第1章:エンデリアン — 彼女が生まれる前、そして誕生の日
西の空が嵐に打ち砕かれた夜。エンデリアンの本宮だけは、窓辺の滴に反射する数千本の蝋燭の光で眩いほどに輝いていた。
セラエルが産気づいたのは、午後の早い時間だった。
始まりは腰に走る鈍い痛みだった。妊娠六ヶ月の頃、彼女が侍医に密かに尋ねた痛み。「それは千の針に刺されるような痛みですか? それとも、押し潰されるような痛みでしょうか?」
侍医の答えは今も耳に残っている。『それは静寂と共に始まります、妃殿下……。そしてその後、貴女のすべてを奪い去ろうとするでしょう』
彼女は天井を見つめ、痛みがその役目を果たすのを待った。使いを送ることも、触れ回ることもさせなかった。知らせれば、彼女が忌み嫌う「同情」を張り付けた人々でこの部屋が埋め尽くされると分かっていたからだ。
「どうせあの子たちは、私が死ぬのをあの時と同じ目で見物しに来るだけ……」彼女は虚空に向かって呟いた。「『だからあの時、この子を産むべきではないと言ったのだ』という冷ややかな目で」
日が落ちる頃、三人の産婆が音もなく忍び込んできた。彼女たちは無意味な挨拶を口にせず、ただ黙々と湯と清潔な布を準備し始めた。セラエルはその静寂に感謝し、そっと目を閉じた。
西離宮は、王宮の中で最も孤独な場所だ。皇帝が、彼女を第三夫人として迎えたその日に与えた場所。
「ここは美しいぞ、セラエル。庭園と噴水の眺めが、お前の心を癒やすだろう」
皇帝はかつてそう仰った。
だが数年を経て、彼女はその甘い言葉の裏に隠された真実に気づいた。ここはカリスティアの住む北離宮から遠く、モーウェンの東離宮へ歩いて行くにはあまりに遠すぎる。彼女はただ、自分の声が誰にも届かない場所へと追いやられたのだ。
応えなき遺言
執務室では、皇帝が並べられた二通の報告書に目を落としていた。
「一通目。モーウェン妃殿下に産徴あり。母子ともに健康状態は極めて良好にございます」
「二通目。セラエル妃殿下も産気づかれましたが……予期されていた通り、容態が危ぶまれます」
皇帝が書面を置くと、露の滴る音が聞こえるほどの沈黙が部屋を支配した。一ヶ月前、怒りに震える声で彼女を問い詰めた日の光景が蘇る。
「セラエル、何のために死ぬつもりだ!」皇帝は部屋中に響く声で怒鳴りつけた。「まだ顔も見ぬ子供のためか? それとも、体が丈夫ではないと言った私への当てつけか? 意地を張らずに侍医の言うことに従え!」
あの日のセラエルは、ただ顔を上げ、波ひとつない水面のような静かな瞳で皇帝を見つめ返した。
「当てつけではありません……」彼女の声は弱々しく、しかし確かな意志を宿していた。「ただ、あの子に生きていてほしいのです。たとえそれが、私の命と引き換えであっても」
皇帝はその日、顔を背けて立ち去り、二度と西離宮へ足を運ぶことはなかった。
今夜、皇帝はモーウェンの部屋の前を何度も往復していた。焦燥を隠すように規則正しい足音を刻み、跪く家臣たちは誰も、皇帝の障りにならぬよう「セラエル」の名を口にする者はいなかった。
カリスティアの予感
「お母様、どうしてお外はあんなに雨がひどいの?」
五歳になるエゼキエルが、カリスティアの膝の上で微睡みながら呟いた。
彼女は息子の髪をゆっくりと撫で、雨幕の向こうにある西の空を見つめた。
「雨が何かを洗い流しているのよ……新しい命が芽吹くためにね」
カリスティアはすべてを察していた。王宮内の噂は、彼女にとって隙間風のように筒抜けだった。セラエルを憎んではいないが、愛してもいない。彼女たちの関係は、底の見えない深淵の上に塗り固められた「礼儀」という名の虚飾に過ぎなかった。
(あの子は、居場所のない王宮に生まれてくるのね)
カリスティアは息子の肩を抱き寄せ、心の中で思った。(皇帝陛下は喪失を嫌われる。そして、己を傷つける存在を……消し去ることで始末なさるお方だわ)
誕生の瞬間
モーウェンの部屋は明るく暖かさに満ちていた。産婆が掛ける掛け声と、侍女たちの励ます声が響き渡る。
「あと少しです、妃殿下! 王女様がお生まれになります!」
モーウェンは奥歯を噛み締めた。激痛が走るが、彼女には希望があった。扉の向こうに皇帝が待っていることを知っていた。自分が選ばれた者であることを確信していた。
(私の私の子は、光の中で育つのだわ)
彼女はそう信じ、最後の一振りに力を込めた。
だが、西離宮では――セラフィナは静寂の中で産声を上げた。
歓喜の声はなく、ただ窓を叩く雨音が、今にもガラスを砕かんばかりに激しく響いていた。産婆は慎重に赤子を取り上げると、白い布で包み、息が絶え絶えになっている母親の傍らにそっと置いた。
セラエルは重い瞼を持ち上げた。かつての美貌は紙のように白く褪せていたが、その瞳には最後の光が宿っていた。
震える指を伸ばし、赤子の柔らかな頬に触れる。
「セラフィナ……」その声は枯れていた。「お母さんの名前は……あなたの中に、一緒にいるわよ……」
赤子が火がついたように泣き出した。まるで、この世界の冷たさに抗議するかのように。
セラエルは微笑んだ。満足感と疲労に満ちた笑みを浮かべ、ゆっくりと目を閉じた。
娘の頬に触れていた手が力なく落ち、最後の一息が夜風の中に消えていった。
冷徹なる命
それから間もなくして、東離宮から地を揺るがすような歓喜の声が上がった。
セネスティアの誕生である。
皇帝は透き通るような肌をした赤子をその腕に抱き、愛らしい顔を安堵の表情で見つめた。しかし、一人の侍従が震える足取りで歩み寄り、耳元で報告を囁いた。
皇帝はその報告を静かに聞き届けた。セネスティアをモーウェンの腕にそっと戻すと、背筋が凍るほど無機質な声で命じた。
「あの方にまつわる品々をすべて処分せよ。ここに居たという痕跡すら残してはならぬ」
「陛下……では、お生まれになった『王女様』はいかがいたしましょう?」侍従が震える声で尋ねた。
皇帝は一瞬沈黙した。冷ややかな視線が窓の外へと向けられる。
「私の血を引く者を物とは言わぬ……だが、ここはあの子の居場所ではない。命じた通りにせよ」
孤独の第一歩
翌朝、そこには虚無だけが残されていた。セラエルの遺体は密かに運び出された。
二人の使用人が西離宮の寝室に入り、彼女の持ち物を箱に詰め込み始めた。彼女が読んでいた本、髪の毛が残ったままの木のブラシ、刺繍の途中のハンカチ。
「これは燃やすのか?」一人が、セラエルが数ヶ月間待ちわびていた、花の彫刻が施された木製の揺り籠を指差した。
「副宮(離宮)へ運べ」もう一人が小声で答えた。「あの子のところへ……」
生後三日目の朝、セラフィナは副宮へと送られた。
華やかな行進も祝福の言葉もなく、ただ一台の古ぼけた馬車が、一人の乳母と質素な布に包まれた赤子を乗せているだけだった。
副宮は、時が止まったかのような場所だった。埃の臭いと色褪せたカーテンが、新しい主を迎えた。乳母は運び込まれた揺り籠に赤子を寝かせると、他の用事を片付けるために部屋を出て行った。
セラフィナは古びた天井を見つめていた。空腹と寒さで、彼女は泣き始めた。
だが、誰も来ない。
慰める声すら聞こえない。
長い時間が過ぎ、泣き声は次第に静まっていった。ただ暗がりを見つめる、深い色の瞳だけが残された。
そこから数里離れた場所では、王女セネスティアの誕生を祝う盛大な宴の笑い声が、華やかに響き渡っていた。




