他人をいじるくせに自分がいじられるのは嫌、なんて通用しませんよね
この私、子爵令嬢メリエ・フロールは、十七歳で伯爵令息デリック・シュトレイヒと婚約を交わした。
伯爵家と繋がりができることは、我が家にもメリットは大きく、この婚約そのものに異論はなかった。
デリックはチョコレートのような濃い茶髪を真ん中で分けた、ハンサムと言っていい男だった。
だけど、このデリックという男は――
「お前の頭ではいつも火事が起きてるな。冬は温かくてよさそうだ」
――他人をいじるのが好きだった。
私はウェーブのある赤髪だったので、そのことをよくいじられる。
はっきり言って不快なのだけど、向こうの方が立場は上なので大っぴらに非難するわけにもいかない。いつも曖昧な愛想笑いで対応していた。
しかも質の悪いことに、デリックは自分のいじりにセンスがあると思っていた。
パーティーでは決まって会った相手をいじる。
「なんだ、その黒いマントは。呪いの儀式でもやるのかぁ?」
「随分大きいネクタイだな。まるでよだれかけだ! 赤ちゃんみたいだ!」
腰のくびれた女性にこんなことも言う。
「砂時計みたいな体をしてるな。砂はどこに入ってるんだ?」
相手が大人な対応をすると、この男は自分のいじりがよかったのだとドヤ顔になる。
正直うんざりした。これから何十年もこの男の伴侶となることが恐ろしくなった。牢獄暮らしの方がまだマシかもしれない。
だから、あえてやんわりと忠告することもあった。
「デリック様、あなたは相手の特徴を面白おかしく表現しようとすることが多いけど、あれ……あまりよくないと思うんです」
なるべく言葉を選んだつもりだったけど、デリックは私を睨みつけてきた。人の痛みには鈍感なくせに、こういう時に限ってやたら鋭い。
「なんでよくないと思うんだ?」
「傷つく人もいると思いますし……」
「バカ言え。俺のやってるのは“いじり”だ。いじりで傷つく奴なんてあるもんか」
「それは相手次第だと思います。あなたは軽い気持ちでいじったつもりでも、向こうはダメージを受けることってあるでしょうし……」
デリックは目を尖らせる。
「あの程度のいじりでそんなこと起こるか! もし起こったとしたら、そいつの心が弱すぎたってだけの話だ!」
「でも……」
「うるさいぞ! 頭の上で火災が起きてる分際で! さっさと消火しろよ! どこかに燃え移ったらどうするんだ!」
私の赤髪を攻撃してきた。本人的にはいじりのつもりなんだろうけど。
「ご、ごめんなさい」
「ふん! みんなが俺のいじりを楽しんでる。俺はこのいじりで社交界を盛り上げていくんだ!」
盛り上げるどころか穴を掘っていることにまるで気づいていない。
完全に勘違いをしているこの男を見ていると、頭痛とめまいがしてくる。
かといって、この男の機嫌を損ねることなくブレーキをかけさせる妙案など思いつかない。
私は毎度のように繰り広げられる“いじり”を我慢しつつ、どうにか交際を続けた。
***
こんな私にも特技ともいえる趣味があった。
それは――庭いじり。
草木を手入れして、庭の景観を整える。
王都で開かれたガーデニングコンクールで優勝したこともあり、その時王家に仕える高官に目をかけられ、「王城の庭園を手入れしてみないか」とスカウトされ、今は週に一度王城に通っている。
お城の庭はさすがに立派で手入れしがいがある。
楽しいし、給金も貰えるし、お城勤めの人と知り合えるし、一石二鳥どころか三鳥ってやつね。
一応デリックを誘ったこともあるんだけど、あの男は庭いじりには微塵も興味を持たなかった。
『草木をいじるって、お前は虫か? イモムシか?』
『土を耕して花壇の手入れ? あいにく俺はモグラじゃないんでね』
『お前が庭をいじると、庭園で火事が起きてるように見えるかもな。ハハハ……』
散々にいじられて不快になっただけなので、二度と誘わないと決めた。
笑い声を思い出すだけでイライラする。
そんなある日、私は一人の青年と出会った。
オーバーオール姿ながら、さらさらの金髪と琥珀色の瞳を持つ素敵な方だった。
それは王国の第三王子ハルディン・ドウォール様だった。
彼もガーデニングが好きで、ちょくちょく庭いじりをしているとのこと。
週に一度来る私に興味を持って、声をかけてくださった。
「君がここ最近庭を手入れしてくれてるというフロール家のご令嬢かい?」
「ええ、メリエ・フロールと申します」
「僕もガーデニングが好きでね。よかったら、一緒にやらない?」
「喜んで!」
ハルディン様の腕前はなかなかのもので、二人で庭いじりをするのは楽しかった。
それにハルディン様が庭いじりをするのにはちゃんと理由があった。
王家の次代を担う三兄弟は、仲が良く、役割分担がしっかりしていることで有名である。
厳格なことで知られる長兄の第一王子殿下は政務全般を担当し、次兄の第二王子殿下は剣術に長けており王国軍の統括を担っている。
第三王子であるハルディン様は、国土そのものの運営――すなわち交通や農業、果ては自然環境のデザインに携わる。兄らからもそのセンスは絶賛されている。
ハルディン様は庭いじりをしつつ、こうおっしゃっていた。
「庭園は小さな国家といえるかもしれない。一見華やかに見えるが、放置しておけばすぐ草木は伸び放題になり、せっかく作った道ですらまともに歩けなくなってしまう。だけど、だからこそ愛おしい。僕はこの庭園を愛でつつ、国家経営という難業を兄上たちとともにやり遂げてみせるよ」
「……ハルディン様ならきっとできますよ!」
「ありがとう、メリエ」
ハルディン様と仲良くなる一方、デリックのいじりはますます酷くなっていった。
「うわっ、火事だ! ……と思ったら、なんだメリエか。驚かすなよ、人間火事女」
「デリック様ったら、相変わらず冗談がお好きですね」
「まあな。今日も俺のいじりは絶好調だ!」
どうにかしたい……。
この男とまもなく結婚すると思うと、本当に頭が焼けるような痛みを抱く。
思い詰めた私はハルディン様に相談してみることにした。
***
王家の庭園にて――
「逆にいじってみたらどうだい?」
ハルディン様は木の枝を鋏で切りながらこう言った。
「いじる?」
私は花に水やりをしながら答える。
「いつも他人をいじってる彼をいじってみるんだよ。おそらくそれで彼の真の器が分かる」
「なるほど……」
「もしそれで彼が笑い飛ばせるようなら良し。さもなければ……」
――ジョキン。
枝が落ちた。
そして、ハルディン様はある作戦を授けてくれた。
私はその作戦を快く受け入れ、うなずいた。
憎きデリックの顔を脳裏に思い浮かべ、その作戦の成功を心から祈った――
***
もうまもなく婚約期間も終わるということで、デリックは盛大な夜会を開催した。
大勢の客人が来るが、こんな華やかな場所でもやはりデリックはいじりを炸裂させる。
ある大人しめの令嬢に、ニヤニヤしながら声をかける。
「おい、そこのお前」
「は、はい」
「ずいぶんビクビクしてるな。ひょっとして逮捕でもされるのか? このパーティーは犯罪者はお断りだぞぉ?」
「す、すみません……」
「ハッハッハ、おーい誰か手錠を用意してくれ! こいつを逮捕しよう!」
どこが面白いのだろう。この男の辞書にはデリカシーという文字がないのだろうか。本人はこれを一種のユーモアだと思っているから救いようがない。
だけど、そんな勘違いの日々も今日まで。
なぜなら今日は――
「デリック様」
「ん?」
「いつもいつも面白いと思って人をいじってばかりいますけど、全然面白くありません。相手は傷ついているのにしつこく嘴を叩きつける様はまるでキツツキですね」
――私がいじるから。
「……は?」
デリックはかつてない形相で睨みつけてくる。
周囲の人間はざわつく。
当然だ。今までデリックの従順な猫だった私が、突然噛みついたのだから。
「なんだ、キツツキってのは」
「だから、あなたをキツツキにたとえたんですよ。いつも人を嘴でコンコン叩くから」
「バカにしてるのか!?」
「いつもあなたがやってることじゃないですか。これは“いじり”ですよ」
デリックの眉間にしわができる。
「いじりだとぉ!?」
「あなたはいつもこうやって人をなにかにたとえていじるじゃないですか。私はこの赤毛をよく火事にたとえられるし、今は緊張しているその子を犯罪者呼ばわりしていた。それと一緒です」
「ふ……ふざけるな! 俺のいじりにはユーモアがある! お前のとは違う!」
「どこが違うんです? みんな、あなたのいじりには辟易しています。他人をいじるくせに自分がいじられるのは嫌、なんて通用しませんよね」
今までずっと言いたかったことを堂々と言ってやった。
人生でこれほど爽快感を覚えた瞬間はないかもしれない。
周囲からも「そうだそうだ」「いつも不愉快だった」などとささやきが聞こえてくる。
これを聞いてデリックの顔がさらに歪む。
「分かったでしょう、キツツキさん。あなたはみんなに煙たがられている。これに懲りたらいじりはもうやめて――」
「黙れぇ! お前如き、頭が火事になってるような女に、とやかく言われる筋合いはない!」
デリックは私に殴りかからんばかりの勢いで詰め寄ってくる。
だけど、私が恐れることはない。なぜなら、これもシナリオの内だから。
「ずいぶん口の悪い貴族もいたものだね」
現れたのは、オーバーオール姿のハルディン様。
これもハルディン様の作戦の一つで、あえてこの格好を選んだ。
とはいえ、そんなお姿でも第三王子としての気品は隠せず、出席者たちは圧倒されている。
もっとも、デリックだけは別だった。悪い意味で。
「なんだお前は!? ふざけた格好しやがって!」
「名乗るほどの者じゃない」
「……!」
「庭いじりが趣味の、通行人だと思ってくれ」
「庭師かなんかか。いいか、ここはお前のような下賤な輩が来る場所じゃないんだよ! お前のようなムシケラはどこぞの庭でミミズとでも戯れてろ! なんなら今ここで踏み潰してやろうか!」
もはやいじりでもなんでもないただの暴言に、ハルディン様は薄く笑う。
「ああ、戯れるとしよう。城の庭園で」
「は? 城?」
その途端、スーツを着た大勢の男性たちが夜会になだれ込んできた。
「貴様、なんという口の利き方だ!」
いずれも城の高官の方々だ。デリックは目を白黒させる。
「えっ、なんの話……」
「この方は、我が国第三王子のハルディン・ドウォール殿下だ!」
一瞬にしてデリックは青ざめる。
ハルディン様は涼しい顔でこう告げる。
「書記官、今のやり取りは全て記録しておいてくれ」
「心得ております」
デリックの暴言は公式なものとして記録されてしまった。
唖然とするデリックに、ハルディン様は冷たくつぶやく。
「先ほど僕は“名乗るほどの者じゃない”と言ったが、どうやら君の方が“名乗るほどの相手ではなかった”ようだ」
小刻みに震えるデリック。もう勝敗は決しているけど、せめてトドメは私の手で刺してあげよう。
「デリック様、第三王子殿下へのこれほどの暴言……もはや、あなたは終わりですね」
「あ、あああ……」
「婚約解消を申し出るのに十分な材料になると思います。今までありがとうございました」
私がお辞儀をすると、デリックは口を開いたままその場に崩れ落ちた。
ハルディン様はそれを見届けると私に目配せをし、私も軽くうなずいた。
主催者不在となってしまった夜会だったが、誰もそれを残念に思わず、「こうなって当然」という空気だったのが印象的だった。
中には一連の流れが私とハルディン様の仕組んだものと気づいた人もいただろうけど、デリックを擁護する声は出なかった。
ようするに、それがデリックの器だったということだろう。
後日、王家は第三王子侮辱への抗議を、正式にシュトレイヒ家に行った。
シュトレイヒ家の当主――つまりデリックの父は平謝りし、「デリックは嫡子の身分から外すから許して欲しい」という旨の声明を発した。王家はこれを了承した。
その後、フロール家は婚約解消の申し出をし、それは当然受け入れられた。
散々人をいじり続けたデリックは今後、いじりで全てを失った貴族として生涯いじられ続けることになるでしょうね。
その後、しばし時を経て私はハルディン様と婚約を交わし、結婚。
身分の隔たりはあったけど、私は悪名高きデリックを公衆の面前でいじってみせた女として、社交界では一目置かれる存在になっており、この婚姻は人々から大いに祝福された。
第三王子妃となった私は、兄らとともに国家運営に携わるハルディン様を助けつつ、時折は一緒に庭園の手入れを楽しむ。
私は花壇に新しい苗を植えつつ、ハルディン様にささやく。
「やっぱりいじるのは庭に限りますね」
ハルディン様は草をむしりながら微笑む。
「まったくだね」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




