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九 第一章・転移直後 不審船来寇


 九


 深夜午前0時を過ぎてからも、内閣危機管理センターには各地からの報告がひっきりなしに入り続けている。

 特に緊急出港した護衛艦と巡視船からの報告が続けざまに入っており、状況表示用の大型モニターには膨大な情報が表示されていた。

 その情報を前に難しい顔を隠そうともしない畠山武雄首相は、馬場健司統合幕僚長に向かって次々と質問をとばしている。


「転移したのは夜に入ってからのはずなのに、どうしてこんなに我が国を目指している船が多いのでしょうね?」

「はい、総理。これらの船舶がいかなる意図をもって我が国を目指しているのか、実際に臨検してみなくては判らないかと」

「我が国が転移したことを知らない可能性は?」

「それも直接接触して確認せねば判りません」


 これまで内閣危機管理センターにつめていた副大臣らは、正規の国家安全保障会議のメンバーと入れ替わりでそれぞれの省庁の庁舎に戻っている。そして、正式に国家安全保障会議が開催されることになったため、防衛省より統合幕僚長と情報本部長が、警察庁より長官が、国土交通省より海上保安庁長官が会議に参加していた。


「官房長官、臨時国会開催について各党からの返事はまだですか?」

「まだ調整中とのことです。さすがにこの時間ですと、与党はともかく野党の返答は遅れるでしょう」

「国家の一大事なんですけれどもねえ、今は」


 畠山首相は、2010年に発生した口蹄疫の流行した時の、当時の政権与党であった左派政党の危機感の無さを思い出し、隠すことなくげんなりとした表情でため息をついた。


「ことここに至っては、防衛出動の発令が必要になりますね。本日午前2時をもって自衛隊に防衛出動を命令したいと思います。意見があれば聞かせて下さい」


 表情を引き締めた畠山首相の言葉に、この場にいる全員が表情をあらためた。


「警察庁より自衛隊に質問です。防衛出動となれば、自衛隊が道路等を排他的に使用することになりますが、移動計画はできていますか?」

「統合幕僚長」


 警察庁長官が真っ先に声をあげ、それに対して防衛大臣が馬場統合幕僚長に回答するよううながす。


「はい、長官。現在自衛隊が想定しているのは、不審船の日本全土への同時多発的侵入と、その撃退です。これを前提として、日本全国の沿岸部に部隊を展開したいと考えております。計画はすぐに警察庁に提出いたしましょう」

「お願いします。転移が発生した時点で、警視庁と各道府県警察本部に全警察官の呼集を命じさせました。明日、ではなく今日の朝6時には出動態勢が整うはずです」


 すでに出動待機状態にある自衛隊とくらべて警察側の動きが鈍いように見えるが、そもそも警察は転移発生直後から全国で発生した事件事故への対処で現状手一杯なのである。防衛出動にともなう自衛隊への協力は、その余力をもってあたらざるをえないわけで、こればかりは致し方がないところがあった。

 なにしろ通常の災害派遣と違って、実戦前提ということで全自衛官が武装し実弾を携行して市街を移動するのである。下手に民間の車両などと事故でも起こされたら、どんな被害が発生するか想像したくもないことになるのは明らかであった。

 さらに国民が戦闘の巻きぞえにならないよう避難させるのは、どうしても朝になってからにならざるをえない。深夜に民間人をたたき起こして避難させようとしても、混乱を引き起こすばかりで逆に自衛隊の足を引っ張ることにしかならないからだ。そのための計画も自治体によっては用意できているが、そんな事態になると考えてもいなかったところが大半である。

 つまり警察側としては、自衛隊の移動計画を元に民間人の避難ルートの策定もやらなくてはならないわけで、そのための時間が必要なのであった。


「海上保安庁から自衛隊に質問です。防衛出動となれば、海上保安庁は自衛隊の指揮下に入ることになるのでしょうか?」

「……自衛隊法、および有事関連法規ではそうなっておりますが」

「海上保安庁設置法では、自衛隊の指揮下には入らないと明記されたままです。そして、我々はこれまで、一度として自衛隊の指揮下での活動を実施する訓練を行った事がありません」


 海上保安庁長官の言葉に、馬場統幕長は困った様子で防衛大臣に視線を送った。

 これは太平洋戦争敗戦後、海上保安庁設立と自衛隊設立の経緯から現在まで続いている確執があってのことなのである。

 元々海上保安庁は、旧日本海軍の人員をもって設立された組織であった。そして海上自衛隊は、その海上保安庁から多数の人員を引き抜いて組織を立ち上げた経緯がある。昭和の頃は、どちらも自分達こそが日本海軍の正当な後継者であると主張し、つのつきあわせる関係であったし、平成に入ってからは、大陸や半島からの船舶の侵入に対して第一線に立ち続けたのは自分達である、という自負が両者にはあった。

 そして、長いこと自衛隊の上部組織は防衛庁であり、海上保安庁と同格とされていたため、互いが互いの風下に立つ気がさらさらなかったというのも大きい。

 海上保安庁設置法の改正は、当の海上保安庁と権限低下を嫌った国土交通省の猛反対があったためいまだに手つかずで、そのツケが今になって回ってきたというわけである。


「これまで共同作業をする訓練をしてこなかったんです、今更付け焼刃でどうこうさせるわけにもゆかないでしょう。海保には、全国の港湾の警備にあたってもらいます。自衛隊には、出来る限り領海外で不審船の発見と対処をお願いします。まずはそれでゆきましょう」

「……国土交通省としても、それで異存はありません」


 馬場統合幕僚長と海上保安庁長官の間に割って入るように、畠山首相が指示を下した。彼の言葉に、自分の頭ごなしに話が進んだことで国土交通大臣は表情を消したが、すぐに考え直したのか首相の言葉に同意するむね返事をした。

 その言葉に畠山首相は目礼で謝意を示すと、あらためて全員に視線をめぐらせた。


「報告では、不審船の日本到着は明日の朝以降になります。とにかく最悪の状況を避けられるよう、関係各所は全力をつくして下さい」



 小笠原諸島東方で不審船の追跡にあたっている護衛艦「やましろ」のCDCで、艦長の村上浩佑1等海佐は、哨戒ヘリから送られてきた不審船の画像を前に市ヶ谷の統合司令部からの指示を待っていた。

 三隻の不審船のうち二隻はスクーナー型の帆船であり、見たところ総トン数は1000トンにも満たない小型船である。ただし、甲板上には先込め式の大砲と思われる武器がいくつか映っており、相手が純粋な民間船とは言い難いことを示していた。

 そして最後の一隻は、総トン数で3千トンにも達していそうな機帆船であり、明らかに多数の火砲を搭載している戦闘艦に見える。


「艦長、統合司令部から入電です」

「読め」

「はい。『発、統合司令官。宛、「やましろ」艦長。内閣総理大臣は本日午前二時をもって防衛出動を発令。任務部隊は不審船対処要項に従いこれに対処せよ。自衛戦闘のための武器の使用を許可する。その上で、不審船の日本領土への上陸阻止を最優先とする。なお、同乗する普通科中隊より各一個小隊を父島と母島に分遣し、同地の警備にあたらせよ。0128』以上です」

「艦長、了解した。これより任務部隊は、不審船対処のための行動に入る。これよりFICで指揮をとる。副長、艦の指揮を預ける」

「副長、これより艦の指揮を預かります」


 村上1佐は、この肝心な時に「やましろ」の指揮から外れざるをえないことに深く憤りを感じたが、それを表情に出すことはしなかった。今の自衛隊に陸海空の統合任務部隊を指揮できる人材は限りなく少なく、自分がその少数の一人であるという自負があったからだ。


「室賀3佐、午前二時をもって防衛出動命令が発令される。市ヶ谷から、父島と母島に一個小隊づつを警備任務のために配置させるよう指示が来た。用意をお願いする」

「了解いたしました。武器の使用については、なんと?」


 FICで中隊の幹部を集めて会議をしていた室賀3佐は、村上1佐の入室と同時に起立し敬礼した。他の陸自隊員らも同時に起立し敬礼する。

 その動きは午前一時を過ぎているとはとても思えないほどきびきびとしたもので、さすがは精強無比をうたう空挺団員だけのことはあると、村上1佐は内心で感心した。


「不審船からの着上陸阻止を第一とし、民間人への被害を出さないことを目標とする。ただし、武器の使用は自衛戦闘の範疇において許可する、とのことだ」

「つまり、相手が先に手を出すまで、こちらからの発砲は許されない、と」

「そうだ」


 自衛隊の発足時、その法体系は警察機構のものであったため、2025年の今になっても交戦規程は軍隊としてのそれではなく、警察組織としての武器使用比例原則が適用される、という不合理がまかり通ったままであった。

 この問題の是正は自衛隊の悲願であったが、常に野党とマスメディアの猛烈な反対運動によって妨害され続けてきた。結局そのツケは、肝心な時に現場で自衛官が血で支払うことになる事が放置され続けている。


「いつも通りですな。問題ありません」

「よろしく頼む。以後、任務部隊司令として、ここで指揮をとる」

「了解いたしました。それでは素案ですが、計画の説明をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「始めてくれ」


 村上1佐は、防衛出動発令と聞いた瞬間に活き活きとしはじめた室賀3佐ら空挺隊員らの様子に、何か珍しい生き物でも見るかのような表情になった。少なくとも、生身で先に攻撃されること前提で任務につくことを望むような趣味は、彼にはない。



 不審船への臨検は、太陽がのぼってから実施することが最初に決まった。

 いくら護衛艦に各種レーダーが搭載され、空挺隊員全員に暗視装置がゆきわたっているとはいっても、暗闇での行動は事故の可能性が高くなるからである。敵の撃破ならば許容されるリスクであるが、あくまで不審船の臨検である以上は事故の防止は当然のことであった。


『CDCより艦長、「さみだれ」より入電、『我、不審船を捕捉、これより警告を実施する。0447』以上です』

「艦長よりCDC、突入班をヘリに搭乗させ発進準備」

『CDC了解』

「司令、突入班A班とB班を出動させます」

「許可する」


 FICで村上1佐は、CDCから入ってくる情報を元に不審船への対処の指揮をとっていた。すでに太陽は東の水平線より昇り始めており、不審船を追跡監視しているSH-60Kが送ってくる画像は鮮明なものになっている。

 「やましろ」に同乗していた空挺隊員のうち、二個小隊はすでにMCH-101Jで父島と母島に輸送されており、ヘリは車両と補給物資を空輸するために往復を繰り返している。

 ちなみに村上1佐は、護衛艦「かげろう」を父島と母島の警備のために残すことを選択した。不審船がこの三隻のみとは考えられない以上、父島と母島の警備のために護衛艦が必要だと判断したためであった。


『CDCより艦長、「さみだれ」不審船と並走、警告を実施しています』


 護衛艦「さみだれ」は、北上する機帆船の西側から後方を回り込むように相手の右舷側に出ると、太陽を背負うような位置で不審船に近づき、停船し臨検を受けるよう警告を行っている。

 突如現れたように見える「さみだれ」に、不審船はパニック状態になっている様子で、船内からわらわらと船員が甲板に飛び出してきてはマストにとりつき帆を広げている。さらには煙突から黒々とした排煙が吐き出されはじめ、どうやら機関も使って航走するするつもりらしい。


「艦長よりCDC、「さみだれ」に警告射撃実施を許可」


 村上1佐の発令からすぐに「さみだれ」は、艦橋前方の76ミリ速射砲を機帆船の進行方向に向け、一発砲弾を発射した。真鍮製の薬莢が砲身下部から排出され、甲板の上を転がる。発射された76ミリ砲弾は、狙いたがわず不審船の前方に着弾し、水柱をあげた。

 煙突からのぼる煤煙がさらに濃さを増す中、機帆船は針路を「さみだれ」に向かって近づくように変えた。

 その動きに相手の攻撃の意思を見たのか、「さみだれ」は警告を繰り返しつつも主砲の照準を不審船に向ける。


『不審船、発砲!』


 不審船は、舷側の十門近い火砲を「さみだれ」に向けて斉射した。立て続けに「さみだれ」の手前に水柱が立ち、甲板上では船員達が武器を手に右舷側へと集まっているのがモニターに映しだされる。


『CDCより艦長、「さみだれ」は自衛戦闘を開始しました』

「艦長、了解。哨戒ヘリの到着まであとどれくらいかかる?」

『CDCより艦長、哨戒ヘリ7号機、現着まであと12分!』

「突入班は上空で待機。「さみだれ」の自衛戦闘が終わって、なお不審船が浮いていたら突入させる」


 不審船が次弾を装填し終える前に「さみだれ」の発射した76ミリ砲弾が右舷に着弾し、盛大に爆炎と破片をまき散らす。

 機帆船は、それでもなお「さみだれ」に近づくのをあきらめず煙突からもくもくと煙を吐き散らかしていたが、三発目が着弾すると同時に船内の火薬に引火したのか、甲板が爆炎とともに吹き飛び、最前列のマストをへし折った。

 そのまま船体のあちこちから火が回りはじめ、船員達が次々と海へと飛び込んでゆく。


「突入班は必要ありませんでしたな」

「隊員を危険にさらさず済んだ。十分な結果だと考える」

「はい、司令」


 FICでモニターを見ていた室賀3佐が残念そうな声色でそうつぶやいたのを、村上1佐は聞き逃さなかった。必要のない危険をおかすことはないはずなのだが、この空挺隊員は違うらしい。海自と陸自の感覚の差が、彼には今一つ把握しきれない気がした。


『CDCより艦長、「さみだれ」溺者救助に入ります』

「艦長、了解。突入班を帰還させろ」

『CDC了解、哨戒ヘリ7号機、帰還させます』


 残り二隻の不審船は撃沈せずに済ませられればよいのだが。

 村上1佐はそう考えたが、木造のスクーナー相手では、搭載している12.7ミリ機銃ですらオーバーキルになりかねない。

 不審船を撃沈したことで査問にかけられることは無いはずだが、野党とマスメディアが声高に騒ぎ立てるだろうことを村上1佐は疑っていなかった。反体制を気取る左派弁護士が、自分を相手に死傷した不審船乗組員の代理人として損害賠償訴訟を起こすところまで簡単に予想できた。なにしろかつて「瀬戸内シージャック事件」では、犯人を射殺した警察官を人権派弁護士が殺人罪で告訴し、マスメディアが彼をつけ回して顔から実名からさらしあげるように報道しまくったことがあったのだ。

 他の護衛艦や巡視船の指揮官らは、自分のように躊躇なく発砲を命令できているのだろうか、村上1佐はそれが心配になった。


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