六〇 第二章・グレートゲーム 訓練後の兵士達の兵隊飯
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年の暮れもおしせまる中、パラヴィジュラ諸島の警備と防衛を担当する南部方面統合任務部隊隷下の第2師団第58普通科連隊は、日本本土から送られてきた各種装備品を受領し転換訓練のまっただなかにあった。
具体的には、連隊に所属する四個の普通科中隊に日立製作所が開発生産していた96式装甲車が配備され、重迫中隊に96式自走重迫撃砲などが配備されて火力支援中隊に変わり、連隊の高射小隊に今年制式化されたばかりの16式機動戦闘車の車体を流用した26式自走高射機関砲と26式自走近距離対空誘導弾発射器が配備されて防空能力が向上したのである。
96式装甲車は、本来ならば89式装甲戦闘車を機甲師団の全ての普通科中隊に配備し機械化するはずであったのが、イラク戦争に参加した部隊での戦訓によって代わりに配備されることになったAFVである。
89式装甲戦闘車は、戦車部隊の進出に先立って緊要地形を占領し、部隊の推進経路を確保し機甲打撃の発揮のための支援をおこなう、という運用構想の実現のために開発されたAFVである。だがイラク戦争に参加した際に、敵が用意周到に構築した対戦車陣地によって少なくない損害を出し、現代戦においてはまず歩兵携行対戦車火器に抗堪できる防御性能がないと、機動戦を戦うことすらできないと思い知らされる結果となった。これはのちの2006年のレバノンでのイスラエル国防軍とヒズボラの戦闘でも再現され、戦車以外のAFVであっても対戦車火器への坑堪性を有しないと最前線には投入できない、という教訓を自衛隊に知らしめたのである。
結果として自衛隊は、ヴェトナム戦争時に米軍から供与されたM113装甲車の後継車両として開発された96式装甲車を、機甲師団の普通科中隊に配備することに方針を変更したのであった。
96式装甲車は、87式砲側弾薬車をベースに開発され、NATO共通規格における軽装甲車耐弾性能でレベル4、14.5ミリ機関銃弾を防ぎ、30メートル離れた位置で炸裂した155ミリ榴弾に耐えられる防御性能を有することが求められた。これは東側の装甲兵員輸送車の大半が14.5ミリ機銃を搭載しているのと、機械化部隊への砲兵による阻止射撃での被害を減らすためである。そして車体前部と側面にERAもしくはスラットアーマーを増加装甲として装着可能に改装することで、イラク戦争で派遣部隊を苦しめたRPG系の対戦車火器に対して、相当の防御力を発揮可能となった。
なお開発の際に日立製作所と小松製作所の競争試作となり、小松製作所の試作車両は要求された耐弾性能を発揮できずに脱落し、日立製作所の車両が採用されている。
96式装甲車は、ハッチ式の操縦席がエンジンルームにむかって左側にあり、後部のキャビンは完全武装の普通科隊員10名を搭乗させることができる。搭乗員は車長と操縦手の二名で、車長はキャビン前部の車長用ハッチから身体を乗り出させて周囲を観察しつつ、操縦手に指示を出したり搭載されている12.7ミリ機銃や40ミリ自動擲弾銃で降車した味方普通科隊員を支援したりする。
各普通科小隊に3両、普通科中隊に14両が配備され、うち4両は軽迫撃砲小隊と対戦車小隊の輸送に使用される。また、同じ車体を流用した120ミリRT重迫撃砲を搭載した96式120ミリ自走迫撃砲も開発されており、機械化編成の普通科連隊の重迫撃砲中隊に四個小隊16両が配備されている。
第58普通科連隊には、新たに96式装甲車58両と96式自走重迫撃砲16両が配備され、機械化普通科連隊として編成完結することになったのであった。
第58普通科連隊第3中隊の小銃分隊長である市村正明2等陸曹は、自動車化歩兵から機械化歩兵への転換訓練に追われて忙しい日々をおくっていた。
装軌式装甲車両はとにかく故障しやすく、こまめに整備し手入れしないとすぐに故障する。整備は搭乗員の仕事だが、その間の周辺警戒や敵の砲撃から隠れるための掩体壕の構築は、各分隊の全員が協力しておこなうことになっているからだ。車体幅2.99メートル、車体高2.38メートル、車体長7.2メートルとそこそこの寸法があるだけに、分隊総出で穴を掘っても掩体壕や退避壕の構築には10時間近くもかかるのである。
とはいえ、機械化部隊に対する砲撃は、1ヘクタールあたり5分間で十五榴の砲弾が100発以上も撃ちこまれるものであり、掩体の構築は生死にかかわる作業なのである。いざという時のために訓練を重ねるのは、自衛官として当然の仕事であった。
「機械化歩兵とか、装甲車で守ってもらえるとかうらやましかったんだが、実際には陣地構築の時間が倍になるのな」
その日の訓練を終えて宿舎に戻ってきた市村2曹が、二見2曹と飯を食いながら口から魂の抜けたような表情でそんなことをしゃべっていた。
「市村さんは降りられるからまだマシですよ。俺なんか棺桶に乗ったままですよ? 陣前突撃とかやったら、まずMATかRPGで火葬ですって」
「それ言ったら、俺らだって超越攻撃で敵の塹壕線超えるまで乗っかったままなんだし、一発でも食らったらお陀仏なのは変わんねえよ」
今日の夕食はミートボールと卵と野菜の炒めものとなめこ汁である。二人とも手早く飯をかっこむと、ごちそうさま、と手を合わせてからお茶を飲んでひと息ついた。
「そういや、今開発中の共通戦術装軌車両、どうなんのかね?」
「10式がアレですからねえ。下手するとFVも同じくらいの防御性能になるかもしれないって噂ですよ」
「そうなったら、もうパワードスーツがないと、歩兵じゃ戦車も歩兵戦闘車も撃破できなくなるなあ。中多でないと10式は撃破できない判定だろ? 01式ですら抜けないし、射入角が甘いとジャベリンや中多でも抜けないらしいとか、まじやばいわ」
現在陸上自衛隊で配備が進められている10式戦車は、イラク戦争の戦訓が反映された第3.5世代戦車である。ネットワーク戦に完全対応し、AIを活用することで一両一両が個々に戦闘するのではなく、小隊単位中隊単位で敵情を共有し短時間で効率よく敵戦車を屠ることに全振りしたAFVであった。
そして、砲塔正面と側面は既存の歩兵携行対戦車火器全てに抗堪可能であり、砲塔上面は十五榴の直上炸裂にもクラスター爆弾の対装甲子弾の直撃にも耐え、米軍の「ジャベリン」対戦車ミサイルや陸自の中距離多目的誘導弾でも確実に撃破できるとは断言できない、素材系技術で世界の最先端にあった日本の技術の粋をあつめた戦車なのである。
現在90式戦車を代替するとして開発中の共通戦術装軌車両の戦車型は、その10式戦車を上回る第四世代戦車として開発が進められている。当然、同時に開発が進められている装甲戦闘車型も、89式装甲戦闘車の反省をいかしたとんでもないAFVになると、軍事マニアの間ではあることないこと噂がとびかっていた。
「さすがに96式マルチの後継なら、撃破できるんじゃないですか?」
「さあ、どうだろ? 「北」が配備を進めている「PTR-14」、150ミリ口径のHEATでトップアタックしかけてくるUAVだろ? それ対抗でAPSとか付加装甲とか載っけてくると思うしなあ」
「FVの防御までそれだったら、本気で安心なんですけれどもねえ」
二人が噂している「北」こと日本人民共和国国防軍が配備を進めている対戦車誘導弾は、10式戦車を撃破することを目標とした重対戦車ミサイルである。
この「PTR-14」対戦車ミサイルは、陸上自衛隊の96式多目的誘導弾や米軍の「ジャベリン」対戦車ミサイル、ロシアの「ランセット」徘徊型自爆ドローンに影響を受けたトップアタック型対戦車兵器である。機動歩兵大隊戦術グループの対戦車中隊に配備され、中隊本部が射出した偵察用ドローンから送られてくる位置情報を元に発射され、敵がいるはずの地域の上空に到達すると捜索モードに入り、赤外線画像情報からAFVを判別して上面に突入し起爆する。
この「PTR-14」対戦車ミサイルは、ウクライナ戦争に派遣された日本人民共和国の義勇兵旅団が持ちこんだ「BMP-18」歩兵戦闘車にも搭載されており、ウクライナ軍のT-72を砲塔上面のERAごと吹き飛ばし、少なくない損害を与えている。ちなみに陸上自衛隊は、当初は10式戦車の砲塔上面に装着する付加装甲にERAを採用していたのだが、この「PTR-14」についての情報を得たことで、超微細粒子結晶鋼鈑でパッケージングされたホウ化チタン基合金金属セラミックを使った特殊装甲を開発し、付加装甲II型に砲塔上面用として加えていた。
「まあ、俺達のところまで新規の装備が回ってくるのはずっと先だろうし、今は96式でがんばろうや」
「そうですね。キャビン式の82式や19式と違ってハッチ式ですから、視界がきかないのに慣れないと」
市村2曹と二見2曹は、お茶を飲み終えるとカップを返却口に戻して食堂を出ていった。
暦の上ではもう新年も近い冬のさなかであるにも関わらず、赤道に近いために暑さもひかない南方大陸のグレドラ王国あらためグレドラ自治州では、現地住民の志願者を集めて編成されたンチャナベ王立陸軍グレドラ義勇兵連隊が熱心に訓練にはげんでいた。
グレドラ王国は、十年前に転移してきたンチャナベ連合王国に略奪戦争をしかけて返り討ちにあい、王都が占領された際の戦闘で王族が全滅してしまった。その結果として国内の領主たちは、それぞれが自分の利益のために好き勝手に暴れまわり、そのために貴族のほとんどが王立陸軍によって討伐され、王国は滅んだのであった。
今ではンチャナベ陸軍の上陸早々に降伏した貴族らが、連合王国から派遣された総督府の役人の監督下で、国土の復興にいそしんでいる最中である。なお、ンチャナベ転移後の早い時期に支配下に置かれたこともあって、各種食料の生産や商品作物の栽培に成功しており、植民地の中では比較的安定している土地でもある。
「動け! 動け! 動け! 敵の魔法で焼かれたいのか!?」
「餓鬼ども! 栄光ある王立陸軍の一員となりたければ、戦友を見捨てるな! 肌の色が黒かろうと茶だろうと白だろうと、同じ陸軍の窯で焼いたパンを食う仲間だ!!」
「二人で連携して戦う兵士は、ばらばらに戦う三十人の敵をも打ち倒す! 絶対に互いの連携を忘れるな!」
訓練係下士官の怒鳴り声に尻をけ飛ばされながら、褐色の肌の若者達が、ヘルメットに自動小銃、その弾薬入れのポーチや背嚢を装備して演習場を走り回っている。横縞柄メインのジャングル用迷彩服を泥だらけにし、小口径ながら重たいプルパップ式自動小銃を両腕で抱え、時に泥の中をはいずり、転がされている丸太や土嚢の壁を乗り越え、射撃位置につくと、ぼんやりと見えるだけの人型の標的めがけて射撃をおこなう。
「マウリシオ訓練兵! ただ今の射撃全弾的中、良し!!」
「ハッ! 助教どのっ!」
「はっ、じゃない! はいっ! だ! 犬のあえぎ声じゃないんだぞ! 罰として執銃姿勢で営庭五周!! かかれっ!!」
200メートルをはるかに超える先の標的の中央に全弾命中させた訓練兵に、黒い肌の訓練係下士官が、双眼鏡で弾着を確認しながらその射撃の結果をほめた。
訓練係下士官に叱られたマウリシオ訓練兵は、即座に弾倉を小銃から抜いて弾薬ポーチに収め、遊底を引いてまだ熱い薬室に指を入れて銃弾が装填されていないこと確認し、遊底を戻し安全装置をかけてから小銃を左肩に担ぎ、右手の平を顔の横に持ち上げて敬礼すると、「マウリシオ訓練兵、営庭五周かかりますっ!」と叫んでから駆け出した。
「あいつ、返事だけはいっちょまえなんだよな」
「でも、射撃が上手いのはたしかだけどな」
同じ射場にいる訓練兵が、走っていったマウリシオ訓練兵の背中を見ながらひそひそ話をするのを、目ざとい訓練係下士官が見逃すわけがない。
「実弾射撃の最中に注意をそらすな! 貴様ら全員、連帯責任で営庭五周! 射撃の終わった者からかかれ!!」
「は、はいっ」
「聞こえんぞ! 追加五周だ!!」
「はいっ! 助教どのっ!!」
結局グレドラ人の訓練兵達は、ハイポート走を営庭で十周やる羽目になった。
「ああ、くそ、助教ども、徴税人よりひでえや」
「あんだけ怒鳴って、よく声がかれないよな。ンチャナベ人は怒鳴らないと生きてゆけないのかよ」
その日の訓練を終えて営舎に戻ってきたマウリシオ達グレドラ人の訓練兵らは、くたくたに疲れた身体でシャワーを浴びてから、食堂で急いで食事を胃につめこんでいた。
ハト麦のパンに、豚の塩漬け肉を薄く切ってイモと一緒に炒めたものと、野菜のスープという、彼らのこれまでの生活からすると年に何度もない祭りの日に食べられるかどうか、というごちそうである。
ここにいる訓練兵のほとんどが、かつての戦争で帰る家を焼かれて失った者達であり、焼け出された家族を食わせるために軍に志願したのであった。そして王立陸軍は、契約通り彼らを正規の志願兵として扱い、給与の遅配も中抜きも無く、訓練こそ厳しいものの理不尽な暴力をふるうこともしなかった。村や町で細々と家業をついで生きてゆくことが定められていた若者達にとっては、義勇兵に志願することは新たな人生を切り開くきっかけも同然なのである。
たとえグレドラから他国に送られ、その土地でンチャナベの過酷な植民地支配に抵抗する現地住民に銃を向けるのが仕事であるとしても、しょせんはよそ者相手である。銃弾を撃ちこむ相手の肌の色が黒色か褐色か白色かは、連合王国が彼らに支払う給金と、戦死した時に家族に支払われる弔慰金の額からすれば、ささいな違いでしかなかったのだ。
「でも、もうすぐ訓練期間も終わりだろ。配属先はどうなるんだろうな」
「そういや、グレドラ義勇兵連隊って、編成されたばかりで実戦はまだだったよな?」
「一応、俺達の前に志願した連中で大隊を編成して、となりの国で山賊退治してなかったか」
食事もひと段落ついてひと息つけば、最近グレドラ自治州で栽培が始まったカーウァの実を炒って煎じて粉末にしたものの煮汁を飲み物に、よもやま話に花が咲くというものである。基本的に無学文盲の者ばかりの彼らにとって、娯楽とは噂話か賭け事になるからだ。
「これ、教官殿らが話をしていたのを聞いたんだけどさ」
そんな噂話で盛り上がる若者達の中で、マウリシオ訓練兵が声をひそめて話をきりだした。
「なんでも山賊どもにティエレンが武器を売りつけていて、そのせいで大隊からずいぶんと戦死者が出たんだって」
「本当かよ。たかが山賊相手に、俺達が苦戦するわけないだろ」
連日厳しい訓練を重ね、兵士として目に見える形で成長しているのが実感できているだけに、彼らはマウリシオ訓練兵の言葉が信じられない。彼らにとって山賊とは、喰いつめ者が徒党を組み、奪った武器でばらばらに武装しただけの、規律も訓練もない連中でしかないからだ。
「いや、だから大隊を一度ここに戻して、俺達を補充に入れて再編成するんだってさ」
「……それなら、まあ、そうかもしれないけどさ」
「けど、満期除隊する奴もいるんだし、その抜けた分として入るんじゃないのか?」
それでも半信半疑な様子の仲間たちを前に、マウリシオ訓練兵は、それ以上は自分が盗み聞きした話を続けようとはしなかった。
彼はお調子者だと思われているし、事実そういうところがあるが、それだけに場の雰囲気は読めるのである。今ここで皆を不安にさせることはない、と判るくらいには彼は知恵がまわった。
「そろそろ洗濯にゆかないと間に合わないんじゃないか?」
「あ、まずい、消灯時間まであとちょっとだ」
「汚れたままだと、助教どもにどやされるぞ」
若い訓練兵達は、汚れた戦闘服を洗濯しアイロンをかけるため、あわてて食堂から走り出ていった。軍隊というものは、いつどこの国でも、身だしなみにはとても気を遣うのである。なにしろひと目でその部隊の規律と練度が明らかになる尺度だからだ。
軍隊というのは、暴力の行使をなりわいとするヤクザな集団だけあって、敵に舐められたら終わりなところがあるのである。




