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StigmaPlunder  作者: 織倉こた
第一部
4/8

揺らぐ光

 翌朝。


 ルシェールの村は、まるで生まれ変わったように明るかった。


 昨日まで静まり返っていた街道には、行き交う人々の声が戻り、井戸端には笑い声が響く。


 


「神子様、本当にありがとうございました!」


「おかげで娘が目を覚ましました!」


 


 リノアは人々の声に笑顔で応えながら、ひとりひとりの手を握っていた。


 その姿を見守るセリューは、どこか誇らしげだった。


 


 一方で、アデルはその輪の外にいた。


 昨日と同じ光景なのに、どこか息苦しかった。


 


(……眩しすぎる)


 


 リノアの祈りが生み出した光。


 それは確かに人々を救った。


 だがアデルにとって、それは“触れることのできない世界”のようにも思えた。


 


「アデル!」


 呼ばれて顔を上げると、リノアが駆け寄ってきた。


「おはよう! 今日は村の水源を見に行くの。まだ病の原因が残ってるかもしれないから」


「手伝うよ」


「ありがとう。でも、アデルは少し休んでて。昨日から顔色が悪いよ?」


「……大丈夫だ」


 


 リノアは少しだけ眉を寄せ、それでもふっと笑った。


「じゃあ、頼りにしてるね」


 


 その一言に、アデルは胸が少しだけ軽くなった。


 


 昼過ぎ。


 井戸のそばに集まった村人たちが、ざわめいていた。


 どうやら、リノアとセリューが水質を確かめている間、何人かが“神子の奇跡”について語り合っていたらしい。


 


「俺も聖痕スティグマを授かったんだ! これで狩りも楽になるぞ!」


「やっぱり、信じる者には導きがあるんだな」


 


 その中で、ひとりの男がぽつりとつぶやいた。


「でも……あの剣士の兄ちゃんは、印がないんだろ?」


 


「え?」


「昨日、子どもたちと遊んでた時に見たんだ。手にも首にも、どこにも光の印がなかった」


「……まさか、神子様の護衛なのに?」


 たちまち、ざわめきが広がった。


 


「神子様に近づくために、偽ってるんじゃ……」


「いや、あの目、どこか怖かった。人じゃないような――」


 


 ささやきは次第に形を持ち始め、いつの間にか“噂”へと変わっていく。


 


 夕刻。


 アデルが宿に戻ると、扉の前でリノアが待っていた。


 彼女の顔には、いつもの笑みがなかった。


 


「アデル……少し、話がしたいの」


 中に入ると、セリューもすでにいた。


 静かな空気が張り詰めていた。


 


「……村の人たちが、あなたのことを気にしてる」


「俺のこと?」


「“聖痕がない”って」


 


 アデルは短く息を呑んだ。


 そうだ――自分には“印”がない。


 リノアの祈りも、聖痕スティグマも、彼の体には一度として宿らなかった。


 


「誤解だって、私が説明した。でも……」


 リノアは唇をかんだ。


「“神に選ばれぬ者”と一緒に旅をしているなんて、受け入れられない人もいるみたい」


 


「つまり、俺を外せってことか」


「そんな言い方しないで!」


 リノアの声が震えた。


「私……あなたに聖痕スティグマを授けられなかったこと、ずっと気になってたの」


 


 彼女の瞳が揺れる。


「もしかして、私の祈りが足りなかったのかも。聖痕の神子スティリアとしての力が、ちゃんと届かなかったのかもしれない……」


 


「リノア、それは違う」


「でも――」


「お前のせいじゃない」


 アデルは静かに言った。


「俺には、もとから“何か”が欠けてるんだ。だから、届かなかった。それだけだ」


 


 リノアは唇を噛み、うつむいた。


 涙がこぼれそうになるのを、ぐっとこらえる。


 


「……それでも、私は信じてるよ。アデルはきっと、神様が導いてくれた人だから」


 


 その言葉に、アデルは一瞬だけ目を閉じた。


 そして――


「……ありがとな」


 わずかに口元が緩む。


 


 夜。


 外に出ると、風が静かに木々を揺らしていた。


 村の家々の灯りが一つ、また一つと消えていく。


 


 アデルは剣を抜き、刃に映る自分の顔を見つめた。


 そこに、リノアのような光はなかった。


 ただ、冷たい鉄の輝きだけがあった。


 


(俺は……何者なんだ)


 


 記憶を失っても、体に染みついた戦いの感覚。


 誰に教わるでもなく扱える剣。


 ――そして、授かれなかった聖痕スティグマ。


 


 そのすべてが、どこかで“繋がっている”気がした。


 けれど、答えはまだ見えない。

 


 アデルは静かに剣を鞘に戻した。


 月光が彼の肩を照らす。


 その光はどこか、寂しげに揺らめいていた。


 ――そして、夜が明けた。


 


 村の入り口には、見送りの人々が集まっていた。


 リノアは旅装束を整え、セリューと並んで立っている。


「神子様、どうかお元気で!」

「次に来るときは、また歌を聞かせてください!


 子どもたちが花束を抱えて駆け寄る。

 リノアはしゃがみ込み、彼らの手から花を受け取って優しく笑った。

「ありがとう。あなたたちにも、神の加護がありますように」


 


 セリューのもとにも、村の男たちが集まっていた。

「あんたも助けてくれてありがとうな!」

「槍の腕、すげえな!」


 彼は気さくに笑いながら、何度も握手を交わす。


 


 ――ただ、アデルのもとへ来る者はいなかった。

 


 彼は少し離れたところで、静かに立っていた。

 人々の輪に混ざることもなく、ただ見送られるリノアの背を見ていた。



 リノアが振り返る。

 その瞳がまっすぐにアデルを捉える。

「アデル、行こっか!」


 その声は、まるで何もなかったかのように明るかった。

 


 アデルは小さくうなずく。

 言葉はなかったが、その一歩が、確かに旅の始まりを告げていた。



 ルシェールの村を離れる三人の背に、朝の光が降り注ぐ。


 リノアの腕の中の花束が、そっと風に揺れた。


 その白い花びらが、アデルの足元に一枚、静かに落ちた。

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