王都で演劇? もちろんヒロインは私……悪魔の着ぐるみ役ですってぇ!?
私はシェリス・ティウォール。伯爵家長女で、今は地方の貴族学校に通っている。
まったくこの私が地方でくすぶっているなんて、世の損失に他ならないわ。
いつか必ず中央で一花咲かせてみせるんですから。
そうしたら、思いがけないチャンスが訪れた。
「我がクラスで、王都にて演劇を行うことになった」
担任の先生が告げる。
子供向けの演劇を、一週間ほど公演するとのこと。
まあ、ようするに慈善事業の一環のようなもの。
だけど、本質はそこではないの。
先生の眼鏡の下の目つきが鋭くなる。
「子供向け演劇とはいえ、中央貴族の子女も君たちを観に来ることだろう。いわばこれも立派な社交。手は抜かないように」
そう、これは私たちのような地方貴族が、中央貴族に自分たちを売り出すチャンスなの。
中央の貴族たちはきっと品定めをするように、演劇を観に来るに違いないわ。
美しい女性はいるだろうか、かっこいい男性はいるだろうか、とね。
しかも、一週間の演劇が終われば、若い貴族を集めた夜会が予定されている。
つまり、この演劇で目立てれば――
『私は公爵家の者です。シェリスさん、あなたの演技はとても素晴らしかった』
『まあっ、ありがとうございます』
『よかったら、結婚しましょう』
『嬉しい!』
こんな事態もあり得るということ!
絶対いい演技をしなければならないわね。
台本を渡される。
正義の騎士が、姫をさらった悪魔を退治しに行くという……王道というか、陳腐というか、まあ子供向けならこんなものでしょ。
最終的には騎士と姫は結ばれる。
うん。この姫の役、私にこそ相応しいわ。
「配役もすでにこちらで決めてある。もちろん希望も聞くが、なるべくこの通りにやって欲しい」
あら、そうなの。
まあ、立候補制にするとみんなが姫や騎士といった人気役をやりたいと言って収拾がつかなくなりそうだものね。仕方ないわ。
じゃあ先生、さっさと発表してちょうだいな。どうせヒロインは私でしょうけど。
「えー、まず主人公の騎士はノゼル。君に頼みたい」
「……はい!」
ノゼル・アジスト。伯爵家の令息で、金髪碧眼の美男子。剣術もたしなんでいて、この配役に異論がある人はいなさそうね。
なんたって将来的には私の夫にしてもいいと思っているほどの男子だもの。
「次は姫と悪魔役だが……」
姫はもちろん私、悪魔は男子の誰かかしらね。
「姫はセルミア、悪魔はシェリスに頼みたい」
ほらね、やっぱり姫は私。
姫は……。
姫……。
ん?
今、先生はなんとおっしゃったの?
私の聞き間違いでなければ……。
「二人とも、かまわないね?」
「お待ちになって!!!」
私は叫んだ。
「今、悪魔は……この私、と?」
「ああ、そうだけど」
やっぱり聞き間違いじゃなかった!
「待ってちょうだい! なぜ私がヒロインじゃないの! 家柄はこの教室でトップクラス、美貌だってこの通り……!」
私は自分の容姿に自信がある。
鮮やかなバターブロンドの髪は長く伸び、お肌は白く、深緑を思わせる瞳はまさにエメラルドのよう。学園の白い制服を着こなす様は、まさに令嬢の鑑。
この私以外に、姫が務まる者なんかいるもんですか!
私はセルミアさんをキッと睨みつける。
セルミアさんはビクッとしている。
情けないわね。こんな気の弱い令嬢に、姫なんて大役は不可能よ。
「確かに君の言うことも分かるが、この劇の姫は非常に穏やかで、虫も殺せないような姫なんだ。だから、セルミアの方が相応しいと判断したんだよ」
セルミア・リンツ。子爵家の令嬢。セミロングの栗色の髪と栗色の瞳を持ち、非常に穏やかな雰囲気と、見る者を癒すような美しさを秘めている。
ふん、この子のどこが姫役に……相応しい……相応しいじゃないのよ!
さすが先生、上手く当てはめたものね。ぐうの音も出ないとはこのことだわ。
だけど、言いたいことはまだあるわ。
「セルミアさんの姫役は認めましょう……だけど、私が悪魔というのはどういうことです!? 普通、こういうのは男子の役目じゃなくって!? 女が女をさらうことになりますわよ!?」
先生は困った顔をする。自身の髪をバツが悪そうにかく。
「悪魔役には着ぐるみを着てもらうことになるんだが、その着ぐるみが実は……かなり小さくてね。男子では入りそうにないんだ。しかも、悪魔役は騎士との戦いなど、かなりの大立ち回りをしてもらう。女子で、なおかつ運動神経もよいとなると、君以外あり得ないんだ」
確かに私はダンスを始めとした運動系科目の成績は女子でダントツトップ……。
先生の判断は正しいのかもしれない。だけど、悪魔役なんて……。
「僕からもお願いするよ、シェリスさん」とノゼル君。
「私からも、お願いします!」セルミアさんまで、お願いしてきた。
こうまで言われてしまうと、私としてもごねるわけにはいかなくなる。
「……分かりましたわ。悪魔役、引き受けましょう」
姫どころか、悪魔役になってしまった。
これだったらまだ侍女Aとか通行人Bとかの方がマシだったのでは……。
まあでも、悪魔の衣装が可愛らしいものであれば、十分アピールできるものね。
だけど――
「悪魔の着ぐるみはこれだ」
先生が用意した悪魔の着ぐるみは、想像を絶するものだった。
黒い全身タイツというべき代物で、頭にはツノ二本、尻尾も生えており、なにより顔が出ない。
「こ、これを……!?」
「ああ、これを着てもらいたい」
「先生、あんまりですわ! これじゃどんなに凄い演技をしても、『あの令嬢の演技は素晴らしい』とはならないわ!」
「う、うむ……だけど、これしかなくって……」
「……もう。分かりましたわ!」
ヒロインどころか悪役。しかも顔を見せることができない。
こんな悪条件で、どう中央の貴族にアピールしろというのよ。
悔しくて歯噛みしてしまう。
すると、セルミアさんが――
「あの、シェリス様、やっぱり役を替わりましょうか……?」
こんなことを言ってきた。
まったく優しいというか、人が良すぎるというか……。
ここで「はい」と言えば、私は姫役になることができるだろう。彼女だってやりたいはずなのに。
だけど、私はセルミアさんのおかげでかえって腹をくくることができた。
文句ばかりを言って、役を譲ろうかと提案されてしまう自分自身に腹が立った。
「お気持ちだけ受け取るわ、セルミアさん」
「え……」
「やるわ、悪魔を……全力でね!」
クラスの全員に宣言してしまった。
これでもう、やるしかなくなったというわけですわね。
もやもやを吹っ切ることができましたわ。
***
劇の練習が始まった。
いざ練習が始まると、私はもっと根本的な問題に直面した。
まずこの着ぐるみ、とにかく視界が悪い。
「フハハハ、姫よ! さらって我が妻にしてくれよう!」
「あ、あの……」
「何よ、セルミアさん」
「立ち位置が全然違います……」
「あら!? ……ご、ごめんなさい!」
慣れないうちはこんなミスが多発した。
しかもこの着ぐるみ、密封性が高く、かなり蒸すのよね。
今は比較的気温が高い季節だし……。
あるシーンを演じ終わり――
「ふぅ~……!」
私は着ぐるみを上だけ脱いで、汗だくでコップに入った水を飲む。
「はぁ~……美味しいわ」
ノゼル君とセルミアさんが声をかけてくる。
「お疲れ、セルミアさん。大丈夫?」
「ええ、平気よ」
「だけど汗だくですよ……?」
「激しいダンスをしてる時もこれぐらいの汗はかくわよ」
私がへばってるか心配してくれているのね。ありがたいことだわ。
まさに騎士と姫という感じ。
先生も私を気遣ってくれる。
「やっぱり顔を出せるようにしようか。そうすれば視界も通気性もよくなる」
せっかくの提案だけど、私は首を横に振った。
「いいえ。顔を出したら、それは悪魔ではなくなってしまう。子供たちが怖がらないし、なによりガッカリしてしまうわ」
言いながら、なんだかおかしくなってくる。
(私ったら、あんなに悪魔役を嫌がっていたのにね)
悪役だけど、気分は悪くない。
「さあ、もう一度稽古しますわよ!」
私が手を叩くと、皆が返事をしてくれた。
仕方ないわね、こうなったら私も全力で演るしかないじゃない。
私は小道具の槍を構え、叫ぶ。
「人間風情がこの私を倒すだと!? ほざけ、デビルスピアーッ!!!」
***
王都での公演初日――
劇は公園に設置されたステージで行われる。
用意された席には王都の子供たちが沢山集まっている。
10代半ばから後半ぐらいの男女もいるけど、あれは品定めの貴族たちでしょうね。
だけど、今はそんなことはどうでもいいわ。
悪魔を全力で演じるのみ。
私は悪魔の着ぐるみに身を包んだ。蒸し暑い。だけど、この蒸し暑さに心地よさすら感じる。
桃色の姫の衣装を着飾ったセルミアさんを見ると、ひどく緊張している。
震えてすらいる。私は気になって声をかけてみる。
「セルミアさん、まもなく本番だけど大丈夫?」
彼女は青ざめた顔で振り向いた。
「シェリス様……私、やっぱりダメです!」
「何を言うの? もう劇は始まるのよ?」
「私に姫なんか務まりっこありません! 緊張してしまって……!」
多分周囲の誰もが「今さら何を言ってるんだ」と思ったことだろう。
だけど不思議なことに、この時私に彼女を責める気持ちは起きなかった。
じゃあ、やめましょうかと言ってあげたくさえなる。
だけど、それで最も後悔するのはおそらく……。
「セルミアさん」
「は、はいっ!」
「あれほど稽古したのよ。あなたほど姫に相応しい人はいないわ。そして何より、子供たちも待ってる。参りましょう」
セルミアさんの目に闘志が宿る。
一度スイッチが入ったら、この子は強い。
これでもう大丈夫。
「ありがとうございます、シェリス様!」
「悪魔が姫に感謝されてしまったら、しまりませんわね」
私たちのやり取りを見守っていたノゼル君も微笑んでいる。
「騎士の出る幕はなかったかな。さあ、行こう」
演劇が始まった。
悪魔に姫がさらわれ、騎士が人々の期待を背負って旅立つ。
一方、悪魔は居城で姫に求婚を迫るけど――
「どうしても私の物にならぬというのか!」
「はい……お断りします!」
「断れば死ぬしかないのだぞ!?」
ここでセルミアさん演じる姫は『たとえ八つ裂きにされようと、心は屈しません!』と言い、私演じる悪魔は『ならば死ね!』と怒りをあらわにする。
そこへノゼル君演じる騎士がやってきて――という流れになる。
姫が悪魔にNOを突きつけ、騎士を信じ抜く名シーン。
だけど、セルミアさんが次の台詞を言わない。
「……っ! ……っ!」
唇を必死に動かしている。まるで何かを思い出そうとするかのように。
セルミアさん、どうやら台詞が飛んでしまったようだわ。
私も待ってみるけど、出てこない。
自分でも異常事態を察しているのか、顔がどんどん血の気を失っている。
落ち着けばすぐ思い出せるはず。何とかしないと――
「どうした、恐怖で凍り付いてしまったかのようだぞ!」
私がアドリブで時間を稼ぐけど、セルミアさんの台詞は出てこない。
こうなったらセルミアさんの台詞はカットして私が進めるしかない。
だけど、ここは劇屈指の名シーンだし、なによりセルミアさんが飛ばしたくないはず。
そこで、私は咄嗟に――
「フハハハ! このまま、やつれていくのを見るのも面白い!」
“やつ”の部分を特に強調して喋った。
セルミアさんが目を見開く。思い出したみたいね。
「たとえ八つ裂きにされようと、心は屈しません!」
私のメッセージが通じた!
しかも、素晴らしい演技だわ。
台詞を忘れてしまったことがむしろいいスパイスになっている。
「ならば死ね!」
直後、騎士が駆けつけ、私と激しく戦った後、私は倒される。
「ぐぅぅ、この私がぁぁぁ……!」
私がバタリと倒れると、子供たちは大喜び。
姫と騎士は抱き合い、劇は無事ハッピーエンドで終わった。
元気な拍手が鳴り響く中、初日の公演は幕を閉じる。
舞台裏で、私は着ぐるみを脱ぐ。
「ふぅ~……」
水を飲んでいると、セルミアさんが駆け寄ってくる。
「シェリス様、先ほどは本当に……すみません!」
台詞を忘れてしまったことを悔いているのだろう。
「シェリス様がいなければ私は……。私は主役失格ですね」
「いいえ、あなたはあそこからよく立て直したわ。あなたは真の主役よ」
これは本心だった。
実際、台詞を思い出してからのセルミアさんの演技は極上で、私がかすむほどだった。
怪我の功名とはまさにああいうことを言うんでしょうね。
「台詞を忘れてしまった自分を恥じるより、ちゃんと台詞を思い出した自分を誇りなさい。あなたにはその資格があるわ」
「ありがとう、シェリス様……」
セルミアさんが涙を流す。
その姿は儚く高貴で、まるで物語に登場する姫のようだわ。
この子が姫役でよかった、と心から思ってしまう。
「さあ、今日はまだ初日ですわよ。明日からの二回目以降の劇もしっかりこなしましょう! 役を演じる人も、裏方の人も、気を抜いちゃダメですわよ!」
クラスメイト全員が頼もしく応じてくれた。
私もいい仲間に恵まれたものだわ。
彼らがいるのに地方でくすぶっているだなんて考えた自分が恥ずかしくなる。
それからの一週間は特にミスらしいミスもなく、私たちは演劇をこなし――王都の子供たちを大いに楽しませることができた。
私も悪魔役として全力を尽くしましたわ。
演じるたびに汗だくになったけど、この汗はまさに私の努力の結晶。
本当に充実した一週間を味わうことができたわ。
***
公演最終日が終わると、王宮で10代の若い貴族が集まった夜会が開かれる。
広い部屋に立食式の料理の数々が用意され、私たちのクラスの面々は中央の貴族たちと交流する。私も青いイブニングドレスを着て、出席する。
人気が出るのはやはりセルミアさん。
公爵家、侯爵家級の令息から次から次へと話しかけられ、立派に応対している。
彼女の姫役としての演技は日を経るごとに磨き上げられていき、最終的には本物の姫と見紛うレベルになっていた。当然の結果ですわね。
ノゼル君も、大勢の令嬢に囲まれている。
彼の騎士ぶりも素晴らしかったものね。
他の生徒たちも、チョイ役でも役柄があった生徒は声をかけられ、裏方の人たちも夜会を楽しんでいる。
自分たちの演劇の大成功ぶりが分かり、私は嬉しくなる。
私はというと――残念ながら話しかけてくる人はいない。
これは当然ですわね。
私は観客の前では着ぐるみを脱がずじまいでしたし……。
最後に脱いで顔を晒してもいいよと先生にも言われたのだけど、私が顔を晒したら子供たちの夢を壊してしまう気がして、できませんでした。
まあ、かまいませんわ。
今の私にとって、演劇で自分をアピールすることなど二の次でしたから。
劇を成功させた充実感に浸りつつ、私はフルーツジュースを飲んだ。
上品で甘い味が、まるで私へのご褒美のように、体に染み渡る。
すると――
「こんばんは」
銀髪で白い礼服を着た、清涼感のある青年に話しかけられた。
セルミアさんや他に出番のあった令嬢たちを差し置いて私に話しかけるなんて、風変わりな方もいたものね。
「ごきげんよう。私、シェリス・ティウォールと申しますわ」
私もカーテシーで応じる。
「君、悪魔役だった人だよね?」
「……! え、ええ」
なんで知ってるのかしら。私は舞台では一度も顔を出していないはず。
「なぜ、それを……」
「実は、初日に演劇を鑑賞したんだけど、悪魔役の人あんな着ぐるみを着てよく動くなぁと感心していたんだ」
「まあ……ありがとうございます」
姫や騎士でなく、悪魔に注目していたなんて。
私としても嬉しくなってしまう。
「そして、クライマックスの時、姫役の子が黙り込んでしまう場面があった。あれは多分、台詞を忘れてしまったんじゃないかな? でも悪魔役の君が場を繋いで、姫役の子が台詞を思い出せるようサポートしていた……」
当たっている。
本当によく見ている。なんなのかしら、この人。恐ろしいまでの観察眼だわ。
「劇が終わった後も、こっそり舞台裏の君たちを見させてもらった。君は周囲の生徒たちをよく励まし、クラスの中心として立ち回っていた。君のクラスは皆、素晴らしい生徒たちだったが、君はその中でよく慕われていた。表向きのMVPが姫役の子なら、影のMVPは君といっていいほどだ」
「そこまでおっしゃって頂けると光栄ですわね」
“影のMVP”とまで言われてしまった。
少しこそばゆいけど、嬉しいことこの上ない。
「それからも毎日のように劇を観に来てしまったよ。集大成といえる最終日は、特に素晴らしい出来栄えだった」
私たちの演劇は日を経るごとに、目覚ましく上達していった。
この人は本当に毎日のように観てくれたのだろう。
いずれにしても雰囲気からして只者じゃない。この人は何者なのかしら?
「失礼ですが、お名前は?」
「おっと失礼。僕の名前はレギウス・カーニング。王国の第一王子を務めさせてもらっている。どうぞよろしく」
思わず声を出しそうになってしまった。
只者じゃないとは分かっていたけど、まさか王子だったなんて……。
「第一王子殿下に声をかけて頂けるなんて、光栄ですわ」
私も思わず声が上ずってしまう。
「ありがとう。ところで、ここからは僕の個人的な話になるんだけど……」
「なんでしょう?」
レギウス様は少し目を逸らす。
「初日に悪魔役はどんな人なんだろうと興味を持って、そっと舞台裏に行って、君が素顔を晒す瞬間を見てしまった時――」
なんだろう。
ガッカリしたとでも言うのかしら。
「大げさではなく……悪魔の中から天使が生まれた、とでも言うような衝撃を受けてしまってね。分かりやすく言うなら一目惚れというやつさ」
「え……」
「だから、この夜会がずっと待ち遠しかったんだ。やっと君に話しかけることができた」
レギウス様はじっと私を見つめてくる。その瞳は青空のように穏やかで、透き通っている。
僕は君に惚れている、という本心を全く隠さない。
あまりにまっすぐなので、私の頬もみるみる熱を持ってしまう。
「ありがとうございます……」
こう返すのが精一杯だった。
「よかったら、この後のダンスタイムでは一緒にどう?」
「はい……」
差し伸べられた右手を、右手で握り返す。
その手はしなやかで涼しい雰囲気を纏っていたけど、とても温かった。
それから、私とレギウス様は一緒にダンスをした。
私はダンスには自信があったけど、レギウス様のダンスも一流だった。
呼吸をピッタリ合わせてくれる。
どんなステップを踏んでも絶対に私についてきてくれると確信でき、大樹に身を委ねるように、安心して踊ることができた。
至福の時間を過ごせたわ。
だけど――懸念もあった。
レギウス様が私に一目惚れしたのは「恐ろしい悪魔の中から令嬢が出てきた」という強烈なインパクトがあったからこそ。
時間が経てば経つほど、そのインパクトは薄れていき、
――ああ、この子思ったより可愛くないな。
となってもおかしくはない。むしろそうなるのが自然だわ。
だから夜会の終わり際、私はあえて尋ねてみた。
「レギウス様、今の私はいかがかしら? そろそろ、着ぐるみを脱いだ私の魔法も解けてしまったんではなくて?」
レギウス様はうなずく。
「ああ、どうやら解けてしまったみたいだ」
やっぱり……と思う。
だけど、これでいい。王子様と踊れただけでいい思い出になるわ。
「僕の君への想いはやはり一時的なものではなかった。僕はずっと君と一緒にいたい。君と踊っていたら、その気持ちがどんどん膨れ上がってしまったよ。僕自身、この気持ちをどうしていいものか困惑してる」
……え。
「君は悪魔から生まれた天使などではなく、紛れもない天使だ。少なくとも僕にとってはね」
平然とこんなことを言ってのける。
これが王子の資質というものなのかしら。
「ど、どうも……」
私もこう返すしかない。
「もしよかったら、君が卒業するまで君の隣の席――空けておいてもらえないか?」
事実上のプロポーズだった。
私の気持ちはどうかしら。
もちろん決まっている。
レギウス様の観察眼、レギウス様のダンスの腕前、そしてなによりまっすぐさに私も心惹かれてしまっていた。
「はい、是非!」
***
私とレギウス様はその後も月に一度ほどの頻度で会って、親交を深め合った。
王宮が我が家の彼と、地方貴族の私、遠距離恋愛になってしまったけど、その距離はむしろ私たちの愛を育んでくれた。
私たちは恋に溺れることなく、私は勉学に励み、レギウス様は王子として自己の研鑽に努めた。
おかげで卒業する頃には、私は立派な淑女に、彼は未来の為政者に相応しい立派な紳士になることができた。
私とレギウス様はもちろんすぐに婚約したわ。
ちなみにこの婚姻は王家にもメリットが大きい。
近年カーニング王家は地方経営にも力を入れていく方針でおり、地方の有力貴族であるティウォール家と結ぶことは、むしろ望むところであったみたい。
まあ、私たちはそんな事情を超えて愛し合っているのだけど。
王都の教会での式には、大勢が来てくれた。
私の両親はもちろん、学校の先生も、セルミアさん、ノゼル君を始めとしたクラスの皆も……。
ウェディングドレス姿の私も、彼らの姿を見て思わず涙をこぼしてしまう。
だけど私はもう王子妃、祝福にはしっかり応えなければいけないわね。
「皆様、どうもありがとう! 私、学校の卒業生として恥ずかしくないよう、幸せになりますわ!」
隣に立つレギウス様も堂々と宣言する。
「今この瞬間、我が愛するシェリスを妃として迎え、国を背負う者としてそれに相応しい道を歩むことをここに誓おう」
私たちは向き合い、口づけを交わす。
私がこうしてレギウス様と結ばれたのは、悪魔役がきっかけ……。
ヒロインもいいけど、悪魔の着ぐるみを着て悪役を演じるというのも悪くないものですわね。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。