第20話 聖女ミトスのお仕事?
聖女ミトス。村でも家でも、彼女は常に孤高の存在であった。
友達など、いない。いや、正確には「作れない」と言ったほうが近いかもしれない。
誰かが近寄ろうとすると、村人はそろって恐縮しきった表情で、「聖女様にそんなことを……!」と口々に呟く。
子供ですら、恐れ多くてちょっとした声すらかけられない。
その結果、ミトスはいつも一人でいるしかなかった。
家に帰れば、家事はほぼ完璧に母ミュレーヌがこなし、祖母パナメーラは右往左往するだけ。
その光景を見ていると、ミトスはつい小さくため息をつく。
「……自分、何もできないませんね」
いや、正確には「やらせてもらえない」というのが現実であった。掃除をしようと手を伸ばせば、「聖女様にそんなことはさせられません!」と止められ、洗濯をしようとすれば「お手伝いなど不要です!」と家族が遠慮する。
お皿を拭こうとしても、ミュレーヌがすでに完璧に洗っており、置く場所すら無い。結局、彼女は家にいても何もできず、ただ立っているだけの時間が続くのである。
しかし、そんな日常でもミトスは健気だった。
朝の家事や村人の様子を観察しながら、誰にも気づかれない小さな奇跡をこっそりと施す。
干し草が風で散らばらないように手で押さえたり、井戸の水をこぼさないようにそっと調整したり。
どれも大げさな行為ではないが、村人たちは無自覚のまま恩恵を受け、いつもより少し快適な一日を過ごすことになる。
特に昼前。
村の広場では、唯一まともなカイエンが剣の鍛錬を終え、無残に傷ついた体を抱えながら戻ってくる時間である。
彼は毎回、祖父タイカンや父ティガー、そして四天王たちの手荒な鍛錬に打ちのめされ、どこかしら骨折することもある。
しかし、ミトスは絶対にそのことを顔に出さない。
「……ああ、今日も……大丈夫、見なかったことに……」
と心の中で呟き、あくまで平静を装う。誰かが気づいて気を遣ってしまうことは、聖女として避けなければならないのだ。
村を徘徊するミトスは、道行く人々に笑顔を見せ、声をかけることもなく、淡々と小さな奇跡を積み重ねる。
例えば、子供が転びそうになれば、そっと手を差し伸べ、痛みはすぐに癒す。
「ありがとう、聖女様!」
と叫ばれることもあるが、誰も本当のところで彼女の孤独を知る者はいない。
畑の作物をチェックする農夫たちには、そっと水路の水流を調整し、作物が少しでも枯れないように気を配る。
ブラチスが力任せに枝を折ったり、ブリュックが理詰めで土を掘り返して混乱させても、ミトスは静かに修正する。
誰も気づかない、小さな聖女の働き。しかし、それが村を少しずつ平和に保っているのだ。
昼近くになると、家に戻る時間が近づく。
「……そろそろ、カイエンの……傷が……」
思わず小さなため息をつきつつ、ミトスは家路を急ぐ。
その歩みはまるで、自分の存在を誰にも知られない影のように静かで控えめだ。
だが、胸の奥には確かな誇りがある。自分は一人でも、村や家族のためにできることをやっている。
家に戻ると、ミトスはあらためて冷静さを取り戻す。
家事はミュレーヌが完璧に終わらせており、パナメーラは右往左往しながらも何かしている風を装う。
「……今日も、何も知らないふりで……」
ミトスは静かに笑みを浮かべる。誰もが自分を見ていなくても、健気に働く。それが彼女の日常であり、矜持でもある。
時折、家の窓から外を眺めれば、子供たちが無邪気に遊び、村人たちがそれぞれの仕事に励む姿。
誰も聖女の存在を意識していない。
しかし、今日もミトスは一人、静かに村の平和を支えるのだ。
そして、いつか誰かが本当の意味で気づく日が来るかもしれない。
その時、ミトスは初めて胸を張って言えるだろう――
「私は、聖女です」
と。
しかし現状はまだ、誰も彼女の孤独を知らないまま。
健気に、ちょっと可哀想に、そして笑顔を絶やさず、聖女ミトスは今日も村を徘徊するのであった。
やったー!当初の目標の20話!
まぁ、あまり見てる人はいませんがね。ふふっ。