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三一 第一章・転移直後 令和八年度から十七年度にかけての防衛力整備計画の閣議決定


 三一


 与党保守党が発表し閣議決定された省庁再編案に世の中が騒然とし、その是非について侃々諤々の議論がテレビ、ラジオ、新聞、ネットで繰り広げられている中、永田町の首相官邸でひらかれている閣議では、防衛省から提出された防衛力整備計画案が議題としてとりあつかわれていた。


「予想していたよりも、随分と控えめな規模の増勢要求ですね」


 自衛隊から出された増勢案は、隊員の定数を現在の陸自24万名を27万名に、海自4万名を6万名に、空自8万名を9万名にするという、国土面積が3.5倍に増えるにも関わらず比較的常識的な範囲におさまっていた。隊員定数を50万名にまで増員する要求が出ることを覚悟していた財務大臣としては、合計で42万名というのは肩透かしをくらったようなものであった。


「とはいえ、日本が中央海から外へは出ないこと前提での数値ですからね。憲法改正して対外進出も視野にいれた数値はどれくらいになりそうです? 防衛大臣」


 財務大臣の質問に、防衛大臣はなんとも言えない表情のままで答えた。


「それが、陸自はそれでも27万で十分だそうで、空自は自分のところよりもJAXAの強化を切望していますし、海自くらいですな、大幅な増強が必要になりそうなのは」

「……戦前の日本軍の傍若無人さを知っていると、むしろ何か裏があるんではないかと思えてきますよ。それで、海自はどれだけ増強が必要だと?」

「今の潜水艦を全て原潜で更新して、原子力空母が最低でも二隻必要になる、と」


 防衛大臣の言葉に、閣僚全員がそれっぽちでいいのか、という表情になった。

 自分でも信じられないという表情を浮かべたまま、防衛大臣は説明を続けた。


「陸自は、機甲師団二個と空挺団と水陸機動団を一個づつ外征させられる余力がある、と言ってきましたし、空自は、今の日本を取り巻く情勢下では逆に戦闘機の数を削減させられるのではないか、とそちらを懸念しています。将来この世界に転移してくるであろう近代文明国家の技術レベルが不明である以上、可能な限り高度技術装備品の開発と配備が必要で、その基盤を維持しつつ対外戦争に備えたい、と」

「まあ、今の我々には、国連も米軍もいないからな。全部自前で国を守らないとゆかん以上、それは当然の要求だろう。それでも核ミサイルの保有を言い出さないあたり、随分と抑制的だと思うが」

「さすがに核兵器は、国民の支持が得られないと判断したようです。逆に言うならば、国民の支持のもと政府が保有を決断すれば、配備する覚悟はある、と」

「そのために今回の省庁再編で、原子力規制庁を原子力管理庁に看板を付け替えて、原子力規制委員会も原子力管理委員会としてあれこれ組織をいじったんだが」


 防衛大臣の言葉に閣僚の一人が、なにを当たり前のことを、と言わんばかりの反応を示した。それに他の閣僚らも同意の声をあげる。

 自衛隊の人間よりも閣僚達の方が戦備拡大に積極的な様子に、防衛大臣はなんともいえない気持ちにさせられた。


「やはり、原子力潜水艦は必要になりますか」

「はい。これまでのディーゼル潜水艦を運用するには、中央海は広すぎるのだそうです。なにしろンチャナベ連合王国が原潜を保有していますし、中央海に持ち込んできましたから。それに対抗するためにも、日本にも原潜が必要だと。それに」

「それに?」

「ルクシニア帝國とイリオン連邦の間で戦争が勃発した際に、日本が介入するのであれば空母と原潜が必要になるのだそうです」

「ああ、なるほど。確かにそれは必要になりますなあ」


 閣僚らは、今の日本は地球にいた頃と違って、国際法による保護を一切受けることもできず、国連による調停に期待することもできず、ましてや米軍の来援すらないことをいやというほど痛感させられていた。中央海沿岸諸国を相手とした国交開設交渉の失敗と、日本人民共和国の核兵器保有宣言、そしてンチャナベ連合王国の派遣してきた戦艦「ア・ヤザ」の与えたインパクトは、それほどまでに大きかったのだ。


「それで、空母二隻建造となると、どれくらい人を増やして予算を増やさなくてはならなくなります?」

「空母単体の調達に一隻あたり1兆円、艦載機が1兆円、2隻ですから合計でこの倍の4兆円というところだそうです。隊員の増員は、乗組員や基地要員等で1万5千名になります。原潜については、もともと二個潜水隊六隻整備の計画で予算を組んでいますから、その分の増額は当分は見込まなくてもよさそうです」

「一隻あたり2兆円ですか。維持費も考えますと、近々建造開始、とはゆきませんな」

「はい。海自も今横須賀でドック入りしている空母「ニミッツ」の調査を行っており、それが終了してから必要となる空母と艦載機の仕様策定と原案を作るつもりのようです。多分、建造承認が求められるのは、三年から五年後ではないかと」


 財務大臣の質問に防衛大臣が回答したが、その内容に誰も疑義をさしはさまなかった。閣議に参加している全員が、米軍の空母打撃群の高額さ加減を見知っており、むしろ全部で4兆円で済むのかと肩透かしをくらったような気分でさえいたのである。

 すでに畠山前首相が五年間で60兆円の防衛予算を確保しており、そのための増税も行っている。リベラル政権時代には年間8兆円まで削減された防衛予算は、2012年の政権奪回以降は年間10兆円まで戻された上での増額である。本来ならば海外から輸入できたはずの装備品に支払う予定だった予算が残っており、その余剰金だけで十分まかなえる金額ですらあるのだ。


「空母の数が二隻というのは、中央海の外へは一隻派遣を前提とした数だよね? それで足りるのかな?」


 なんとなく微妙な空気がただよう中、早河太一首相が防衛大臣に問いかけた。


「はい。海自は今年から調達が始まったF-3戦闘機の、艦載機型を搭載できる空母を希望しています。そしてF-3戦闘機は最新鋭の第五世代機で、しかも重さ7トンの地中貫通爆弾を搭載できる戦闘爆撃機でもあります。敵の拠点の位置さえ明らかになるならば、この世界では核兵器に次ぐ破壊力を発揮して無力化できる、と」

「あー、そういえばそうだったねえ。「北」や朝鮮の地下基地を破壊するために開発したんだから、この世界の技術力に劣る国の軍事基地なら、もっとあっさり破壊できるわけだ」

「はい。それにF-3はステルス戦闘機ですから、敵の防空システムを破壊して、味方の戦闘機の被害を極限することもできる、と。それを海上で動き回って位置を特定させるのが難しい空母から発進させるのですから、一隻だけでも相当な脅威になるのだとか」


 防衛大臣の言葉に、早河首相は納得の表情を浮かべて何度もうなずいた。


「こうして考えますと、我々が地球で置かれていた状況が、いかにろくでもないものであったか判るというものですな」

「ですな。考えてみれば、4兆円で済むなら、というその金銭感覚だって、他の省庁の予算の額からすればぶっ壊れているわけですし」


 閣僚らは、日本国がソ連崩壊後も冷戦が終わらなかった極東で、北と西に強大な軍事大国と対峙し続けなくてはならなかった環境が当たり前であった、ということに今更ながら呆れるばかりであった。

 そんな雰囲気の中、外務大臣が防衛大臣にむかって、おずおずという様子で質問を発した。


「それで、先日お願いした砲艦外交への協力につきましては、自衛隊側はなんと回答しましたか?」


 その質問を受けた防衛大臣は、まるで酢でも飲んだかのような表情になって、書類挟みから企画書を取り出して外務大臣に渡した。


「「次世代型護衛艦開発のための多用途試験艦についての素案とその運用について」ですか?」

「はい。さすがにこのご時世、戦艦を建造します、と言っても国民に納得していただけるわけがありませんから。まあ、とりあえずは内容を確認していただきたい」


 防衛大臣にうながされて企画書のページをめくり始めた外務大臣は、読み進めるうちになんとも形容しがたい微妙に困惑した表情になっていった。


「えー、「少子化による自衛官定数割れの問題を解決するために、自立式二足歩行作業機械を開発しその運用試験を実施する」ですか? つまり、人間ではなくアンドロイドを船に乗せる、と?」

「はい。その試験艦の規模は、基準排水量で4万トンから5万トンになるそうです。乗組員は1500名から2000名は必要になるそうですが、その自立式二足歩行作業機械を採用することで、人間の乗組員を半分以下に減らせる、と」

「なるほど。……それで、「次世代基幹護衛艦の要素技術としての艦隊防空艦機能と弾道ミサイル防衛システムの開発」「多次元統合防衛力整備構想にもとづいた三自衛隊への火力支援能力獲得ための試験」「今後の護衛艦増勢にともなう海自隊員の増員のための訓練支援艦および練習艦機能の搭載」、……随分と盛りだくさんですが」


 さすがに困惑した様子の外務大臣に、防衛大臣は何かあきらめたような様子で説明を続けた。


「担当者によると、単に砲艦外交にのみ使う艦艇では、建造に国民の理解を得られないだろう、とのことです。なので、次世代護衛艦に必要とされる要素技術の開発運用試験、パラヴィジュラ諸島でのBMD任務への寄与、練習艦として各国を訪問することでの示威行為の実施、水陸両用戦において揚陸される陸自部隊への火力支援、これらの任務を遂行できる多用途試験艦である必要性がある、と」


 防衛大臣の言葉に、閣僚達は、海自が外務省からの要求に対してぶぶ漬けを出して返答としたのだと、はっきり理解した。

 それも当然で、ただでさえ異世界転移で経済状況が悪化し少子化著しい今の日本で、砲艦外交専用のフネに人も予算もかけたくはない、というのが自衛隊の本音だと判ってしまうからだ。防衛大臣の表情がすぐれないのも、そうした自衛隊側の意図をはっきりと説明されたからだとすれば納得がゆくというものである。


「防衛大臣、それ見せてもらってもよいかな?」

「はい、総理」

「どれどれ? ……ふむ、主砲は550ミリ口径の滑腔砲が単装で三基三門、ミサイルは国産VLSが64基8群、国産SeaRAM四基に、レールガンとレーザーの近接防御火器が二基づつ、無人偵察観測機と多用途ヘリを合計で8機搭載。レーダーはマイクロ導波管を使った大出力発振素子採用の可変波長式アクティブフェイズドアレイレーダーで、CバンドからKuバンドまでを覆域とし、最大2千キロ先の弾道弾を捕捉追尾し迎撃可能。機関は原子力で、原子炉区画をモジュール化して試験用原子炉の交換そのものを容易化する。そして、超電導モーターを使った統合電機推進でスクリュープロペラを回して最大速力30ノット以上、と。いいじゃないか、これ。これこれ、こういうのでいいんだよ」


 実に満足げな笑みを浮かべた早河首相に、防衛大臣は一瞬絶句し、そして失敗したとでもいわんばかりの表情になってしまった。

 なまじ根が真面目な自衛隊だけに、現在開発中の要素技術をありったけぶちこんで、厨二要素満載のトンデモ戦闘艦を実際に建造可能な形に落とし込んでみせてしまったのである。そして厨二要素満載ということは、実際の役に立つかどうかは別にしてロマン兵器ではあるわけで、それが早河首相の心の琴線に触れてしまった様子であった。


「防衛大臣、これ、この場の皆に見てもらっても構わないね?」

「……はい。あくまで試案に過ぎませんので」


 早河首相の言葉に防衛大臣は、もうどうにでもなれという気分で答えた。

 そして、閣僚達はこの試験艦の企画書を回し読みしつつ、おのおの好き勝手に感想を述べている。


「船体に比べて砲塔が大きいねえ。これは見た目の迫力満点なんじゃないかな?」

「大型ミサイルを512発も搭載するとか、中央海沿岸の国なら一隻で滅ぼせるんじゃないか、これ」

「なになに、主砲の砲弾は重さ2400キログラム? それを15秒から20秒ごと発射可能、と。三分で砲塔一基あたり9発から10発発射できて、砲弾は貫通榴弾とクラスター砲弾が450から480発搭載か」

「主砲の射程が最大75キロから120キロで、水平線の向こう側から誘導砲弾で上陸部隊の周囲30キロの敵を砲撃するとか、こりゃあ撃たれた側はとんでもないことになるな」

「垂直離着艦できるステルス無人機を飛ばして、偵察と誘導砲弾の誘導を行うから、直接目標が見えなくても攻撃可能なのか」


 皆、なんだかんだ言っても戦艦というロマン兵器は大好きなようで、よい年したおじさん達が大喜びではしゃいでいる。

 それに、ンチャナベ連合王国の戦艦「ア・ヤザ」を間近で見せつけられて、皆なんだかんだで思ってしまったのである。日本にも戦艦が欲しい、と。


「防衛大臣」

「はい、総理」

「これ、二隻作ろう。ああ、もちろん原子力空母も二隻作るよ。F-3の艦載機版も開発してもらおうじゃないか」

「ええ……」


 のりのりな早河首相の様子に、防衛大臣は財務大臣にすがるような視線を向けた。

 だが財務大臣は、メモに何かを書きつけて検討していて、防衛大臣の視線に気づこうともしない。


「で、どうかね? 財務大臣」

「……そうですね、これだけ大きな船を四隻も作るとなると、関連各社への波及効果はかなりのものとなります。しかも造船所は西日本のものとなりますから、かの地での失業者対策としても効果的ではないかと」

「なるほど、了解した。というわけだ、防衛大臣。この試験艦、いや、練習艦ということで予算を計上しよう、これを二隻と、原子力空母を二隻建造ということでどうかね?」

「……了解いたしました。本当によろしいのですね、財務大臣?」

「もちろんです。西日本の工業地帯に数兆円規模の公共事業を投下できるというのは、関連各社の倒産を阻止できる上に、経済不安の緩和と税収の減少の歯止めと、願ったりかなったりですから」


 財務大臣のきっぱりとした言葉に、防衛大臣は万策尽きた、とでも言いたげな表情になって黙ってしまった。

 さらに、そこに追い打ちをかけるように、三浦国土交通大臣が提案を述べた。


「陸上自衛隊ですが、今後の海外への派遣も考えますと、戦車や火砲をはじめとする重装備の削減は、問題があるのではないかと考えます。やはり北海道の部隊は装輪車両ではなく装軌車両主体にするべきでは? そして九州地方は二個旅団配置ではなく、北九州に機甲師団を残し、南九州に1個旅団配備して有事に機甲師団の転用を可能にするべきではないでしょうか?」

「なるほど。北海道と九州とパラヴィジュラ諸島に1個機甲師団づつ配備して、有事には最大三個師団を派遣可能なようにする、と」

「はい、総理。派遣する部隊と交代用の部隊とに分ければ、実際の紛争の際により効果的にコミットし続けることが可能となります。現在の4個機甲師団体制は維持できなくても、機甲戦力は可能な限り維持するのが将来的に必要になるのではないでしょうか?」


 そんな予算と人がどこからわいてくるんだ、と防衛大臣は言いたくなったが、早河首相は明らかに乗り気であり下手なことを口に出せない雰囲気となってしまっていた。なにしろ彼は防衛省の利益も考えて発言せねばならず、そして三浦大臣の提案は決して自衛隊にとって損にはならないのだ。


「戦車は千社、と言うからねえ。関連企業に仕事を回せるというのが良いよ。しかも工場は関東にあるから、東日本経済への波及効果も見込めるしねえ。生産ラインはPFI事業ということで国持ちにしてしまえば、メーカーも増設に納得してくれるでしょ」

「予算は、海保の巡視船の建造に建設国債を発行しています。大型原子力艦ならば、うまく設計し保守整備もやってもらえれば、国債の償還期間である六十年間、現役で使い続けられるのでは?」


 財務大臣の追撃にも等しい提案に、防衛大臣は視界がぐらつくような気分になった。確かに予算がつくのはありがたいし嬉しいが、その結果として確実に近い将来に、政府から自衛隊に無茶ぶりがなされるのが目に見えるのだ。


「隊員不足の問題も、この自立式二足歩行作業機械、というのが実用化できれば随分と楽になるだろうしねえ。これは是非とも実現してもらわないと。それに、これが民間にも転用できるならば、いなくなった外国人労働者の分の労働力の確保もできることになるからねえ。いや、まさに国家経済の防衛のために役立ってくれそうじゃないか、素晴らしい」


 早河首相が嬉しそうにはしゃぐ姿に、防衛大臣は腹をくくることにした。どうせ近い将来に起こるルクシニア帝國とイリオン人民連邦との戦争に、日本も参戦しなくてはならなくなるのだ。それを考えるならば、できる限り短期間で戦争を終わらせられる戦力を整備できるのは喜ばしいことである、と考えるべきであろうと計算したのである。

 彼はそう考えることで、遠い将来の日本国の覇権国家化による、この世界各地での紛争への自衛隊投入の頻発、という最悪の予想から目をそらすことにしたのであった。


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