もし君と、別の世界線で出会えていたのなら――やり直した恋は同じじゃなかった
第一話 後悔
『別れよう』
そんなメッセージが来たのは、冬の頃だった。
覚悟はしていた。遠距離恋愛がいつまでも続くなんて思っていなかった。
俺は、『分かった』とだけ返した。
泣きはしなかった。後悔もしてはいない。
けど……
なんだろう……?
あまり、いい気分ではない。
お腹が空いていても箸が進まない。
たまに嗚咽がこみ上げてくることもある。
そして何より、心が痛い。抉られたような感覚だった。
寝る時も、食べる時も、風呂にはいる時も、ずっと頭の中には彼女のことが浮かぶ。
たまに鳴る通知音に、無意識に期待してしまう。
「……彼女のことが……大好きだったんだな」
改めて、そう感じた。
その瞬間、突然涙が溢れてきた。
「悲しい」「会いたい」「何であのとき……」
そんな後悔の感情が、心の底から湧いてくる。
「何であのとき、『分かった』だなんて言ったんだ?
もっと……ちゃんと話せたんじゃないか?そしたら……」
布団にはいるたびに、自分を責める。
「こんなに、後悔しなくても済んだんじゃないか?」
そんなことばかり考えてしまう。
そんな毎日が続いた。
第二話 中学生
彼女と出会ったのは、五年前。中学一年のときだった。
最初はただのクラスメイトとしか思っていなかった。もちろん二人きりで会うことなんてなかった。何なら話すことすら、めったになかった。
そんな俺たちが話すようになったきっかけは、中学一年のときの文化祭だった。
俺たちのクラスは、バンドをすることになった。そのメンバーにピアノが弾ける俺と、ギターが弾ける彼女が選ばれたというわけだ。
最初は「ここをこうしよう!」とか、「このアレンジどう?」くらいの会話だった。
だがやがて、文化祭の話のついでに軽い雑談をするようになった。
それから、俺たちはたまに話す仲になった。
内容はごく普通だった。
何気ない世間話だったり、好きな音楽についてだったり……。
特別なことなんてなかった。
ただの異性の友達。
別にお互いに異性として見ているわけでもなかった。
けれど、外から見れば、俺たちはカップルみたいだったらしい。
たまに、友達から「付き合っているだろ?」って言われることも珍しくなかった。
まあ、そのときの俺はまったく気にしていなかったのだけれども……。
俺が彼女のことを意識するようになったのは、中学二年のときの校外学習のときだった。
俺は、未だに地図がないと、家から最寄りの駅まで辿り着けないくらいの方向オンチだ。
もちろん、そのときも道に迷った。
ちょっとだけ、ボーッとしてたらいつの間にか知らないところに来ていた。
周りは異様に静かだった。
俺はその場をずっとあたふたしていた。
「どうしよう」と思っていたときだった。
どこからか、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
俺が返事をすると、足音がどんどん近くなってきた。
やがて、彼女が現れた。
「よかった」と言って彼女は笑った。
天使みたいに眩しくて、可愛い笑顔だったのを、今でもよく覚えている。
それから、彼女と会うたびに心臓が「ドクッ」となるようになった。
目を合わして話すこともできなかった。
意識しないと勝手に視線が彼女を追ってしまう。
最初は何なのか分からなかった。
「これが………恋」
そう気づいたのは、中学二年の終わりの頃だった。
それから、俺にとっての彼女は、ただの「異性の友達」じゃなくなった。
俺たちが付き合い始めたのは中学三年の夏だった。
彼女は海が好きだった。だから、俺は「一緒に海に行こう」と誘った。
「うん、行こう!」
彼女は笑って返事した。
何度も彼女の笑顔を見てきたけど、あのときの笑顔は一番輝いていた。
海で遊んだあと、俺は告白した。
彼女は少し驚いていたが、やがて「よろしくお願いします」って言った。
俺は幸せだった。
何が起こっても怖くない気がした。
今思えば、あのときが、一番満たされていた気がする。
そして、そのときの俺はこれから起こることをまだ知らなかった。
第三話 高校生
最初の頃は上手くいっていた。
学校でも手を繋いで、休日はデートに出かけて、夜は電話していた。
毎日こんなことが、続くと思っていた。
高校一年の終わりとき。
俺は彼女に「放課後、校舎裏に来て」と言われた。
「何だろう?」
そんなことを呑気に考えながら、放課後、校舎裏に向かった。
彼女は既にそこにいた。少し暗い顔をしていた。
「どうしたんだ?」
俺がそう言おうとすると、彼女はそれを遮るようにして俺の名前を呼んだ。そして――
「別れよう」
そう言った。
俺は固まった。
「別れよう?」
思いもしなかった言葉が飛んできた。
「な、何でだ?」
ようやく声が出た。
「留学することになったんだ。卒業まで」
彼女の一言一言がなぜか重かった。
「これから、遠距離になっちゃうから……だから……」
「嫌だ、別れたくない」
俺はそう言って彼女の小さな手を握った。
「遠距離だっていい。俺は……別れたくない」
確か、俺はそう言ったはず。正直言って、なんて言ったか覚えてない。ただ、必死だったのだけは覚えている。
「……本当にいいの?二年間まったく会えなくなっちゃうけど……」
弱々しい声だった。
「別にいい」
俺がそう言うと、彼女は「分かった」と言った。
そして、「これからもよろしくね」と言って笑った。
けど、その笑顔は曇っていた……ように見えた。
そして、三月。彼女は留学した。
最初は頻繁にやり取りをしていた。時差に困ることもよくあったが、だんだんと慣れていった。電話も毎日必ずしていた。
けれど、少しずつ頻度が落ちていった。
最終的には月に一、二回、連絡する程度になった。電話も月に一度するかしないかぐらいだった。
俺も、おそらく彼女も気持ちが冷めていっていた。
そして、高校三年の春――
『別れよう』
そんなメッセージが届いた。
第四話 不思議なサイト
「気持ちが冷めていった」
そんな風に言ったが、そんなことはなかった。
むしろ、付き合ったとき以上に熱くなっていた。
でも、もう遅すぎた。それに気づいたのは別れたあとだった……。
「何で、あのとき別れたんだ……」
そんな後悔とともに、一つの疑問が浮かび上がった。
「もし、彼女が留学しなかったら……。
もし、俺たちがもっと後に、大学生になってから出会ってたら……。どうだったんだろう……?」
そんなことを思っていると、通知音が鳴った。俺は急いでそれを見た。
そこにはまだ、期待している俺がいた。
彼女からのメッセージ、ではなくただの広告だった。
俺はため息を吐いた。
期待している自分がいた分、ショックが大きい。
いつもなら、俺はここでスマホを放り投げるのだが……今日の俺は、なぜかそんなことしなかった。
それどころかいつの間にか、「もし、彼女と別の世界線で出会えていたのなら」と検索していた。
俺は慌てて消そうとした。が、一つ。目を引く検索結果が出た。
「もし、彼氏/彼女さんと別の世界線で会えていたのなら?再現してみせます!」
そんなサイトだった。
不思議と興味が惹かれた。
俺はサイトを開いた。
どんな世界線でも再現してみせます!
堂々と真ん中に、そう書いてあった。
そして、その下には、
「あなたとパートナーさんのこと(出会い、きっかけ、別れ)、全て書いてください」
と書いてあった。
「そんなこと、できるはずがない」
俺はそう思い、サイトを閉じようとした。
だが、不思議と閉じる気になれなかった。
「まあ、暇だしいっか」
そう思い、俺は、俺と彼女とのことを書き始めた。
「出会い」、「きっかけ」、「別れ」
全てを書いた。書き終わったのは二時間後だった。それだけ、たくさんの思い出がある。
そして、最後に「もし、俺たちが出会ったのが大学生の頃だったら?」と書いた。
そして、俺は「再現」というボタンを押そうとした。だが、直前で手が止まる。
「本当に……押していいのか?」
一瞬そう思ったが、今さら戻れるか!っと思い切って押した。
次の瞬間、画面が眩しい光を放った。俺は思わず、目を閉じた。
第五話 もしもの世界
気づいたとき、俺は立っていた。
見慣れない場所に。
「……は?」
思わず声が漏れる。
さっきまで、自分の部屋にいたはずだった。 スマホを握って、「再現」のボタンを押して――
そこまでしか、記憶がない。
周りを見渡す。
人通りの多い通り。見上げれば、大きなガラス張りの建物。 行き交う人たちは、スーツや私服ばかりで、制服の姿は一つもない。
「……大学?」
なぜか、そう思った。
そのときだった。
「――あ、ごめんなさい!」
ドンッ、と軽く肩がぶつかる。
俺は反射的に振り向いた。
「いえ、こっちこそ――」
言葉が、途中で止まった。
目の前にいたのは――
「……え?」
彼女だった。
五年間、ずっと一緒にいた、あの彼女。
忘れたくても忘れられなかった、あの笑顔。
けど、どこか違う。
髪は少し伸びていて、雰囲気も大人びている。 見たことのない服装。
それでも――間違えるはずがなかった。
「……あの、大丈夫ですか?」
彼女は、不思議そうな顔でこちらを見ている。
――知らない顔だった。
俺を知っている表情じゃない。
「……いや、大丈夫」
やっと、それだけ言えた。
心臓がうるさいくらい鳴っている。
頭が追いつかない。
でも、一つだけ分かったことがある。
――ここは、「もしも」の世界だ。
「……じゃあ、俺たちは――」
そのとき、彼女が小さく笑った。
「よかった。怒ってないみたいで」
その笑顔に、胸が締め付けられる。
――同じ笑顔だ。
あの頃と、何も変わらない。
なのに。
「じゃあ、私、行かないと」
彼女はそう言って、俺の横を通り過ぎようとした。
その瞬間。
「――待って」
気づいたら、手を伸ばしていた。
彼女の腕を、掴んでいた。
「……え?」
驚いた顔で振り向く彼女。
その目に映るのは、完全に“初対面の男”としての俺だった。
「……あ、ごめん」
慌てて手を離す。
何やってるんだ、俺は。
でも――
このまま、行かせたら。
また、同じ後悔をする気がした。
「……あのさ」
震える声で、言う。
「もしよかったら……少しだけ、話さない?」
彼女は一瞬、戸惑った表情を見せた。
けれど――
「……いいですよ」
小さく、そう答えた。
その一言で。
止まっていた時間が、少しだけ動き出した気がした。
――今度こそ。
間違えないために。
俺は、彼女の隣に並んだ。
まるで、「初めて出会った」みたいに。
それから、俺たちは近くのベンチに座って話した。
話しているうちに、俺は確信した。
「やっぱり、彼女だ」
髪型や背丈、声などは若干変わっていたが、中身は一緒だった。
好きなこと、趣味、留学したこと。
そして、何より眩しい笑顔。
全部一致している。
それでも――決定的に違うものがあった。
「……どうかしました?」
彼女が首をかしげる。
その仕草すら、懐かしい。
けど。
「いや……なんでもない」
俺は笑ってごまかした。
――違う。
分かっている。
この世界の彼女は、「俺との思い出」を一つも持っていない。
「そういえばさ」
少し間を置いて、俺は聞いた。
「今、大学何年?」
「二年です」
やっぱりだ。
年齢も、時間も――俺が望んだ通りの世界になっている。
「そっちは?」
「……俺も、同じ」
自然に嘘が出た。
本当は違う。 でも、説明なんてできるわけがない。
「へぇ、じゃあ同い年なんだ」
彼女は嬉しそうに笑った。
その無邪気な笑顔に、胸が締め付けられる。
――こんな顔、前も見た。
でもそれは、「俺を知ってる彼女」の笑顔だった。
今、目の前にいるのは。
俺のことを、何も知らない彼女だ。
「……ねえ」
気づけば、口が動いていた。
「今までさ、付き合ったこととか……ある?」
自分でも最低な質問だと思った。
けど、聞かずにはいられなかった。
「え?」
彼女は少し驚いたあと、少し考えてから答えた。
「うーん……あるにはあるけど、長くは続かなかったかな。フラれちゃってさ」
軽い口調だった。
まるで、特別な意味なんてないみたいに。
――違う。
俺たちは、五年も一緒にいたんだぞ。
「そっか」
それだけしか言えなかった。
喉の奥が、少し詰まる。
「なんでそんなこと聞いたの?」
彼女が不思議そうに聞く。
その目は、純粋な疑問そのものだった。
「……なんとなく」
また、誤魔化す。
本当は叫びたかった。
――俺たち、もっと長く一緒にいたんだぞって。
――お前、俺のこと好きだったんだぞって。
でも――
言えるわけがない。
だって、それは。
この世界には「存在しない記憶」だから。
「変な人ですね」
彼女はクスッと笑った。
少しだけ、距離が縮まった気がした。
けど同時に。
どうしようもない距離も、はっきりと感じていた。
「……あのさ」
俺は、静かに言った。
「また……会える?」
ほんの少しの沈黙。
その時間が、やけに長く感じた。
「……いいですよ」
彼女は、あっさりと答えた。
「じゃあ、連絡先交換しましょうか」
スマホを取り出す彼女。
その何気ない仕草に。
心臓が、痛いくらい高鳴る。
――やり直せるかもしれない。
そんな期待と。
――これは、本当に「同じ彼女」なのか?
という、拭えない不安が。
胸の中で、ぐちゃぐちゃに混ざっていた。
それでも。
「……うん」
俺は、小さく頷いた。
今度こそ。
間違えないために。
――今度こそ。
ちゃんと、好きになるために。
第六話 飴玉
「……そういえば」
ポケットに手を入れて、俺はふと立ち止まった。
「なんで……スマホ、あるんだ?」
画面をつける。 見覚えのあるホーム画面。
おかしい。
これは、本来「あっちの世界」にあるはずのものだ。
財布も、腕時計も、全部そうだ。
「……なんだよ、これ」
胸の奥が、じわっとざわつく。
あのサイトの言葉が、ふと頭をよぎった。
『どんな世界線でも再現してみせます!』
「……再現、ね」
小さく呟く。
どこまでが「再現」なんだ?
俺の持ち物まで? 記憶まで? それとも――
「……俺自身も、か?」
答えは出ない。
ただ一つ、分かっていることがある。
――この世界は、都合が良すぎる。
正直言って、怖かった。
この世界は、あまりにも都合が良すぎる。
俺の願い通りの時間で。俺の知っている彼女がいて。
まるで――「やり直せ」って言われてるみたいだ。
「……ふざけんなよ」
小さく呟く。
そんな簡単に、やり直せるわけがない。 あの後悔も、あの時間も―― 全部、本物だったはずなのに。
「……でも」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
もう一度、やり直せるなら。
今度こそ。 間違えないなら。
――こんな都合のいい世界でも、いいと思ってしまった。
って、ヤベッ。講習に遅れる!
俺は走ろうとした。
すると、ポケットの中が揺れた。
「なんだ?」
スマホ以外何にも入ってないはずだが……
俺はポケットに手を突っ込むんだ。
確かに中に何かある。
俺はそれを取り出した。
「何だこれ?」
ポケットの中にあったのは飴玉と折りたたまれた紙だった。
俺は紙を広げた。
もし現実に戻りたくなったら、これを食べてください
「現実に戻りたくなったら、か……」
そんなこと思うはずがない。あんな現実になんか戻りたくない。
俺は飴玉と紙をカバンに入れて、次の講習に向かった。
第七話 この世界の彼女
それから、俺たちはよく話す仲になった。
「あなたとはとても気が合う」
彼女は話すたびにそう言って笑う。
「当たり前だ。だって俺はお前のこと何でも知っているから」
俺は心の中でそう呟いた。
俺たちが出会った年の夏、俺は彼女と海に出かけた。
そして、夕日を背にして告白した。
返事は、「よろしくお願いします」だった。
これも現実と同じだった。
何もかもがうまくいっていた。
現実の世界に戻りたい、だなんて微塵も思わなかった。
何もかもが現実と同じ、だと思っていた。
俺がそれに気づいたのは、彼女の家に泊まったときだった。
家のリビングに飾ってある一枚の写真。
そこに写っていたのは、中学生くらいの彼女と見たことあるやつだった。
「これ誰だ?」
俺は彼女に聞いた。
「元カレ」
彼女はそう答えた。
「……元カレ?」
俺は戸惑った。
どういうことだ?俺の知る限り、彼女に俺以外の彼氏がいたことはないはずだ。
俺は元カレの写真を見る。見たことない、見覚えないない人物だ。
「どうしたの?もしかして嫌になっちゃった?」
彼女は心配そうな顔でこちらを見ている。
「え、ううん。そんなことないよ」
俺はわざと明るく振る舞った。
「それより、このカレー美味しそうだな」
俺はとっさに話題を反らした。
「ささっ、食べて」
「いただきます」
俺はカレーを口に運んだ。
なんか違う……。
俺はそう思った。
美味しくないわけじゃない。むしろめちゃくちゃおいしい。
だけど、何だろう。
何かが違う。
そういえば……
「カレーの作り方は俺が教えたんだっけか」
俺はそんなことを思い出した。
「この世界の彼女は、俺からカレーの作り方を教わってない。そして、元カレがいる……。もしかして……」
俺はあることに気づいた。が、それを認めたくなかった。
「折角、やり直せる機会ができたのに、それを捨てるだなんて、できない」
俺はカレーを口に運ぶ。やっぱり違う。
口の中に残る味を、ゆっくりと飲み込む。
目の前にいる彼女は、笑っている。 いつも通りの、あの笑顔で。
でも――
「なあ」
気づけば、声が出ていた。
「ん?」
彼女が首を傾ける。
その仕草も、声も、全部知っているはずなのに。 どこか、遠い。
「このカレーさ」
「うん?」
「誰に教わったの?」
ほんの少しの沈黙。
「え?」 彼女は一瞬きょとんとして、それから笑った。
「ネットだよ。最近、レシピいっぱいあるじゃん」
――違う。
即座に、そう思った。
前の彼女は、違った。 最初は全然うまく作れなくて。 何度も失敗して。
「もう無理!」って拗ねて。
それで俺が――
「……そっか」
それ以上、何も言えなかった。
「変なこと聞くね」
彼女はくすっと笑う。
その笑顔に、胸が痛む。
「……なあ」
もう一度、口を開く。
やめとけ、ってどこかで思ってるのに。 止まらなかった。
「前にさ」
「うん?」
「……誰かに、料理教わったことってない?」
彼女は少しだけ考えて――
「ないよ?」
あっさりと、そう言った。
「……そっか」
終わった、と思った。
何が、ってわけじゃない。
でも、確実に。
「……どうしたの?」
彼女が不安そうに覗き込んでくる。
その距離の近さに、思わず目を逸らした。
「いや、なんでもない」
嘘だった。
本当は。
――全部、違う。
目の前にいるのは、 俺が好きだった「彼女」じゃない。
第八話 俺が憧れていたのは……
その夜、俺は布団のなかで考えた。
「このまま、ここにいいのか?」
俺は彼女の顔を思い浮かべる。
この世界の彼女と現実の彼女は同じ人だ。
「あのサイトはすごいなぁ」
俺はそう呟いた。
あのサイトは完璧に再現している。
この世界は――
「もし、俺と彼女が出会ったのが大学生の頃だったら、を再現した世界線」
だがら、この世界の彼女に俺との思い出がないのも、元カレがいたのも、カレーの味が何か違ったのも、全部……
そう思った瞬間、涙が溢れてきた。
「この世界にいても、幸せにはなれない」
認めたくなかった。
けど――
認めざるを得ない。
「……帰ろう」
正直言って、帰りたくないと思っている自分もいる。
この世界の彼女が嫌いなわけじゃない。
むしろ、好きだ。
一緒にいて楽しい。
だけど……
彼女は彼女であって、彼女ではない。
俺が憧れて、追いかけていたのは、「現実の彼女」だ。
俺が天使だと思ったのは、「現実の彼女」だ。
だから、帰るんだ!
俺は飴玉を口に放り込んだ。
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
第九話 電話
俺は目を空けた。目の前には見覚えのある机。
現実の俺の部屋だった。
「帰ってきた……」
その瞬間、肩の力が一気に抜けた。
俺はスマホを見た。日付は、あの世界に行く前の世界と同じだった。
俺は布団に寝っ転がった。
正直言って、戻ってきたこと後悔していないと言えば嘘になる。
けど――
これでいい。
そう思った。
そのとき、通知音がなった。
彼女からだった。
『今電話ってできる?』
俺は心臓がドクドクとなった。
〜終わり〜




