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自死とその恐怖について

死にたい が口癖だった時期がありました。

色々な本を読んで、色々な場所に行きました。


今はまだ、生きています。そんな日々も悪くないと思います。


ぼんやりと書きつけた覚書みたいな話です。

別に死にたい理由もないけれど、生きたいと思う理由もない。


ただ、そう思って生きてきた。生きてきてしまった。


何か特別嫌なことがあった訳じゃない。嫌なことはたくさんあったけど。

ひどいイジメにあったわけでも、借金から逃れられないわけでも、帰る場所がないわけでもない。

でも死にたかった。死んでしまいたい。


いつからだろう。

出来ていたことが出来なくなっていた時だろうか。友達がつくれなくなっていると気づいた時だろうか。恋人と別れてしまった時だろうか。あの時の失敗に囚われてしまった時だろうか。

わからない。

ただ言えるのは、ずっと死にたかったってことだけだ。

助けて欲しいとかじゃなくて。

終わりにしてくれ。って感覚。


だから

終わらせようと思った。


特別何かあった訳じゃない。

でも、終わらせようと思った。


幸い、この辺りには丁度いい場所がある。


今は人がいない、廃墟。近くに崖もあって、自殺の名所としてちょっと有名だ。


そこにしよう。

そこで、終わらせるとしよう。


————————————————————


「おや、お客さんだね」


人がいた。なんてタイミングの悪い。

自分よりも少し年上だろうか。どこか遠くを見ているような、そんな人がいた。


「ここになんのご用?……って訊くまでも無さそうかな。だってここ自殺の名所だしね」


喋っている。なんだこの人は。


「その雰囲気的にも、肝試しとかじゃ無さそうだしね」


その人はこっちを観察するように見ている。わかったような口を聞くな。


「なんとなくなんだけど、わかるんだよ。私もここで自殺しようとしたことあるから」


驚いた。自殺の名所ならば同じようなことを考える輩もいるのは当たり前と言えば当たり前なのだろうが、実際に自分と同じような人間に出くわすとは。いや、さっきの感じからして未遂か?


「そう、自殺未遂。……っていうか、自殺を諦めたって感じかな。怖気付いたと言ってもいい」


なんだそれは。こっちは自殺しにきているのにふざけているのか。


「別に君に何かしようって訳じゃないよ。まぁ、私も最近色々あってね。少し懐かしくなって来たんだよ。……というか、君こそそんなに邪険にしなくてもいいじゃない。ある意味先輩だよ?」


何が先輩だ。やはりふざけているのか。


「怖いなぁ。別にそういう訳じゃないってば。ねぇ、君。少し話させない?」


……

はぁ?

————————————————————


「先に言っておこう」


「もし君が、とてもとても苦しい思いをして、それで今ここにいるのなら。苦しみから逃れる方法が死しかないのなら。私はそれを止める術を持たない。私は虚しさ故に死を望んだ人間だから、苦しい思いをした人を繋ぎ止められるような言葉を持っていないんだ。ごめんね。

もし、そうでなくて、私と、かつての私と同じ理由でここにいるのなら。ちょっと話をしてみない?」


話?なんのことだ?話すことなんて何もないだろう。

そうか、自殺を止めようってことか。人を救いたいってやつなのか。


「そう睨まないでよ。怖いなぁ。まぁ、でも初対面で話そうなんて言われても困っちゃうか」


その人はちょっと困ったような顔をして言う。その余裕そうな態度に、自分の目がさらに細くなるのを感じた。


「怖いなぁ。別に私はね、自殺を否定をしようって訳じゃないんだよ。だって私自身、しようとしてた訳だしね」


その人は言う。自分は黙って聞いている。


「だからってまぁ、肯定もしないけどね」


その人は続ける。自分はまだ黙っている。


「だってさ、」

「死んじゃったら本当にそれでお終いじゃない?」


……ん。


それは、少し考えたことのあることだった。いや、少しじゃない。何度も頭を過ったことだった。

何かしたい訳じゃない。明日も望んじゃいない。

でも。

本当に取り返しのつかないことをしていいのか。

それだけは、糸のように自分に絡みついていた。


「……私がなんで死ぬのをやめたか簡単に話そうか」

「怖くなったんだよ」

「ここってさ、飛び降り自殺の名所じゃない?珍しいくらいに垂直で、高低差も十分。すごくすごく高いよね」

「あ、高くてやめた訳じゃないよ。もちろん高いのは怖いけど、死ぬつもりだったし。それに、そういう時って変に無敵モードになっちゃうしね。一度下見に来た時は死ぬ気満々だったよ。よし、ここでいいだろうってね」

「本を読んだんだ。そこにね、『私は飛び降り自殺が恐ろしくてできない。もし、飛び降りてから地面に叩きつけられるその間に、飛び降りてしまったことを後悔してしまったら。そう思うと怖くて怖くてたまらないのだ』ってね。書いてあったんだ」

「それを見て」

「本当に怖いと思ったんだ」

「読んだその時は面白い意見だくらいにしか思わなかった」

「だけど」

「いざ飛び降りにここに来た時、思い出しちゃったんだ」

『もし飛び降りてしまったことを後悔してしまったら』

「そうしたら、本当に本当に怖くてね。震えが止まらなくなったんだ」

「怖かった。その場に何時間もいた気がする。怖くて怖くて泣いた。死ぬこともできない自分がさらに嫌になった」

「でもね」

「本当に怖かったんだ。ここで死んでしまったら、本当に死んでしまうんだ。どうしようもなくなってしまうんだ。ってね」

「そういう意味では『自殺すらできずにおめおめ生きてるだけ』とも言えるんだけど……。でも、まぁそれからいくらかの経験をして、どうにか生きてるよ」

「まだ、死ぬのは怖い」


……何も言えなかった。覚悟をして来たつもりだった。誰にも何にも止められない。止められてなるものかと思っていた。

なのに。

絡んでいた糸がより強くなった気がする。


「私の話はこんな感じ。良ければ君の話も聞いてみたいけど……それは流石に難しいか」


その人は言う。


「だから、私が主に喋るからさ。少し話をしていかないかい?」


その人は続ける。


「もし今日は疲れたってんなら明日とかでもいいしね。私はしばらくこの辺りにいるつもりだし。君がその気なら私は明日もここに来よう」


その人の目はどこか遠くを見ている。そんな気がする。


「それにね」

「私もその昔自殺についてぼちぼち調べたりしたもんなんだよ。だから情報もちょっと持ってる。聞くだけ聞いても損はないと思うよ」


その人は笑った。少し困ったような顔で。

変な人だ。


————————————————————


……結局、承諾してしまった。明日、また廃墟に行くことにした。


約束。スケジュールに予定が書き込まれたのがずいぶん久しぶりに感じた。

参考にした、というか影響を受けた本を都度書いていこうと思います。


『シメジシミュレーション』


つくみず先生の作品は、その絵と話とセリフに心動かされます。うまく言葉に出来ないのですが、そのほんわかした様子とは裏腹に突き刺すような表現が魅力です。この作品では胸を掻きむしるように苦しんだ(感動のあまり)ものです。

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