祈り
晩御飯を食べ終わり、後片付けを済ませるとお風呂に向かった。
洗面所で服を脱ぎ、何気なく洗面台の鏡を覗いた。
パサパサの髪、ハリのない荒れた肌、隈のあった窪んだ目元と酷い容姿をしていたあの地獄の時とは全く違う自分の姿を鏡は映す。
あの時は、現実を映し出す鏡を見る事が嫌だった。
なのに今はどうだ?
何者にも汚されていないかつての自分の姿が鏡の中にいる。
艶のあるストレートの長い髪、ハリのある綺麗な肌、お母さん譲りのぱっちり二重瞼。
顔のパーツをなぞるように触れていく。
「これが……私……」
目、鼻、口、輪郭などのパーツ一つ一つが見慣れた物であって、忘れていた物でもある。
戻ってきて始めて自分の姿を確認して、嬉しさと戸惑いを覚える。
この時の私は勉強ばかりで、この世の中の汚い部分も残酷な所も何も知らない普通の女子だった。
でも今の私は姿形は同じだけど、あの地獄を過ごした記憶がある。
そんな私がこの頃の私と同じように過ごす事ができるだろうか?
答えは否だろう。
沢山の男達に弄ばれて犯された記憶が脳内に深く刻み込まれている。
男に迫られたとして、心では拒否していても体は拒否出来ないかもしれない。
正直、これから先に進む道に不安も恐怖も沢山ある。それらをぬぐい去る事は出来るかは分からない。
でもぬぐい去らなければ復讐なんて到底ムリな話だろう。
私をこんな体にしたあの男が心底憎い。憎いけど、簡単に騙された私にも責任はある。
垢抜けてお洒落で見た目がいいあの男にはもう二度と騙されない。逆に私が騙して罠に嵌める。
そして、
「私が見た地獄以上の地獄をあの男に見せてやるんだ」
鏡に映る自分に言い聞かせるように呟くとお風呂場へと入って行った。
お風呂から出ると、テーブルでスマホをいじるお母さんに「お休み」と言って自室へと入る。
寝支度をするとベットの上に寝そべった。
心も体ももう大丈夫。明日はちゃんと学校に行くつもりだ。
学校なんて何年ぶりだろう。不安はあるけどあの時に疎遠になった友達もいるから実は楽しみにしている私もいる。
このまま寝て大丈夫なのか心配だけど、色々あったからとても疲れてしまった。目を瞑れば直ぐにでも寝てしまいそうだ。
タオルケットを羽織り、祈る
『どうか明日もこの世界で目が覚めますように』と………