第8話 妹の日常
「おはよう、お兄ちゃん♡」
レミリアはにっこり笑ってカイエンの腕に抱きついた。
――ドキン。
あまりに無防備で可愛いその仕草に、カイエンは反射的に後ずさる。
「お、おまえなぁ! いきなり抱きつくなっての!」
「えへへ、だってお兄ちゃんかっこいいんだもん」
「やめろぉぉお! 母さんに誤解されるだろうがぁぁ!」
廊下の向こうから母ミュレーヌ(元悪役令嬢)が登場。
「まぁまぁ、朝から仲良しねぇ♡、でも、庶民の馴れ合いは、よそでやってくれませんこと?」
「ちがーーーう!!!」
実はレミリアには生まれつき「魅了体質」がある。
本人に悪気はなくても、笑顔や一言で村人の心をわしづかみにしてしまう。
その日も村のパン屋に行けば――
「レミリアちゃん、今日も可愛いねぇ♡ パン全部おまけだよ!」
「ありがとうおじさん!」
村の青年が薪を割っていれば――
「すご〜い! 力持ちね!」
「レミリアちゃんのためなら薪百本、いやこの世界の全ての木でも割れる!」
牛飼いの若者は、彼女に微笑まれただけで、「うぉぉ! 牛が百頭いても俺が面倒見るぜ!」と吠えた。
カイエンは頭を抱える。
「おまえ、存在そのものが村の秩序を壊してるぞ……」
そんなある日、村に旅商人の一団がやってきた。
ベルクス兄は「チャンスだ!何か魔道具に使える素材を!」と張り切り、ミトス姉は「聖女のおもてなしをしないと!」と歓迎。
しかし事件は起きた。
レミリアが「いらっしゃいませ〜♡」と笑顔を見せた瞬間、商人たちは競って品物を差し出し始めた。
「レミリア様、宝石をぜひ!」
「いやいや、こちらの絹布を!」
「うちの隊商の長に嫁に来てください!」
商人たちが喧嘩を始め、あわや大乱闘。
村の広場が市場どころか結婚争奪戦の修羅場に……!
「おい待て! 妹はまだ子供だ! 嫁とか言うな!!!」
必死に止めるカイエン。
だがレミリア本人は小首をかしげて、「え、みんな仲良くしてくれればいいのに……」と小悪魔スマイル。
――ゴォォ……。
カイエンの背後に商人たちの殺気が漂う。
「貴様……妹さんを独占しているのか!」
「許せん、決闘だ!」
「なぜ俺が決闘を挑まれるんだぁぁぁぁ!!」
そのとき、姉ミトスが登場。
「はい、はい。落ち着いてください! みなさんに祝福を♡」
彼女が両手を広げた瞬間、謎の聖女オーラが発動し、商人たちの怒りは「まぁいっか」と霧散してしまった。
「……さすが姉ちゃん。奇跡的タイミング」
「でしょ♡」
こうして騒動は収束したが、カイエンの疲労は限界だった。
夜、布団に入ったカイエンの耳元で、いつのまにか入ってきたレミリアがひょいと囁いた。
「ねぇ、お兄ちゃん。やっぱりレミリア、お兄ちゃんが一番好き♡」
「……頼むから、その爆弾発言はやめろぉぉぉ!!」
こうしてカイエンの胃にまた一つ穴が空いた。