表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/27

第5話 兄ベルクスの日常01

 ベルクスの一日は、妹レミリアを追いかけることから始まる。


転生して得た知識と魔法を駆使して作り上げた“カメラ”を抱え、今日も彼は屋敷中を徘徊していた。


 妹の尊い瞬間を切り取るために。……ただし、その努力はほとんど報われない。


なぜなら、レミリアは彼の行動をすべて見抜き、しかも楽しんでいるからである。


 朝。庭で花に水をやるレミリアの姿は、まるで妖精のようだった。


いや、本人は小悪魔を自称しているのだから、正しくは「天使の皮をかぶった小悪魔」だろう。


 茂みの影でカメラを構えるベルクス。


「今度こそ気づかれまい……」


 シャッター音。


「……お兄ちゃん?」


 レミリアがにっこり振り返る。微笑みと同時に背後へ駆け寄り、あっという間に兄のカメラを奪い取った。


「ふふ、やっぱり撮ってたわね」


「ぐっ……なぜバレた!?」


「お兄ちゃんの気配、ギラギラしてるから分かりやすいの!」


 レミリアは悪戯っぽく笑い、カメラを頭上に掲げてみせた。


「返せ! それは俺の命より大事な……!」


「じゃあ、追いかけっこする?」


「なっ!?」


 次の瞬間、屋敷の庭や村中を「兄、全力疾走」「妹、楽しそうに逃げる」という不思議な鬼ごっこが展開された。


村人たちは「ああ、また始まった」と苦笑している。


 午前。市場に出かけたレミリアは商人に微笑み、値引きを頼んでいる。


「この果物、とても美味しそうね。……でも、おじさん!もう少しだけ安くならない?」


 その上目遣いに商人は即陥落。兄は後方でカメラを構えながら震えていた。


「あれは反則……! 媚びスキルが高すぎる……!」


 夢中で撮影していると、突然振り返ったレミリアと目が合った。彼女はわざとらしく片目をつむり、指でハートを作ってみせる。


「きゅんっ」


「ぐはっ!」


 兄は鼻血を噴き、カメラを落としかけた。


「お兄ちゃん、どうししたの? 顔が真っ赤だよ?」


 とぼけ顔で近寄る妹。ベルクスは地面に崩れ落ちた。


 昼。書庫で本を読むレミリア。


 兄は本棚の隙間からそっとレンズを向けた。だが、ページをめくる手が止まり、彼女がすっと視線を上げる。


「……お兄ちゃん、そこにいるよね?」


「し、しまった!」


 レミリアは立ち上がり、するりと本棚の隙間に顔を近づけた。ほんの数センチ先で瞳が合う。


「そんなに見たいなら、近くで見れば?」


「ち、ちかっ……!」


「ほら」彼女はわざと髪をかきあげ、白い首筋をさらす。


兄は耳まで真っ赤に染まり、慌てて後退した。


「ちょ、ちょっと待て! お前それは……!」


「小悪魔だもん♪」


 夕暮れ。縁側で夕陽を眺めるレミリア。


 兄は屋根の上から狙っていたが、レミリアは扇子で口元を隠しながら囁いた。


「……お兄ちゃん。夕陽に映るシルエット、素敵だよ?」


「えっ、俺が……?」


「うん。……カメラより、わたしを見て?」


 挑発的な笑みに、兄は屋根の上でバランスを崩し、庭に転落した。


 夜。食卓では家族そろっての団欒。


 父母が「また盗撮をしたのか」と呆れる中、レミリアはにこにこと微笑んでいた。


「わたし、嫌ではないよ! ただ……お兄ちゃんが必死になるのが面白いだけ!」


「レ、レミリア!?」


「でも……あまりにもしつこいと、ほんとうに嫌いになっちゃうかもよ?」


 上目遣いで首を傾げるレミリア。兄は青ざめ、両手をぶんぶん振った。


「や、やめる! 今日から自重する! 本当にする!」


「うふふ、どうかしら」


 その夜。兄は自室で今日の写真を眺め、深くため息をついた。


「……あれで嫌いになれるわけがない……」


 廊下の影で聞いていたレミリアは、口元を隠してくすりと笑う。


「明日も楽しませてね、お兄ちゃん」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ