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StigmaPlunder  作者: 織倉こた
第一部
8/8

灰に還る願い

 風が、寂しく鳴いていた。


 その音を聞きながら、メレナは腰をかがめ、白い花を摘んでいた。

 花の名は“ユルナ”。小さくて、日差しを浴びると光を返す。

 薬草としても重宝されるが、メレナにとってはそれ以上の意味を持っていた。


「――もう、十年か」


 風の中に、声が溶ける。

 あの日、幼い少女が笑っていた顔を思い出す。

 村の子で、いつも花を摘んではメレナにくれた。


 ――“お姉ちゃん、わたしも魔法つかいになりたい!”


 無邪気な声。まぶしい笑顔。

 その笑顔が、川に沈む瞬間を、今でも夢に見る。


 助けたかった。

 でも、あの時はテリトリーの外だった。

 **魔法アーツ**が使えず、ただ手を伸ばすことしかできなかった。


 その手が、届かなかった。


 ――だから、人は彼女を恐れた。

 “魔女に殺された”と囁き、家を燃やそうとした者さえいた。

 それでもメレナは、村の外れに残った。

 誰かのためではない。ただ、そこに生きるしかなかったから。


 花を摘み、薬を作り、時々、病の子を治した。

 感謝の言葉よりも、恐れの視線が多い毎日だったが、それでも生きていた。


 ……その日までは。


 リノア・ファルシータ。

 **聖痕の神子スティリア**を名乗る少女と、彼女を守る剣士と槍使い。

 あの三人が現れたことで、メレナの静かな日々は少しだけ揺れた。


 あの少女――リノアの笑顔は、まるで光そのものだった。

 同じ“魔の力”を宿しているのに、なぜあんなにも眩しいのだろう。


「……羨ましい、なんて」

 自分の口からその言葉が零れ、メレナは小さく笑った。


 嫉妬の魔女――。

 それが、村人が彼女に与えた名だった。

 けれど、それはまるで、自分自身を呪う言葉のように思えた。


 羨んで、焦がれて、そして失った。

 そうやって、感情だけが生き続けている。


 だから、今日もまた花を摘む。

 せめて誰かの役に立てるように。

 そう思いながら、メレナは空の籠を肩にかけ、帰路についた。


◆ ◆ ◆


 村の入り口が見えたとき、胸に違和感が走った。

 風が焦げている。

 空気の中に、鉄のような匂いが混じっていた。


「……?」


 歩みを速める。

 林を抜けた先――見慣れた小屋が、炎に包まれていた。


「……嘘……でしょ」


 足が動かない。

 あまりにも現実離れした光景に、思考が追いつかなかった。


 燃えているのは、自分の家。

 その周囲に、人がいた。村の男たちだ。

 聖痕が刻まれた腕を光らせながら、火を操っている。


 ――火の魔法。


 それは本来、メレナが使うはずの術だった。

 けれど今は、彼らがそれを使っている。


「おい、見ろ! 魔女だ!」


 誰かが叫んだ。

 振り向いた瞬間、数本の火の矢が彼女の足元に突き刺さる。


「やめて……! 私は――!」


「黙れっ! 神子様が来てくださったんだ! もう魔女の力なんて要らねえ!」

「お前のせいで、あの子が死んだ! この村に災いを呼んだ!」

「今度こそ終わらせる!」


 次々と浴びせられる罵声。

 聖痕が光を増し、火の粉が舞う。


 その光景を、メレナはただ見つめていた。

 涙も、怒りも、何も出てこない。

 ただ――胸の奥が、空っぽだった。


(……結局、こうなるのね)


 火の粉が頬を掠め、皮膚を焼く。

 それでも、もう怖くなかった。


 思い出すのは、あの旅人たちの顔。

 光を背に微笑む少女。

 彼女を支える二人の青年。


 ――いいなぁ。


「……ああ、本当に……羨ましいわ」


 その言葉が、まるで祈りのように零れる。

 そしてメレナは、ゆっくりと目を閉じた。


「……魔法なんて、使えなくてよかった」

「魔女じゃなくて……よかった」


 次の瞬間、足元の大地が淡く光った。

 それは聖痕ではない。

 もっと深い、世界の底から呼び起こされるような光。


 “嫉妬”という感情が、燃え上がった炎に共鳴した。


 大地を裂くような衝撃。

 空が赤に染まり、村人たちの悲鳴が遠くで響いた。


 炎が一気に渦を巻き、すべてを呑み込んだ。

 メレナの姿も、光も、声も、その中へ消えた。


◆ ◆ ◆


 ――その夜。


 遥か離れた街道を歩くリノアたちのもとに、

 突然、風が吹いた。


 乾いた空気の中に、ほんの一瞬だけ“焦げたような”香りが混じった。

 リノアは足を止め、空を見上げた。


「……今の、なにか温かかったね」


 セリューが首をかしげる。

「風向きでも変わったんじゃねえのか?」


 アデルは無言で空を仰いだ。

 星の瞬きが、妙に滲んで見えた。


「……また、会えるといいな」


 リノアの呟きは風に乗って、夜空に消えた。


 誰も知らない。

 その言葉が、遠いどこかで小さな光を生んだことを。


 ――嫉妬の魔女・メレナ。

 その名を知る者はいなくなった。


 けれど、ひとたび“羨望”が芽吹く場所に、

 また新たな魔女が生まれるという。


 それは、神が人に与えた“感情”という呪いの、

 ほんのひとしずくだった。

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