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第24話 タイカン馬を買う

まだ朝日が低く、柔らかな光が村を包む時間。


今日もいつものように、ミュレーヌは朝の台所で忙しく立ち回っていた。


ティガーがまだ畑に出かける前、朝食の準備はミュレーヌの手によってほぼ完璧に整っている。


パンは焼きたて、卵はふわふわに仕上がり、ジャムやハムもきれいに並んでいた。


だが、パナメーラの行動は相変わらずカオスであった。


キッチンを右へ左へうろうろするものの、朝食準備にはほとんど手を出さず、唯一、一枚だけ余ったパンを拾い上げ、昨日の残り物――焼きナス――を挟んだ不恰好なサンドイッチを作っただけであった。


「旅の人、おはようございます!」


ミュレーヌは腕組みしてその光景を見守り、眉をひそめる。「本当にこの人は……」と小声で呟きつつも、少し楽しそうな笑みを浮かべていた。


朝食が済み、みんなが満腹になったその直後――。タイカンが現れ、パナメーラに告げた。


「馬……買ったぞ」


その一言を聞いたパナメーラは、顔を引きつらせながらキョトンとする。どうやらその情報を他の家族に伝えなければならないらしい。



「みんな! お父様、馬を買ったそうですわ……」


その言葉を聞いた四天王の反応は瞬時に爆発した。


「ええっ!?タイカン様がまた世界征服のために軍馬を買ったのか!? ついに来た!」


「いや、まさか、農耕馬を買って畑を拡張するんじゃないのか?」


「まさか、馬主になって競馬で一発逆転を狙うのか!?でも途方もない金額がかかる…!」


それぞれが勝手な妄想を膨らませて、家中が騒然となる。


「私には……白馬しか似合いませんわ!そして、絶対に私を迎えにくるのよ!このクズが私を!」


ミュレーヌはティガーに向かって矛盾した叱咤を飛ばしつつも、チラチラと彼の顔を何度も確認する。


ティガーはただ苦笑いするばかりで、ミュレーヌの複雑な愛情表現に戸惑う。


一方、カイエンは草を勝手に食べてくれるなら問題ないと思いながらも、馬の餌代や管理費を考えて頭を抱える。


ミトスは、馬に乗って村巡礼をしたいと静かに夢想するが、周囲の混乱でその声は埋もれてしまった。




その騒ぎの中、タイカンが再び姿を現す。


「どんな馬ですか!?何のためですか!?」


四天王、カイエン、ミトス、ミュレーヌ、ベルクス――全員が一斉に質問を浴びせる。


タイカンは首をかしげる。


「……馬? 何を言っているんだ?」


カイエンが少し苛立ちながら聞く。


「じいさんが買ったんだろ、馬だってば?」


タイカンは無言で首を傾げる。



パナメーラはふと閃いた。


「もしかして……美味かったのですか?」


その言葉にタイカンは静かに大きく頷く。


「あっ」


――そしてパナメーラは思い出す。初めて作った、不恰好なサンドイッチ。具材は、焼きナス。料理が苦手な彼女が一生懸命作ったそのサンドイッチ。


手際は悪くとも、初めて誰かのために心を込めて作った食べ物。タイカンはそれを口にし、心から「ウマカッタ」と感じたのだった。


パナメーラも思い出し、胸にこみ上げるものを感じる。無言でタイカンを見つめ、あのときの自分のささいな思いが認められていたことに、涙ぐみそうになる。


タイカンは軽く微笑み、そしてそのまま今日も四天王を連れて畑仕事へ。


サンドイッチの具材のように、不格好でありながら心のこもったものを大切にする、そんな日常を続けるのであった。




カイエンが小さく呟く。


「青春かよ……」



ミュレーヌはティガーにチラリと視線を向け、小声で言う。



「いつ、あなたは白馬に乗って私を迎えにきてくれるのかしら……」



馬の背に立つティガーを思い浮かべながら、胸を高鳴らせる。




そこにもカイエンが言う。「もう結婚してるじゃん」と。



あまりに真剣で、でもどこかハートフルな、この家族の日常は、今日もまた甘酸っぱく幕を閉じたのだった。

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