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四八 第二章・グレートゲーム 王都ティグリでの一幕


 四八


 ムラヤ島中部にあるカナロア王国の王都ティグリは、島の南部で東西にのびるチュリーヤ山脈に水源をもつクルライ川の分岐点に建設された商業都市であった。河川水運によって島の北岸の港町まで商品を輸送し、パラヴィジュラ諸島内の各地や、北方大陸の国々と交易をすることで古来から栄えてきた町である。それゆえに代々のカナロア国の王が居城をかまえ、その勅許状を得た多くの商人達が集まり、多くの人と物が集まり盛んに取引が行われ繁栄してきた町であったのである。

 だが、二十年前のタマラム共和国の転移からはじまる人族の襲来と、それに続くイリオン人民社会主義連邦の侵略によって、パラヴィジュラ諸島の島々は荒廃のきわみに落とされた。一時期は1万人にも達した王都ティグリの住人も、一時期は2千人を切るほどに減り、ようやく4千人弱まで回復したところであった。

 そんな王都ティグリの外縁に、元は建物であった廃材の石材や木材を流用して建てられた掘っ立て小屋が集まっている一角がある。


「姉ちゃん、ただいま」

「おかえり、ガレル」


 いうなれば貧民窟であるが、王城周辺の貴族や富裕層が住まう一角をのぞけば、王都の建物はだいたいが似たような有様であった。戦争によって各地の農村が焼き払われ、物流が崩壊してしまえば、都市はあっという間にたちゆかなくからだ。戦争が終わって五年近くたち、ようやく各地から人が集まってきて復興が進みだしたばかりで、まだまだ戦火の爪痕は各所に残っている。

 そんな貧民窟の一角のあばら屋のひとつに、つぎだらけのぼろぼろの服を着た褐色肌の妖精族の少年が、布で包んだ食べ物を大事そうに抱えて入ってゆく。あばら屋の中には、疲れた風情の褐色肌の少女が繕い物をしていて、白い肌の幼女が少女にもたれかかるようにして眠っていた。


「ほら、米と芋と、干し肉。炭はまだあったろ、だから干し肉を買ってきたんだ」

「そうね、かゆを作れる分くらいは残っているわ。それじゃ、ごはんつくるわね」


 ガレルと呼ばれた少年がひらいた包みの中には、いくらかの米と何個かの丸く小さな芋、そして石のように固くなっている干し肉が一枚入っていた。

 姉ちゃんと呼ばれた少女は、繕い物の手をとめると道具をかたづけ、よりかかっている幼女をそっと床の敷き藁の上に横たえると、少しふらつきながら立ち上がった。


「……飯ならおれが作るから、姉ちゃんは休んでなよ」

「いいのよ、ごはん食べたら、仕事にゆかないといけないもの」


 疲れた様子の少女は、水がめから土鍋に水を移してかまどで火にかけ、ガレルが買ってきた芋と干し肉を錆の浮いたナイフで細かくきざみ始めた。

 かまどの灰の中には小さくなった炭がいくつか残っていて、それを少女は魔術で火をつけたのだ。親から子へと、火をつけたり水をきれいにしたりする魔術が伝えられてゆくのは、妖精族の家庭のならわしごとである。当然ガレルも、炭に火をつけたり、汚れた水をきれいにしたりするくらいの魔術は使える。


「イナはおとなしくしてた?」

「ええ。……外に出るといじめられるから。今日はお歌を歌ってあげていたの」

「姉ちゃん、声きれいだもんな」


 弱火でことこと具を煮ている間、姉弟はたわいもない話に花を咲かせていた。すいた腹を抱えて時間をつぶすには、それくらいしかできることがないからだ。


「そういやさ、今日帰ってくる途中ですごいもん見たんだ」

「あら、何を見たの?」

「緑色のでっかい荷車! ……帝国軍や、リヨスどもが走らせてた奴より、ずっとでっかいやつでさ、汚い服着た人族の兵隊たちがたくさん乗ってた」

「……また戦いかしら」


 ガレルの話を聞いた姉は、思わずという様子で鍋をかきまぜる手を止めてしまった。

 その様子を見たガレルは、あわてた様子で話を続けた。


「それがさ! 役人がふれを出してて、東にあらわれたニホンって国から来た兵隊で、みんなを助けに来たんだってさ! 嘘か本当かわかんねーけど、ひどいことはしないって言ってた」

「そう? ……でも、兵隊なんでしょ? 怖いわ」

「大丈夫だって! 姉ちゃんもイナも、おれが守るから、絶対守るから!」


 両手で肩を抱いた姉の姿に、ガレルはあわてて元気づけるように大声を出した。その声に目が覚めたのか、白い肌の妖精の幼女が目をこすりながら身体を起こした。


「……にいちゃん、おかえり」

「おう、ただいま、イナ。今姉ちゃんがめし作ってるからな。もうちょっとがまんしろよ」

「……うん」


 空腹で力が入らないのか、イナと呼ばれた幼女は、また敷き藁の上に横になった。

 ガレルは、ただよいはじめたかゆの匂いにあらためて空腹を感じて、木でできた食器を床にならべて早くかゆができあがらないかと待ち続けた。

 久しぶりに食べる塩のきいた干し肉が入ったかゆは、三人の空腹を満たすほどではなかったが、それでもたいそう美味しく食べることができた。



 ティエリ市の郊外に駐屯地を建設した陸上自衛隊第2師団第26旅団第58普通科連隊は、連隊本部の指揮下に本部管理中隊、普通科中隊4個、重迫撃砲中隊、前方支援隊を置く、甲編成連隊である。隊員数は約1200名を有し、陸自の基本作戦単位として運用可能な編成となっていた。

 その第58普通科連隊第3中隊第1小隊の小銃分隊分隊長をつとめる市村正明2等陸曹は、12月のまっただ中であるにもかかわらず、わりと涼しい程度の気候のティエリの街の周辺地域をパトロールする毎日を送っていた。


「巡回やって、道路工事やって、訓練やって、退屈っすよねえ、分隊長?」

「退屈言うな。また海賊とか襲ってくるよりましだろうが」


 トヨタ製の高機動車と小松製作所製の軽装甲機動車に分乗した分隊を指揮して市村2曹は、周囲の村々を、警備任務のため、という名目で巡回して回っていた。

 ほろを外した高機動車の助手席で、新たに支給された20式自動小銃を抱えた市村2曹は、ハンドルをにぎる淀谷陸士長とうだうだと雑談にふけっていた。最初はPKOも同様と皆緊張して巡回任務にはげんでいたのであるが、数日とたたないうちに何もない文字通り亜熱帯地方の野原が続くばかりで、分隊の誰もが緊張を維持することができなくなってしまったのである。


「お、村だ。予定時刻通りだな」

「そりゃ、毎日同じ道を同じ速度で走っていれば、同じ時間に到着できますよ」

「言うなよ、日報書くの俺なんだから」


 市村2曹らは、木柵で囲まれた村の入り口手前で車を停めると、全員20式自動小銃を抱えて降車し周囲への警戒に入った。同じことの繰り返しとはいえ、きちんとやるべき事をやるのが仕事というものである。一度手を抜くことを覚えてしまうと、それこそ映画のやられ役のマヌケな兵隊同然におちぶれてしまうということを、市村2曹以下分隊員全員が理解していた。


「陸上自衛隊の市村2等陸曹です。カタヤカ村の皆さん、何か変わったことはありましたか?」


 村の周囲の畑では、村人である褐色肌で笹穂耳の妖精族の農民らが働いている。木柵の内側では、褐色と白色の肌の子供らが遊んでいたり、老人たちが軒下で内職していたり、洗濯をしていたりと、実に平和な光景がひろがっていた。


「兵隊さん、ご苦労様です。見ての通り、村は平和なものです」


 市村2曹が村の入り口に近づくと、杖をついた村長である老妖精が出迎えた。粗織の麻の服に、藁で編んだサンダルという、ここカナロア王国の農民としては普通の服装をしている。


「何かありましたら、できるかぎりの協力をしますので。遠慮せず言ってください」

「おお、本当にありがとうございます。よろしければ、白湯などいかがでしょう」

「ありがとうございます。では、車を村の中に入れますので」


 村長に休憩をすすめられ、市村2曹は高機動車と軽装甲機動車を村の中に入れた。なお自分も含めた分隊員6名が車の左右に並んで、村人らが近づくのをとめて事故を起こさないようにしている。

 なにしろ馬車すらなく、荷車を人の手で動かして荷物を運んでいるくらいに貧しい村なのだ。子供らだけでなく大人たちにとっても、自衛隊の車両は好奇心を刺激することおびただしい存在なのであった。


「昨日から、日本人が村のはずれの土地の測量に来ているはずですが、今どうしていますか?」

「はい、皆さん何やらなさっていますが、特にこれといって変わったことは」


 分隊員の一人が缶から飴を出して子供らにあげているのを横目で見つつ、市村2曹は村長に開発公団から派遣されてきた技師たちについてたずねた。

 すでにパラヴィジュラ諸島の主要な島嶼には、「パラヴィジュラ諸島開発公団」の職員も上陸しており、道路や鉄道の敷設、水利工事、耕作放棄農地の再生のための下見を行っている。彼らは陸自が採用している天幕や寝台その他を持ちこんでは、数日かけて現地を調査し、ティグリ市に戻ってきては具体的な開発計画を立てるべく会議を繰り返していた。

 市村2曹ら陸自隊員達にとっては、彼ら開発公団の職員の安否を確認することもまた任務の一つなのである。


「そうですか、ありがとうございます。白湯をありがとうございました。では我々は先を急ぎますので」


 複合材料製のマグカップにそそがれた白湯を飲み干した市村2曹らは、村長らに丁寧に礼を言うと、高機動車と軽装甲機動車に搭乗し村を去った。

 彼らが次に向かうのは、村の外れで仕事をしている公団職員の日本人達のもとである。



 亜熱帯地方にあたり、かなりの年間降水量をほこる土地柄だけに、放棄された農地はあっというまに背の高い草が生い茂る草原となってしまう。市村2曹らが乗る高機動車と軽装甲機動車は、一応路外走行も念頭において設計された車両であるが、気を抜くと簡単に泥にはまってスタックしてしまう危険性があった。


「これ、本当に毎日通らないと、どこが道だか判らなくなりますよねえ」

「だよなあ。雨季になったら路上でもスタックしかねないぞ」

「言わないでくださいよ、分隊長。そうなったら引っ張り出すの、俺達なんですから」


 村を出て十分もしないうちに、野原と道の境界もあやふやになり、車をゆっくりと走らせないと泥に足を取られかねない路面状態となる。今は冬で乾季にあたるためまだマシだが、これが夏場などの雨季だとどうなるのか、市村2曹らは今から考えただけでもげんなりとしてしまった。


「分隊長、公団のテントです」

「よし、うまいこと昼時に到着したな。予定通りここで大休止をとるぞ」


 市村2曹の分隊は、開発公団の職員らが昼食をとるためにテントまで戻ってきたところに、ちょうど到着することができた。当然の話であるが、互いに自分の飲み食いする分は自分達で用意してある。ただし、互いにおかずを交換したりとか、本土から持ち込んだ嗜好品を差し入れしたりとか、そうした交流も行っている。


「お仕事お疲れ様です、何か異状はありましたか?」

「巡回お疲れ様です。今のところ、特に事件とかありませんねえ。いたって平和なものですよ」


 市村2曹は、分隊を降車させ周囲の安全を確認させてから大休止を発令し、ヘルメットやプレートキャリアといった装具を外し、小銃だけ持って公団の職員らが集まっている場所へと移動した。

 作業服姿の職員たちは、まだ冬だというのにすっかり日に焼けていて、首の周りにタオルを巻いている。


「作業の進捗具合はどうです?」

「順調ですよ。来年度から本格的な開拓工事が始まりますが、この調子なら再来年には最初の種まきまでゆけるかもしれません」


 三々五々地面に腰を下ろし、加熱材の入った袋にレーションをおさめ、水を入れて袋を閉じて温める。陸自隊員らも公団職員らも、食べるのは同じ自衛隊が採用している戦闘用糧食III型である。ごはんとおかずの温食に、粉末のお茶やコーヒー、スポーツドリンク、それと甘味といったメニューとなっている。なお甘味に必須ビタミンを添加することで、戦闘糧食だけ食べ続けても栄養に偏りが出ないよう気をつかわれた構成となっていた。

 屋外で活動する公団職員に、栄養に偏りが出ないよう配慮された暖かい食事を提供するとなると、やはり自衛隊のレーションを提供するのが一番確実で手っ取り早いということになる。調理施設のある宿舎でならば、調理したての食事を提供することもできるが、屋外ではそうはゆかないからだ。自衛官に公団職員、そして民間企業の工事関係者と、軽く10万人を超える人間に三度三度暖かい食事を提供するのは、並大抵の苦労ではないのである。

 パラヴィジュラ諸島にまず自衛隊が展開し、連絡線の構築と宿泊施設の建設にあたったのは、水と食料をいかに安定して供給するか、その組織を自前で有し実際に海外で運用してきた経験が豊富なのが彼らだからなのである。


「それはありがたいですねえ。ネットだと、食料品の値上がりが大変なことになっていますし」

「転売屋が脱税容疑で逮捕された、なんてニュースが毎日流れてきますしね。いや、こんな僻地でもネットにつなげられるんですから、衛星通信様々ですよ」

「ですよねえ。自分らも、宿舎に戻ったらスマホで暇つぶしですよ」


 レーションを二十分かけて温め、皆で袋から取り出して、同封されているトレーの上にあける。マグカップに水筒から水をそそぎ、スポーツドリンクの粉末を入れて溶かす。

 市村2曹ら陸自隊員たちも、開発公団の職員たちも、一斉に両手を合わせて声をあげた。


「いただきます」



 ほうぼうの村と開発公団の作業地を巡回した市村2曹ら分隊員たちは、夕方ごろに基地に戻ってきた。装備弾薬を返納し、車両を水洗いして泥を落とす。

 市村2曹が、今日の業務について日報を書いて小隊長に提出し、巡回中に起きたことについて口頭で報告し終えた頃には、すでに国旗降下の時間を過ぎていた。


「市村さん、聞きました?」

「なんの話?」

「町への外出が許可されるんですと」


 ようやく仕事を終えて飯でも食うか、と食堂へ向かう途中、市村2曹は二見2曹にそう声をかけられた。


「外出、ったって、遊びにゆくところとかあるのかよ?」

「飯を食うくらいなら、できるんじゃないですかね?」

「さすがに衛生事情最悪だろ? 下手なもん食って腹こわしたら目もあてられねえぞ」


 パラヴィジュラ諸島に派遣された日本人は、ルクシニア帝國からの情報にもとづいて混合ワクチンを接種してから上陸している。とはいえ、生水は飲むのを厳禁されているし、食中毒予防のために食事の提供を受けないよう、食事時間帯には現地住民の近くには近寄らないよう通達が出されてもいる。

 そもそも人族である日本人と、妖精族であるパラヴィジュラ諸島の住民と、遺伝子構造がどこまで近いのかすら判っていないのだ。一応通婚して子供ができることまでは確認されているが、その子供にどのような医学的影響があるかまでは判っていないのである。

 つまり、見た目はそっくりでも、へたに関係をもったらどんな影響があるのか、さっぱりわかっていないのだ。

 衛生事情の問題から食事をするのもこわい、まして女を買ったらどんな影響があるのかもわからない。それは普通に考えて、自衛隊員らを駐屯地から外に出すのをためらうには十分な理由となる。


「いや、なんか公団から広報に、市内のパトロールとか給水支援とか、イラクでやったのと同じことをやってもらえないか、と依頼があったそうなんですよ。それで業務隊が市内に出張っているそうで」

「ああ、それ聞いたわ」

「あと衛生隊が売られている食べ物を購入してきて検査したら、食中毒の危険性はほぼない、と結論が出たそうなんですよ。なんでも現地住人は、魔法で水とかきれいにして使っているんだとか」

「そりゃすげえ。さすが異世界だわ」


 食堂に到着して、ごはんと肉野菜炒めとお味噌汁とお漬物が盛られたトレーを受け取り、二人は空いている席に向かい合って座った。二人とも両手をあわせて「いただきます」と挨拶をする。


「だから、現地に金を落として住民の好感度をかせぐべきなんじゃないか、って上の方で意見が出たそうで」

「それで、ためしに何人か外出許可を出して、住民と交流させてみよう、ってことか」


 市村2曹は、わっしわっしと白米と肉野菜炒めを口に放り込んでは数度咀嚼しては飲み込み、お味噌汁で胃に流し込んでまた白米を口に放り込むのを繰り返した。二見2曹も似たようなものである。自衛隊員にとって食事とは、手早くかっこみ飲み込むものなのだ。


「で、どうです、外出申請してみます?」

「面白そうだな。飯くらいは試してみるか」


 手早くトレーの上の料理を胃に収めた二人は、また両手を合わせて「ごちそうさまでした」と挨拶すると、食後のお茶をすすって一息ついた。



 数日後、正式に連隊本部より宿営地からの外出について通達があり、市内の出入り許可地域と外出時間についてが自衛隊員達に伝えられた。

 市村2曹と二見2曹はさっそく外出を申請し、休養日の午後にティグリの街に出かけてみた。


「……おいおい、秋田の町よりちっさいな、ここ」

「でも、にぎわってはいますよ、一応」

「そりゃ、露天が並んでるからそう見えるだけだろ」


 市村2曹と二見2曹は、外出時に渡された地図を片手に通りを散策していた。

 自衛隊員らが入るのを許可されている地域は、商店が並ぶ街路の一角のみであり、貴族の屋敷が並ぶ地区や住宅街と思われるあたりは、はっきりと進入禁止と記されている。当然、外出前に口頭でも、二人はそれを念押しされていた。

 そして二人が歩いている街路は、彼らが元々駐屯していた秋田市のどの商店街よりも狭く、人通りもそこそこであった。少なくとも女王陛下がおわす王都、という雰囲気ではない。ついでにいうと、警務隊員とカナロアの邏卒とが一緒になって巡回しているため、どうにも落ち着けない雰囲気がある。


「あと、並んでいる商品もしょぼいよな」

「……そりゃあ、まあ、文明レベルの差ってやつですよ」


 露店に並んでいるのは、農作物、木工品、布地、そんなところである。日本への帰国が近いならば、おみやげに何か買うのもありかもしれないが、単なる気晴らしだと買う気にはなれない品物ばかりであった。

 そもそも日用品ならば、宿営地内の購買所で大抵のものはそろうのである。わざわざここで買う必要はないといっていい。


「……飯でも食って帰るか」

「ですねえ。……地図だと、一番近いのはこの店ですね、ここにしますか」

「おう」


 市村2曹と二見2曹が入った店は、客が二十人も入れそうにないこじんまりとした構えをしていた。とはいえ、そこそこ先客がいて、カウンター席で何か飲み物をちびちびとすすっている。


「あ、ここ、夜には来ないほうがいい店だわ」

「ですね」


 市村2曹と二見2曹は店に入って中を一瞥して、先客が色鮮やかな胸帯と腰布だけの肌もあらわな褐色肌の妖精族の女の子ばかりなのを確認した。二人は一瞬店から出るかどうか迷い、その隙にさっと寄ってきた女の子らに腕をつかまれ、二の腕に胸をおしつけられてしまった。


「ねえ、兵隊さん、食事でしょ? 一緒に食べましょ」

「ここ、お酒も出すのよ。お酌してあげる」


 地元住民に対して絶対に乱暴は働くな、と上から厳命されている二人は、しっかりと二の腕を抱きかかえている女の子を無理矢理振りほどくわけにもゆかず、そのままテーブル席まで連行されてしまった。


「おい二見、ここは俺が出しておくから、あとでなんかおごれ」

「はい、すいません。ごちになります」


 市村2曹は、注文を取りにきた主人に銀貨一枚渡すと、これで四人分適当に見つくろってくれ、と注文を出した。

 銀貨を渡された主人は一瞬でにこにこ顔になって愛想がよくなり、隣の女の子らは黄色い声をあげ、出遅れてカウンター席でたむろしている女の子らの視線の圧が強くなる。

 市村2曹と二見2曹が宿営地で換金した時には、銀貨一枚1000円、大銅貨一枚10円、小銅貨一枚1円のレートであった。ちなみに二人はそれぞれ2千円づつ換金している。


「……量だけはあるな」

「でも、味は悪くなさそうですよ。酒も、まあ匂いは悪くないですし」


 二人の前に出された料理は、香辛料を使った米を炒めたものと、ひき肉ときざみ野菜の練り物を焼いたものと、豆の煮ものである。それが大皿にでんと盛られ、四人分の取り皿とスプーンが並べられた。

 ちなみに酒は、陶器のピッチャーになみなみと注がれた濁った白色のもので、ただよう香りからすると薄味のどぶろくめいたものと思われた。


「それじゃ、かんぱーい」

「「かんぱーい?」」

「そう。日本じゃね、初めての人と一緒に食事する時は、乾杯って掛け声かけてお酒を一気飲みするの」


 こういう時にノリがよくなる二見2曹が音頭をとって乾杯をし、四人は素焼きのコップになみなみと注いだお酒を一気に飲みほした。


「あ、やっぱ弱いわ、この子ら」

「……酔いつぶす気だったのかよ、お前」

「いや、だって、手ぇ出せないんですから、他に逃げる方法がないじゃないですか」


 二人にすり寄った女の子にとって誤算であったのは、二人が豪雪地帯に駐屯していた部隊の下士官で、つまり酒を飲まないと凍死しかねない場所で生活していたことであろう。冬の日本海側の演習場で、酒もなしに夜をこすのは、死ぬほど寒くてつらいのである。

 そもそもが自衛隊員は酒飲みが多いのだ。冬場一番手っ取り早いカロリーの摂取方法がアルコールである以上、いやでも酒飲みにならざるをえなくなるともいう。


「それじゃ、さっさと飯食って帰りますか」

「……おう」


 ひき肉と野菜の練り物や豆の煮ものをさかなに、ビールよりも低いアルコール度数のお酒をかぱかぱと飲み、あと女の子二人にお酒を飲ませて酔いつぶして寝かせ、市村2曹と二見2曹はさっさと食事を終わらせて店から逃げ出した。



 姉が珍しく日が出ている間に仕事から帰ってきて、小屋でイナの相手をしていたガレルは、彼女のふらつきながら歩く姿にびっくり仰天してしまった。


「姉ちゃん!? 大丈夫かよ!!」

「……大きな声、ださないで。頭にひびく……」


 ぼそぼそとアルコール臭い息をはいて返事をした姉に、びっくりしたガレルは、なにもかも放り出して駆け寄ってしまった。


「姉ちゃん、どうしたんだ!?」

「水、ちょうだい……」


 イナが水がめからお椀に水をくんで差し出すと、姉はそれを受け取って仕事用の服が濡れるのも構わず一気に飲みほした。


「かあちゃん……」

「……ふう、もう一杯お願い」


 さらにもう一杯水を飲みほした姉は、アルコール臭い息を吐くとそのまま敷き藁の上に、ひっくり返るように横になった。


「……おみやげ、炒めごはんたくさんもらったから、食べて」

「姉ちゃん……」

「大丈夫よ、ニホンの兵隊とお酒のんだだけだから。……水みたいにお酒飲むんだもの、さすがにつらくなったから帰ってきたの」


 彼女はゆっくりと身体を起こすと、色鮮やかな胸帯と腰巻をはぎとるように脱いで、ぼろ布でできた普段着に着替えた。


「かあちゃん?」

「大丈夫よ、イナ。久しぶりにたくさんお酒を飲んだだけだから。ちょっと横になったら元気になるわ」


 心配そうに近づいてきて背中をさするイナに、母親の顔になって彼女は、安心させるように微笑んだ。

 そんな姉をガレルは、心底心配そうな表情で見守るしかできないでいた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 日本酒でも持ち込んだ暁には、悪くて数日酔い(どう考えても二日で収まる気がしない)、悪くて急性アル中になる人が続発しそう…(魔法で治す事が出来ても原因と何故そうなるかの過程が分からないとねぇ……
2023/03/20 09:16 退会済み
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