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第17話 カイエンの日常

流石にカイエンも毎日毎度、毎時間、みんなの尻拭いばかりしているわけではない。


 朝食が終わり、まだ胃袋の中でパンとスープが温かさを残している頃――家の裏庭からは、金属音が盛大に響き始める。


 ガキンッ! ガッガッガキィン!


 それは毎朝恒例の、父ティガーと息子カイエンによる剣の鍛錬だ。


「行くぞ、カイエンッ!」


 ティガーはかつて勇者と呼ばれた男。豪剣の使い手であり、力強さと豪快さで敵をねじ伏せるタイプだ。


 一方のカイエンは、まだまだ若輩者。だが幼い頃から祖父タイカンや父ティガーの剛剣を「直撃」で浴び続けてきたため、普通に剣を振るったら一瞬でミンチになると悟っていた。


 そこで、頼ったのは兄ベルクス。


「え? 剣なんか興味ないよ。だって痛いもん」


「……兄さん、剣を振れなくてもいいから、何か知識はないの?」


「ふむ……そうだな。実は俺、前世では“ミリオタ・格オタ”でな。MMAとかボクシングとか合気道とか居合とか、まあ色々かじってたわけよ」


 ベルクスは偉そうに語るが、カイエンは何のことやら欲はわからない。ミリオタ・格オタって何?ただ、兄を気分良くさせるために、知ったかで話を進める賢い弟なのだ。


ちなみに、ベルウスは実際に剣を持たせると三歩で転び、「痛い!」と泣く始末だ。ただ、知識だけは豊富だった。


「柔の剣ってのがある。力で受けずに、いなして返す。フェイントとか、カウンターとか、そういうのだ」


 それを聞いたカイエンは、「おお、これだ!」とばかりに飛びついた。以来、彼は兄から知識を仕入れては実地で試す毎日。相手が人間離れした怪物ばかりのため、自分の実力を全く自覚できないのが唯一の難点だった。




 今日もカイエンは木剣を握り、ティガーと対峙する。


「カイエン、もっと踏み込めッ!」


「はいっ!」


 ――ガキィン!


 木剣同士がぶつかる音が庭に響く。カイエンは必死に体を捻り、フェイントを混ぜつつ剣を返す。しかし、豪剣のティガーはそんなもの気にも留めず、真正面から剣を叩き込んでくる。


「ぐっ……うわぁぁぁぁっ!」


 木剣が弾き飛ばされ、カイエンは転がる。


 その様子を少し離れた場所から祖父タイカンが眺めていた。


「ほう、今日もやっておるな……。よし、我も混じるか」


 世界を滅ぼしかけた元魔王、タイカン。現在は農夫。だが、畑仕事で鍛えた腕力は衰えていない。四天王も後ろで目を輝かせている。


「ご主人さまが剣を振るわれるなら、我らも!」


「え、ちょっと待って、それ人数的におかしい!」


 結果――カイエン vs ティガー+タイカン+四天王(ブラチス、ブリュック、ヴァルメ、ビジョン)というカオスな構図になる。




 その様子を、縁側でベルクスとレミリアが観戦していた。


「ベルクス兄ちゃんもやってくればいいのに」


「いやだよ。痛いの嫌だもん」


「でも、私にいじめられてる時は“痛みばっちこい”って言ってるじゃない」


「レ、レミリアの攻撃は……愛だから……」


「キモっ!」


 レミリアのストレートパンチがベルクスの腹に突き刺さる。ベルクスは「もっとぉぉ!」と転げ回りながら悦に浸っていた。


遠くで見ていたカイエンは呟く。


「はあ……あれを兄と呼ばねばならないのか……」と、そしてカイエンは木剣を握り直す。




 鍛錬はさらに苛烈を極めた。ティガーの剣は豪快で、タイカンの剣は重厚。四天王はそれぞれの特性を活かして攻め込んでくる。


 カイエンは汗まみれになりながら、必死にいなして返す。兄から教わったフェイントを駆使し、相手の死角を狙ってカウンターを放つ。


「やるな、カイエン!」


「まだまだ若造と思っていたが……!」


 とはいえ、結局は数の暴力に飲まれ、最後は豪剣ティガーに吹っ飛ばされる。


 ドガァァァァン!


 庭の地面にめり込むカイエン。息も絶え絶え。





 そこへ、ふわりと光が差し込む。姉の聖女ミトスの登場だ。


「大丈夫? カイエン」


 彼女がそっと触れると、骨折していたはずの腕が元通りに。擦り傷も消え、打撲の痛みも消えていく。


「え……あれ、治ってる?」


「よかったぁ、怪我がなくて」

 にこやかに笑うミトス。本人は自覚がないが、彼女が触れるだけで奇跡が起こる。


「……いや、怪我はあったんだよ」


 と、心の中で突っ込みを入れるカイエン。


 その光景を見たベルクスは、鼻血を吹きながら叫ぶ。

「聖女の癒やし! これは新たな記録映像に……!」


「お兄ちゃん! 盗撮禁止!」とレミリアのローキックが炸裂する。


「げぼぁっ!」




 こうして、午前中の鍛錬は毎回「骨折」と「奇跡の回復」と「兄の変態的発言」で終わるのが日常だ。


 カイエンは自分の実力がどれほどなのか知らない。なにせ比較対象が父、祖父、四天王と、常識外れの面々ばかりだからだ。


 ただひとつ確かなのは――毎日の鍛錬のあと、ミトスが笑顔で触れてくれる瞬間だけは、カイエンにとって何よりのご褒美だということだった。


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