第14話 ミュレーヌの日中
ミュレーヌの作った朝食を家族が堪能し終えると、家の中は一瞬で日中モードへと切り替わった。
祖父タイカンは、朝食後も満足そうに胸を張る四天王たちを引き連れ、いつもの掛け声を放つ。
「今日も征服に行くぞ!」
その声に応えて四天王たちは目を輝かせ、畑へと突撃する。
武の四天王ブラチスは筋肉をみなぎらせ、智の四天王ブリュックは今日育てる作物の成長度を計算し、美の四天王ヴァルメは土を耕しつつ自らの美しさを維持、闇の四天王ビジョンは静かに畑の安全を見守る。
タイカンの畑は今日も「世界征服ごっこ」状態だが、実際の戦場は作物たち。彼の信念は揺るがない。「作物の出来は世界平和より大事なのだ……」
父ティガーは一方で、ゴミ捨てと村の主婦たちとの井戸端会議に全力を注いでいた。
かつて邪神を討った勇者も、今では生ごみの分別に頭を悩ませる。近所の奥様方には絶大な人気があり、ゴミ袋を抱えた背中にはかすかに英雄の威厳が漂うのだ。
兄ベルクスは、今日も妹レミリアをチラ見しながら鼻の穴を膨らませ、明らかに何か気持ち悪い妄想に浸っている。
部屋に戻ると、レミリアはあからさまに迷惑そうな顔で「お兄ちゃん、邪魔しないでよ! 今日もお勉強だから」と断言する。
ベルクスはその冷たい一言に逆に悦びを感じ、赤らんだ顔で「聖なるレミリア計画」の練り直しを始める。
ミトスは優雅に妹の勉強を手伝うためレミリアの部屋へ移動する。
天然の笑顔と軽やかな手つきでノートを整え、光が差すような不思議な雰囲気を作るミトスの存在は、レミリアにとって少しだけ安心感を与える。
とはいえ、レミリアはしぶしぶ従うだけで、すぐに小悪魔らしい口調で「でも、今日もお兄ちゃんに邪魔されたら許さないんだからね」と念を押すのだった。
残ったのは祖母パナメーラ、母ミュレーヌ、そしてカイエン。食器片付けの主役は当然ミュレーヌ。
パナメーラは「手伝ってます風」を全力で演じつつ、実際には見ているだけ。パナメーラに任せると、間違いなく皿が割れるため、ここは譲れない。
ミュレーヌは見かけによらず手際が良く、皿を次々と洗い上げるが、ドレスの袖は水でびしょびしょ。
カイエンが「着替えたら?」と提案しても、悪役令嬢としての矜持がそれを許さない。
「贅沢なドレスは朝の戦闘服ですの」と断固拒否するミュレーヌ。
その矜持は、掃除や洗濯の合間にも貫かれ、洗濯物はどんどん増えていく。カイエンの表情は完全に無となり、ため息混じりに「これ、俺の寿命に関わる……」と呟く。
その頃、ベルクスはまた現代知識を応用した奇怪な発明に取り掛かっていた。先日はレミリアの髪型を改造するコテ、今日は謎の魔法道具だ。
案の定、レミリアに試してみると、即座に罵声が飛ぶ。ベルクスは悦に浸り、地面に転がって口から血糊を吐くふりをする。
「お兄ちゃん、何それ!? ダサッ! 意味わかんない!」
「く、くっ……小悪魔め……」と呻くベルクスを、カイエンはただ無言で見守る。日常の戦場は、魔王や邪神との戦いよりも過酷だった。
一方、ミュレーヌは洗い物や掃除の合間にもドレスを着替え、髪型や化粧も完璧に整える。
その所作はまるで舞踏のステップのようで、家の中の空気を華やかにする。
見かけによらず家庭的で手際も良いので、家の中はいつも清潔に保たれている。
だがドレスとメイクが完璧な分、洗濯物の量は半端ではない。
カイエンはその光景を見てため息を重ねるしかない。
午後に差し掛かる頃、部屋の奥からはまたベルクスの楽しげな声とレミリアの怒声が交互に響き渡る。
ミュレーヌは手を止めずに掃除を続けつつ、時折ベルクスの部屋をちらりと覗き、「あら、今日もやってるのね」と小さく微笑む。
日差しが差し込む中、洗濯物の山、ベルクスの発明品、レミリアの小悪魔な行動、カイエンの疲労困憊な顔が混ざり合う。
家の中は混沌としているが、そこには奇妙な秩序と笑いがある。
誰もが疲れ果てるはずなのに、声を上げて笑う者、唇を噛み締める者、眉をひそめる者――それぞれの反応が交錯し、まるで小さな劇場のようだ。
この日常の中で、ミュレーヌの優雅な所作と揺るがぬ矜持は、家族全員の中心で光を放つ。
彼女がいるだけで、混沌とした家の中が少しだけ秩序立ち、家族は無言の安心を得る。そして、またベルクスの新たな発明による小さな騒動が起き、笑い声が絶えない。
昼前の家の中は、まだ誰も昼食をとる気配はないが、すでに伝説の一家の日常はフル稼働状態だ。
外の畑からはタイカンと四天王の声が聞こえ、屋内ではレミリアとベルクスの小競り合い、家事を全うするミュレーヌの華やかさ。
全てが同時進行し、奇妙でありながらも温かい家族の時間が流れていくのだった。