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四〇 第二章・グレートゲーム 日本の投じた一石に対する反応


 四〇


 ルクシニア帝國のハイヤメト皇嗣記念空港で行われた、航空自衛隊の最新鋭戦闘機F-3「シルフィード」のデモフライトは、日本と帝國にとって予期された成功をおさめた。

 すくなくとも日本とルクシニアが同盟関係にあることを、他の国家らは今後しっかりと念頭において外交をおこなわねばならなくなったのだ。なにしろ転移してきたばかりの日本国が、既存の転移国家各国と隔絶した軍事力を行使可能な能力を有していることがあきらかにされ、その日本国とルクシニア帝國は、軍事同盟を締結している事実が公開されたのである。

 そして日本とルクシニアの間にくさびを打ちこもうにも、いつのまにか両者は、経済的にも政治的にも各国にとって予想外に深く強固な関係を結んでしまっていた。


「この状況で、連合王国が最低限確保せなばならぬ権益は何か、その手段についても検討したい。この場での発言は自由にしてくれてかまわない。是非とも建設的な議論を期待する」


 帝都イクナイオンの行政街にあるンチャナベ連合王国の大使館の会議室で、ゲジマ=ハビ・ンゴラ大使は、黒々とした肌のおもてに苦渋の表情を浮かべつつ、集めたスタッフを前にそう述べざるをえないでいた。

 ゲジマ=ハビ大使が帝國に着任して以来、ンチャナベ大使館の職員らは、可能な限り日本国と自称するこの新たな転移国家について情報を集めていた。その結果知りえたのは、かの国が連合王国の四〇年は先をゆく高度文明国家であるということ、人口は約2倍の一億二千万人、国民総生産額は8倍から9倍にものぼるという認めがたい数値であった。


「まずは、王国のエネルギー問題の解決ではないでしょうか? いまだこの世界において有力なウラン鉱脈は発見されておりません。つまり我々は、当分は石油と石炭に頼らざるをえない、ということになります」


 大使館職員の一人が手をあげると、持ちこまれた黒板に「石油と石炭」と書きこみ、白線を引いた。

 結局のところンチャナベ連合王国がルクシニア帝國にコミットし続けているのも、有力な産油国がかの国しか存在しないためである。連合王国は、現在も南方大陸で油田をはじめとする各種エネルギー資源の鉱脈を探索中であるが、なかなかお目当てのものは見つけられないでいた。

 幸いにしてンチャナベ連合王国は、その名前の由来の通り複数の島嶼から構成されており、その中のいくつかでは石炭が産出されている。これらとルクシニアから輸入される石油とをあわせて、なんとか国民生活用と産業用のエネルギーをまかなうことがかなっているのが現状であった。


「イリオンの無産主義者どもの勢力圏には、大規模な炭田が複数存在するとのことです。いっそのこと帝國に全面的に肩入れして、それらの権益を抑えてしまうというのは?」

「近代国民国家を占領し、その国民の抵抗を排除しつつ資源の収奪を行うのは、言うまでも無く極めて困難だ。まして王立陸軍の主力が、南方大陸で治安戦の泥沼に足を取られている現状では、とてもではないが連邦本土は遠すぎる」


 職員の一人がイリオン人民連邦との全面対決を主張し、すぐに別の者によって否定される。

 ンチャナベ連合王国が転移したのは、南方大陸の東南の海上であり、イリオンとルクシニアが対峙している主戦線は、北方大陸の北西なのである。つまり距離的には、この星を半周してゆかねばならないくらいに離れているのだ。

 そして連合王国は、南方大陸南東部に陸軍の主力を派遣して現地人の王国を複数制圧し、植民地化して農産物や畜産物の生産にあたらせているのである。王国が異世界転移後の食料の配給制度を終了させ、国内で餓死者が出さずにすむようになったのは、ようやくここ数年のことなのであった。

 それも、あくまでルクシニアの油田の採掘権を獲得して、石油の安定的獲得ができるようになったおかげなのだ。


「しかし、まっとうな交易で帝國から石油をはじめとする資源を購入するのは、今後ニホンが全面的に進出してくるとなると極めて困難となるのでは? 経済規模で我が国の8倍から9倍ということは、それだけ大量の石油を必要とすることが予想される」

「だが、王国の燃料事情から考えても、現状ニホン国との敵対は選択するべきではないし、そもそも不可能だ。彼らが帝國南部への航路全てをおさえてしまったことは、軽視するべきではない」


 ンチャナベにとって現状が最悪なのは、なんとか安定して石油の採掘と積み出しが可能になった今になって、日本国が中央海を分断するような位置に転移してきたことにあった。国内の産業用エネルギーの確保と、軍事行動用の燃料その他の供給のめどが立ったところでこれである。


「そもそも帝國とニホンに、王国はこれから何を売って貿易をすればいいんだ? ニホン相手に工業製品は話にはならなかろうし、農業製品はむしろ帝國の方が得意としている分野だ」

「余っている資源といえば、植民地の現地人くらいか。……高度産業国家の労働者に、まともに読み書きもできない、職業倫理も持てない人間の需要があるわけがないしな」


 ンチャナベ連合王国は転移してしばらくの間、単純労働者の補充元として占領した地域の現地人を活用しようとして、見事に失敗していた。そもそも中世の一般平民の知的レベルはおそろしく低く、読み書きはおろか指示されたことすらまともに理解できず、隙をみては脱走して追いはぎ強盗に走り治安を悪化させるだけであったのだ。

 結果として現在の連合王国の植民地統治方針は、現地人は可能な限り使いつぶし、空いた土地に本国から人間を植民させて食料その他の農産物の生産にあたらせる、という方向になっている。転移直後に海を渡って押し寄せ、略奪と殺戮にあけくれた連中に対して、王国の市民達は建前だけですら人権を認め尊重する必要性を感じなくなってしまって久しいのだ。

 とはいえ、結果として現地人による暴動や反乱が頻発し、多数の陸軍部隊を派遣し治安維持にあてねばならなくなったのは想定外であったが。


「ティエレン連合が、ここまで我々に対して敵対的になるとは予想外だったからな。奴らは比較的現地勢力とうまくやれていたようであるし、王国の大陸進出で少なくない権益を失ったとみられる。なにがしか、ニホンに対して交渉のカードを用意しないと、ティエレンが奴らに媚びすりよるぞ」

「とはいえ、連合は今はイリオンにすりよっている。それがあるからこそ、我々は安心してルクシニアに肩入れできていたわけだ。少なくとも連合とニホンが近づくのは、妨害しなくてはならないのではないか」


 ンチャナベ連合王国と同じ転移国家であるティエレン連合は、南方大陸の南端に位置する島嶼国家である。連合王国が比較的大きい少数の島を中核として発展してきたのに対し、連合はそこそこの面積の島々に独立した国家が成立し、それらが連合を組んで一つの国として活動している一種の連邦制国家であった。

 ンチャナベは、そのティエレンが南方大陸に有していた権益を、転移直後の大陸進出で盛大に侵犯したあげく、連合と懇意であった現地人国家に反応兵器を投下して滅ぼすことで、彼らを完全に敵に回してしまっていた。

 とりあえず両国とも、反応兵器の投げ合いとなる全面戦争は、互いの滅亡に直結するとして直接対決にはいたってはいないが、現地人を利用した代理戦争などでの足の引っ張り合いは、かげひなたなく盛大にやりあっている仲であった。


「王国の存続のためには、帝國の石油が必要不可欠となる。そして、その輸送ルートの確保と安定化もだ。現在ニホンは我が国に海峡を一つ開放しているが、それをいつでも閉鎖できることにかわりはない」

「つまりニホン国との、できれば同盟関係の成立、最悪でも相互に国家経済のための妥協が成立する状況の構築。こんなところか」


 大使館職員らの討議がひと段落ついたところで、ゲジマ=ハビ大使は結論を口にした。


「諸君らの活発な意見交換に感謝する。対ニホン国問題について、本国に報告し検討を要請するとしよう」



 ルクシニア帝國の帝都イクナイオンには、当然のこととしてンチャナベ連合王国以外の国家の大使館もおかれている。そのほとんどが転移国家であり、現地人国家だと聖堂教会の影響下にないかあっても薄い国となるが。

 とはいえそれは、このナリキアと帝國人が呼ぶ世界において、ルクシニアがまぎれもない覇権国家であることを証明する事実のひとつなのである。


「ニホン国の科学技術が極めて進んでいることは、持ちこんだ飛行機や自動車からも明らかである。今後連合が、かの国といかにして友好的な関係をもつか、叩き台だけでも総統府に提言したい」


 その帝都イクナイオンの行政街の、中枢に近いかなり良い位置に建物が提供されているティエレン連合の大使館の会議室で、頭頂部以外はゆたかな髪とひげをととのえた壮年の男性が、い並ぶ者に向かって深刻そうな表情でそう口火きった。


「幸いにして連合は、南方大陸南部諸国のみならず、周辺に転移してきた国家とも友好関係を結べております。……ンチャナベをのぞけば、ですが。彼らとの交渉の仲介を手土産に、まずは国交を結ぶというのは?」


 書記官の一人の言葉に、ティエレン連合の駐ルクシニア大使であるユノラウ・スティルソン・ロンデラクは、その厳しい表情をゆるめずにうなずいて話の先をうながした。

 大使にうながされて、頭髪を短く刈り込み口ひげと顎ひげを丁寧の整えている書記官は、空咳をひとつしてから再度口をひらいた。


「元々、帝國との関係は我ら連合の方が友好的でした。しかし、人民連邦の転移によって軍事的に劣勢となったために、帝國はより高度な軍事国家である連合王国との関係を重視するにいたったわけです」


 最初に意見をのべた書記官は、ここで一度言葉をきって列席者のおもてに視線をめぐらせた。当然のようにこの場にいる全員が、それくらいは判っている、と言わんばかりの表情を浮かべている。


「そして、より高度な科学文明国家ニホンが転移してきたため、帝國は提携する相手を連合王国からニホンに変えたと考えられます。つまり、連合王国と対決中である我ら連合が、人民連邦との関係を清算し、再度帝國との友好関係を構築する絶好の機会と言えるのではないかと愚考いたします」

「まさしく愚考だな。そうやすやすと友好国を変える国を、あの帝國が信用すると思うのか?」

「そのためのニホン国です。まずニホンと南方大陸諸国との国交開設の仲介を手土産に友好関係を結び、しかる後に帝國との和解の仲介をしてもらえれば、と。我ら連合の最大の脅威にして敵は、あくまで連合王国であることを両国に理解してもらい、最悪でも敵対関係におちいらなければよいと割り切るしかないでしょう」


 ロンデラク大使の厳しい視線にさらされながらも、書記官はよどみなく最後まで語りきった。

 書記官が語り終えたあと、大使は視線を駐在武官にむけ発言をうながした。


「我ら連合と連合王国との技術格差は、二十年から三十年はある。帝國や現地人国家から入手できた魔法科学によって、一部では対抗できなくもない分野もあるが、反応兵器以外であの黒坊主どもとの戦争に勝機が無いことも理解している。その上でどう帝國と関係を修復させたらよいのか、何か手札が欲しい。それも軍事的なものが、だ」


 ロンデラク大使の言葉に、頭髪を全てそり落し丁寧に刈り込まれたひげで顔の下半分をおおった駐在武官が、大使と同じように難しい表情を浮かべて口を開いた。


「正直に申し上げるならば、人民連邦に人造石油精製技術とジェットエンジン開発技術を提供してしまった時点で、我ら連合は帝國からは確定的に敵認定されてしまっております。それこそが帝國をして連合王国へと走らせた原因であり、今更関係を修好したいとこちらからもちかけても、何を対価として要求されるか判らないのではないでしょうか? 小官はあくまで武官ですが、この程度の道理は理解できているつもりでおります」

「それは外交委員部でも理解している。だが当時の情勢においては、帝國の北部油田地帯を人民連邦が獲得に失敗するとは、総統府の誰も予想できなかったのだ」


 ティエレン連合は、五十年前に南方大陸のさらに南方に転移してきたロムスダール共和国が中核となって成立した、転移国家連合体である。

 ロムスダールは、元々は科学文明国家であり、武装中立を国是としていた国であった。だが異世界転移という未曾有の事態に、現地人による来襲をしりぞけてのちは他の転移国家らと進んで関係をもち、さらには南方大陸内の転移国家も含めて国家連合を成立させ、なんとか国家滅亡の危機を乗り切ったという過去を持っている。

 ティエレンという名前は、この国家連合に参加する転移国家の代表らが連合設立文書に調印した場所であるところの、連合内で最も古くに転移してきた国の首都の名前である。連合の首都こそロムスダール共和国あらためロムスダール自治州の州都ソグンドランになっているが、連合としての国家行事を実施する際には、各自治州の代表がティエレン市に集まってとりおこなわれることになっている。

 ティエレン連合は、成立後は積極的に南方大陸の現地人国家と国交をひらき、それなりに友好的な関係を築くことに努力してきた。その過程でルクシニア帝國とも友好関係をもつことがかない、連合からは物理科学技術を、帝國からは魔法科学技術を提供しあうことによって、彼らはこのナリキア世界で生きてゆく基盤を築くことに成功したのであった。

 だがその関係は、二十年前に北方大陸北西部にイリオン人民連邦が転移してきたことによって破壊されてしまった。

 イリオンの科学技術レベルはティエレン連合に劣ってはいたが、五千万を超す人口と、豊富に産出される鉄鉱石と石炭に裏づけされた重工業を有し、人民社会主義を標榜して強大な軍事力を保有しているまぎれもない大国であった。そして人民連邦は、劣等種族の文明化を名目に周囲の現地民国家への侵略を開始し、ルクシニア帝國と二度にわたって干戈を交えることとなったのである。

 特に二度目の戦争では、イリオン側は多数の潜水艦を投入してルクシニアの商船隊と海軍を壊滅させ、さらには南方大陸と北方大陸の中間に転移してきたタマラム共和国に渡洋侵攻をしかけて占領するなど、圧倒的優位のうちに戦争を進めたのである。そして、帝國の北部油田地帯に侵攻し、これを一時的にせよ占領することに成功しており、ルクシニア帝國は絶体絶命の危機におちいったのであった。

 この時ティエレン連合は、転移してきたンチャナベ連合王国による南方大陸侵攻への対処にかかりきりになっており、有力な支援をルクシニアに行いえずにいた。その隙をつくようにンチャナベは、ルクシニアに対して南部油田地帯の石油採掘権と引き換えに武器売却を行い、戦況をひっくり返す一助としたのである。

 そして当時のティエレン連合総統府は、情報伝達のタイムラグから帝國軍が連邦軍を国内から叩き出すことに成功しつつあることを知りえず、イリオンの使節がもたらした戦況情報を信じて協力関係を結んでしまったのであった。

 この裏切りにルクシニア帝國が怒り狂ったのは言うまでもなく、国交断絶こそ逃れえたものの、連合と帝國の間で締結されていた修好友好関係はことどとく破棄され、以後ンチャナベ連合王国の勢力圏拡大に、連合は常に劣勢に立たされることになったのである。


「次の帝國と人民連邦の戦争で、我ら連合が帝國側に立って参戦することがかなうならば、帝國も話を聞くくらいはしてくれるのではないかと」

「……まさしく、一度裏切った者は何度でも裏切る、という言葉の通りのふるまいだな。石油欲しさに建国以来の友好国を見捨てた報いとしては、このうえなく妥当なのかもしれんが」


 やらかしたのは外交官達で、自分達軍人はあずかり知らぬこと、と言わんばかりに突き放した駐在武官の物言いに、ロンデラク大使は嘆くような口調でそう吐きすてた。


「……とにかく、まずはニホン国と友好関係を結ぶ。そして、ニホン国に仲介してもらって帝國との関係を修復する。もはや他に我らに道は無い。そのように総統府には提言を行う」


 列席する全員が、ロンデラク大使の言葉に、他に方法はないと理解している表情でうなずいて返した。



 日本国内閣総理大臣早河太一議員は、帝都イクナイオンで滞在しているホテルの貴賓室の応接間で、首相補佐官として「財団」から出向してきていることになっている元「勇者」の黒海美羽に、ハイヤメト皇嗣記念空港での航空自衛隊の戦闘機F-3「シルフィード」のお披露目の際に撮影した列席者の映像を見せていた。


「……あ、ここです。これだとンチャナベの軍人さんは、自衛隊と直接対決することが無理だと確信したと思います。他の外交官の皆さんは、「シルフィード」の何が凄いのかが、まだよく判っていない感じです。……わたしも、あの戦闘機の何が本当にすごいのかは、よく判らないんですけれど。ごめんなさい」

「いやいや、君の専門は言語学や言語文化だよね。最先端の軍事技術について知ったふりをされる方が困るから。判らない事を判らない、と認められるのは立派なことだよ」

「……はい、ありがとうございます、総理」


 元「勇者」であり、コミュニケーション系の「恩恵」を得て観察対象の認識を深いところまで言語化できる能力持つ黒海美羽は、その能力故に歴代総理大臣の交渉における切り札として密かに重用されてきた。早河首相にとっても、画像情報の即時双方向のやりとりが可能であったならば、彼女をここアクナイオンに連れてきたかどうかは判らないほどに貴重なアセットなのである。

 とはいえ当の彼女は、それだけ歴代の総理に重宝されつつも、変わらず自分に自信が持てないままの様子であり、すぐにその美しくも愛らしい相貌をうつむかせてしまうのだが。


「……あ、このドワーフさん達ですか、この人達、驚いていますけれども、気持ちが、マイナス? 絶望? とにかく負の感情が正の感情に変化しています。ごめんなさい、少し巻き戻します。……ここ、ここです。ええと、ティエレン連合の大使さん達ですか、この人達とルクシニアの人達の間は、何かものすごい冷え切っています。……これだと、ティエレンの皆さんが負い目を感じているように思います。多分、ティエレン連合がルクシニア帝國を、何がしかの形で裏切った、それも一番困る場面で、なんだと思います」


 とはいえ彼女も、元「勇者」だけあって与えられた仕事はしっかりこなしてみせる。

 空港に同行した記者にまぎれた広報担当者が撮影したデジタルビデオの映像を観察しつつ、映っている者らの抱いている認識について、まるで内心をのぞきこむかのように明らかにしてゆくのだ。

 黒海美羽という女性が発揮する「恩恵」の力に早河首相は、歴代の総理大臣が彼女の存在を可能な限り秘匿し続けた理由の一端を理解できた気がした。


「いやあ、ありがとう黒海君。なるほど、とするとティエレン連合から日本に、近いうちに接触があるとみてよいのかなあ」

「……はい、多分ルクシニアに間に入ってもらわずに、直接押しかけてきそうな感じがあります。……いえ、これだと、ここでは押しかけてはこないです。……使節団が帰国したタイミングで交渉にやってくる、と思います」

「なるほどね。つまりルクシニアとの仲立ちを日本に求めて来訪する、というあたりかな。そのための前提となる国交開設は、ここアクナイオンで交渉をまとめて、我々が帰国したあたりで本格的な友好関係を結ぶための使節団を送ってよこす、と」

「……はい、総理のおっしゃる通りだと思います。……ここの、この一番偉いドワーフさんが、そのつもりになっているみたいです」


 早河首相は黒海美羽の言葉に、ティエレン連合についてルクシニア帝國から詳細情報をもらって、その上でいかに対応するのか両国で協議することを心の手帳に書きつけた。

 とにかく今の日本国にとって、ルクシニア帝國の機嫌を損ねるような真似は、絶対にしてはならないのである。しかもルクシニア側が日本側を立てるように動いてくれている以上、彼らの面子を潰すどころか、かすり傷つけることすらつつしまねばならない立場にいるのだ。


「うん、ありがとう黒海君。おかげでとても助かるよ」

「はい、総理。その、お役に立てたならば幸いです。ありがとうございます」


 美人というより美少女と形容する方がふさわしい愛らしい笑顔を浮かべた黒海美羽を見て、早河首相は彼女の個人的交友関係のレポートを思い返し、彼女の身辺警護をどこまで強化するべきか考えてしまった。そしてそんな自分の内面の動きを、まるで年頃の娘を持った父親のようじゃないかと苦笑し、さらに当の本人にそんな内心を見抜かれていることに思いいたって、実に気恥ずかしい気持ちになったのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ティエレン連合の中核国家であるロムスダール共和国、聞いたことあると思ってみたらノルウェーの県の名前からとったのでしょうかね。色々と想像できるいい名称ですね。 かつての武装中立国家であり覇権…
[一言] ・ティエレン連合は国情的にはかつては連合成立前の武装中立である点や有力な金属資源産出国である点、外政的に友好国への態度を豹変させた過去、英国風のンチャナベとグレートゲームを繰り返す姿勢に核兵…
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