二〇 第一章・転移直後 本多大隊の戦い・後
二〇
本多・亜希・ロズィームナ少佐と樋口・隆一郎・スヴェーレフ中佐を乗せた小型車UAZ469は、大隊偵察小隊を乗せたトラック二台を率いてエドロワ川南岸を東側渡渉点に向かって移動していた。
「よし、停めろ。ここからは徒歩で陣地に向かう」
1キロメートルも進まないうちに車を停めさせた本多少佐は、何を感じ取ったのか率いてきた兵士を降車させ展開させた。
「同志小隊長、二個分隊を率いて時計回りに迂回し、味方陣地に東側から接近しろ。一個分隊は私が指揮をとる。何かあれば大隊共通周波数か信号弾で知らせろ。質問は?」
「はい、ありません、同志大隊長殿」
「よろしい。敵は村に向かって侵入してくる。そのつもりで警戒しつつ前進するように」
20名ほどの兵士を連れて暗闇の中に消えた偵察小隊長を見送ると、本多少佐は残った10名にも満たない兵士達に視線を向けた。
「同志分隊長、私を中心に分隊を左右に展開。交互躍進で陣地に向かう。味方撃ちに気をつけろ。必ず味方の伝令がこちらに向かってくる」
「はい、同志大隊長殿」
「各車両はここで待機。無線と信号弾に注意しておけ。敵を見つけたら無理に交戦しようとせず、無線か信号弾で知らせろ。そして第二線陣地まで後退しろ」
「はい、同志大隊長殿」
「よろしい。同志分隊長」
「はい、同志大隊長殿。分隊、前へ!」
次々と命令を下す本多少佐の姿に、樋口中佐は手にしているAV-12自動小銃の安全装置を再度確認し、となりの大隊本部付き曹長に視線をおくってうなずくと、歩きはじめた彼女の後ろから周囲を警戒しつつ足をふみだした。
現在エドロワ川を渡った先の警戒陣地には第二中隊が展開し、南下してくる敵と交戦している。そして川の南岸の主防衛陣地の第一線には第三中隊が、第二線には第一中隊が配置されている。基本的に第二線陣地は予備陣地であり、兵士を休息させるための配置である。とはいえ実際に戦闘が始まれば、第二線陣地は後退してくる味方を受け入れ再編成するための収容陣地となり、大隊の最終防衛ラインとなる。
あと30分もしないうちに夜は明け、大隊はドローンによって上空から情報を得られるようになる。本多少佐が夜明けを待たずに行動を開始したことを、樋口中佐は彼女らしいと口の端がもちあがった。彼女が兵を慈しむことでは他の将校とは比べ物にならないほど甘いところがあるのを、彼はかつてのスペツナツ教育課程で他の教官らから教えられていた。
そうやって10名強の兵士達が前進すること数分で、本多少佐がハンドサインで分隊の足を止めさせた。そして彼女は、AV-12自動小銃のハンドガード下側に装着してあるフラッシュライトを三回点滅させた。
「!! 第二中隊第三小隊第三分隊のカメーエフ一等兵であります! 救援でありますか!?」
「落ち着け、同志カメーエフ一等兵。第三小隊の状況について報告しろ」
「……!! は、はい、同志大隊長殿!!」
フラッシュライトの点滅を見た兵士が立ち上がって大声をあげるのを、本多少佐は左手の平を何度か上下させて落ち着かせようとする。彼女のその仕草のせいか味方と合流できた安心感からか、精鋭の空挺歩兵であるはずのカメーエフ一等兵は泣きそうな表情になった。
「現在渡渉点の陣地は敵の強襲を受けており、味方の被害は甚大であります。敵は、気配も無く音も立てずに接近してきて、小隊本部は真っ先に全滅しました。今は同志第二分隊長殿が指揮をとっておられます」
「了解した。同志カメーエフ一等兵、この先にトラックが待機している。無線で大隊本部に状況を報告するように」
「はい! 同志大隊長殿! カメーエフ一等兵、後退し大隊本部に報告を入れます!」
りきんだ敬礼をしたカメーエフ一等兵は、本多少佐の命令の通りに後方に向けて走り去った。
そんな彼に視線すら向けず、本多少佐は分隊の兵士らに指示を下す。
「全員、安全装置解除。以降自由戦闘許可。同志分隊長」
「はい、同志大隊長殿。分隊、前へ」
兵士らが一斉に安全装置を解除する金属音が聞こえ、横並びの分隊は前方のみならず左右にも銃口を向けて周囲を警戒しつつ足を進める。
樋口中佐も足音を立てないよう気をつけつつ、隣の曹長とともに本多少佐のまわりを警戒しつつ歩き始めた。
「前方、敵影20」
そして前進を再開してすぐ、本多少佐は横隊から数歩前に足早に進み出ると、停まることなく歩きながらAV-12自動小銃を撃ち始めた。それは、まるでよどみなく流れる水のようになめらかで、迷いのない動きであった。
フルオートの切り撃ちで二発づつ左右前方に射撃を繰り返し、遊底が前後し空薬莢を排出する音が響く。
「装填」
弾倉が空になった瞬間、本多少佐は左に一歩動いてから身をしずめ、防弾着に装着されている弾倉入れに空になった弾倉を押し込み、新しい弾倉を引き抜いて自動小銃に装填し、槓桿を引いて薬室に5.45x39弾を送り込む。
その短い間に分隊の兵士達は小走りに前進し、本多少佐を追い越すと周囲に敵影を探して鉄帽に装着された単眼式の暗視装置のレンズを巡らせた。その微光増幅式暗視装置には、極力肌を露出しないよう服の他に全身に布を巻きつけた敵兵達が、手に手に得物を持って突っ込んでくる姿が映る。
敵の姿を確認した樋口中佐と曹長は、本多少佐の左右に並ぶと、味方を射線に入れないよう気をつけつつ敵に向けてフルオートの切り撃ちで射撃を始めた。
遭遇戦はほんの数十秒で終わり、あたりは風に揺れる麦の揺れる音しか聞こえなくなる。
「分隊、被害報告」
『分隊長、受傷無し』
『3-2、受傷無し』
次々と無線機で分隊員らの無事が報告される。同じように自分の無事を報告した樋口中佐も、弾の残りが少ない弾倉を交換しつつ周囲への警戒を怠らずにいた。
彼らの周囲の麦畑には二十を超える数の敵が倒れており、例外無く腹と胸に銃弾をくらって血を流している。分隊の兵士達は、手早く倒れている敵の頭部に銃弾を二発づつ撃ち込み、敵が完全に無力化したのかどうかを確認した。
「大隊長、了解。前進を再開する。そろそろ味方陣地だ、同志分隊長、赤外線ストロボの用意を」
『分隊長、了解』
本多少佐は横隊の三歩先に進み出ると、AV-12自動小銃を構えたまま足早に前進し始めた。
第二中隊第三小隊が配置されているエドロワ川の渡河点の陣地が見えるところまで近づいた本多少佐は、いったん分隊の前進を停めた。そして分隊員らを集合させると、陣地突入についてブリーフィングをはじめた。
「陣地はクローバー式で、二本の陣地線で渡渉点で射線が交差するように構築されている。我々は南側に伸びる陣地線の西側から接近し、敵を掃討、味方を救助する」
クローバー式とは、中央に指揮所を置き、そこから三方に向かって塹壕を伸ばし、塹壕の先端に火点を置いて、どれか一つの塹壕線に敵が接近しても、残り二つの塹壕線から火力を集中させられるようにしたY型の陣地の形式である。この方式だと、二本の塹壕線を敵側に向けて伸ばし、一本の塹壕線が予備陣地ないしは側面防御用陣地として機能することになる。
本多少佐は、この予備陣地の奪還をまず決心したのだ。
「同志本多少佐、戦闘の音が一切聞こえないが、味方ないし敵が陣地内に残っている可能性は?」
「はい、同志樋口中佐殿、それが魔法の効果です。敵はある一定規模の空間の空気の振動もしくは流れを遮断し、外部に音、匂い、気配、そうした情報をもらさないようにしていると予想されます」
戦場であるはずなのにあまりにも静かであることに疑問をもった樋口中佐の問いかけに、本多少佐はその質問をあらかじめ予想していたかのようにすらすらと答えてみせた。
「同志分隊長、まず私が小隊本部を奪回する。陣地に動きがあり次第、南方の火点周辺から味方を救助しつつ敵を掃討しろ」
「はい、同志大隊長殿。分隊は南方より味方の救助と敵の掃討を行います」
「よろしい。かかれ」
分隊長と分隊の兵士達は、無言で敬礼すると物音を立てないよう静かに暗闇に消えていった。
「同志樋口中佐殿、さしつかえなければ、自分の後ろから援護をお願いできますでしょうか?」
「もちろんだとも、同志本多少佐。同志曹長、頼めるか」
「はい、同志中佐殿」
本多少佐は、この場に残った樋口中佐にむかって、お願いというかたちで自分についてくるよう指示を出す。
これまで一切彼女の指揮に横から口を出すことをしないようにしていた樋口中佐は、当然のようにうなずいて返した。それは彼に同行していた曹長も同じであり、むしろ大隊長とともに敵にむけて突撃できるのを楽しみにしているようにすら見受けられた。
「ありがとうございます。では、はじめます」
樋口中佐と曹長に軽く目礼で返した本多少佐は、するりと陣地にむかって走り出した。そして音のしない暗闇の中を、まるで全てが見えているかのように手にしたAV-12自動小銃の銃口を向け、フルオートの切り撃ちを繰り返し敵を撃ち倒してゆく。
一瞬遅れて樋口中佐と曹長が続いたところで、彼らの五感に音と匂いという形で戦場が登場した。
「味方だ! 救援が来たぞ!!」
「手榴弾!!」
「衛生兵!!」
一瞬で周囲は戦場音楽の騒音によって満たされ、塹壕線にそって走る本多少佐の射撃によって、次々と板金や革の鎧を身に着けた敵兵が血しぶきをあげて撃ち倒されてゆく。突然のことに混乱し浮足立った敵兵にむかって、塹壕陣地内で数人づつかたまって抵抗していた兵士らが手榴弾を投げつけ、鎧の隙間に銃口を押し付けるようにして5.45ミリ弾を叩きこみ、反撃にでる。
樋口中佐と曹長も、本多少佐の後から陣地内を掃射するが、敵兵の板金鎧の表面で輝く幾何学模様と不明文字が浮かび上がっては、銃弾をはじいてしまう。
「糞ッ! 面倒な!」
「同志中佐殿! 手榴弾を!」
5.45ミリ弾が効かないと判断した瞬間、曹長が敵兵が固まっている中に手榴弾を投げこんだ。数秒後の炸裂音とともに悲鳴があがり、敵兵らは下半身を血で染めて塹壕の中を転げまわる。
「二人とも、こっちへ!」
先に一人で陣地内に飛びこんだ本多少佐が、小隊本部が置かれているはずの掩蓋の中から顔を出して、樋口中佐と曹長を招きよせた。
二人が塹壕内に飛びおりたところ、中は敵味方関係なしに死傷者が転がりうずくまり、血と臓物の匂いと、悲鳴とすすり泣く声と助けを呼ぶ声が満ちていた。
「こちら大隊長、大隊本部応答しろ」
『こちら大隊本部、どうぞ』
「渡渉点陣地に到着、現在敵兵と交戦中。陣地対岸渡河点に向けて迫撃砲射撃用意、どうぞ」
『大隊本部了解、迫撃砲射撃準備よし、座標送れ、どうぞ」
樋口中佐と曹長が小隊本部の掩蓋の中に入った時には、本多少佐は中にいた敵兵を全て射殺したあとで、そして彼女は、首筋に大きな切り傷をつけて全身血まみれになった通信兵が背負っている無線機の送受話器を手にし、大隊本部と交信をしている最中であった。
小隊本部に駆けこんできた二人に視線だけ向けた本多少佐は、軽く目礼だけして交信を続けている。
「座標、E021、N003、信管曵火、どうぞ」
『……諸元確認、試射開始』
一瞬間があき、その間に本多少佐は血まみれの無線機を死体からはがすと、血で汚れるのも構わず背負い、小隊本部の外へと飛び出した。
一分としないうちに川向うで爆発音が鳴り響き、悲鳴と怒号が聞こえてくる。
「諸元そのまま、効力射要請、各砲射撃弾数5発、どうぞ」
『諸元そのまま、効力射開始』
次々に飛来する120ミリ迫撃砲弾が空中で炸裂し、川向うの麦畑を爆炎と破片でなぎはらい、夜明けを待って渡河するつもりで待機していたと思われる敵兵を吹き飛ばしてゆく。
塹壕の中から射撃効果を確認していた本多少佐は、最終弾が着弾してすぐに無線を入れた。
「最終弾着確認、効果大と認む。射撃終了、待機せよ。ただいまの砲撃見事なり、終わり」
『大隊本部了解。終わり』
交信を終わらせた本多少佐は、塹壕内に横たわりまだ生きている敵兵の頭部に小銃弾を撃ち込んで、文字通りの意味での無力化をし始めた。
「同志本多少佐、無線機は私が代わろう」
「……同志中佐殿、血で汚れます」
「戦友の血だ。そして、同志少佐が汚れるのが構わず、私が汚れるのがはばかられる理由がない。……そうでしょう、教官殿」
「……ありがとう、樋口学生」
防弾着の上から背負う無線機は重く、べったりと付着している血の匂いはひどいものであったが、樋口中佐は今自分が本多少佐とともに戦っているという実感に口の端がゆるむのを抑えこむので一生懸命であった。
本多少佐が塹壕内の敵兵にあらかたとどめをさし終えた頃、迂回していた偵察小隊が到着し、周辺の敵兵の捜索と掃討に移った。
小隊は途中、20名ほどの敵兵の集団と遭遇し、小銃弾をはじく敵兵には30ミリ擲弾を叩きこみ、それ以外の敵は手榴弾で動きを止め、鎧の隙間から5.45ミリ弾を撃ちこんで片づけてきたとのことである。
ようやく東の空から太陽がのぞいた頃、本多少佐は、待機していたトラックを呼び寄せて負傷者に応急処置をほどこして後送させ、死体を塹壕から運び出し、生き残りの兵士らを偵察小隊長の指揮下に入れて対岸の偵察に向かわせた。そして樋口中佐は、そんな彼女につきそい続けた。
「教官殿」
「……なんだ、樋口学生」
「なぜ、敵の魔法の詳細についてご存じだったのですか?」
「……………」
「それに、自分の小銃弾は敵兵の鎧に弾かれたのに、教官殿の銃弾は貫通していました」
「……すまない、私のこの能力については、口外を禁止されている」
周囲からいったん兵士らが離れたところで、樋口中佐は本多少佐に今の戦いで思った疑問をぶつけていた。実際、本多少佐はまるで何もかも見通し判っているかのように指揮をとり続け、魔法という未知の技術を駆使する敵をまたたくまに駆逐してみせたのだ。
「わかりました」
「すまんな。……派遣軍司令官は士官学校の同期で、私の諸々についても知っている。彼が情報を開示してよいと判断したならば、話してくれるだろう。それで勘弁してくれ」
「はい、教官殿」
朝の日の光の中、遠方より爆発音が風にのって伝わってくる中、軍靴と銃砲弾と血肉で荒らされた麦畑の中に独り立つ本多少佐の表情には、困惑と後悔と羞恥がないまぜになったような陰影が落ちていた。
敵を撃退し、司令部から差し向けられたMi-17中型ヘリで帰還した樋口中佐は、報告書を書き上げるひまもなく派遣軍司令官に呼び出されていた。
「ご苦労、同志樋口中佐。敵との戦闘に巻きこまれたそうだが、大事ないか?」
「お気遣い、ありがとうございます、同志司令官閣下。幸いにして同志本多少佐の指揮よろしくを得て、この通り元気なものです」
司令部に戻ってすぐシャワーを浴び野戦服を着替えた樋口中佐は、今朝の戦闘の気配を一切感じさせない姿で司令官の前に立っていた。
そんな彼の姿に満足そうに笑った、すっかり髪も灰色になってしまっている司令官は、あらためて表情を真面目なものにした。
「それで、だ。実際に敵の「魔法」を直接相手してみた所感はどうだ?」
「はい、敵の早期発見に失敗し近接戦闘を強要された場合、「魔法」は我に対し大きな効果を発揮すると認められます」
「なるほど。貴様の見たところ、何が脅威と見る?」
「我々は、敵が「魔法」を行使していることを知覚できません。そのため敵が大規模に「魔法」を使ってきた場合、対処が遅れ被害を拡大させる可能性が大であると考えます」
樋口中佐は、敵の魔法によって味方陣地が奇襲を受けた情報が伝わらず、敵の浸透を見逃しかけたことを重要視していた。あの場に本多少佐がいなければ、敵の浸透に気がつくのはもっと後になり、下手をすれば大隊本部や段列にまで敵兵の侵入をゆるした可能性すらあったのだ。
だからこそ中佐は、彼女の言葉にしたがって目前の派遣軍司令官に疑問をぶつけてみた。
「同志司令官閣下、同志本多少佐は、敵の「魔法」について非常に深い知見を有しています。そして、敵の「魔法」をなんらかの形で無効化することすらやってのけました」
「ふむ、それで?」
「もしよろしければ、同志少佐についてお教えいただければ幸いなのですが」
樋口中佐の言葉に、司令官は表情を消して強い圧のこもった視線を中佐に向けた。
それを内心で脂汗をかきつつ、表面上は涼しい顔をして受け止めている中佐を見て、司令官はデスクの引き出しからクラブサイズのシガリロを一本取り出し、火をつけてふかしはじめた。
しばらくの間司令官は、シガリロの香りを楽しみながら、中佐になんと答えるべきか思考を巡らせている様子であった。
「これは他言無用だ。貴様は国父閣下の孫にあたる。あまり裏側の話で耳を汚すべきではないからな」
樋口中佐は、日本人民共和国で国父とされる、旧日本陸軍の第五方面軍司令官であった樋口季一郎中将の孫にあたる。彼が三十代の若さでありながら中佐参謀という顕職につけたのも、彼自身の優秀さと同時にその出自があってのものでもあった。
「本多少佐は、この世界の宗教団体の召喚儀式によって次元を超えて誘拐され、「勇者」とかいう存在となって色々やらされていたらしい。で、「勇者」になったせいで見た目の歳はとらず、色々な異能を持たされ、いいように扱われたそうだ。彼女が「魔法」について詳しいのも、そこらの「魔法」なら簡単に無力化できるのも、そのおかげらしい」
「……「勇者」ですか?」
「そうだ。誘拐された人数は、最低でも三桁にのぼるらしいな。大半は「南」の人間だそうだが、共和国人民も少数ながら誘拐されている」
正直なところ樋口中佐としては、司令官の言うことを事実として受け入れがたい感情の方が強い。だが、本多少佐がこの世界について深い理解と多くの知識を持ち、そして「魔法」という未知の存在について詳しいのも事実なのである。
納得しがたい感情をもてあましているのが表情に出たのか、司令官は樋口中佐に向かってシガリロの吸いさしを向けた。
「信じる信じないは別として、彼女は士官学校で俺の同期でな、当時から全く歳をとらんし、美貌は損なわれんし、身体も緩まん。学校では恋愛禁止となっていたが、陰で告白した奴は両手の指では数えきれんほどいた。もっとも全員が玉砕したし、俺も玉と砕けたくちだ」
懐かしい思い出だよ、と付け加えた司令官は、遠い目をしてシガリロをふかしながら言葉を続けた。
「彼女が少将ではなく少佐なのは、本人がやたらと現場に出たがるせいだ。貴様も知っているかもしれんが、あれで彼女はフルンゼ陸軍大学を優秀な成績で卒業しているし、リャザンの空挺学校でスペツナツの運用について詳しく研究してきている。本来ならば参謀本部で課長職についていてしかるべき人材なんだがな。とにかく前線から離れたがらん」
司令官は、残り少なくなったシガリロを灰皿に押しつけて火を消すと、表情を消した目で樋口中佐を見つめた。
「彼女が何を望んでいるのかは、俺にもわからん。だから、貴様も中途半端な覚悟で彼女に関わろうとするな。そこは理解しろ」
「はい、閣下。お話、ありがとうございました」
「ふん、本多少佐に手を出すなよ? あいつを気に入っている奴は軍には大勢いる。そいつらの嫉妬は怖いぞ」
「ご忠告、ありがとうございます」
樋口中佐は、本多少佐が軍内部でファンが多いことは知っているつもりであったが、まさかここまでとは思ってもいなかった。不機嫌そうな表情をしている司令官に深く頭を下げると、彼は司令官公室を退出し、報告書を作成するための自分のデスクに向かった。
それでも自分は、本多少佐と肩を並べて戦った戦友の一人なのだ、と自分をふるいたたせながら。




