五一 第二章・グレートゲーム 交わり出した地球文明とナリキア文明
五一
暦の上では春であるが、亜熱帯性気候に位置するためにすっかり夏めいた空気がまとわりつくようになった豊原で、本多・亜希・ロズィームナ中佐は、共産党本部ビルこと「人民宮殿」の幹部用食堂で上司の吾妻・亜璃子・ペドリスカヤ大佐と昼食をとっていた。
食堂のテレビでは、「南」こと日本国の国政選挙の結果がニュースとして流されており、憲法改正を訴えていた与党保守党が衆議院で単独で三分の二の議席を獲得したことが繰り返し放映されている。
「国家承認と相互不可侵協定が成立してくれて、ほっとした、というのが本心です」
「あら、同志、やっぱり「南」と戦争になったら負ける?」
国防軍は陸軍の主力を北方大陸につぎこんでおり、特に北海道に展開している部隊の戦力は実質的に半減している。
昨年の九月に入営した新兵たちも、ようやく第一期検閲を終えて部隊での勤務に慣れた時期ではあるが、肝心の士官と下士官が足りず戦力としてみるならば心もとないものがあった。あくまで今本国に残っている部隊は、前線に投入されている部隊の補充用人員の教育が主任務といってよい。
この状況で自衛隊が道東道北に攻めてきたならば、北海道戦争以前の領域まで押し戻されるであろうし、下手をすれば北海道そのものを失いかねない、というのが本多中佐の予想であった。
「……勝敗の定義にもよりますが、非常に困難な戦いとなるのは確実かと考えます。同志大佐殿」
「ウクライナで最新鋭の装備を溶かしてしまったのが痛かったわねえ。今国防軍が装備しているのって、前世紀に開発されたものばかりなんでしょ?」
「はい。改修は進めてきましたが、やはり基本設計が古いので、戦力としてみると厳しいと言わざるをえません」
本多中佐は、上司の吾妻大佐が、国家公安省の工作員あがりであるにも関わらず、国防軍の内情について詳しいことに内心で感心した。
これまでの共和国では、国防軍の装備を称揚するプロパガンダこそ繰り返し流されていても、それが前世紀にソ連軍が開発したものばかりである、という点に触れたものはなかったからだ。チェキストであるにもかかわらず吾妻大佐がそれを理解しているということは、彼女が国防軍について、しっかり勉強しているということにほかならない。
そして、ここ「人民宮殿」の職員食堂で、国防軍の能力に疑問をていするようなことを発言するその危なっかしさに、本多中佐ははらはらしどおしでもあった。
そんな彼女の内心を知ってか知らずにか、吾妻大佐はその幼い容貌を楽しそうに輝かせている。
「でもよかったわ。党と国家と人民のために必勝の信念をもって戦えば必ず勝利する、とか、朝労みたいなバカな精神論を言い出さなくて」
「さすがにそれは、侮辱になりかねませんが」
「うふふ、ごめんなさいね。でも、兵隊さんって、必勝の信念って大好きなんですもの」
「……兵器の質と数と同じくらい、兵の士気は重要な要素です。そして士気は、客観的に数値化できませんから、どうしても精神論への逃げ道になりやすいのは事実ですが」
仕事中は、全体業務を把握した上での的確な指示と、部下の業務管理をきめ細かに行う信頼できる上司であるのだが、今みたいに仕事から離れると、あどけない少女のふりをして本多中佐をからかって楽しむところが吾妻大佐にはある。
自分が彼女に気に入られているのだと判るのだが、それでももやっとする気持ちがあるのも事実なのだ。見た目は十代半ばの妖精のような美少女が、楽しそうに笑顔でかまってくるのは嫌ではないのだが、それも限度というものがある。
そういうわけで本多中佐は、テレビに視線を向けながら話題を変えた。
「成立した「南」の予算の概要に目を通しましたが、西部の、……パラヴィジュラ諸島でしたか、そこの開発関係の予算額に驚きました」
「まったくよねえ。共和国の国家予算一年分をぽんと出せるとか、「南」が経済大国で極東の覇権国家だった、というのをいやというほど実感させられるわ」
日本国において国会審議にかけられる国家予算の内容は、当然国民に対して公開されている。その内容は「南」の行動指針そのものであり、共和国にとっては最も重要な公開情報の一つであった。
そして日本国は、パラヴィジュラ諸島開発にとてつもない額の建設国債を発行しており、また自衛隊の再配置のための予算も少なくない額が計上されていた。
「それにしても、海上自衛隊が戦艦と空母を保有するとか、なにをとち狂ったのかしら?」
「軍事的観点からするならば、判らなくはないのです。新領土および中央海沿岸諸国への部隊展開のためには、航空機による支援と艦砲による支援が必要になりますから。ただ、わざわざ戦艦を作る必要性があるのか、といいますと首をかしげざるをえませんが」
本当にわけがわからない、といった様子の吾妻大佐の疑問に、本多中佐も困惑した表情を浮かべてみせるしかできない。
海上自衛隊が、練習艦の名目で基準排水量5万トンにも達する口径550ミリもの巨砲を搭載した艦の建造に予算をつけたことは、国防軍の軍人のみならず共和国のネット上でもその意図について議論になっているくらいである。しかも試験名目で、各種の先進的装備を開発し搭載するための予算もついているのだ。一体全体何がしたいのか、誰もが首をかしげざるをえないでいた。
「まあそれでも、横須賀の「ニミッツ」を改修して使うのよりは、驚きは小さかったけれど」
「確か就役してから五十年以上経っているはずですが、艦齢延長工事も含めて全面的に改修して、さらに二十年は使うつもりらしいですね」
「さすがの「南」も、原子力空母を一から作るのは無理だったみたいね。ちょっとほっとしたわ」
「個人的には、艦載機をどうするのか、それが気になりますが」
そして海上自衛隊は、練習艦という名前の戦艦の建造は一隻にとどめ、もう一隻分の予算を、横須賀の第六ドックに係留し調査している原子力空母「ニミッツ」の改修と艦齢延長工事を行って、護衛艦として再就役させる用途に付け替えることに成功していた。
二人は知らないことであるが、そもそもこの練習艦は、外務省の要請を首相が後押ししてごり押しした結果の代物なのである。それを二隻も作るというのは、文字通り人物金の無駄遣いも同然というのが、陸海空自衛隊の総意なのであった。結果として防衛省側の必死の抵抗もあって、練習艦の建造は一隻にとどめられ、もう一隻分の予算は原子力空母の収得に振り替えられることになったのである。
元々が試験艦名目での計画であり、次世代型汎用護衛艦と航空護衛艦のテストベッドの収得、という形での予算請求であったため、さすがの外務省も総理も文句を言えなかったのであった。
「でもこれで、「南」は当分動けないのが確定ね。わたしたちの仕事にとっては、とっても助かるわ」
「はい。同志中央委員長閣下が、ルクシニアと各種協定を締結してくださいましたから。おかげで飢餓を心配せずにすむというのは、本当にありがたいことです」
「……本当にそうよね。寒いのとひもじいのだけは、どうにもならないもの」
かつてソ連のラーゲリで飢えと寒さに徹底的に痛めつけられた経験を持つ吾妻大佐は、思わず食事の手をとめて、蝋人形を思わせる昏く生気の失せた表情になってしまった。
「ですがこれで「南」から米を買わずともよくなりますし大陸は土地も広く水も豊富だそうですし畜産も盛んになるでしょうから」
本多中佐は、上司の数多い地雷の一つを踏んでしまったことを自覚し、あわてて早口でフォローをいれた。とにかく吾妻大佐は、物心ついた時から悲惨な目にあってきていたために、何が心の傷になっているのか読み切れないところがある。
「……心配してくれてありがと。大丈夫よ、もう昔のことだから」
「いえ、無神経でした」
「気にしないで。これくらいで気にされたら、あなた何も言えなくなるわよ」
とはいえ、ハイライトの消えた瞳でそう作り笑いを浮かべて言われても、戦後生まれでそこまで悲惨な思いをしたことのない本多中佐としては、恐縮するしかできないのである。
「さっさと食べて仕事に戻りましょう」
「はい、同志大佐殿」
ルクシニア帝國南部の中央海に面した港湾都市であるカラルトには、多数の貨物船が荷下ろしの順番待ちのために港内で停泊していた。その貨物船の大半が日本国籍の船であり、インフラ工事のための膨大な資器材を運んできているのである。
とはいえ、日本とルクシニアとの間で各種貿易協定が締結され発効してから、まる三カ月以上が経っている。日本からの輸出品を運んできた船も、少ないながら存在していた。
「何度見ても、実に美しい戦車ですな」
「90式や10式とは、設計思想が違いますからね。とはいえそちらで運用するならば、68式が最もバランスがとれているかと思います」
自動車運搬船から次々と埠頭に下りてくる陸上自衛隊の68式戦車を前に、帝都イクナイオンから出張してきた軍務局長のチャフイ・ムラ=クヴァリ陸軍少将は、まるで寝台の上で絶世の美女が誘いをかけてきているのを前にしたかのような、緩んだ表情を浮かべていた。小鬼族の彼がそんな表情をしていると、まさに十八歳未満閲覧禁止なコンテンツの竿役めいた雰囲気になる。
そのだらしのない表情をあえて見ないふりをしつつ、顧問団長の喜多見兼光陸将はムラ=クヴァリ少将の相手をしていた。
「まずは機甲教導旅団を編成し、戦車、歩兵、砲兵の共同運用を研究し教範の作成を行う計画でありますな。これに最低でも二年、機甲部隊の運用を完全にものにできるようになるまで、十年はかかるかと」
「それでもルクシニア陸軍には、前の戦争で機械化部隊で戦った将兵が残っていると聞きます。二年後には、最初の機甲師団の編成に着手できるのではないでしょうか」
喜多見陸将を長とする軍事顧問団がルクシニア帝國に派遣されたのは、ルクシニア帝國軍を早期に近代化し、イリオン人民社会主義連邦との戦争にそなえるためである。
イリオン連邦軍の技術レベルは、現時点で判明している範囲では、1950年の北海道戦争の頃の共産軍とほぼ同じくらいであると自衛隊では評価していた。中央海で確認されたイリオン海軍の艦艇の装備の性能や、タマラム諸島に展開するイリオン連邦軍の後方部隊からほぼ馬匹がなくなり自動車化されていることが、確認されたからである。ちなみに空軍において、第一世代ジェット戦闘機相当の機体とプロペラ機が混在しているのも、その評価を後押ししていた。
「このロクハチシキ戦車を、我が国でライセンス生産できないのが残念ですな」
「なにしろイリオンでは、対戦車榴弾が実用化され、歩兵が携行できる対戦車火器の配備が進んでいるそうですから。これに抗堪できる戦車でなくては、今から製造するのは兵の損耗が不必要に多くなりかねませんので」
「空間装甲を搭載した戦車でなくては、次以降の戦争で役に立たなくなる、というのは理解しております」
実に残念そうな表情で、ムラ=クヴァリ少将は、背中側にまわしていた両腕を胸の前で組みなおした。
68式戦車は、北海道戦争のあと米軍から供与されたM48A2戦車に代わって、陸上自衛隊の主力戦車となるべく開発されたMBTである。
北海道戦争で警察予備隊と米軍は、日本人民共和国人民軍が装備するJS3重戦車によって、大いに苦戦させられた。留萌に上陸した米第一海兵師団が海に追い落とされ、多数の将兵が捕虜となったのも、千歳市と滝川市を奪還したところで攻勢限界に達したのも、ソ連軍義勇兵が操るJS3重戦車のせいといってもよい。
そのJS3を撃破可能な戦車を陸自は必要とし、まずは米軍から供与されたM48A2戦車をあちこち改造して配備したのであった。
主砲を90ミリ砲から英国製のL7 105ミリ砲に換装し、エンジンもガソリンエンジンからコンチネンタルAVDS-1790空冷ディーゼルエンジンに換え、砲塔上部の機関銃塔を廃止し全周視察可能なキューポラに変更してM2重機関銃を外付けにする、などの改修を行ったのである。
この改造型のM48Jにいたって、ようやく陸自が納得できる性能を発揮できるようになり、続いて国産でこのM48Jと同等以上の性能を持つ主力戦車を生産することが、1962年に策定された二次防で決定されたのである。
この決定によって開発されたのが68式戦車であり、M48と比較して二回りちかく車体が小型化されてその分車重も軽くなり、また装甲も強化されたのである。とはいえ、あくまで技術的には第二世代戦車初期レベルのものでしかなく、射撃管制装置は電子化されておらず、エンジンも国産の空冷ディーゼルエンジンが搭載されたが、AVDS-1790よりも出力が劣るものであった。
だが、ヴェトナム戦争に参加した派遣部隊に送られ実戦に投入された結果、実際の戦場での運用を経て数多くの改修がおこなわれることになった。ちなみに1989年の湾岸戦争に参加した部隊が装備していた68式は、赤外画像暗視装置と連動したデジタルコンピューター式の射撃管制装置を搭載し、エンジンは出力向上型に換装されて路外での機動力が向上し、米軍のM735APFSDS弾をライセンス生産したものが搭載され、国産ERAの搭載によって歩兵携行対戦車火器に対する坑堪性も向上したのである。
68式の性能向上に陸自がここまで熱心であったのは、ひとつには道東にJS3やT-10Mが配備された重戦車師団をソ連軍が駐留させていたこと、第四次中東戦争に投入されたT-62の性能が想像以上に高かったこと、そしてなにより日本人民共和国国防軍が1984年よりT-72のライセンス生産車両であるT-84を配備し始めたことにある。特にこのT-84は、ソ連が各国にばらまいたモンキーモデルではなく、砲塔と車体正面にセラミック系の特殊装甲を封入し、デジタルコンピューター制御の射撃管制装置を搭載した、T-72A相当の性能を持つ第三世代主力戦車であった。
このT-84に対抗できる新戦車は開発の途中であり、あと数年は配備されないことから、68式戦車は金に糸目をつけずに大急ぎで改造がほどこされ、結果として第二.五世代戦車の完成形にまで進化したのである。
この68式戦車の最終型からERAを外して対HEAT用セラミック封入装甲材をはりつけ、機関銃をルクシニア帝國軍が採用している弾薬を使用するものに変更し、通信機をルクシニアに輸出する通信システムに連接するものに変更した68式戦車L型が、今ムラ=クヴァリ少将と喜多見陸将の前で陸揚げされているのである。
「火砲の大半は、日本人民共和国から輸入されるそうですね」
「はい。今の我が国の輸送力では、とてもではありませんが155ミリ砲一本でゆくことはできませぬ。それに、こう言うと情けないですが、日本製の兵器は高価なのですよ」
喜多見陸将の問いかけに、ムラ=クヴァリ少将は、心底残念そうな表情になってそう答えた。
実際ルクシニア陸軍は、日本からFH-70 155ミリ榴弾砲を購入することを決定している。そしてこの砲は、軍団砲兵に配備する予定となっていた。とはいえ、砲の重量が9トンもある大型砲を自在に機動させられるほど、ルクシニアの自動車化は進んではいないし、道路事情もよくはない。
そのため師団砲兵には日本人民共和国から購入するD-30 122ミリ榴弾砲を配備し、また歩兵連隊にもD-30を1個中隊6門配備する計画となっていた。なにしろD-30は、重量はわずか3.2トンで全周周回式であり、対戦車榴弾も用意されている使い勝手の良い汎用砲なのである。
陸自では120ミリ重迫撃砲RTを直協支援用火砲として多用しているが、国防軍ではこのD-30を自走砲化させた2S1「グヴォージカ」自走榴弾砲がその位置をしめている。
なお、歩兵大隊に配属される迫撃砲中隊には、同じく日本人民共和国から輸入するPM-43 120ミリ重迫撃砲が6門配備される計画となっていた。なんだかんだ言っても120RT重迫撃砲は、高性能なだけあって重たく高価で運用の負担が大きいのである。
「まあ日本国といたしましては、車両関係は輸入もしくはライセンス生産して下さるとのことですので、まったく問題はありませんので」
「ありがとうございます、陸将閣下。やはり自動車は、日本製に限りますからな」
ムラ=クヴァリ少将は、それこそSUZUKIの世界的ベストセラーの4WD車から、トヨタ自動車の高機動車、いすず自動車の3トン半トラック、三菱ふそうの7トントラックまで、多数の車種を国産でそろえている自衛隊の自動車事情を想像したのか、実に楽し気な表情になった。
現在のルクシニア軍の使用しているトラックは、1トン半か2トン半の蒸気自動車であり、その行動範囲は決して広くはない。つまり兵站拠点の設定がより多く必要となるわけであり、後方にかかる負担が大きいのである。
そこに陸自が採用しているトラック類を配備できるとなれば、部隊機動力は一気に上昇するわけであり、とりうる作戦の幅は大きくひろがるのである。
「日本政府のおかげをもって、イリオンは当分の間は身動きがとれそうにありませぬ。その稼いでいただいた時間をもって、我が国は軍のみならず産業の近代化も押し進めますとも」
ムラ=クヴァリ少将は、しっかりと喜多見陸将の目を見つめながら、そう力強く断言してみせた。
東京都三宿に置かれている防衛装備庁の次世代装備研究所の研究棟の一角で、財団法人「在外邦人救援機構」に所属する元「勇者」の遠山博士が、目の前に鎮座する古めかしい計算機を見て楽し気に笑っている。
その様子を隣で見ている防衛装備庁の技官は、遠山博士の何が楽しいのかわからず、いぶかし気な表情を浮かべていた。
二人の前にたたずんでいる大型バスほどの大きさがある機械は、日本がルクシニア帝國から輸入した魔術行使のための機関であると、二人は聞かされている。
「……まさか帝國が、ここまで到達しているとは、予想だにできなかったのだよ。実に嬉しい誤算と言ってもよいだろう」
「何が誤算なのです? 博士」
技官が聞かされているのは、遠山博士が京大の名誉物理学教授であり、この異世界独自の技術体系である魔法について詳しい専門家である、ということくらいである。
そんな技官に対して遠山博士は、特に気を悪くした様子も見せずに説明を続けた。
「この計算機は、階差機関であることは判るね?」
「はい」
「魔導においては、注入される魔力に方向性を与え秩序化することで、現実空間において現象を再現している。そのため、各種の現象を再現するために多くの魔導言語と魔法陣が開発され、発展してきたのだよ。それ自体が自然科学の研究の相似形というわけだね」
遠山博士は、手にしていたステッキの石突を目の前の機械式計算機に向けると、嬉しそうに笑った。
「この階差機関は、外部の動力によって歯車を回転させ、その歯車に接続している魔法陣を組み合わせることで魔術を行使する機関だ。言うなれば、運動エネルギーを魔力に変換して魔術を行使していると言ってもいい」
技官は、昔遊んだコンピューターを使って妖怪を収集し使役するゲームのことを、思い出していた。この場合、この階差機関の魔法陣がプログラムに相当するわけであり、計算結果として魔術が実行されるということになるわけである。
「つまり、将来的には、電子機器と同様の構造で魔術を行使できる機器が開発できる、という可能性を具現化しているのだ。私も魔導の研究者である以上、その可能性に心がおどらずにはいられないのだよ」
「つまり、運動エネルギーを魔力に変換して、無から何かを生み出したりできる、ということですか? 博士」
「無からは何も生み出せないよ、君。あくまで熱力学の第二法則は破りようがない。本来は人間の魂が観測主体となって発生させるリアルの現象の変更を、プログラムが構成する仮想現実で構築してからリアルに投影し再現することができる、という点が、ルクシニアの魔導師達がいたった偉大なる進歩なのだよ」
熱っぽく語っている遠山博士が何を言っているのか、技官にとってはさっぱりである。彼とて理数系の博士号を持つ研究者なのだが、だからといって魔法などという未知の技術体系について、ろくな説明も無く語られても理解できるわけがない。
そして、それは遠山博士も判ってはいるようで、二度三度深呼吸を繰り返してからゆっくりとした口調で話を続けた。
「この計算機の設計図と仕様書の解析には、「財団」は全力で協力させていただく。この機関の原理を理解できた時、日本はこのナリキアにおいて、本当の意味で覇権国家となれるのだからね」




