お袋の味
落ち着きを取り戻した私は懐かしいお母さんの匂いを堪能していた。
もう落ち着いている。落ち着いているけど、中々お母さんの胸元から離れられない。
あの地獄でずっと会いたいと願っていた。それが叶ったのだからこうなるのは仕方ないと思う。
高校生の私が幼子のように甘える姿は異様な光景だろう。それでもお母さんは何も言わず私を抱き締めていてくれる。
お母さんの優しさが温もりが私の心を癒していく。
どれくらいの時間をそうしていたのかは分からない。
でも至福とも思える時間は、私の頭を撫でるお母さんが「もう大丈夫ね」と言って離れた事で終わりを告げた。
「………あっ」
「あっじゃないからね、ほら立った立った、ご飯にするよ~」
思わず漏れた声を気にする素振りも見せずお母さんは明るくそう言って私の手を引いて立たせてくれた。
あんな事があっても何も聞かず、至って普通の対応をみせるお母さんにありがたいと思う。
でもその対応は私に対して無関心とか愛情がないとかではなく、ちゃんと私の事を考えての行動だと分かるからなおさらだ。
私は頷くと、お母さんに促される形でテーブルに座った。
◇◇◇◇◇◇
「美味しい、美味しいよお母さん!」
お味噌汁を啜り歓喜の声を上げる。
「大袈裟ね、あっ冷めてるじゃない」
呆れた様子のお母さんは味噌汁を啜るとクスッと笑った。それに釣られるように私も笑う。
テーブルの上に並ぶのは、ご飯に焼き鮭、味噌汁とお母さんの漬けたお新香と至って普通のご飯だ。
でもあの地獄が記憶にある私にとってそれは普通ではなく、特別であって懐かしいお袋の味。
またお母さんの作ったご飯を食べられるなんて夢にも思っていなかった。
ここに住んでいた時は何となく食べていたお母さんの味噌汁が本当に身に染みて、思わず涙が溢れそうになり鼻を啜る。
「本当に、本当に美味しいよ……ズズッ」
「アヤネは泣いちゃうぐらいお味噌汁が好きだったの?」
「そうだよ、お母さんのお味噌汁は最高だから」
「なら毎日お味噌汁作っちゃおっか?」
「お願いします」
何気ない会話、普通の食卓、そんな普通が今の私には心地いい。
あの地獄にいた時にはけして味わえなかったお母さんと二人で過ごすこの幸せな時間をこれからも大切にしていきたいと思う。
「お母さん私、頑張るよ……頑張ってお母さんに楽させてあげるね」
「はいはい、楽しみにしてるからね」
「もぉ適当なんだから、私本気だよ?」
「分かったから早く食べなさい。冷めちゃうわよ?」
「もう冷めてるし……」
「あらそうだったわ」
二人で顔を見合わせるとまた笑い合った。
お母さんを絶対にもう悲しませない。
この幸せを絶対に壊さない。
全てを壊したあの男には絶対に負けない。
そして────
【復讐してやる】
心に強くそう刻み込み、私はお味噌汁を飲み込んだ。