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二九 第一章・転移直後 外交に資する自衛艦についての検討


 二九


 会議がひと段落ついたところで、防衛省防衛政策課長が新たな議題を提議した。とはいえ彼の表情には、実に消極的な色合いが強く浮かんでいたが。


「あと、あくまで検討を大臣から要請された話ではあるのだが、外務省の中央海沿岸諸国との国交樹立交渉失敗をうけて、総理から、砲艦外交に使える戦艦の保有可能性を検討して欲しい、と指示があったそうだ」


 防衛企画課長の言葉に、会議に参加している人間は一斉に胡乱気な表情を浮かべた。

 それも当然で、そもそも現代の戦争では、兵器の火力と命中精度のいちじるしい向上によって、火砲を主兵装とする戦闘艦はその価値がほぼ無いに等しくなってしまっているからである。

 例えば日本海軍の戦艦大和は、重量1.4トンの砲弾の命中に主要部が耐えられる装甲をほどこされていたが、現代の航空機は当たり前のように弾重2トンを超える地中貫通爆弾を投下してくるし、その威力は厚さ5メートル以上もの鉄筋コンクリートを貫けるのである。船という「柔らかい」構造体がこの打撃力に耐えることは極めて難しく、たとえ戦艦大和であっても米軍のGBU-28地中貫通爆弾の直撃を受けたならば、そのまま艦底まで貫かれたあげく、水中爆発の衝撃で船体に大穴をあけられての浸水の末に、あっさりと沈没してしまうであろう。

 そして戦艦の主砲の有効射程は、あくまで見通し水平線以内の近距離でしかなく、第二次世界大戦での戦艦の砲撃による最大遠距離での命中弾は、英国海軍がイタリア海軍を相手に出した約24キロメートルのものがレコードであった。


「……大臣は、総理にGCS-3について説明されなかったのか?」


 航空幕僚監部の装備課長が、防衛政策課長に何をとちくるったことを、とでもいいたげな視線を向けた。

 なにしろ航空自衛隊は今まさに、次期主力戦闘機であるF-3の運用試験が終わって部隊配備直前という状況にあり、そして「北」こと日本人民共和国の耐爆防御軍事施設を破壊することを目的とした、国産の地中貫通爆弾GCS-3の開発も終わらせて配備を進めている最中なのである。

 航空自衛隊は、高度なステルス性能を有する第五世代戦闘機であり、かつ厚さ10メートルもの鉄筋コンクリートを貫通可能なGCS-3地中貫通爆弾を搭載した上でF-2戦闘機の二倍もの戦闘行動半径を有するF-3戦闘機を、F-15PreMSIP機と置き換える計画を進めており、2025年から量産を開始し2027年には最初の実戦飛行隊が編成完結される予定でいるのだ。


「……大臣は、外務大臣から砲艦外交について質問を受けたそうだ。その上で総理から、砲艦外交を可能とする戦艦について検討して欲しい、と要請されたとうかがっている」

「いや、今更戦艦なんて作っても何に使うんだ? だったらまだ大型空母を作って、米軍のように飛行甲板に戦闘機を山ほど並べてみせた方が効果があるのではないか? 幸いにして横須賀の第六ドックには、空母「ニミッツ」が入渠しているんだ。あれを引っ張り出せば済むだけの話だろう?」


 実に答えにくそうに口を開いた防衛政策課長の言葉に、空幕の事業計画第1課長がきっぱりとした口調で疑義を表明した。その言葉に多くの者達が、それはそうだと呆れたようにうなずいてみせている。


「……海自としては、どう考える?」


 防衛政策課長の助けを求めるかのような言葉に、海幕防衛課長は悟りを開いたような表情になって、装備体系課長である村上浩佑1佐をうながした。


「海自としては、空自のF-3戦闘機を艦載機に転用した機体を搭載した原子力空母の保有ならば検討する価値がある、と考えていると、お答えせざるをえません。そもそも弾重7トンに達する地中貫通爆弾GCS-3を、高高度より投下し誘導し命中させられるF-3こそが、自衛隊の次の時代の主力兵器と認識しています。何のために使うのかも明確ではない戦艦とやらに、不足している予算と隊員を配当し、ドックの手当もしなくてはならないというのは、たとえ別枠で予算を手当していただけたとしても受け入れがたい、と申し上げるしかありません」


 徹底的に正論で返す村上1佐の言葉に、防衛政策課長はまるで言葉の刃でなます斬りにされたような表情になった。こういう時に空気を読まずに正論を口にできるのは、村上1佐の美点でもあり欠点でもある。


「海自としては、航空母艦の保有ならば認められる、という理解でよろしいのだな?」

「はい。先ほど話にも出ましたが、両外洋に艦隊を展開させるのであれば、空母打撃群が必要となります。そして、空挺団と水陸機動団の揚陸作戦において、大型空母から出撃するF-3戦闘機による支援は、他に代えがたい効果を発揮すると理解しています」


 装備体系課長である村上1佐の言葉だけに、その説得力は圧倒的ですらある。実際に陸自の課長らも空自の課長らも、それどころか防衛省の課長らも、それが当然といった表情をしていた。

 とはいえ、正論だから結論にできる、というわけでもないのが人間の組織というものなのである。それは自衛隊であっても変わることはない。必要に応じて上の希望を忖度するのも、中間管理職に必須の能力なのであるからだ。


「防衛政策課長、総理はどこまで本気なのか判りますか? 今から戦艦を建造したとして、就役は早くても五年後になるでしょう。そして予算さえつくならば、五年後には大型空母を就役させることも不可能ではありません。海自は米海軍よりそれだけの技術情報を入手していますし、同時に研究も進めています。横須賀でドック入りしている空母「ニミッツ」には、それだけの技術的価値がありました」

「……総理と外務大臣が乗り気なのは確実らしい。外務省が欲しているのは、現地諸国の王侯貴族に舐められないよう、彼らがひと目見て判る軍事的脅威となりえる軍艦、だそうだ。中世の王侯貴族相手に、第五世代戦闘機がどれだけインパクトを与えられるのか、という話にもなる」


 防衛企画課長の言葉に、海幕防衛課長は村上1佐に向けてアイコンタクトを送った。

 基本的に海軍というのは、極めて強く国際政治と結びついた軍種であり、その存在そのものを誇示することも本来任務に含まれるのである。そしていまだ航空戦力の脅威について体感できていない文明度の低い国々に対して、日本国の実力を実感させ意思の強要を実行するためには、彼らが理解できる程度には堂々としていて強そうに見える兵器が必要になる、という話なのであった。

 それを理解している村上1佐は、あくまで平静さを保ったまま手元のバインダーから企画書を引っ張り出し、手元のノートパソコンからあるデータを呼び出した。


「海上自衛隊のみならず三自衛隊全てに共通する現在の課題は、新隊員の不足の解消です。そして、任期制隊員のみならず、幹部も含めてあらゆる階層において隊員の不足が大きな問題となっています」

「それは、防衛省でも重大な問題として認識している。それで?」

「これは、ある筋より防衛装備庁に持ち込まれた企画なのですが、この世界の魔法科学を応用することで、自立式二足歩行作業機械を開発したい、との提案がありました」

「自立式二足歩行作業機械? つまり、ロボットというか、アンドロイドかね?」

「はい。こちらがその提案の企画書です」


 突然、戦艦とは全く関係なさそうな話をし始めた村上1佐に、皆はいぶかしげな表情になった。だが彼は、そんな周囲の空気を完全に無視して話を続けた。

 村上1佐が手元のノートパソコンを操作して、会議室の情報表示モニターに表示してみせたのは、五本の指を持つ手足がついた人型ロボットの3D映像であった。全体的なフォルムはぷにっとしていて柔らかそうであり、球形の頭部にはセンサーとおぼしきレンズが二つ並んでいる。


「アメリカから提供された技術情報の中に、人工筋肉として活用できる積層アクリル系誘電エラストマーや、義体用四肢制御システムがあります。これらに日本のロボット工学やAI関連の技術を応用し、かつこの世界の魔法科学による冷却機能や外部情報認識機能を搭載することで、短期間でアンドロイドを開発可能、というのが提案の骨子です」

「……それで?」

「海上自衛隊において次期DDは、艦隊防空艦機能とBMDシステムのアセットとしての能力を搭載することを検討しています。つまり、乗員数をFFMのように極端に削減することは非常に困難である、という認識です。ですが、この自立式二足歩行作業機械を実用化できるのであれば、護衛艦の運用に必要となるのは、極論ではありますが幹部と曹幹部のみにまで減らせる可能性があると考えております。つまり……」

「つまり?」

「この自立式二足歩行作業機械の開発試験運用のための試験艦の建造を財務省に認めさせていただけるのであれば、その試験艦の形状にはこだわらない、という内容をもって返答とさせていただきたい」


 堂々とそう言い切った村上1佐に、防衛政策課長は逆に、お前は何を言っているのだ、という表情になって彼を見つめ返した。

 だが各幕僚監部からの出席者らは、前のめりになってモニターに見入っていた。その表情は一様に、欲しいおもちゃを前にした子供のような期待に満ちた、きらきらとしたものとなっている。


「質問だが、よろしいか?」

「どうぞ」

「この自立式二足歩行作業機械は、将来的には陸自の戦闘職種にも配備可能になると考えてよろしいか?」

「提案者によれば、自衛官のみならず危険作業に従事する者すべての受傷者を減らす意図があっての企画提案、とのことです」

「人型にこだわらない形での、自立式作業機械へのAIの適応は可能なのか?」

「それについては、既存の研究の延長線上で対応可能と考えます。現時点では、曹幹部以上に相当する状況判断の能力を持たせるのは、演算能力が不足しており極めて困難である、とお答えするしかありません」

「この作業機械は人型だが、実際に人間そっくりの外観や機能を持たせることは検討されているのか?」

「その必要性があるならば、それらの機能を実装することは不可能ではない、とのことです」


 次々に浴びせられる質問を、村上1佐は難なくさばいていっている。

 その姿に海幕防衛課長は、何か啓示でも受けたかのような表情を浮かべ、黙ってあいまいな微笑みをたたえているだけであった。

 そして、さすがに本題からずれていると判断した防衛政策課長が、軌道修正のために声をあげた。


「質問はそこまでにしていただきたい。装備体系課長、その自立式二足歩行作業機械の開発のために試験艦が必要である、という理由は?」

「もし、政府が空母打撃群の保有を決定するのであれば、数万名の隊員の増員が必要となります。現行の情勢ではそれは不可能であり、海自の人的資源の効率的活用のためには、あらゆる部署で可能な限り自動化省力化を行わなくてはなりません。そして簡易とはいえ人間と同じ仕事を機械で代替可能であるのならば、海自全体として必要とされるマンパワーを、相当なところまで削減可能となります。その可能性を検証するために、実際に試験艦を建造し運用して確認してみる必要がある、と考えております」


 村上1佐の理路整然とした回答に、防衛政策課長は難しい顔になった。

 だが、彼も宮仕えの身であり、防衛大臣と総理大臣からの検討要請にゼロ回答を返すわけにはゆかない立場なのである。


「了解した。この件は大臣に判断を任せたいと考える。ラフで構わない、海自が建造可能と考える戦艦、ではなく試験艦の概略をまとめて提出して欲しい」

「了解いたしました。メーカー等にも確認をしなくてはなりませんので、少々時間がかかります。いつ頃までに提出すればよろしいでしょうか?」

「……次の通常国会での予算審議の前までに、が望ましい」


 防衛政策課長の言葉に、村上1佐は防衛課長に視線を送った。そしてその視線は、絶対に安請け合いはするな、という意思が強く強くこめられていた。

 だが、何か啓蒙を深め世界の真実にひらめいたかのような表情になっている海幕防衛課長は、穏やかな声色でこう答えた。答えてしまった。


「微力を尽くします」


 防衛政策課長は、面倒事を海上幕僚監部にぶん投げることができたという安堵の表情になり、陸自空自の者達は、どうやら総理の思いつきのとばっちりを受けずにすみそうだという安心した表情になった。

 そして村上1佐は、そのおもてから表情を消して、瞳にのみ憤怒の表情を浮かべて防衛課長を見つめ返したのであった。


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