第3話 日常
辺境の村ダイムラー領の外れの名もなき村。
そこには「伝説の勇者」と「かつての悪役令嬢」という、とてもじゃないが農村に似つかわしくない夫婦が暮らしていた。
「よーし! 今日も世界を救うぞ!」
ティーガーは朝日を背に、勇者の剣を構えて仁王立ちする。
が、背後ではカラスが鳴き、ニワトリが小屋から顔を出し、村の子供たちが「また始まった」と冷ややかな目で眺めていた。
「父さん、今日救うのはどこの国?」
カイエン(主人公・10歳)が皮肉を込めて訊く。
「ふっ……! この村だ!」
「何から?」
「ゴミからだぁ!」
勇者ティーガーは木箱を担ぎ上げ、村のごみ捨て場まで全力疾走した。
その姿を見て村人たちは拍手喝采……ではなく、呆れ顔だった。
「ティーガーさん、また張り切りすぎて井戸壊さないでくださいよ」
「ははは、任せろ! 勇者に不可能はない!」
――その五分後、井戸のつるべをへし折った。
一方、屋敷の中ではミュレーヌが優雅に紅茶を啜っていた。
今日も真っ赤なドレスに身を包み、朝から「オホホホホ!」の笑い声を練習している。
「母さん、ドレスで畑に出るのやめてくれない?」
カイエンがため息混じりに注意する。
「庶民の生活にも優雅さは必要なのよ、カイエン!」
「そのドレス泥だらけだぞ」
「オホホホ……! 泥もまた、この私を彩るスパイス!」
彼女は豪快にスコップを突き立て、見事に畑を崩壊させた。
近所の農夫が腰を抜かす。
「畑が……! ミュレーヌ様、そっちはまだ育ちきってない大根畑ですぅ!」
「大根? いいえ、これはドラゴンの牙よ!」
――今日も村は泣きを見た。
後でまたカイエンが村を謝罪行脚する。それがデフォ。
そのとき屋敷の裏庭から轟音がした。
「ふははは! 村の支配は目前だー!」
武の四天王・ブラチスが筋肉で鍬をへし折り、村の畑を「占拠」していた。
「おい、やめろ! それは支配じゃなくて収穫泥棒だ!」
カイエンがすかさずツッコむ。
「むぅ……やはりこの村は手強い。だが次こそは!」
そこに智の四天王・ブリュックが割り込み、巨大な巻物を広げる。
「よし! この畑を三年後に戦略的拠点にすれば――」
「今食べる作物がなくなるだろ!」
さらに美の四天王・ヴァルメが登場。
「ふふふ、この私の美貌で村人を従わせれば……」
「いや、レミリア(妹・7歳)に負けてるだろ」
「なんでぇぇぇぇ!!?」
最後に闇の四天王・ビジョンが、稲の間からひょっこり現れる。
「……敵を討ち取った」
「いやそれ、案山子だから」
「フッ、四天王! この村を荒らすなら勇者ティーガーが黙ってない!」
ティーガーが鍬を手に、仁王立ち。
「フフフ……! ならばこの悪役令嬢ミュレーヌが裁きを下す時!」
母まで加わり、場は混沌とした。
「お母さん、悪役令嬢なのに裁くの?」
「当然よ! 悪役は裁く側なの!」
「おかしいだろ!!」
その後も父は張り切りすぎて村の柵を破壊し、母は勝手に村の集まりを「舞踏会」に変えようとして大混乱。
四天王はそれぞれ暴走し、村はカオスの坩堝と化していた。
「はぁ……なんで俺が全部尻拭いしなきゃならないんだ」
カイエンは魔力ゼロゆえに誰の魔法も効かず、四天王の暴走も母の無茶も全部止める羽目になる。
「……カイエン、助かった」
村人から感謝されるが、本人はぐったり。
「これ、ただの村の日常だからな……!」
こうして今日も勇者の父と悪役令嬢の母は村を騒がせ、
四天王は畑や家畜を支配しようとしては失敗し、
最後は魔法無効の少年カイエンがツッコミを入れて収拾をつける。
辺境の村の一日は、世界を救う戦いよりもよほど激戦であった。
「なぁカイエン」
勇者ティーガーが肩を組んで言う。
「父さん、世界を救ったことがあるんだぞ!」
「うん、でも村は毎日お前に壊されてるけどな」
その日も村の空に、勇者の笑い声と悪役令嬢の高笑いが響いていた。