第1話 辺境の村の日常その1
辺境の村――そこに住むのは、世界征服を諦めた元魔王と、その家族たちだった。
畑に立つのは、タイカン。伝説の魔王である。
だが今、彼の最重要ミッションはただ一つ。「芋の出来が、世界平和より大事」という信念のもと、真剣に土を耕している。
「芋の出来が、世界平和よりも大事なのだ……」
その発言は、村の子供たちから見れば完全に“変なおじいちゃん”。
だが、タイカンにとっては至極まっとうな哲学である。
足元を見下ろすと、ネズミとモグラがひれ伏している。
「……ああ、またカリスマが漏れたな」
村人たちは気に留めず、「また動物に好かれてるわ、タイカンさん」と笑うだけだった。
そんな祖父の周囲をうろちょろするのは、かつて世界征服に忠誠を誓った四天王たちである。
武の四天王・ブラチス(28歳)
戦場無双の鬼将軍。今は村の筋肉担当。荷車や家畜を全力で守り、世界征服再開の夢をひそかに抱く。
「魔王様! 村の安全は私が守りますわ!」
しかし力任せすぎて、時折畑や家屋を壊すため、カイエンが慌てて魔法無効で修復する羽目になる。
智の四天王・ブリュック(25歳)
天才軍師だが、今は畑と村祭り計画の指揮官。
「この列は三年後に……いや、今期も豊作にすべきだ!」
壮大すぎる計画で村人たちは混乱。祖父は黙って見守る。
美の四天王・ヴァルメ(20歳)
「美は戦力」と豪語するナルシスト。鏡を磨き、村でも魅了の力を誇示する。
妹レミリアと張り合うが、天然小悪魔の妹には勝てない。
「くっ……これも、精進不足か……」
カイエンは遠目で苦笑い。天然の力にすべて跳ね返される兄弟を見守る。
闇の四天王・ビジョン(17歳)
寡黙な暗殺者。今は黙々と農作業や安全確認。
「……この雑草、暗殺……」
カカシまで倒してしまい、慌てるもカイエンが魔法無効で元に戻す。
ちなみに、彼女らの年齢は、あくまで希望だ。そうありたいとおもうのは勝手だし。
実際の年齢はその年齢にウン百歳を足すのだが、女性の年齢にはとやかく言うまい。
四天王たちは、今では全員「村の雑務担当」として働いているが、元の威厳や能力は残したまま。
一見邪悪な言葉遣いも、村のためになる行動ばかり。
――つまり、愛が溢れる“残念キャラ集団”である。
そして、もう一人。庭で微笑むのは祖母パナメーラ。
「旅の人、おはようございます! カイエン様、本日も攻略対象は芋でございますわ!」
NPC口調で一日を始める、恋愛ゲーム世界から召喚されたヒロインである。
彼女の口調は常に決まっており、「旅の人おはようございます!」「旅の人こんにちは!」「旅の人こんばんは!」と挨拶し、まるでゲームの実況者のようだ。
祖父タイカンはこの日も真顔。
「……この芋は、我が魔力より重要である」
祖母はニコニコしながら孫であるカイエンを褒め称える。
「カイエン様! 本日の攻略対象を完璧に制覇できるのは、貴方しかおりませんわ!」
意味不明な称号と愛で包まれる。祖父が世界征服を放棄したのは、この恋愛ゲームヒロインの微笑みに心を奪われたからである。
――世界の命運は、恋愛ゲームのシナリオによって決まったのだ。
タイカンの畑仕事をサポートする四天王と、NPC口調で孫を溺愛する祖母。
一見平和だが、騒がしい――これが辺境の村での日常である。
いたって普通の魔王の孫であるカイエンは、毎日、毎日、毎日、毎日、祖父や祖母、父母に兄姉、そして妹と四天王の力任せやみんなの奇行をすべてフォローして歩く。
「今日も尻拭いか……」
ため息をつきつつも、どこか誇らしい顔を浮かべる。
こうして、魔王と四天王、恋愛ゲームヒロインの祖母は、今日も村で騒がしくも平和な一日を送っているのだった。
主人公は不幸なの? 幸せなの?




