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4.酔っぱらいとの取引

 夕方の六時から八時まで、お店には誰も来なかった。

「はあ」

 しまった、と思った時には遅かった。ユウさんが横目で私をたしなめるように、かるく睨んでいる。

「どうしたの? ため息なんてついて。お客様に失礼でしょ?」

 お客様なんていないじゃん、と思いながら、私は返事をした。

「実は……来年の学費を貯めたいんですけど、生活で手一杯で……」

「……うちの給料が安いってことかしら?」


 ユウさんの笑顔が怖い。

 私はどきっとして、大きな声で否定した。

  

「いいえ! そんなことないです! 残った果物とか、ジュースとかご飯のおすそ分けとかもらえて助かってます!」

  本当のことを言えば、立ち仕事とか、よっぱらいの暴言とか、大変だと思うことはある。だけど、ユウさんは優しい。たまに「たくさん作ったほうがおいしいのよ」とか言ってカレーや豚汁、シチューなんかをタッパーに入れておすそ分けしてくれるときもある。本気で助かっている。


気まずい空気が流れる店内に、ドアのベルが響いた。そして、酔っぱらいの男が店に入ってきた。ユウさんに、酔っぱらいの相手をするように、目で合図された。私は酔っぱらいに注文を聞いた。

「君、かわいいね」と酔っぱらいは言ってきた。私は不器用な愛想笑いを浮かべて適当にあしらった。酔っぱらいは、「俺、金ならあるからさ」と言って分厚い財布を出す。

「百万だすからさ、三か月間恋人になってくれない?」とその若い男は言った。


私は「仕事中ですので」と、財布をしまうように男に言った。

「女なんて、金が目当てなんだろ? 俺みたいな……冴えない男でも、金に見えれば一緒にいたくなるんだろ?」

 若い男は涙ぐんで「どうせそんなもんなんだよ……」とつぶやいている。


「……お客様、少しお水を飲まれたほうが良いのではないですか? ずいぶん酔っていらっしゃるようですよ? サービスです」

 私は酔っぱらいに、レモンを浮かべたお冷を出した。


「もう、この金はもう要らないんだ。もらってくれ」

 男は私のベストの中に札束を突っ込むと、店を出ていこうとする。

「あの、困ります」

「じゃあ、名刺、あげる」

 男は名刺を置いて店を出て行った。


「ユウさん、どうしよう……」

 こんな札束を手にするのなんて、父親が手切れ金をくれた時以来だ。

「もらっておけば? ラッキーって」

 ユウさんは平然と言ってのけた。

「そんな額じゃないですよ?」


「えー。バブルの時は良くあったらしいわよ」

「いつの話をしてるんですか?」

 私はベストの中から札束を出して、一万円札の数を数えた。

「……百万円」

「わお」

 私は名刺に書かれていた電話番号にスマホから電話をかけてみた。

出ない。

「しかたないなあ……どうしよう、これ……」


 私はカバンの中に百万円をしまい、その上にハンカチをかけて見えないようにした。


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