七二 第二章・グレートゲーム 日本イリオン国交開設交渉のゆくえ
七二
ルクシニア帝國の帝都イクナイオンで続けられている、日本国とイリオン人民社会主義連邦との間の国交開設交渉は、空転につぐ空転を繰り返し、交渉を注視している各国関係者を心から呆れさせていた。
かたくななまでの日本国の原則論にこだわった姿勢と、あの手この手で言質をとって自国に有利な条件を引き出そうとするイリオンとのやりとりは、各国の諜報機関を通じてそれぞれの政府に報告されているからである。
「これはイリオンを嗤えばよいのか、ニホンに呆れればよいのか、迷うところではあるな。とはいえ我が国にとっては、今の状態が続くのが好ましいというのが、悩ましいところではあるのだが」
秋に入りそろそろコートを出そうかという季節に入ったイクナイオンの大使館で、ンチャナベ連合王国の駐ルクシニア大使であるゲジマ=ハビ・ンゴラは、イリオン大使館から諜報機関が入手した日本とイリオンの交渉の経過の報告を書記官から受け、そううんざりとした表情で感想をのべた。
日本国が関与した油田における石油採掘量の爆発的増大にともない、イクナイオンの先物市場での原油価格は下がる一方であった。当然それにともなって、大量の石油をルクシニアから輸入しているンチャナベは、あらたな石油取引契約を帝國と結ぶことで大きな利益をえることができた。そして、出れば出ただけ日本が石油を買いあさってゆくのを見て、先ごろ市場での原油取引価格は上昇に転じ、石油輸入国は悲鳴をあげ頭を抱えるはめになっていた。
ンチャナベは、安価で輸入契約を結んだ石油をその時々の先物市場の価格を横目で見つつ、国際市場で余剰分を売りさばき、少なくない額の日本円を稼いでいたりする。
これは石油のみならず、各種鉱物資源や食料その他の物品でも同様で、日本国との経済協定発効までに取引のための日本円をがっつりためこむつもりでいるせいであった。そしてそのためには、すっかりきな臭くなりつつある国際情勢下において、日本とイリオンの関係が緊張したままであることが望ましいのである。
「……先日提出いたしました報告書にも書きましたが、ニホンの投資によってルクシニアの経済成長はかつてない伸びを見せています。現時点では、鉄道、道路、水利といった社会資本の整備が中心ですが、これらの整備がひと段落ついたあとの帝國は、近代工業国として爆発的な成長をみせると予想されます」
情報省より出向してきた書記官の言葉にゲジマ=ハビ大使は、わかっている、というふうに右手をふってみせた。
現在のルクシニア帝國は、皇帝ルキフェラが音頭をとって、国土全体でのインフラ整備に国民を動員している真っ最中である。本来ならばイリオン人民連邦との戦争準備に奔走しているはずなのが、そちらも日本国と日本人民共和国の物惜しみしない援助によって、逆に帝國軍の方が、新規の装備やその運用についての習熟のために、てんてこまいになっている有様なのであった。
日本国が供与した68式戦車は、装甲こそ特殊な部材を使わない鋼製のものであるが、その射撃管制装置は連合王国軍が整備を進めている新型主力戦車Kw17「スィンバ」と同等の全天候戦闘能力を持ち、主砲はひと世代前のKw15「ファハリ」戦車の48口径3.8ガンバ(約104.4ミリ)ライフル砲と同格であるとみられている。さらに軍団砲兵として口径155ミリ、師団砲兵として122ミリの加濃榴弾砲が、合計で1000門以上も弾薬とともに提供されることが決まっているのだ。
他にも各種の対空対戦車ミサイル、各種口径の機関砲、装甲車や自動貨車、それはこれまでナリキアに転移してきたあらゆる国家からみても、常軌をいっした物量であった。
「……これでニホンは、当座のイリオンとの戦争をしのぐ分しか兵器を供与していない、とうそぶいておる。奴らの想定している本気の戦争とは、いったいどれほどのものなのだ」
ゲジマ=ハビ大使の嘆息めいた言葉に、同席していた駐在武官がおずおずとした様子で答えた。
「現在ニホン軍は、中型空母4隻と強襲揚陸艦6隻を主力とする40隻以上の巡洋艦をようする海軍を整備しています。他にも20隻のディーゼル潜水艦がおり、さらに原子力潜水艦が2隻就役しており、2隻が建造中です。また、練習艦の名目で超大型空母1隻と戦艦1隻を整備中との情報も入ってきています。少なくとも中央海周辺では、海軍力で比肩できる勢力はこのナリキアには存在しないと言えるかと」
「実に判りやすい説明に感謝する。そして陸軍は10個師団12個旅団と、王立陸軍の二倍ではきかぬ規模の兵力を保有し、空軍は作戦機を最低でも800機、へたをすると1000機もそろえているそうだな」
「はい、閣下。駐ニホン大使館が入手した公開情報では、そのようになっているとのことです」
「ニホンは民主主義国家であり、主権者である国民には、予算の使途をはっきりと正確に公開しているそうだ。とはいえ駐ニホン大使館の紳士諸君の仕事ぶりは、決して怠惰なものではないと評すべきなのだろうな」
現在のンチャナベ連合王国の王立陸軍は、装甲師団3個と空挺師団1個、海兵師団1個を基幹としている。これに本土防衛を担当する郷土師団と、南方大陸の植民州で編成されている現地人の義勇兵部隊が加わる。
とはいえ、陸自の機甲師団の規模は王立陸軍の装甲師団の五割以上も大きく、装備は最低でも一世代は進んだ兵器を保有している。しかも軍団砲兵は、射程が45キロを超える長射程ロケット砲で、次々と更新されている最中とのこと。パラヴィジュラ諸島も含めるならば国土面積は数倍以上も広いとはいえ、これはンチャナベの軍務省と統合参謀本部の省部幕僚達の頭を抱えさせるのに十分な脅威であった。
「……大使閣下、これはあくまで噂話であり、確認された情報ではありませんが、本国は中央海東南の現地人国家に関与を進めているとの話が。少なくとも武器の売却と軍事顧問団の派遣は、確実なようです」
「正気か!? ……失礼。とはいえ今の我が国が、ニホンの勢力圏に手を出せるわけがなかろうに」
情報省より派遣された書記官が、少し迷った風をみせてからゲジマ=ハビ大使に、ンチャナベがナヌガラ王国に干渉するためイエメザ王国に関与しだしていることを知らせた。
その内容に思わず大声をあげてしまったゲジマ=ハビ大使は、右手で両目をおおって息をととのえた。
「本国は、南方大陸の権益保護のためにも、ニホンと勢力圏の線引きの必要性を強く感じているそうです。……こちらの地図のナヌガラ王国ですが、ここをあくまでニホンが譲らないのか、逆にイエメザ王国にまで進出してくるのか、それをもって今後の日本の対外戦略を見極めたいのだとか」
「……趣旨は理解した。だが現状でそのこころみは、冒険的に過ぎるのではないか? ニホンは、イリオンとの戦争準備で北に意識をむけている最中だ。その背中でこそこそと動き回るのは、あまりにもみっともない、としか自分には思えぬ」
ゲジマ=ハビ大使は、今度こそ大きくため息をついて、あまりにも機会主義的に見える行政街であるヴェンドイ街の住人の行動に、批判的な言葉をもらしてしまった。
そしてここにいる大使館のスタッフの誰もが、その大使の言葉に批判的な意見を口にするどころか、表情ににおわせすらしなかったのであった。
帝都イクナイオンにあるティエレン連合の駐ルクシニア大使館は、七年前の二度目のルクシニアとイリオンの休戦条約締結以来の明るい雰囲気につつまれていた。
ここ数年来の懸案であった石油輸入途絶が解消されつつあり、イリオン人民社会主義連邦というお荷物と縁を切れるかもしれないのである。しかも二年前転移してきた日本国は、実に気前よくティエレンから各種資源や食料品諸々を購入してくれるお得意様になりつつあり、久方ぶりに本国の経済指標は上向きになりつつあるのだ。
「一時期は本気でどうなるのか判らなかったが、イリオンの野菜共がいらぬ欲をかいてくれたおかげで、本当に助かったな」
ここしばらく実に上機嫌な様子を隠そうともしないユノラウ・スティルソン・ロンデラク大使が、書類の決裁を終えてひと段落ついたところで、近くで仕事をしている書記官にそう話しかけた。
「とはいえ、相変わらずイリオンとニホンの交渉は、平行線のままだそうです」
「まったくもって、連合にとっては喜ばしいことだ。このままイリオンがとち狂ってニホンに戦争をしかけてくれれば、まさに言うこと無しなのだがな」
「さすがにそれはむしが良すぎる願望かと、大使閣下。イリオンは愚かではありますが、間抜けではありません」
上機嫌というより、浮ついているように見えるロンデラク大使の言葉に、さすがに書記官も苦笑するしかない。
とはいえ、タマラム諸島をめぐる日本国とイリオン人民連邦の交渉は、見事に互いの主張が平行線をたどったまま、全く進展を見せていないのも事実なのである。
「とはいえ、イリオンがニホンの敵になってくれたおかげで、我が国のエネルギー問題も好転しつつあり、さらに経済指標も軒並み上向きだ。確かにルクシニアとの関係は冷え込んだままだが、対日輸出のおかげでそれもおぎなって余りある結果をみせている。少なくとも今の時点では、何も言うことはなかろう」
ロンデラク大使の言葉に、書記官はわずかに首をひねって何か言いたそうな表情になった。
だがロンデラク大使は、書記官のそんな様子にまったく気がつかないまま、さらに言葉を続けた。
「しかもンチャナベは、南方大陸から陸軍の主力を引き上げつつあり、現地人の義勇兵に治安維持を任せようとしている。これで連中がおとなしくなれば、イリオンが転移してきて以来初めての世界平和がおとずれるやもしれぬな」
「さすがにそれは、楽観が過ぎるのではないでしょうか、大使閣下」
さすがに言わねばならぬと感じたのか、書記官はロンデラク大使に一言苦言をていした。
「現在ニホンは、ルクシニアに大規模な経済支援と軍事支援をおこなっており、それは対イリオン戦争を見据えたものと思われます。タマラム諸島に近いパラヴィジュラ諸島にも、大規模な軍の集結が確認されております」
「それは自分も聞いている。とはいえそのニホン軍は、強い弱いと評することもできぬ異次元の存在ではないか。とてもではないがイリオンの野菜どもの軍隊では、十倍の数をぶつけても負けるのが目に見えているであろう」
「大使閣下のおっしゃるとおりですが、イリオンも本国東部国境地帯に大部隊を集結させつつある、との情報も入ってきております。そして戦争になればイリオンの敗北は確実でしょうが、問題はその後です」
書記官の言葉にロンデラク大使は、ふむ、と右手をあごにあてて少し考えるそぶりを見せた。
なにしろ国家間戦争は、終わったあとの国際情勢の変化にいかに対応するかの方が、戦争そのものよりも大変なのである。特に国家総力戦などという事態になれば、勝っても負けても既存の秩序は機能しなくなってしまうものなのだ。
元の世界でロムスダール共和国は、世界大戦の直接の当事者にはならずにすんだものの、当然参戦もしたし戦後の国際秩序の崩壊も見てきている。
「とはいえ、タマラム諸島から野菜共は叩き出されるであろうし、場合によっては北方大陸西部のイリオンが占領した元帝國勢力圏も奪回できるやもしれん。そうなればイリオンは、もはやただの辺境の貧乏国になりさがるしかあるまい」
「ですが、そこまで落ちぶれたあの国が次に何をやらかすか、それについて情報収集の必要があるのではありませんか? すくなくとも次の戦争で、かの国の工業国としての基盤が破壊されるとは考えられませんし」
書記官の言葉にロンデラク大使は、納得の表情になった。
ティエレン連合政府は、次の戦争でタマラム諸島が日本の勢力圏におさまるのを疑っていない。イリオンの国力ではタマラム諸島を確保し続けるのは無理があり、ましてルクシニアと全面戦争をやらかそうとしているのである。海外植民地の維持には膨大な経費がかかるものであり、勝っても負けてもその金をイリオンが出せなくなるのはあきらかだからだ。
そして力の空白が生まれ、それがうまるまでの間に起こる混乱は、各種資源や工業製品の輸出で稼いでいるティエレン連合にとっては、決して許容できるものではない。
「確かに貴公の言うとおりだ。とはいえ、我が国はイリオンから大使を引き上げてしまっているしなあ。現状では情報収集に難があるのも事実だ」
「なにがしかの形でイリオンに恩を売り、我々に有利な形であの国への影響力を獲得したいところです」
書記官の言葉にロンデラク大使は、それも確かに一案ではあると理解の色をしめした。
日本国とイリオン人民社会主義連邦の間の国交開設交渉は、帝都イクナイオンの互いの大使館を交渉団が交互に訪問する形でおこなわれている。なにしろ今おこなわれている交渉は、あくまで本交渉のための予備交渉にすぎないのである。
ティエレン連合が仲介してまとめた国交開設案をイリオンが受け入れなかった結果は、こんなところで彼らにとって不利な形であらわれている。
「ニホン国には、連邦と国交を開設するつもりがあるのかしら?」
「もちろんです、レウ=ミツォキス大使。我が国は、その国土の近くに不法に他国の領土を占拠する武装集団の存在を許容しえません」
「繰り返しますが、我々人民社会主義連邦は、人民の信任を得ている正当な国家であり、無法者の集団ではありませんから」
「それも当然理解しております。だからこそ、こうして国交開設のための交渉の席についているのです」
もう何度目になるかもわからないやり取りを繰り返し、日本国の須藤哲貞大使に机をはさんで向かいあっているイレネ・レウ=ミツォキス大使は、そのおもてからすっかり表情を消した人形のような顔つきと抑揚にとぼしい声色で、自分がこの一連のやりとりにうんざりしている、ということをアピールしている。
とはいえ須藤大使も、地球世界では国際外交の第一線に立ち続けていた職業外交官なのである。そんな小娘の癇癪なぞ、かけらほども気にするつもりもない。相変わらずのあいまいな笑みを顔にはりつけたまま、レウ=ミツォキス大使を相手に不毛なやりとりをそれと感じさせずに繰り返すのみである。
「!! ニホン国は戦争をお望みなのですか!?」
とはいえ、今日のレウ=ミツォキス大使の感情の沸点はずいぶんと低くなっているようで、とうとう顔色をまっ赤にして「戦争」という単語を口にしてしまった。
須藤大使はここで一気にたたみかけるのを我慢しながら、あいまいな笑みはそのままに、東京の赤松永歳外務大臣からの訓電で指示されていた内容を口にした。
「もちろん、我が国は平和主義の民主主義国家であり、戦争の勃発を望むものではありません。つきましては、日本政府よりあらたな提案があります。お聞きになられますか?」
「……うかがいますわ」
自分が外交交渉の場において大きな失敗をやらかしたことに気がついたレウ=ミツォキス大使は、それが須藤大使の誘いの罠であるとわかっていても聞くしかない。
「日本政府は、内閣総理大臣と、貴国の国家指導者の間のトップ会談で交渉をまとめてもよい、と考えております。そのためにまず事前準備として、我が国の外務大臣と貴国の外交長官の間で交渉の席をもちたいのですが、お願いできますね?」
質問の形式こそとってはいるが、事実上の強制にもひとしい言葉である。
レウ=ミツォキス大使は、そのおもてを朱に染め唇をかみしめながら、内心の激情を青い瞳にうつして黙っている。
しばらくそうやって須藤大使をにらみつけてから、レウ=ミツォキス大使はしぼり出すような声色で答えた。
「本国に照会し、提案を受け入れるかどうか検討いたします」
東京は霞ヶ関の外務省庁舎で、局長級の職員を集めた赤松外務大臣は、各局長らから現在の各国との外交関係について報告を受けていた。
現時点で日本国は、転移国家のほとんどと良好な関係を構築可能とみられており、経済安全保障省が中心となって経済協定の細部の詰めを進めている。また中央海沿岸の現地人国家のみならず、南方北方両大陸東岸の国家とも、再度の国交開設交渉にとりかかっているとのことであった。
「つまり現時点では、我が国は転移当初の孤立状態を脱し、資源輸入と製品輸出のめどが立ちつつある、そう結論してよいわけだな?」
「はい、大臣。現地人国家の態度は相変わらずですが、少なくとも積極的に日本国民を害そうとする態度は示しておりません。やはりナヌガラ王国に対する総合商社の投資状況が、各国の王宮に影響していると考えられます」
「それについては是非とも確認をとってくれ。場合によっては、ナヌガラ方式での進出もかんがえにゃならん」
外務事務次官の言葉に赤松大臣は、両手を机について居並ぶ外務省幹部らに強い視線をおくった。
転移直後の混乱から脱しつつある日本国であるが、だからといって経済指標が好転したわけではない。相変わらず東京株式市場はろくな動きもないままであるし、第三次産業を中心に企業業績は前年割れを更新中である。
早河太一首相が無理矢理おしすすめた大規模な国家公務員増員政策によって、倒産したりリストラされたりした失業者の吸収は進んでいるが、彼らの大半は短期契約雇用というかたちで仕事を与えている状況であり、そのための赤字国債の発行額は来年も更新される見込みであった。
そして、公務員の昇給と増員を親の仇のごとく憎んでいる左派野党は、ありとあらゆるシーンでマスメディアとともに早河内閣打倒のためのキャンペーンをうち続けている。
「まあナヌガラ王国の件は、今はおいておこう。あそこは今は「北」の遊び場だ。下手に手を出してンチャナベとの関係をこじらせたくはない」
「大臣、それは、官邸の意向でもあるのでしょうか?」
「もちろんだ。今我が国は、近々起こるイリオンとの戦争準備のまっ最中だからな。二正面作戦は避けたい、というのが総理のお考えだよ」
南方大陸局長の質問に赤松外相は、きっぱりとした口調でそう答えた。
赤松外相には、自衛隊が情報収集のために任務部隊を派遣していることだけは知らされている。とはいえその情報は、できる限り秘匿しなくてはならないたぐいのものでもあるのだ。
外務省がナヌガラ王国に本格的に関与するのは、かの国かその周辺国でなにがしかの動きがあってからである。
この中央海において、今や各国は日本の態度をうかがいながら動くようになりつつある。だからこそ赤松外相は、軽々しく表立って日本国の看板を背負って動くわけにはゆかないことを理解していた。
「それで話は変わるが、北方大陸局長、イリオンにこちらからの提案は提示したんだな?」
「はい、大臣。現時点では、イリオンの大使は本国に提案を知らせ、判断をあおいでいる状況のようです。とはいえ、向こうは役所の縦割りが我々よりもひどく、そうそう近いうちに回答が返ってくることはないだろう、とのことですが」
北方大陸局長の言葉に赤松外相は、その太い両腕を組んで口の端をゆがめてイリオン人民連邦の外交関係者のことを嗤ってみせた。
「これまでの交渉の経緯を見る限り、イリオンはまともな外交の経験が無い様子だからな。駄々こねてわめいてみせれば相手が言うことを聞いてくれるとか、どこぞの市民運動家どもと変わらん考えでは、逆に国際社会で孤立するだけだ」
「とはいえ、それで100万人以上もの軍隊をルクシニアとの国境に集結させつつあるわけですから、国際社会に与える影響ははかりしれません」
「だから、こうして我が国が各国に働きかけて、戦争による混乱を最小限にしようとしているんだ。何年かかるか見当もつかんが、国際法の制定や権威ある国際機関による国際社会の秩序化は、絶対に進めねばならん。それは我が国の存続にとって不可欠なものだからな」
北方大陸局長の言葉に赤松外相は、まるでイリオン軍のことを気にもしていない様子でそう自信満々に断言してみせた。
そして現在ルクシニア帝國で進められている日本側の戦争準備の内容について理解している外務官僚たちも、赤松外相の言葉に同意の意をもってうなずいて返した。
「憲法改正も済んで、売国奴どもの掃除も始まった。来年の通常国会で戦争の準備のための法案が提出される。言うまでもないが、戦争と外交は車の両輪だ。戦争に勝てるかどうかは、戦争前の外交と、戦争後の外交で決まるぞ。皆もよろしく頑張ってもらいたい」
赤松外相の言葉に、外務省の幹部らは、言うまでもないことだと表情に出すことで返事にかえた。




