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四六 第二章・グレートゲーム 荒廃せる土地パラヴィジュラ諸島


 四六


 パラヴィジュラ諸島最大の面積を有するムラヤ島は、東西で2498キロメートル、南北で672キロメートルもの広がりがあり、島全体の面積は84万7千平方キロメートルにもおよぶ広大な島である。そして島全体が亜熱帯性気候に属し、中央海を循環する海流によって真冬でも気温が15度を下ることはない。

 そのムラヤ島に、陸上自衛隊第6師団第21普通科連隊に所属していた市村正明2等陸曹が上陸したのは、本来ならば東北地方が大雪にみまわれているはずの11月末のことであった。

 このナリキア世界に転移した結果、日本国はその国土のほとんどが亜熱帯性気候へと変わり、真冬であってもコートが必要ないくらいに暖かくなってしまっている。当然、真夏の日中の暑さはひどく、都市部ではヒートアイランド現象によって、昼間は不要な外出の自粛が呼びかけられるほどにきびしい気候となっていた。


「よくこの湿地帯の中に道を通しましたね、ルクシニアの連中も」

「そりゃ、通さなきゃ行き来ができないんだから、通すだろ」


 市村2曹は、19式機動輸送車のキャビンでハンドルを握っている二見2等陸曹とたわいもない雑談にふけりながら、窓ガラスごしに周囲の緑で埋めつくされた湿地帯に視線を送っていた。

 ムラヤ島に派遣された陸上自衛隊は、まずは北部方面隊隷下の第2師団の先遣隊が、島の北東部のカナカ市に上陸し、そこからこのパラヴィジュラ諸島で唯一残っている国家であるカナロア王国の王都ティグリ市を目指して移動していた。

 第2師団は、北海道札幌市からティグリ市に師団司令部を移設し、元から隷下にあった第9旅団と新設された第26旅団を指揮下に入れて再編され、ムラヤ島中部の防衛にあたる計画となっていた。また、西部の防衛に西部方面隊隷下の第8師団が派遣され。さらに東部防衛のために1個師団を新設し、ムラヤ島を西部、中部、東部にわけて警備にあたる予定となっている。とはいえ、その配置が完成するまでに10年はかかると、統合幕僚監部では想定していた。

 市村2曹らは、同じ北部方面隊隷下の第6師団第5旅団に所属する各普通科連隊から抽出された部隊で新設された第58普通科連隊に所属しており、当座は第26旅団司令部の指揮のもとムラヤ島南東部の警備にあたることになると知らされていた。


「それにしても、19式はパワーがすごいですよ。82式じゃ、この赤土舗装の道路じゃ、絶対にスタックしてました」

「だよなあ。こんな装甲トラックが、この泥道でも30キロで走れるとか、日本はじまり過ぎだろ」


 ハンドルを握る二見2曹の感嘆に、市村2曹も同じ感想をもらした。

 彼らが所属する第58連隊は、本来は装軌式装甲車が配備される予定であったが、共通戦術装軌車両の開発終了予定が2030年と四年以上も先であり、応急的に後方輸送用の19式機動装甲車とそのファミリー車両が配備されていた。

 19式機動装甲車ファミリーは、共通戦術装輪車両構想において敵との直接戦闘を担当しない部隊への配備を前提として、装甲化された各種支援車両を整備するために開発された車両である。

 そのため道路交通法の車両制限令一杯の寸法で開発された重装輪車I型をベースに、車体長を短くして山岳丘陵地帯を通る道路での運用の利便性を向上させた重装輪車II型のシャーシに装甲キャビンを載せるという、82式同様のキャビン式操縦席タイプの装甲車として完成した。そして各種の用途別モジュールを車体後部に搭載可能とすることで、兵站負荷を減らした上で調達性を向上させ、部隊の戦闘力の持続性の向上を意図して各種のタイプが調達されている。

 現在陸上自衛隊は、共通戦術装軌車両主体の機動打撃部隊と、共通戦術装輪車両主体の即応機動部隊の二系統の部隊の整備を進めている。前者に配備されるのが、2030年頃開発が終了する予定の装軌式重戦闘車両群であり、後者に現在進行形で配備されているのが、16式機動戦闘車をはじめとする各種装輪戦闘車両群であった。

 そして19式は、これらの部隊の後方支援を主目的としたファミリー車両であり、敵火砲の擾乱射撃などに抗堪しつつ任務を遂行することが求められている装甲車なのである。


「この道、施設科が整備するんだろうけど、日本中からかき集めないと足りないんじゃないか?」

「そういや、北海道の第3施設団の派遣も決まって、今輸送中だそうですよ。俺達の駐屯地の建設が終わる頃には、まともな道路も通るんじゃないですかね」

「そうであって欲しいよ。補給路が通らなくて毎日レーションとか、勘弁して欲しいしな」


 市村2曹らが所属する第58普通科連隊は、うだるような空気の湿原の中を、延々と数百台にもおよぶ車列を伸ばして移動していた。



 カナロア王国は、古くからここレトダ島北東部の平原地帯を領土としてきた由緒ある国家である。その王都ティグリは、島の南西にそびえるチュリーヤ山脈から流れるクルライ川が分岐する地点に建設された、人口4千名を数える商業交易都市であった。

 とはいえ、二十年前のタマラム共和国転移から始まった南北大陸からの人族の侵攻と、それに続く転移国家イリオン人民社会主義連邦の侵略によって王国は荒廃し、ティグリ市も由緒ある建物の多くが破壊され再建もままならない有様で今日にいたっている。

 そのティグリ市の中央に残っている仮設の王宮の謁見の間で、畠山武雄前総理は、文官としての礼装であるフロックコートを着用して、カナロア王国の女王との謁見にのぞんでいた。


「おもてを上げられよ、日本国の使者よ。妾が女王メフネである」

「お初にお目にかかります、女王陛下。私は、日本国よりここパラヴィジュラ諸島の開発支援の責任者として派遣されました、畠山武雄と申します。御意を得まして光栄にございます」


 王族への礼として腰を四十五度に曲げて一礼した畠山は、一段高い位置にすえられた玉座に座るメフネ女王の声に顔を上げた。とはいえ、あくまで視線は女王に直接向けず、その足元あたりに向けるようにしている。


「往時の半分にも満たぬ数に減った妾らデック族を相手に、随分と殊勝なことよ。そなたらが、妾らの新たな主人となるのであろう?」

「お言葉ながら、小なりといえども一国の王たる御方を前に、非礼をはたらくわけにはまいりません。それは、日本国の品格をおとしめる行いであると、自分は認識しております」

「国家としての品格か。まるで一国を背負う者のような口ぶりよな」

「すでに後進にゆずった身ではありますが、先日まで日本国の宰相の地位におりましたもので」

「……日本国は、この土地を随分と重要視しているようだの」


 しごく丁寧に、しかしあくまで毅然とした態度をたもつ畠山の言葉に、メフネ女王は感嘆したかのような声色でそう言葉をこぼした。

 少なくとも戦禍の傷跡が残ったまま復興も進まぬ小国の女王を前にして、そのような態度をとる国は、これまでここナリキアに存在したことはない。


「まあ、よい。それで、日本国は妾に何をさせたいのか? もはや形ばかりの王位とはいえ、何かの役には立つであろうしの」


 肉付きがよい褐色肌の肢体を華麗な色調の衣装で包んだ、笹穂耳を伸ばした秀麗な美貌を魅せるメフネ女王の言葉に、畠山はしごく真面目な表情を保ったまま淡々と話を続けた。


「日本国は、パラヴィジュラ諸島における各種産業を振興させ、経済的に自立できるよう支援したいと考えております。現時点で確認できた限りでは、王国として残っているのは陛下が統治なされるカナロア王国のみです。陛下におかれましては、この地に住まう森妖精族の皆様をとりまとめ、日本国による開発支援に協力していただけるようお願い申し上げたく」

「ふむ、その話だけだと、日本国に利が無いように聞こえる。そこはどうするのか?」

「日本国は、ここパラヴィジュラ諸島に軍を配置し、海洋交易路の安定的利用を可能にし、ここ中央海沿岸諸国との交易で利を得ることを考えております。そのために、この地で我が国の技術を用いて農業、漁業、鉱業といった産業を振興させ、それで得られる産物を分けていただきたいとお願いする次第です」


 メフネ女王は、あくまで生真面目に答える畠山の言葉に、物憂げな笑みを浮かべてみせた。

 ここ謁見の間に控える文武の官は、皆歳若く、さらには武官であっても女性が少なくない数が混じっている。それは、これまでの長きにわたる戦いによって多数の男性の人材が失われ、王国を運営するためには若年の女性も登用せねばならないほどにおいつめられているからであった。

 そんな王国の現状を理解しているからこそ、メフネ女王は、あえて露悪的な物言いをせざるをえなかった。


「日本国は皇帝の治める国と聞いた。妾は夫たる国王を戦争で失い、王位継承権者も他に残らなかったがゆえに、こうして玉座に座らされておる。妾に女王としての役割を求めるのであれば、それなりの後ろ盾が必要となる」

「はい、陛下」

「……つまりは、日本国の皇帝の血筋を引いた夫を娶らねばならぬ。幸いにして我らデック族は、人族と通婚して子をなすことができる。王国を残したいというのであれば、そのようにとりはからって欲しい」

「承りました、陛下。ですが、自分の一存ではお答えいたしかねます。一度持ち帰り検討させていただくお時間を頂戴いたしたく思いますが、よろしいでしょうか?」

「構わぬ。そなたの好きにせよ」


 あくまで礼節をたもち、小国の女王相手とあなどる態度をみせることのなかった畠山に対して、メフネ女王は最後まで物憂げな表情を浮かべたままであった。



 陸自の第58普通科連隊を主力としたティグリ市派遣部隊は、まず王都の郊外で宿営地の建設から仕事を始めた。町の再興に協力するためには、そのための拠点が必要であり、また日本本土から物資をスムーズに輸送するための兵站連絡線の構築が必要となるからだ。


「皆さんお疲れ様です。宿営地の完成まで、どれくらいかかりそうですか?」


 パラヴィジュラ諸島開発公団総裁に就任した畠山武雄は、当座の公団事務所を自衛隊の宿営地に間借りすることになるため、派遣第一陣の司令官である第58連隊長の前渡真成1等陸佐がいる指揮所のテントを訪問していた。


「お疲れ様です、総裁。プレハブ等は三日以内にそろいますが、恒久的な駐屯地施設の完成は民間業者に任せるという方針ですので、最低でも三カ月はかかるでしょう。ただ、今月打ち上げられた通信衛星と回線が結べましたので、本土との秘匿通信が可能となりました」

「ありがとうございます。それは今すぐ使えますか?」

「はい。一度に三基も打ち上げるという無茶をやったそうですから、二十四時間通信可能だそうです。H3初号機の失敗もあったのに、本当に無茶をしたものです」

「はは、なにしろ時間がありませんから。では、これからもお世話になりますが、よろしくお願いします」


 盛り上がった筋肉のせいで猪首に見える前渡1佐の言葉に、畠山総裁は苦笑じみた笑いを浮かべて礼を述べた。

 テントの中には多数の机が並べられ、そこには屋外用の分厚く頑丈な筐体のノートPCが並べられ、オペレーターの自衛官がはりついて仕事をしている。ネットワーク化が進んだ現在の自衛隊では、各小隊本部レベルにまでネットワークの端末が配備され、連隊に所属するほとんどの幹部が連隊の現況を確認できるようになっていた。

 こうした部隊のネットワーク化の基盤構築のため、通信回線の確保と確実性の獲得は、部隊が展開する上で真っ先にとりくむべき任務となって久しい。その結果として、畠山総裁はしばらくはテント暮らしの身でありながら、東京は霞ヶ関の開発公団本部や、永田町の首相官邸と即座に連絡をとることができるのである。

 畠山総裁は、指揮所の近くに駐車している19式指揮通信車のそばに建てられているテントの通信所に移動し、東京は霞ヶ関の国土交通省との間に衛星回線をひらいた。


「畠山です。三浦さん、今お時間よろしいでしょうか?」

『お疲れ様です、畠山さん。はい、こちらは大丈夫です。女王との謁見はうまくゆかれましたか?」


 さすがに回線容量の問題から音声のみの通話となるが、それでもリアルタイムで連絡をとれるというのはすこぶる便利なのである。特にここパラヴィジュラ諸島のような、近代的な通信インフラが機能していない場所では、衛星通信は非常に重宝する。

 待ち構えていたようにすぐに畠山総裁からの通信に出た三浦耕志国土交通大臣は、くだくだしい挨拶抜きにさっさと要件に入った。


「謁見はとどこおりなく進みましたが、先方の警戒心の強さは相当なものです。あと、現地の荒廃ぶりは、ルクシニア側の資料に記載されていた以上のものがありました。……あえて言うなら、太平洋戦争直後の日本みたいな感じでしょうか」


 ティグリ市内を持ちこんだランドクルーザーで少し見て回っただけではあるが、町の住民の活気の無さと復興の進みの遅さがぱっと見で判るほどに、戦争の傷跡が深いのが判るくらいである。


『それは、単に金をつぎ込むだけでは、解決しそうにありませんね』

「はい、私もそう思います。とにかく何か住民に希望を持たせるようなイベントを行いませんと、今の雰囲気ではどうにもならないかと思います」

『そうしますと、先方から何か要望がありましたか?』


 三浦大臣が、これだけのやりとりでメフネ女王からの要望に何かあったのを気がついたあたり、彼も初代国土安全大臣となることが内定しているだけはある人物なのだ。

 畠山総裁は、まだ若い三浦大臣を起用した早河首相の眼力に内心で感心しつつ、それとは感じさせない口調で女王からの要望の内容を告げた。


「はい。今上陛下のお血筋に連なる男性皇族を、王配として迎え入れたい、と」

『なるほど、日本国の権威の裏づけなしには、もう国内もまとめられないほど弱体化しているわけですか。詳細は、早河総理が戻られてから話し合いの場をもった方がよろしいかと思いますが、いかがでしょう?』

「そうですね。さすがにこれは宮中とも協議が必要ですし、総理のご意向もうかがわないとならないでしょう。早河さんが戻られるのは、12月末の予定でしたね?」

『はい。今のところルクシニアでの交渉は、うまくいっているとの報告が入っています。予定通りに帰国されるのではないかと』


 早河太一内閣総理大臣は、この11月の時点ではルクシニア帝國の帝都イクナイオンで、ここナリキア世界に転移してきた各国と国交開設と各種協定の締結のための交渉の真っ最中のはずである。

 さらに畠山総裁は、ルクシニア側が仲介するかたちで、早河首相が日本人民共和国の共産党中央委員会委員長と秘密裏に会談をもっているはずであることも、本人から聞かされていた。


「そうですか。今のところ自衛隊の展開もスムーズに進んでいる様子ですので、外務省の皆さんも早い段階で入っていただけると思います。そちらは、今実務者協議を担当者が王宮で行っていますので、詳細が決まり次第外相にお伝えします」

『判りました。海上保安庁は、来年度からの増強で余裕ができるまでまだ時間がかかります。まして来年度からの省庁再編です。混乱が落ち着くまで時間もかかるでしょう。それまで自衛隊の皆さんにお任せするしかないのが歯がゆいですね』

「三浦さんの懸念も判りますが、とにかく今は時間が足りません。急いで基礎部分だけでも片づけませんと、日本経済の復興にさしさわりますから」


 来年度から三浦大臣は、国土交通省と環境省と警察庁を合同させた巨大官庁を所管する国務大臣に就任することが内定している。つまりフランスやイタリアの国家憲兵隊に範をとった国家警察を所管することになるのだ。

 事実上の内務省の復活に国会での審議は荒れたが、そこは与党が数の力で押し切って省庁改変法案を通したのであった。そしてなまじ無理をしただけに、早い段階で国民にアピールできる成果が必要なことは、畠山総裁もよく理解しているつもりであった。


「当座は外務省の青年海外協力隊が、自衛隊とともに開発の主力となるでしょう。いましばらく辛抱していただけませんか、三浦さん」

『はい、理解していますので、お気になさらず』


 とはいえ、今のところパラヴィジュラ諸島は、日本国にとっては外国扱いなのである。つまり、三浦大臣が直接関わるのは筋が違ってしまう、ということになる。ルクシニア帝國から諸々の権利を譲渡されるとはいえ、日本国内と同じように扱えるようになるまで、まだしばらくは時間がかかるのは明白であった。

 だからこそ畠山総裁は、まず三浦大臣に連絡を入れて彼の面子に配慮してみせたのであった。ここで外務省と国土安全省の間で権限争いなぞ起こされては、それこそ日本の破滅のフラグが立ってしまうことになるからだ。

 日本国のナリキア転移の準備を整え、最初の現地住民の襲来をさばききったという実績を持つ前総理である畠山武雄だからこそ、そうした面倒事を事前におさめることができるのである。

 早河首相にパラヴィジュラ諸島開発公団総裁への就任を打診され、総裁に求められる役割を説明された畠山総裁は、日本政府内のごたごたがこちらに波及しないよう、首相と二人三脚で開発のかじ取りをやってゆかねばならないのであった。

 内閣総理大臣という仕事は、後進にその地位を譲ってからも楽などできないものなのだ。


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[一言] イロコイ連邦のように国内国家として生き残るのかな。
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