第6話 兄ベルクスの日常02
今日もカイエンの兄ベルクスの部屋から怪しい光と爆発音が響いていた。
家族にとっては日常茶飯事。ベルクスが「現代知識」を駆使して、何かしら、妙ちきりんな発明をしている証拠だった。
机の上には鉄の棒と魔法陣がびっしり。ベルクスは目をぎらつかせ、真剣そのものの顔で呟いた。
「妹レミリアのためだ……妹キャラには縦ロールが必須! そう、コテを作れば、俺の妹は真の小悪魔へと進化するのだ!」
火魔法で温度を調整し、風魔法で冷却を瞬時に行う。さらに分解防止用に「触れたら爆発」機能まで搭載。安全設計なのか危険設計なのか、本人すら分かっていなかった。
「完璧だ……! 現代知識と魔法の融合……俺って天才かぁあああ!」
ベルクスはガッツポーズを決めた。
しかし、試作品を妹に差し出す前にテストは必要だ。ちょうど外を歩いていた近所のお婆ちゃんに声をかけた。
「そこのお婆ちゃん! ちょっとこれで髪を巻かせてください!」
「なんのこっちゃ分からんが、ええよええよ~」
にこにこと座るお婆ちゃん。その頭にコテを当てると――。
ブワッと魔力が弾け、ものの数分もかからず、縦ロールが完成。しかもただの縦ロールではない。煌びやかに光り輝く、マリー・アントワネット級のゴージャスロールだった。
「おおお……!」
ベルクスは感涙した。
「お婆ちゃんが……革命前夜のフランス貴族に……!」
魔法で水を鏡のようにするベルクス。
「ふふ、なんだか若返った気がするわ~」
その後、キラキラ輝くお婆ちゃんは村中を闊歩し、通行人たちの視線を独占することになるのを、ベルクスは知らない。
「完成だ! 俺の天才性がまた世界を変えてしまった!」
満を持して、ベルクスは妹レミリアの部屋を訪ねた。
「レミリア! これを使えば、お前の髪も簡単に縦ロールにできる! さあ!」
両手で差し出す兄。その姿はまるで聖剣を授ける勇者のようだ。
だが返ってきた言葉は冷酷だった。
「……ダサっ」
「えっ?」
「そんな髪型するわけないでしょ。何が縦ロールよ。キャラ違いよ、キャラ、ち・が・い!」
その一刀両断に、ベルクスは血反吐を吐きながら床に崩れ落ちた。正確には、事前に口に含んでいた血糊を吐いただけなのだが。
「ぐふっ……! 俺の努力が……!」
レミリアは冷たい視線を送り、ドアをばたんと閉めた。そ
しかし、それをじっと見ていた人がいたのを、ベルクスは気づかなかった。
翌朝。屋敷に不気味な高笑いが響き渡った。
「オッホホホホホ!」
食堂に現れたのは、いつもよりも数段見事な縦ロールを揺らす母ミュレーヌである。
「素晴らしいでしょう! わたくしにこそ似合うのよ? この髪型!」
かつて悪役令嬢と呼ばれた母は、より一層そのオーラを増していた。
「やっぱり……ベルクス……はじめから、母さんに渡しておけば良かっただけじゃん」
カイエンが小声で呟くと、ベルクスは机に突っ伏して泣いた。
だが事態はそれで終わらなかった。
その様子を見ていた美の四天王ヴァルメが、食事後にそそくさと兄ベルクスの部屋をノックした。
「ベルクス様ぁ……わたくしにも、そのコテを……♡」
潤んだ瞳で両手を合わせ、頬を赤らめる。
「お願いしますぅ……美の探求のために!」
ベルクスは二度と騙されまいと思いつつも、美人のお願いに抗えなかった。
そして翌朝。さらに衝撃の光景が広がった。
食卓に座る元・魔王タイカンの髪が――
「……縦ロール?」
「……」
誰もが笑いをこらえて震えている。タイカンは無言でスープを飲むが、巻き巻きの髪が左右で揺れているせいで威厳ゼロだ。
ベルクスはテーブルに突っ伏した。
「なぜだ……なぜ俺の発明は、いつもこうなるんだ……」
「どうしようもねぇな、この家族」
カイエンがぼそりと呟くと、家中に笑いが爆発した。