人生の終わり
『鬼沢マサト』
殺したいほど憎み、口にするのすら嫌悪するあの男の名前。
心はあの男を拒絶している。でも快感に溺れた脳が体があの男の存在を否定する事を拒む。
「ねぇマサト……抱いて……」
甘い吐息を吐いてあの男の足元にすがり付く。
「はぁ……またかよ、うざっ」
あの男がそう吐き捨て、足元にすがり付く私を蹴りあげるとスマホを取り出し、どこかに電話を掛ける。
するとすぐにお店のボーイが部屋に入ってきた。
「マサトさんなんすか?」
「なんすかじゃねぇよ、見りゃわかんだろが!」
「はぁ…またっすか?」
心底嫌そうな顔をするボーイは私に蔑んだ目を向けた。
「タダでやれんだから文句言ってんじゃねぇよ!」
「あのですねマサトさん、こいつの穴、ガバっすよ?やっても全然気持ちよくないんすもん」
「それでもやれや!」
「もぉ、分かりましたよ、やりますよやりますから」
投げ槍なボーイはズボンを下ろし、下半身を露出させると私の前に立った。そして「おらぁ股開けやぁぁ!!」と怒声を上げると無理矢理に私の奥へと挿入させた。
その行為に優しさは無く、あるのは面倒、ダルい、うざい等の私を蔑む負の感情だけ……
憎い、壊したい、殺したい、私を犯すボーイも、全てを狂わせたあの男も、この世の全てを消し去りたい。
『何の為に生まれて来たのか?』
何度もイカされながらその言葉が頭を過る。
ボーイに嫌々挿入される様を憎きあの男に蔑んだ目で見られ、尊厳もプライドもズタズタにされているはずなのに興奮してしまう私に、いったいこの先どんな未来があるというのか。
全ての元凶であるあの男と出会わなければ今とは違った人生を歩んでいたのかもしれない。
でもそんな事を考えても後の祭り、私は出会ってしまったのだから………
散々イカされた私が果てると、ボーイはズボンを履いてタバコに火を付けた。
「マサトさん終了っす」
「はいよ、なぁこいつがここに入ってどれくらい経つ?」
「三年ぐらいっすかね?」
「なるほど……」
粗い呼吸で遠くなりそうな意識の中、私の耳にそんな二人の会話が入ってくる。
「ならそろそろいっか、うざったいし回収も終わってんだろ?」
「一応結構稼ぎましたね、それにしてもまたっすか?処理すんの自分すよ」
「それがお前の仕事だろうが!」
「はいはい分かりましたよ、分かりましたからそんなに怒んないで下さいよ」
ぽりぽりと頭を掻くボーイの言葉が合図のように二人が私の側に寄ってくる。
まずボーイが私の脇の所を紐で縛った。すると腕に血管が浮かび上がる。そして浮かび上がった血管目掛けてあの男が注射器を刺し込んだ。
それを見たボーイが紐を緩めると、あの男がゆっくりと打ち込む薬が血管を通り全身を駆け巡る。
どくどくと身体中が鼓動して脳内が一気に快楽で覚醒する。
でもそれは一瞬の出来事で、突然意識が遠退き私の体が痙攣を始めた。目は白目になり、口からは泡を噴いた。
何も見えない。何も考えられない。
これで私の一生は終わるとすぐに悟ったが、この地獄から脱け出せる安堵感からか恐怖はいっさい沸いてこなかった。
「さいならっ!」と軽い口調のあの男の声と、ボーイの吐いたタバコの煙が顔にかかる感触を最後に、私の意識は永遠の闇に堕ちた。