなのだ。更に言えば毛染めという文化がこの世界には無いため黒髪は必然的に勇者の子供しか持ち得ないのだ。
「それでは殿下とそちらの執事の入場を許可します。どうぞお入りください」
「おい、俺は執事じゃねえぞ」
「そうなんですか?そうなると身分証を提示していただきますが」
フリードは執事に間違えられたため直ぐに訂正した。しかし身分証など勿論持っていないためこのままでは町に入れない。それに気付いたフリードは一瞬固まる。そこへオウカがニヤニヤしながら割り込んだ。
「ええ、これは執事ではなくてただの下僕よ。そうでしょ下僕?」
(訳:町に入りたかったら下僕として行動しろ)
もちろん強引に入ることも出来るがその場合確実に犯罪者の仲間入りである。そうなれば折角の自由も台無しである。では別の町を目指すかといわれても道が解らないうえに賊から奪った食料も残りわずか、しかも運よく別の町へたどり着いてもそこで身分証を見せろと言われれば無意味である。
(こんのクソ女~!!ここぞとばかりに!!)
「下僕ですか?ええと従者ということですね。それでしたら何も問題ありませんが」
「お、おう……」
フリードは誓った、"この女、後で絞める、コキャッとな!"と。
因みにフリードは知らなかったが、身分証が無い場合はめんどくさい手続きを行うことで発行してもらえるのだ。情報収集は大事である。
「どうかしら?これが大都市ヨクハマよ」
無事にヨクハマに入った二人を迎えたのは視界一杯に広がる建物の数々だった。
「なんだこりゃ……?」
異世界の知識を元に開発されたコンクリートで造られた街道や建物。一般的な建物と違って長方形の物が多い。何より目を引いたのはその大きさだった。建物一つ一つが20メートル程の高さを持っていた。それが大量に並んでいるため夜空が切り取られていた。
数年前までこの世界に存在しなかったビルを見てフリードが最初に思ったことは--
「随分とドデカイ墓標だな」
「田舎者ですわね……」
盛大に勘違いをしているフリードとそれを呆れた顔で見るオウカ。門番は苦笑しながら二人を役所へと導いた。
役所のロビーは人がまばらだった。既に日が沈んでいるのだから仕方ない。
「恐れながら、この時間帯ですとどのホテルも人で溢れかえっています。そのような所に殿下をお連れする訳には参りません。
そこで本日は役所の方へご宿泊なさいますようお願い致します。勿論お部屋は最高の物を用意させてもらいます」
「まあ妥当なところですわね」
「ですが……その」
何かあるのか言いにくそうに視線をそらす門番。
「宿泊可能なお部屋は一室しかなくて……その」
「だったら何も心配ありませんわ。この下僕はロビーにでも転がしておいてちょうだい」
「はぁ?かしこまりました。それでは準備しますのでそちらの待合室でお待ちください。」
門番は苦笑いしながら去っていった。
オウカは待合室のソファーに座って待つことにした。
「ああもう、肩がコリましたわ。下僕、肩を揉みなさい」
オウカは忘れていた、既にフリードの首には<奴隷の首輪>が巻かれていないことを、そして今周りに誰もいないことを。
スッ、と背後に立つフリード。そしてその両手がオウカの肩にそっと置かれたそして--
-ギリギリ-
「イタタタタ!!!痛いてすわ!!ちょっ、コラやめなさイタタタタタタタタタ!!」
「あんまり調子に乗んなよコラ!!」
今度はオウカのコメカミに拳を当ててグリグリする。
「イダーーーーーイ!!止めなさい痛いから!!」
「オラオラオラオラ!!まだまだ行くぞコラ!!」
とどめと言わんばかりにオウカの顎を持ち上げて無理矢理顔を上向きにさせると反対の手で鼻フックを食らわせた。
「フゴッ!! 止めなふぁいよ!」
「ハッ! お似合いだぜメスブタ!!」
フリードが手を離すとオウカは涙目で鼻を押さえた。因みにフリードはオウカの鼻の穴に入れた指をソファーで拭った。だってそのままだったら汚いじゃん……。
「考えてみりゃ町に入ったんだからお前に用はねえんだったぜ」
そういうとフリードそとに向かって歩いていった。
「じゃあなクソ女!! もう二度と会わないことを願ってる!!」
「ちょっと待ちなさ--」
オウカの制止を無視してフリードは出ていった。
同刻、馬に乗って銀色の鎧に身を纏った一団がヨクハマを目指して夜の平野を疾走していた。