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三四 第一章・転移直後 アカナヴァーラ市攻略戦 後


 三四


 王城の内壁内側は、催涙ガスの白煙でろくに視界も通らない有様であった。本来ならば入口を入ってすぐに威容をもってそびえて見えるはずの宮殿も、白煙の中でうすらぼやけていてはっきりとは見えないほどである。

 入口周辺を確保した第二中隊は、城壁内に散開して敵の反撃に備えつつ、工兵小隊が工兵作業車を王城内に引っ張り上げる作業の援護にあたった。

 作業の間、白煙の向こうでは人間の集団が動いている気配がしているにも関わらず、こちらに近づいてくることはなかった。第二中隊が持ち込んだ二基のAGS-30自動擲弾銃は、崩落した城壁の瓦礫を使った即席の射撃陣地にすえつけられているが、今のところその威力を発揮する機会はめぐってきてはいない。


「同志大隊長殿! 工兵作業車、一両、搬入に成功しました!」

「ご苦労、同志工兵小隊長。作業車に問題はないな?」

「はい、同志大隊長殿! このまま、あの王城まで突っ込めます!」

「突っ込むのは教会の聖堂の方だよ、同志中尉。だが、よくやってくれた」


 ガスマスク越しでも、工兵小隊長がしてやったりとドヤ顔を決めているのが判る有様で、本多少佐もさすがに声に苦笑の色が混じってしまう。とはいえ本番はここからである。

 工兵小隊長が、さらに一両IMR-2工兵作業車を搬入しようと指示を出しているのを横目で見つつ、本多少佐は大隊本部にむけて無線をとばした。


『大隊長より大隊本部、どうぞ』

『こちら大隊本部、同志大隊長殿、どうぞ』

『第二中隊、王城内突入、ドローンを中に入れろ。聖堂までの誘導を頼む、どうぞ』

『大隊本部、了解。……五分、いや四分待って下さい、終わり』


 いまだ王城の外壁に防御障壁が展開している以上、王城内でドローンを飛ばすには実際に城壁内まで持ちこんでから発進させないとならない。

 今この瞬間、本来ならば敵の反撃を受けているはずの危険な状況下にあるのだが、その兆候は見受けられずにいる。さすがにこの催涙ガスの濃度では、魔術的防護をほどこした全身防具を装着していないと動き回ることすらできないのであろう。そして、そんな高価な防具を装備できるのは、一部の近衛兵か聖堂教会の聖騎士くらいしかいないことを、本多少佐はかつて「勇者」だった頃の経験で見知っていた。


「同志大隊長殿、ドローン二機、入口を通過します!」

「確認した。同志工兵小隊長、作業車の準備を」

「はい! 同志大隊長殿!」


 二機のドローンが入口を通過し、一機が入口上空に滞空する。そしてもう一機が、王城内広場の上空へと高度を上げてゆき、観測された防御障壁の発動高度のすぐ下でゆっくりと旋回し始めた。


『大隊本部より同志大隊長殿、どうぞ』

『こちら大隊長、大隊本部どうぞ』

『そちらの端末に撮影映像を送信します、確認願います、どうぞ』

『……大隊長確認、さすがにこのガス濃度だと判別が難しいな。同志情報士官、目標までの誘導を頼む、どうぞ』

『情報士官了解、同志大隊長殿、現地点から一時半の方向へ前進願います、どうぞ』

『大隊長了解、これより前進する、終わり』


 大隊本部となっているBTR-72指揮車のモニターで周辺を見下ろしている情報士官の指示に従い、本多少佐は入口正面を零時の方向として、一時半の方角に視線を向けた。


「同志中隊長、ここの守備を任せる。一個小隊をつけてくれ。私が聖堂内に突入する」

「はい、同志大隊長殿。第二中隊は、ここ入口を確保します。ご武運を」


 本多少佐は、第二中隊長と敬礼を交わすと、進み出た三十名弱の兵士らに向き直って大声をあげた。


「同志諸君! 敵本拠地攻略もここが山場となる! 諸君らが任務を無事遂行することを小官は知っている! だからこう言おう! 私に続け!!」

「「はいっ! 同志大隊長殿!!」」


 自身の命令に声を張り上げて返事をした兵士らにうなずいて返すと、本多少佐は工兵小隊長に指示を出す。


「同志工兵小隊長、二両目の作業車をここに入れたら、次は戦車を入れたい。できるか?」

「もちろんです、同志大隊長殿! 正門内に到着後、十分ごとに一両搬入します!」

「よろしい。以後工兵小隊の指揮は第二中隊長に預ける。入れた戦車も彼が指揮をとる。私には作業車一両つけてくれ」

「はい! 同志大隊長殿!」


 工兵小隊長が最初に搬入された工兵作業車に、本多少佐の指揮下に入るよう指示を下している間に、彼女は大隊本部に、補給の終わった戦車を正門内に入れること、工兵小隊と戦車小隊の指揮を第二中隊長に任せることを伝えた。

 大隊本部からは、派遣軍司令部へ王城内に橋頭堡を確保したむね報告したことが伝えられ、予備として拘置してある空中強襲大隊の出動準備が終わっていることも知らされた。本多少佐が王城をおおっている防御障壁を無効化し次第ヘリボーンで王城内に突入させる、という事前の計画通りに作戦を進める、とのことである。

 本多少佐は、どうやら順調に作戦が進んでいることに理解し、あらためて気を引きしめると、発進するIMR-2工兵作業車の後ろを部下の空中強襲歩兵を率いて小走りに追い始めた。



 大隊本部の情報士官の誘導によって到着した聖堂教会の建物は、尖塔がそびえる聖堂と、そこにつめる僧侶らの居住区画からなる。本多少佐は、まず聖堂ではなく居住区画の方から攻略することにした。

 聖堂の方には避難した町の住民がつめこまれている可能性が高く、へたに踏みこんで混乱に巻きこまれたならば、大幅に時間をロスすることになる。ガス弾とて無限に撃てるわけでもなく、滞留している催涙ガスもいつ魔術によって無効化されるかわかったものではないのだ。今はなにより、敵との戦いよりも時間との戦いが優先される。


『作業車より同志大隊長殿、どうぞ』

『こちら大隊長、どうぞ』

『目標建物視認しました。どうぞ』


 IMR-2工兵作業車のハッチから身を乗り出し周囲を視察している車長から、目標の聖堂が見えたことが報告される。

 本多少佐は、手元のタブレットに作戦前に撮影された上空写真を映し出し、建物の位置関係を確認した。


『大隊長より作業車、十時方向に旋回、そのまま直進しろ、どうぞ』

『作業車、十時方向に旋回、直進する、終わり』


 重低音を響かせてエンジンを吹かしたIMR-2工兵作業車が旋回し、ゆっくりと建物と距離をたもったまま進み始める。歩兵小隊をその陰に入れるように移動させながら、本多少佐は聖堂周辺の視界がクリアなことに気がついた。


『大隊長より小隊全員、目標地点周囲はガスが滞留していない。魔術でガスを無効化していると予想される。敵はガスで無力化されていないことを前提に突入する、以上留意せよ、どうぞ』


 すぐに小隊長以下から了解の返事がくるのを聞きながら、本多少佐は聖堂の建物を注視し始めた。彼女が「勇者」として得た「恩恵」は、この白煙たちこめる中にあってガスマスクのゴーグル越しでも、透視に等しい知覚をもたらしてくれる。そして彼女の知覚には、聖堂内にあふれんばかりに人がつめこまれているのが明らかであった。

 聖堂の制圧は大隊主力が集結してから手をつけることを決心し、本多少佐はタブレットで大隊の状況を確認した。

 すでに第一中隊は正門周辺の城壁と堡塁から敵と排除したむね報告をあげてきており、大隊先任士官は予備として拘置してあった第三中隊と火器中隊を正門内に入れ始めている。戦車小隊は最初の一両が傾斜部を引き上げられている最中であり、砲兵中隊は弾薬の補給の最中であった。


『大隊長より作業車、三時方向に旋回、建物前まで直進せよ、どうぞ』

『作業車、三時方向に旋回、直進する、終わり』


 再度旋回した工兵作業車の左側に展開する歩兵小隊は、油断なく周囲を警戒し続けながら小走りに作業車についていっている。内壁入口を出発してまだ数分しか経っていないはずだが、すでに数十分もこうして進んでいるように本多少佐には感じられた。


『作業車より同志大隊長殿、どうぞ』

『大隊長より作業車、どうぞ』

『目標建物前に到着、どうぞ』

『大隊長了解、小隊が目標建物に射撃を行う、それから正面の扉に突っこんで突入口をあけてくれ、どうぞ』

『作業車了解、歩兵小隊の射撃後、目標建物に突入口をあける、終わり』


 工兵作業車がさらに九十度旋回し、僧侶らの居住区画と思われる建物の入り口にドーザーを向けたのを確認した本多少佐は、再度周囲を見まわして敵が近づいてきてはいないこと確認した。


『大隊長より同志小隊全員、RPGと擲弾による建物開口部への一斉射撃後、作業車が突入口をひらく。小隊長、二個分隊を率いて突入口周辺の敵を掃討せよ。私は一個分隊を率いて九時方向側面から壁を爆破して建物内に突入する。質問は? どうぞ』

『小隊長より同志大隊長殿、小隊主力は突入口に接近し、敵の注意を引きつけこれを掃討します、どうぞ』

『大隊長了解、終わり』


 続けて歩兵小隊長が第二分隊長に本多少佐の指揮下に入るよう指示を出し、二個分隊にRPGと擲弾の射撃準備を命じる。そして、二個分隊を工兵作業車の左右に展開させると、持ち込んだRPG-7対戦車ロケット発射器とAGP-30アドオン式40ミリ擲弾発射器での一斉射撃を命じた。

 二十発近いロケット弾と擲弾の射撃をくらった建物の壁面は爆炎でおおわれ、その瞬間IMR-2工兵作業車が突進した。44トンの車重をもった鋼鉄の塊の突進に石造りの壁はもろくも崩れ、壁面の大半が崩れ落ちる。その瓦礫をドーザーで除去した工兵作業車は、すぐに後進して空中強襲歩兵のための突入路をひらいた。


「よし、分隊、続け」


 歩兵小隊主力が突入口にむけて駆け出したのを見てから、本多少佐は指揮下の歩兵分隊に視線をむけて建物の側面に手を伸ばし、そして小銃を構えて走り出す。分隊の兵士らも、同じく小銃や軽機関銃を周囲に向けて警戒をしつつ、彼女のあとに続いて武器を構え駆けだした。

 小銃や機関銃の射撃音に手榴弾や擲弾の爆発音がひびく中、本多少佐は窓の一つを選んでそこを突入口に決めた。


「この窓を爆破して突入する。同志分隊長、爆薬装着」

「はい、同志大隊長殿」


 命令を受けた分隊長は、即座にブリーチング用の爆薬を運んできた兵士の背嚢から爆薬を引っ張り出すと、手慣れた様子でそれを窓枠に張りつけてゆく。


「点火用意、……点火!」


 分隊長の掛け声と同時に窓とその周辺の壁が吹き飛び、人ひとり余裕で進入できる穴が壁にあく。

 本多少佐は、即座にあいた穴から建物内に飛びこむと、まだ爆煙がただよう室内に視線をめぐらせて状況を確認し、倒れている人影の頭部と胸部に二発づつ5.45ミリ小銃弾を撃ちこんで完全に無力化した。


「制圧! 分隊、続け!」


 怒号と悲鳴と爆発音からなる戦場音楽がかき鳴らされ、混乱した人間らが走り回る建物内へ本多少佐は飛びこみ、廊下を小走りに移動しつつ武装した者を優先して二発づつ小銃弾を叩きこんでその生命活動を停止させてゆく。


「装填!」


 弾倉の5.45ミリ弾を全て撃ちつくした瞬間、本多少佐は一歩横にすべって壁際でひざを折って姿勢を低くし、空の弾倉を防弾着に装着されている弾倉入れに突っこみ、新しい弾倉を引き抜いて小銃に差しこみ、銃弾を薬室に装填する。

 その数秒の間に、続いた空中強襲歩兵らが周囲の敵に向かって40ミリ擲弾や手榴弾を叩きこみ、防護の魔術が付与された鎧ごと肉体を破壊し死をまき散らしていく。

 フルプレートアーマーにメイスを手にした僧兵と、ボルトアクション式単発銃を手にした銃兵は、建物に突っこんできた工兵作業車の存在にパニックを起こし混乱していた。さらに彼らは、あけられた破壊口から突入してくる第二小隊の兵士らに注意を奪われており、本多少佐らの侵入に気づくのが遅れたのだ。

 そしてその意識の空白をつく形となった本多少佐ら側面から突入した兵士達は、またたくまに敵兵を殺しつくし建物一階を制圧したのであった。



「同志小隊長、死傷者は?」

「はい、同志大隊長殿、負傷者が五名でましたが、全員戦闘は可能です」

「後送は必要ないのだな? よろしい、私は一階で地下への入り口を探す。貴様は二階より上の敵を掃討しろ。作業車の指揮も預ける、建物周辺の警戒もおこたらないように。我々が少数であることが知られたならば、奪回のために敵兵が押しよせてくるからな」

「はい、同志大隊長殿」


 本多少佐は、合流した第二小隊長に指示を下すと、突入口の前でドーザーを外側に向けたIMR-2工兵作業車に第二小隊長の指揮下に入るよう伝えた。

 そして、大隊本部からつきそってきた下士官らと、指揮下においた分隊を率いて、次々と部屋の扉を破っては室内をクリアリングしつつ、地下へ向かう入口を探してゆく。

 かつての経験から僧院のトップの居室にあたりをつけ、扉を爆破して中に突入した本多少佐は、突入に先立って放りこんだ閃光手榴弾の効果をもろにくらって床でのたうち回っている僧兵数名を即座に射殺し、彼らが護っていたと思われる扉を破ってさらに奥へと進んだ。

 そこには地下へと降りる長い階段があり、その先の廊下には魔術による明かりが灯っているのがかすかに見える。


「……この先が攻略目標と思われる。分隊、暗視装置装着、それから手榴弾準備」

「はい、同志大隊長殿。……分隊、暗視装置装着しました。……手榴弾、準備よし」

「全員、投擲」


 本多少佐の命令と同時に、十個近い数の手榴弾が地下通路へと投げこまれ、数秒後に爆風が入口から室内へと吹き上がる。

 さすがにそれに巻きこまれる間抜けな兵士はおらず、爆風が収まると同時に本多少佐はAV-12自動小銃を構えて階段を駆け下りた。

 手榴弾の爆風で廊下内の照明はことごとく破壊されてしまっており、文字通りの真っ暗闇となってしまっていて足元すら見えない。だが本多少佐は一切つまづくことなく階下にたどりつくと、廊下の奥に照明手榴弾を放り投げた。

 単眼式暗視装置の微光増幅装置が、照明手榴弾の輝きを受けてその長い石造りの廊下の有様を映し出し、数十メートル先の両開きの扉と、その前でメイスと盾を構えている二名の僧兵をあらわにする。

 本多少佐は、敵の姿を視認すると同時に二発づつタップ撃ちで5.45ミリ小銃弾を弾倉一本分叩きこみ、二人が血を流しながら床に崩れ落ちるのを確認してから、小走りに扉へと近づいた。扉にかけられている魔術的な鍵の機能を、彼女の「勇者」として付与された「恩恵」を使って新しい弾倉の銃弾で破壊し、「恩恵」によって強化された身体性能を発揮してドアを蹴り破る。

 扉の先には数十メートル四方のアーチ状の梁が何本も伸びる空間が広がっており、黒曜石を敷きつめた床には、黄金色に輝く複雑な文様と古代魔導文字が浮かび上がり明滅している。そして魔法陣の周囲には、同じく魔導金属の糸で魔法陣が刺繍された儀式礼装を着用している僧侶達が並び、黒曜石で作られた管制台に両手をのせて一心不乱に魔力の流れを操作していた。

 本多少佐は、AV-12のハンドガードの下に装着されているGP-30の引き金を引いて広間の中央に40ミリ擲弾を叩きこんで魔法陣を破壊すると、突然の事に驚愕している僧侶らを次々と射殺し始めた。頭部と胸部に二発づつ銃弾を撃ちこみ、弾倉が空になったところで手早く次の弾倉を装填する。


「!? お、おまち下さい、「勇者」殿!! 何故、我らを害されまする!?」


 ひときわ豪奢な礼装をまとった老僧侶が悲痛な声色で叫び、本多少佐に向けて両手を振った。


「……私を「勇者」と呼ぶな」


 地の底から震え伝わるような怨嗟の音色のこもった声をもらし、本多少佐はガスマスクのゴーグル越しに老僧侶をにらみつる。その間も弾倉を差し込み、槓桿を引き、次弾を装填する手の動きが止まることはない。

 そして彼女が銃口を老僧侶に向けた瞬間、その腕を横からつかんだ者がいた。


「やめてください、同志大隊長殿! すでに任務は達成されています! こいつらは抵抗していません!!」

「……離せ、軍曹。彼奴らは皆殺しにしなくてはならない」

「それは捕虜殺害です!」

「離せ、命令だ」


 女性とは思えない力で第二分隊長の腕を振り払おうとした本多少佐に、続いてきた第二分隊の兵士らが次々としがみつき、上官に捕虜虐殺の汚名をきせまいと注力する。二人が投げ飛ばされ、一人が床に転がされたところで、四人が両腕と腰と右足にしがみつくことで、彼女の動きはようやく止まった。


「捕虜虐殺か。……外の防御障壁は?」

「……はい同志大隊長殿、司令部より障壁は消滅したと全体回線で通達がありました。現在第一空中強襲大隊が王城前広場に降下中と大隊本部から連絡が入っています」


 低く殺気のだだ漏れになった本多少佐の声色に、第二分隊長は息つぎもせずに早口で報告をおこなった。

 黙ってその報告を聞いていた本多少佐は、全身から力を抜き、自動小銃から両手を離した。シングルポイントスリングで彼女の身体とつながっていたAV-12は、床に落ちることなくぶら下がり、その体にぶつかった。

 本多少佐がこれ以上この場にいる者に害を与えるつもりはないと確認した兵士らは、ようやく彼女の身体から離れた。


「同志分隊長、捕虜を拘束し上へ連れてゆけ。外のガス濃度が低下したら、建物から出して司令部に後送しろ」

「はい、同志大隊長殿」

「……大隊の状況を確認し次第、私は大隊の指揮に戻る。小隊長の指揮に復するように」


 本多少佐は、分隊長の返答を待たずに広間の外へと、足を引きずるようにして出て行った。その後ろ姿を視線だけで追った第二分隊長は、分隊の兵士らに所在なさげに立っている僧侶らを拘束するよう命令をくだした。



 正門周囲の外壁と内壁を制圧し確保した本多少佐の第三空中強襲大隊は、工兵小隊の尽力で城壁内に引き入れたT-84主力戦車三両をもって、王宮前にMi-17汎用ヘリで飛来する第一空中強襲大隊の降着を支援した。

 本隊に先んじて飛んできたMi-24VMとともに王宮に攻撃を叩きこみ、降着するヘリへの射撃を妨害する。王宮から飛び出してくる兵士を、AGS-30自動擲弾銃で爆散させる。

 その間も本多少佐は、王城正門からの進入経路の確保という任務の指揮を淡々ととり続けた。


「よくやってくれた、同志本多少佐」

「ありがとうございます、同志司令官閣下」


 そしてその日のうちに王城攻略が終了すると、休む間もなく本多少佐は軍司令部に呼び出された。


「今回のアカナヴァーラ攻略で、一番の功績は貴様のものだ。おめでとう」

「はい、同志閣下」


 実に機嫌よさそうな軍司令官の賞賛に、本多少佐は姿勢をただしたまま言葉少なく受け答えするだけであった。そんな彼女の様子をあえて見ないふりをして、軍司令官は言葉を続けた。


「貴様の功績は、すでに参謀本部に報告してある。同志党中央委員長閣下もお喜びとのことだ」

「身に余る光栄です、同志閣下」

「そういうわけでだ、今この時点をもって貴様を中佐に昇進させる。おめでとう」


 司令部内の幕僚達が一斉に拍手をして、本多中佐の昇進をたたえた。それに対し彼女は、深く腰を折って一礼して返礼とした。


「さて、貴様のあげた功績は実に大きい。同志党中央委員長閣下は、今回の貴様の功績を極めて高く評価されているそうだ。なので、国防省から辞令が届いている」

「……はい、同志閣下」

「……貴様を空中強襲大隊大隊長より解任し、共産党書記局書記長秘書室へ出向させるそうだ。受け取れ」


 封書を両手で持って本多少佐の前に差し出した軍司令官は、表情こそ笑顔であったものの、その瞳には複雑な感情が浮かんでいる。その言葉にならない同情とも哀れみともつかない感情を見た本多少佐は、黙って封書を両手で受け取り、一礼してから中身を確認した。

 そこには簡潔に、共和国英雄同志本多・亜希・ロズィームナ国防軍陸軍中佐を、共産党書記局書記長秘書室秘書に任ずる、とだけ記されていた。署名は、共産党中央委員会委員長と国防委員長のものである。

 困惑の色を隠せない本多中佐に、軍司令官はつとめて平静さを保たせた声色でつけ加えた。


「貴様の大隊は、先任士官を昇進させて任せることになる。引継ぎはしっかりやっておけ」


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