婚約者の幼馴染に殺された公爵令嬢は、別人になって今度こそ愛されますわ。
あああっ。どうしてわたくしが殺されなければならなかったの?
アリーディア・ソレント公爵令嬢は、胸をナイフで貫かれて、仰向けに倒れていた。
息は止まっている。
なのに意識があるのだ。
ナイフを突き立てた女は、マリーヌ・エフェルト伯爵令嬢。
アリーディアの婚約者ディアス・ルード伯爵令息の幼馴染の令嬢である。
彼女は真っ青な顔をして、ナイフをアリーディアの胸から抜いた。
血が胸から流れ出るのが解る。
アリーディアは思った。
わたくしは死んでいるはずなのに、なんでこの女の顔が見えるの?
バンとドアを開けて、ディアスが部屋の中の惨状を見つめていた。
アリーディアは声が出せない。
ただ、ただ、ディアスに向かって、心の中で叫んだ。
― わたくしは殺されたのよ。この女に、ディアス様。この女を捕まえてっ ―
マリーヌはディアスにしがみついて、
「アリーディア様がわたくしを殺そうとしたの。だから、わたくし、ナイフを奪って逆に殺してしまったわ。どうしましょう。公爵令嬢を殺してしまった」
ディアスはマリーヌを抱き締めながら、
「身を守る為にやったのなら、マリーヌ、君を私は守る。君は大切な幼馴染だ」
「有難う。嬉しいわ。ディアス」
― この女がいきなり襲い掛かってきたというのに、どうしてなんで?わたくしが死んだことより、この女の方を心配しているの? ―
ディアスはいつもそうだった。
マリーヌを交流の席に連れて来て、
「マリーヌは私の大切な幼馴染だ。マリーヌが婚約者の令嬢を見たいといったから連れて来たんだ」
マリーヌはにこやかに、
「まぁ、貴方がアリーディア様。マリーヌです。ディアス様とは幼馴染で、なんでもお互いを知っている仲なのですよ」
ディアスはにこにこして、
「帝都では隣の屋敷だから。マリーヌとは幼い頃から領地も隣で、一緒に遊んだものだ」
「互いの家族ぐるみで行ったり来たりしましたもの」
「楽しかったな。あの頃は」
目の前で二人で会話をして盛り上がって。
アリーディアとディアスは政略で婚約した。
ルード伯爵家が息子を婿入りさせることによって、ソレント公爵家の支援を期待して結んだ婚約である。
ソレント公爵家でも、ルード伯爵領には、金が採れる鉱山があり、手を結ぶ事は得があった
。
だから、二人が16歳だった2年前、ディアスと初めて会った時、金髪碧眼で美しい令息だなぁと、うちに婿入りするのだから、少しは頭がよければいいとは思ったけれども。
そして、この人と愛が芽生えればいいと期待した。
でも、交流の席に必ずマリーヌ・エフェルト伯爵令嬢を連れてくるのには呆れた。
そして二人で幼い頃の話で盛り上がるのだ。
貴方は婿入りするのよ。何故、幼馴染の令嬢とばかり話しているの?
そもそも交流する気があるというの?
2年前からその調子で、父に婚約解消してくれと言っても、金の鉱山が魅力があるのか、父は我慢しろと言うばかり。
もうすぐ結婚式をというこの時に、ルード伯爵家に訪ねていったら、客間でいきなり、マリーヌにナイフで胸を刺されてしまったのだ。
ディアスがマリーヌを慰めながら、アリーディアの死体の方を見て、
「隠さないと。庭に埋めよう。公爵家の御者には、これから私とアリーディアが観劇に行くので、先に帰るようにとごまかしておく」
ディアスが布でアリーディアの死体をくるんで、こっそりと庭に運びだした。
汚れた絨毯はマリーヌが丸めて、これも庭に出す。
外は雨が降って来て、布越しにアリーディアの身体を濡らす。
望まぬ婚約だった。
ただ家の損得だけを考えた。
父ソレント公爵はアリーディアを政略の駒としてしか見てくれなかった。
母は幼い頃に亡くなっていない。
父に愛して貰いたかった。
だから一生懸命勉学に励んだ。
優秀な娘だったらきっと愛して貰える。
でも、父は仕事が忙しいと、アリーディアの面倒は使用人に見させた。
家庭教師をつけて勉強だけはさせて、美しさに磨きをかけさせた。
いずれ政略で婚約を結び、婿を迎える。その時に領地経営を婿に任せず、アリーディアが出来るように。
「優秀でなければ私の娘ではない。だからしっかりと励むがいい」
そこまで言われて。
父に頑張って褒めて貰いたかった。
貴族なら誰しも通う皇立学園。
そこでいい成績を取ったとしても。
「ソレント公爵家の娘なら当然だ。学年で8位だと?もっと励むがいい」
褒めて貰えなかった。
寂しい。悲しい。辛い。
だから、ディアスが婚約者になった時に、少しは寂しくなくなると思ったのだ。
愛とか恋とかそういうのをちょっとは期待した。
そう、ちょっとだけ期待したのだ。
沢山、期待した訳ではない。
だって、いままでそのちょっとの愛すら無かったのだから、ちょっとは期待したっていいじゃない。
でも、マリーヌをいつも連れて来るディアスに失望した。
この人は、ちょっとの愛情もわたくしにくれないんだわ。
そして、今、マリーヌに殺されてしまった。
それをディアスは隠そうとする。
わたくしが何をしたというの。
ちょっとの愛情が欲しかっただけなのに。
それをくれなかっただけでなくて、わたくしの命を終わらせるだなんて。
そんなにわたくしが憎かったの?
ディアスの婚約者のわたくしが。
貴方はディアスに愛されているじゃない。
わたくしの死体をディアスは埋めて隠そうとしているわ。
わたくしは冷たい地の中に埋められて、あの女はディアスと日の光の中で幸せに微笑むのだわ。
雨が冷たい。
布に染みこむ雨が。
冷たさを感じないはずなのに、とても寒いわ。
涙を流したいのに、流せない。
わたくしは殺されてしまったのだから……
悲しすぎるわたくしの人生。
ほんのちょっとでもいいから愛情が欲しかった。
気が付いたら、大きな鏡の前に立っていた。
前は茶の髪を豪華に巻いた緑の瞳の令嬢だったのに、輝くくらいの美しい金の髪に青い瞳の見知らぬ令嬢が鏡の前に立っている。
え?これがわたくし?わたくしは殺されたのではなくて?
一人の男性が近づいて来て、
「レティシア。イリア皇妃様からサーシャ皇女様の教育を頼まれた。一年間だ。しっかりと教えてやって欲しい」
レティシア?わたくしはレティシアではないわ。アリーディアよ。
レティシア・パレント公爵令嬢。
いつの間にか、レティシアという令嬢にアリーディアはなっていたのだ。
レティシアという令嬢の知識はある。
彼女も自分と似ていて、懸命に努力をし続けて、勉強してきた令嬢だ。
ただ、ベリス帝国の為に皇立学園に勤めて教育に一生を捧げよう。そう思っていた令嬢だった。
何故?どうして?わたくしはこの令嬢に転移してしまったの?
それじゃこの令嬢の魂はどこへ行ってしまったの?
この令嬢の記憶はある。
それなのにわたくしがこの令嬢として意識があるのよ。
皇女サーシャ様に引き合わされた。
皇宮に引き取られたばかりで右も左も解らない、柔らかな金の髪の女性。
歳は18歳だという。
彼女に勉強を教えることになった。
他の教師も交えて、サーシャ皇女に勉強を教える。
いつの間にかサーシャの護衛騎士の男性も加わって、二人に勉強を教えることになった。
二人はいずれ婚約するのだろうか?
とても仲良さげで。
サーシャ皇女は護衛騎士の男性ユリウスと共に、懸命に勉強に励む。
皇女にいきなりなった彼女にとって辛い勉強のはずなのに、隣にユリウスがいるだけで、嬉しそうな顔をするのだ。
羨ましかった。
アリーディアであった自分は殺されたのだ。
誰にも愛されず。
心に傷を負ったまま殺されてしまった。
ああ、そういえば、わたくしを殺したマリーヌや、婚約者だったディアスはどうしているのだろうか?
気になったので調べてみたら、平然と暮らしていたので驚いた。
彼らは婚約を結んだとのこと。
父、ソレント公爵の事も調べてみたら、親戚から養子を貰って跡継ぎと定めたらしい。
あああ、わたくしは殺されて埋められているのよ。
ルード伯爵家の庭に。
それなのに、あの人達は普通に暮らしているの?
夜会に出席することにした。
ディアスとマリーヌに会えるかもしれない。
二人は仲良さげに腕を組んで、会場に入って来た。
マリーヌは淡い桃色のドレスを着て、ディアスは真っ白な服を着て。
仲良く微笑みながら、会場の軽食が置いてあるテーブルに向かった。
レティシアは深紅のドレスを着て、扇を手に近づいて行って、
「ごきげんよう。ディアス・ルード伯爵令息。マリーヌ・エフェルト伯爵令嬢」
ディアスとマリーヌが慌てたように、
「これはどなたでしたかな?」
「お名前を存じておらず、申し訳ございませんっ」
レティシアは微笑んで、
「レティシア・パレント公爵令嬢ですわ。この皇宮で皇女様の教育係をしております」
ディアスが、
「それはそれは。私達に何用ですか?」
「わたくしの知り合いのアリーディア・ソレント公爵令嬢が行方不明になって早1年。貴方が最後に会ったと聞いたものですから」
そう一年過ぎていたのだ。
自分が殺されてから。
ディアスは思いだすように、
「確かに。彼女とは観劇に行き、そのまま彼女は行方不明になりました。用があるからと、私は送ろうといったのですが」
「そうですの。婚約者の死を、当時は悲しかったでしょうね」
「まぁ、婚約者といっても政略ですし、今は、マリーヌ・エフェルト伯爵令嬢という幼馴染と改めて婚約致しましたので」
マリーヌが口を挟んで来た。
「アリーディア様はどうしてしまったのでしょうね。生きていればよいのですが」
生きていればよいのですがって貴方がわたくしを殺したのではなくて?
憎い女。わたくしが憎かったから殺したのね。
レティシアは、ディアスに、
「そういえば、ルード伯爵家の庭は花が美しいそうね。特に薔薇が。見に行きたいものだわ」
ディアスは明らかに顔色を悪くした。
「いえ、大した庭ではありませんから」
「薔薇の花は……土の養分で色が変わるそうよ」
「何が言いたいのですか」
「いえ、ただ、一般的な話をしただけよ」
背を向けて、その場を去った。
わたくしの死体はルード伯爵家の庭に埋められている。
必ず、掘りだしてマリーヌとディアスの罪を、このまま貴方達を幸せになんてしないわ。
遊び人で有名だった、ジルド皇太子殿下。
やっと、プリメシア・オルク公爵令嬢と婚約したと思ったら、何があったのか婚約解消したと聞いた。
皇太子権限を使えば、ルード伯爵家の庭を掘り返せるかもしれない。
レティシアはジルド皇太子に面会を頼んだ。
ジルド皇太子は客間で会ってくれるという。
レティシアは客間に行くと、ジルド皇太子がソファに座っていて、
「私に何用だ?パレント公爵令嬢」
「お願いがあります。ルード伯爵家の庭を掘り返したいの」
「何を理由に?」
「あそこの庭には公爵令嬢の死体が埋まっています。それを掘り起こして、ディアス・ルード伯爵令息とその婚約者マリーヌ・エフェルト伯爵令嬢の罪を暴きたいのですわ」
「証拠は?証拠も無く、貴族の家の庭を掘り返す事は出来ない」
「わたくしは対抗派閥の令嬢です。皇妃様と側妃様は派閥争いをしております。貴方は側妃様の子。パレント公爵家は皇妃様を支持しています。でも、わたくしは、貴方が派閥を無くしたいとおっしゃっていることを知っております。
わたくしを妻に望んで下さいませ。わたくしならば、皇妃を務める事が出来ます。プリメシア・オルク公爵令嬢と婚約解消した今、未来の皇妃にふさわしい令嬢はわたくししかおりません」
ジルド皇太子の手を握り締めた。
そして耳元で囁いた。
「ルード伯爵家の持つ、金山。あれはとても皇家にとっても魅力的でしょう。公爵令嬢の死体が庭から出て来たといえば、間違いなくルード伯爵家は取り潰しになるでしょうね。そうなったら、皇太子殿下が金山を貰えばよろしいのではなくて?」
ジルド皇太子はにやりと笑って、
「何も出てこなかったら、情報が間違っていたと謝罪すればいいだけだ。いいだろう。ルード伯爵家の庭を掘り返してみよう」
レティシアの耳元で、ジルド皇太子は、
「悪い女が私は好きだ。お前なら有能な皇妃になれるだろう。私の時代には派閥の抗争は無くしたいと思っていた所だ。私の妻になれ。レティシア」
「ええ、喜んで。その前にルード伯爵家の庭を。お願い致しますわね」
これであの男と女に復讐できる。
わたくしの死体を掘り返して。
冷たい土に埋まっているわたくしの死体を。
レティシアは笑みを浮かべるのであった。
ジルド皇太子の命令で、帝都にあるルード伯爵家の庭が騎士達によって掘り返された。
事前に知らせも無く、いきなりやってきた騎士団にルード伯爵夫妻は慌てて、
「庭を掘り返すと?」
「いかに皇太子殿下の命とはいえ、横暴ですわ」
ハリス騎士団長は、
「これは命令ですから」
東の庭を掘っていた騎士団員が、
「死体が出ましたっ。薔薇の下から」
大騒ぎになった。
ドレスを着た茶の髪の女性の白骨死体が出てきたのだ。
ボロボロの丸めた絨毯と共に。
着けていた指輪の紋章から、行方不明になったアリーディア・ソレント公爵令嬢ではないかと判明した。
ルード伯爵夫妻は真っ青になって、
「私は知らないぞ。何故、ソレント公爵令嬢の死体が?」
伯爵夫人も、
「わたくしも知らないわっ」
庭を心配そうに見ていたディアスも騎士団員に拘束された。
騎士団詰所に連れていかれて、厳しい取り調べが行われた。
ディアスはついにマリーヌがアリーディアをナイフで殺したと白状したのだ。
「私はマリーヌを庇ってしまった。殺されたアリーディアを庭に埋めただけだ。悪いのはマリーヌ。マリーヌだ」
ディアスが白状したので、マリーヌも騎士団に拘束された。
マリーヌは泣きながら、
「わたくしがディアス様と婚約するはずだったのに、あの女が横取りしていったのよ。家と家の政略だからって。憎かったの。だから、殺したの。わたくしは悪くないわっ」
と取り調べ室で白状したそうだ。
その事を、ジルド皇太子から聞いたレティシア。
ジルド皇太子はソファに優雅に座りながら、
「お前の言う通りだったな。アリーディア・ソレント公爵令嬢の死体が出て来た。知っていたのか?アリーディアがあそこに埋まっていたのを」
レティシアは思った。
自分がアリーディアだと言っても信じて貰えないだろう。
「それは、わたくしはアリーディアをよく知っていましたから。ディアスに、いつもないがしろにされていたって事も。ですから、ディアスが怪しいと思ったのですわ。まさかマリーヌに殺されていただなんて」
「ルード伯爵家は取り潰し。金山は私の物だ。ルード伯爵夫妻とディアスは鉱山に送って強制労働だな。マリーヌは処刑することになるだろう。公爵令嬢を殺したのだから」
ああ、やっと……
ディアスとマリーヌに復讐することが出来た。
やっと、ああ、やっと……
ジルド皇太子はレティシアの手を取って、
「君は私と婚約を結ぶ事になった。指輪を贈らねばならぬな。好みの指輪はなんだ?」
好みの指輪?今まで男性からまともなプレゼントを貰った事はなかったわ。
「緑の宝石が着いた指輪が欲しいですわ」
「緑の宝石だな。解った。素敵な指輪をプレゼントしよう」
嬉しかった。
わたくしは愛を貰えるのかしら。
ちょっとでもいい。これだって政略なのだから。
ちょっとでも愛が欲しいの。
ほんのちょっとでも。
勉強を教えていた皇女サーシャが、彼女の婚約者ユリウスと共にやって来て、サーシャが抱き着いてきた。
「おめでとうございます。レティシア先生。ジルドと婚約するんですって?とても嬉しいですわ」
「有難うございます。皇女様」
幸せを感じた。
明るい日差しの中、ジルド皇太子が手招きして皆を呼んでいる。
サーシャ皇女が、その婚約者ユリウスが。
将来を共にする仲間達が皆、集まって。
ずっとこの人達と共に生きていきたい。
そう思えた。
アリーディアのお墓が建てられたと聞いて、一人でお参りに出かけた。
雨の降るそんな中、沢山の貴族のお墓の中にアリーディアが眠る墓があった。
そこにそっと花を添えて、レティシアは呟いた。
「ディアスは鉱山へ行ったわ。マリーヌももうすぐ処刑されるでしょう。復讐は全て終わったわ」
墓石をそっと撫でる。雨に打たれて土に転がされたあの日が蘇る。
冷たかった。寂しかった。
「さようなら、愛を貰えなかったわたくし。これからのわたくしは沢山の愛を貰って幸せに生きるわ。毎日毎日、ちょっとだけ欲しいと思った愛が、どんどん増えていって。今は溢れんばかりに幸せなの。ジルド様はわたくしをとても大切にしてくれるわ。周りの仲間達もわたくしを尊重してくれて。わたくしはこれから先、沢山の愛と共に生きる事に致します。だから、アリーディアであったわたくし、どうか安心して眠って頂戴」
かつての自分に背を向けて、
日が差して来て雨が上がって来た。
馬車に戻るレティシアの心は春の日差しと共に晴れ渡るのであった。




