言い訳
お母さんが仕事に行き、一人残された私は誰もいないキッチンで後片付けをしていた。
突然こんな信じられない事が起きて、日付も時間も確認していなかった私は、お母さんに「今日は学校休みなさい」と言われて今日が平日だと分かった。
それだけなら良かったが、時間はお母さんの出勤時間ギリギリになっていて、二人して慌ててしまった。
私がこんな状態になった理由なんて分からないのに、時間ギリギリまで側にいてくれたお母さんに感謝しつつも申し訳ない気持ちが苛む。
お陰でいつも用意しているお弁当も準備できず、そのまま家を出て行ってしまった。
節約家のお母さんは外食なんて殆どしない。
お母さんの事だから、「ムダ遣いだわ」とか言って昼食を抜かないか心配になる。
たまの外食も私の誕生日や私に関するお祝い事などがある時だけだ。
お母さんはすごく綺麗なのにお化粧もお洒落も最小限にして、自分の事には全くと言っていいほどお金を使わない。
お父さんが亡くなって十年、三十代後半のお母さんだけど、一緒に歩いていると姉妹だと思われるくらい若々しくて綺麗だからお洒落や趣味など自分の為にもお金を使ってほしい。
お母さんの幸せを願っている私としてはそろそろ次の恋でも見付けてもいいかなとは思うけど、他の人に寄り添うお母さんを思い浮かべるとなんだか少し寂しく感じる。
自分で言っててなんだけどあの地獄から生還できたばかりの私の心情としてはまだ私だけのお母さんでいてほしいかな。
「よし、さっさと終わらそっと」
気合いを入れると晩御飯と明日のお弁当は私が準備しようと心に決め、ちゃっちゃと後片付けを終わらせ部屋に戻った。
部屋に入るとすぐに勉強机に座り、深いタメ息を吐いた。
「私、本当に戻って来たんだ……」
あまりにも現実味が無さすぎてまだ実感が沸かない。
例えばこのまま寝てしまって、目を覚ましたらまたあの地獄に戻っていた、と考えたら怖くなる。
でも私は決めたのだ。あの男には負けないと。
確かにまだまだ怖いし、実際に目の前にあの男が現れたら抵抗出来るか分からないけど、あの男と出会うまで時間はある。色々と準備をして対策を練ればなんとかなると思う。
その間に少しずつ私自身が強くなればいい。
と言うかその前にあの男と出会う大学にいかなければいいだけの話だが、それだと負けた気がするし、復讐したい気持ちがある私としては逃げる事はしたくない。
それに、ずっと目標だったレベルの高いあの大学に行ってお母さんを安心させたいし……
「とりあえずお金よねお金、何をするにもお金が必要だわ」
ここから六年分の記憶がある私なら投資でお金を稼ぐ事が出来る。でも投資する資金がない。
あんな事になる前は大学受験に向け勉強ばかりしていて、お金の事は考えていなかった。大学の学費もお母さんが出してくれたのにあんな事になって大学は中退………
今回はそうならないようにしなきゃいけない。勉強だって六年前だ、多少はやれると思う。なんとかなるだろう……多分。
「まずは、バイトかな」
投資資金を得るためスマホで検索してバイトを探す。
私の戦いは大学入学から始まる。だからそこまで長い期間バイトは出来ない。
日付は八月、出来ても精々三ヶ月、その間にできるだけお金を稼いで残りの時間は受験勉強に回す。やっぱり勉強は少し心配だから。
スマホをスクロールして沢山の求人に目を通すが中々これだと思うバイトが見つからない。
「う~ん、中々いいバイトないなぁ……んっ?」
『時給三千円プラス出来高払い』
私の目に飛び込む高時給のバイトにスクロールする手が止まる。
「キャバクラかぁ……」
それぐらいの時給になると普通の仕事ではなかった。
しかし、風俗を経験している私にしたらキャバクラなんてなんの抵抗もない。でもお母さんに心配かける事になると思うと躊躇ってしまう。
「あと年齢がなぁ」
そう一番のネックは年齢だ。
化粧をすれば誤魔化せるとは思うけど、面接でバレたら不採用になってしまう。
「う~ん悩む……」
画面をキャバクラの求人ページのまま、あーでもないこーでもないと悩み続け「やる」と決意したのはお母さんの帰ってくる二時間前になっていた。
「まずい、お母さん帰ってくる。晩御飯の準備しなきゃ!お昼も食べてないよ」
部屋から出ると急いでキッチンに行って晩御飯の準備を始める。冷蔵庫を確認して材料を確かめる。
「人参、玉ねぎ、じゃがいも……カレーかな?」
材料を見てカレーを作ると決めた私はまず人参の皮を剥き、まな板の上に置いた。
「お母さんになんて言おう……」
と呟き、人参を包丁で切りながらはキャバクラでバイトする為の言い訳を考えていた。
小説の話なので年齢ごまかして夜の世界に飛び込まないでくださいね捕まりますよぉ( ノД`)…