#3-2
「それでは姫様、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「屋敷のことはワシらにお任せください」
「ええ、行ってきますわジイヤ、バアヤ」
屋敷から馬車が一台首都へ向かって出発した。メンバーは主であるオウカ、その奴隷フリード、そして御者が一人、馬車に並走する護衛二人の計5人だった。
「御者、目的地にはどのくらいで到着するのかしら?」
「はい、大体六時間程かかります」
「六時間……流石に長いわね。 下僕、わたくしの鞄から何冊か本を出しなさい」
オウカの命令どおり本を取り出すフリード、それを見てオウカはにんまりと笑みを浮かべた。
「クスクス、やけに従順ね。今のは首輪を介していないから逆らえる筈なのに」
ハッとするがもう遅く、既に本を手渡した後だった。
「良い傾向だわ。これなら今日中に浸食が終るかもしれないわね」
悔しそうに顔を歪めるフリード、それを見てオウカはさらに気分を良くする。
「それでは、わたくしはお昼まで読書をしているわ。その間貴方は[靴を脱いで待機していなさい]」
命令のままフリードは靴を脱ぐ。そこをすかさず靴のヒールでグリグリと踏みつけられた。
苦痛のあまり足を退けようと試みるが命令により待機するしかできなかった。
その様子を見てオウカは満足そうに微笑みながら視線を本に落とした。
首都へ向かって走り続ける馬車。その様子を遠くから窺う集団がいた。
「あれが例の馬車かよ。護衛がたった二人しかいねえじゃねえか」
「この辺りは治安がいいからな、盗賊はおろか獣すら滅多に出てこないから油断しているんだろ」
集団は十人程で構成されていてるが格好に一貫性がなかった。
全身を鎧で包んでいる者や身軽そうな皮装備で一式揃えている者などの正反対の格好をした者までいる始末で、全員が馬に乗った男であること意外に全く共通点がなかった。
「てめえ等!しくったら承知しねえぞ!」
「っせえな!おまえが仕切るな!」
「言ってる場合か……行くぞ!」
そして男達は武器を構えて馬を走らせた。
道のりの半に差し掛かった辺りでそれは起こった。
何かが爆発した音と同時に衝撃が馬車を襲った。
「な、なんですのこれは!?」
突然のことに驚いて立ち上がるオウカ、足の甲をヒールで踏まれていたため余計に痛がるフリード。
何が起こったのかは直ぐに御者に知らされた。
「で、殿下大変です! 賊が襲いかかって来ました!!数は大体十人前後です!!」
「賊ですって!! 護衛は何をしていますの!?」
「それが先程の攻撃で二人ともやられました!!」
「そんな!?」
御者からの知らせを聞き、オウカの顔には絶望の色が浮かんだ。これまで何度も屋敷と首都を行き来しているが賊に襲われた事など只の一度も無かった。だからこそ護衛も二人しか連れて来なかった。
「現在最寄りの町へ向かっていますが向こうの方が速いようです!!このままでは下手したら追い付かれます! ですので殿下、心構えだけでもお願いします」
「そんな!?どうにかなさい!わたくしを誰だと思っているの!?」
馬車を引いている分必然的にこちらの方が遅くなる。町までの距離を考えると逃げ切れるかは五分五分というのが御者の見解だった。オウカもそのことは理解していたが恐怖のあまり当たり散らすしかできなかった。
そんな中、フリードが徐に口を開いた。
「おい、賊はどんな格好してんだ?」
「え? ええと、何て言うかバラバラです!全く共通点がありません!」
「貴方こんなときに何を聞いてますの! 御者も律儀に答えなくてよろしい!」
「五月蝿い黙れ。
それから賊はどんな動きをしてる?この馬車を囲もうとしたりは?」
「そういえばただ追い掛けてくるだけです!!」
「五月蝿いって貴方何様のつもりですの!!」
オウカに怒鳴られながらフリードは御者の言った情報を分析し始めた。
共通点の無い格好、連係の取れていない追跡、それらの情報からフリードはこの襲撃者達はただの賊ではなく臨時に集まっただけなのではないかと考えた。
(十人程度ならいけるか?いや、どちらにしても首輪が邪魔だ!)
「黙ってないで何か言いなさい--」
その時、馬車の車輪に賊の攻撃が炸裂して馬車がスリップした。
「殿下!ご無事で--ウギャアア!!!?」
「きゃああああ!」
慌てて御者が立て直そうとするが、その隙を突かれて御者は一瞬で火に包まれた。
「おい、早く逃げないと追い付かれるぞ」
「そんなこと言われても今ので馬がやられて逃げられませんわ!」
オウカは一応王族のため教育の一貫で乗馬を習いはした。しかし馬が焼かれてはそれも無意味。いよいよ絶望的な状況となった。そこであることを思い付いた。
「そうですわ!貴方なら何とか出来るのではなくて!?」
フリードは元はと言えば剣闘奴隷、そほれも12年間無敗を誇った猛者である。ならば賊の十人程度なら切り抜けりるのではないかと考えた。
「確かに俺の本来の実力ならどうにかなるかもな」
「ならば命令しますわ![一時的に能力の制限を解除]そして[わたくしを守るために賊と闘いなさい]」
フリードの解答を聞くとオウカは直ぐに命令を下した。制限を解除されたことでフリードは裏闘技場で闘っていた時と同等、いや魔力の制限すら解除されたためそれ以上の実力を出せるようになった。しかし--
「こ……と、わ……る……!」
「何ですって?」
「断る……そう言った」
オウカは耳を疑った。この土壇場で奴隷が命令に逆らったのだから驚くのも無理はないだろう。
「<奴隷の首輪>を外して、俺を、開放しろ!じゃなきゃ死んでも戦わない!」
「正気ですの!?戦わないと死にますのよ!」
「このままお前の奴隷として生きるよりも命懸けのギャンブルをする方がましだね!
なんせ俺より先にお前が死ねばどちらにしても首輪は外れるんだ!開放されないんなら俺はそれにかける!!」
フリードの意思は固かった。最高級の<奴隷の首輪>をもってしても動かせぬ程に。それだけフリード信念が、いや執念が凄まじかったのだ。
「そんな……[わたくしを助けなさい][助けなさいよ]はやく[賊と闘いなさい]」
「断る!!」
オウカは目の前が真っ暗になった。
そうこうしている内に賊に周囲を囲まれてしまった。
「さあ選べ!このまま俺と心中するか?それとも俺を開放するか?」
そして、オウカの下した決断は--
襲撃者達にとって今回の仕事はとても簡単なものだった。なにせターゲットの走行ルートや護衛の数など、必要な情報は事前に知らされていたからだ。
いざ実行してみると最初の不意打ちで護衛を葬ることができた。そこからは連係が取れないことで少し苦労したが漸く馬と御者を葬れたため、残すところはターゲットただ一人となった。
ジリジリと距離を詰める男達、それぞれが得物を構えて馬車に近づいていく。
「くくく、ボロい仕事だったぜ」
「まったくだ、これで一人頭1000万Gとはな」
「今夜はいい女を抱けるぜ」
既に仕事が終った後の事を考える者まで出る始末だった。
「よし、そんじゃあ行くぞ野郎共!!」
「だからてめえが仕切んじゃ--」
その瞬間、馬車が内部から一気に弾けとんだ。