第5話 兄ベルクスの日常01
ベルクスの一日は、妹レミリアを追いかけることから始まる。
転生して得た知識と魔法を駆使して作り上げた“カメラ”を抱え、今日も彼は屋敷中を徘徊していた。
妹の尊い瞬間を切り取るために。……ただし、その努力はほとんど報われない。
なぜなら、レミリアは彼の行動をすべて見抜き、しかも楽しんでいるからである。
朝。庭で花に水をやるレミリアの姿は、まるで妖精のようだった。
いや、本人は小悪魔を自称しているのだから、正しくは「天使の皮をかぶった小悪魔」だろう。
茂みの影でカメラを構えるベルクス。
「今度こそ気づかれまい……」
シャッター音。
「……お兄ちゃん?」
レミリアがにっこり振り返る。微笑みと同時に背後へ駆け寄り、あっという間に兄のカメラを奪い取った。
「ふふ、やっぱり撮ってたわね」
「ぐっ……なぜバレた!?」
「お兄ちゃんの気配、ギラギラしてるから分かりやすいの!」
レミリアは悪戯っぽく笑い、カメラを頭上に掲げてみせた。
「返せ! それは俺の命より大事な……!」
「じゃあ、追いかけっこする?」
「なっ!?」
次の瞬間、屋敷の庭や村中を「兄、全力疾走」「妹、楽しそうに逃げる」という不思議な鬼ごっこが展開された。
村人たちは「ああ、また始まった」と苦笑している。
午前。市場に出かけたレミリアは商人に微笑み、値引きを頼んでいる。
「この果物、とても美味しそうね。……でも、おじさん!もう少しだけ安くならない?」
その上目遣いに商人は即陥落。兄は後方でカメラを構えながら震えていた。
「あれは反則……! 媚びスキルが高すぎる……!」
夢中で撮影していると、突然振り返ったレミリアと目が合った。彼女はわざとらしく片目をつむり、指でハートを作ってみせる。
「きゅんっ」
「ぐはっ!」
兄は鼻血を噴き、カメラを落としかけた。
「お兄ちゃん、どうししたの? 顔が真っ赤だよ?」
とぼけ顔で近寄る妹。ベルクスは地面に崩れ落ちた。
昼。書庫で本を読むレミリア。
兄は本棚の隙間からそっとレンズを向けた。だが、ページをめくる手が止まり、彼女がすっと視線を上げる。
「……お兄ちゃん、そこにいるよね?」
「し、しまった!」
レミリアは立ち上がり、するりと本棚の隙間に顔を近づけた。ほんの数センチ先で瞳が合う。
「そんなに見たいなら、近くで見れば?」
「ち、ちかっ……!」
「ほら」彼女はわざと髪をかきあげ、白い首筋をさらす。
兄は耳まで真っ赤に染まり、慌てて後退した。
「ちょ、ちょっと待て! お前それは……!」
「小悪魔だもん♪」
夕暮れ。縁側で夕陽を眺めるレミリア。
兄は屋根の上から狙っていたが、レミリアは扇子で口元を隠しながら囁いた。
「……お兄ちゃん。夕陽に映るシルエット、素敵だよ?」
「えっ、俺が……?」
「うん。……カメラより、わたしを見て?」
挑発的な笑みに、兄は屋根の上でバランスを崩し、庭に転落した。
夜。食卓では家族そろっての団欒。
父母が「また盗撮をしたのか」と呆れる中、レミリアはにこにこと微笑んでいた。
「わたし、嫌ではないよ! ただ……お兄ちゃんが必死になるのが面白いだけ!」
「レ、レミリア!?」
「でも……あまりにもしつこいと、ほんとうに嫌いになっちゃうかもよ?」
上目遣いで首を傾げるレミリア。兄は青ざめ、両手をぶんぶん振った。
「や、やめる! 今日から自重する! 本当にする!」
「うふふ、どうかしら」
その夜。兄は自室で今日の写真を眺め、深くため息をついた。
「……あれで嫌いになれるわけがない……」
廊下の影で聞いていたレミリアは、口元を隠してくすりと笑う。
「明日も楽しませてね、お兄ちゃん」