第25話 タイカン、今度は本当に馬が欲しいらしい
「今回は絶対に馬を買いたいのだ!」
タイカンは朝から珍しく声を張り上げていた。
どうやら、先日馬の話が出てきたので、それをよくよく考えていたら、本当に馬が欲しくなったらしい。
四天王や家族たちが居間に集まっている。タイカンが真剣な表情で語るのは珍しい。
「馬がいれば農耕にも使えるし、いざという時に走らせて周囲に情報を伝えることもできる。草を食べるから餌代もかからない。それに、軍事目的にも使えるんだ」
「なるほど、確かに」
ブラチスが腕を組んでうなずく。武の四天王らしく、軍事利用に心が動いたらしい。
「馬かあ……」
ヴァルメも感心したように頷く。
「草を食べて動けるって、コスパいいわね。私も馬に一票」
どうやら空気は「馬で決まり」になりつつあった。
しかし、そんな流れに待ったをかけたのがティガーだった。
「いや、俺は鹿を飼いたい!」
「鹿ぁ?」
その場にざわめきが走る。
ティガーは珍しく饒舌になった。
「角は“鹿茸”といって薬になる。疲労回復、滋養強壮、筋肉や骨を丈夫にすると言われてる。しかも、角は毎年生え変わるから、毎年採取できるし、売れば高額で引く手あまただ」
「へえ〜」
一同、意外そうな声を上げる。ティガーが薬学に詳しいとは思わなかったのだ。誰かに吹き込まれたのか?
「それにだ!」
ティガーはさらに続ける。
「鹿の糞は馬よりも発酵が早く、堆肥として農業に使える。それに、鹿は警戒心が強いから“異変を察知”して鳴いて知らせてくれる。つまり、番犬ならぬ番鹿にもなるんだ!」
「番鹿……!」
思わずブリュックが吹き出した。
しかし、言っていることは理にかなっている。
「確かに……健康にも農業にも役立つし、警戒もしてくれるのか」
ヴァルメも「ちょっと鹿もいいかも」と揺れ動き始めた。
ブラチスも「角で筋肉と骨を丈夫にできるのか……」
と、なぜか自分の腕を見てうっとりしている。どうやら鹿推しに傾いているようだ。
ミュレーヌとパナメーラも、鹿の堆肥利用に興味津々だ。
「それ、野菜づくりにいいかもしれないわね!」
「お花にも使えそうですわ」
議論は完全に「馬か鹿か」で真っ二つに割れ、家中がわいわいと大騒ぎになった。
「ええい、こういう時はミトス様に決めてもらおう!」
ブラチスが強引に話をまとめる。
ミトスはお茶を飲みながら困った顔で、「生き物が増えるなら、どちらも良いですわ〜」
と、相変わらず意味のない聖女らしい返答。
「どっちでもいいのかよ!」全員がツッコむ。
そこにベルクスが入ってきた。「なんだなんだ、この騒ぎは?」
事情を聞いたベルクスに、みんなが一斉に「馬と鹿、どっちがいいと思う?」と詰め寄る。
ベルクスは胸を張り、真剣な表情で答えた。「俺は――レミリアたんに飼われたい!」
一瞬、静寂。
「…………」
全員が無言で真顔になり、スルーした。
「え? なんで黙るの!? 俺、今いいこと言ったよな!?」
ベルクスの必死な訴えも空しく、議論は再び「馬か鹿か」に戻った。
やがて議論は収拾がつかなくなり、全員が立ち上がって「馬だ!」「いや鹿だ!」と声を張り上げ、まるで市場の口論のようにわめき合う。
そこにレミリアが例のライブを終えて制服を着たまま、ひょこっと帰宅した。
「なに? 騒がしいけど、外に丸聞こえよ!」
みんなの目が一斉にレミリアに注がれる。
「レミリア! どっちがいいと思う?」
タイカンが馬推しの期待を込めて叫ぶ。
「やっぱり馬ですよね? 軍事に便利だし!」
ブラチスも乗っかる。
「いや鹿だよな? 角も糞も役立つんだぞ!」
ティガーは必死に鹿派を押す。
場の空気が最高潮に盛り上がったところで、レミリアはあっけらかんと言った。
「どっちでもいいわ。どっちも美味しいから!」
――沈黙。
次の瞬間、全員が盛大に言う。「食う前提かーーー!!!」
一同の絶叫が響く。
その中で、カイエンがぽつりと呟いた。
「……結局、どっちがいいかなんて――そりゃ『うましか(馬鹿)』ないだろ」
――お後がよろしいようで。