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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.1 恩寵のフロストドール
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#8 赤染の祝杯

 ドラゴン討伐という本来であれば村の存亡をかけるような大仕事は、あっけなく片が付いた。明朝に出立して、昼過ぎには帰還、そして討伐完了の報告。夕暮れ時には村をあげての宴が催されていた。


 一時は村の存続が危ぶまれる事態だっただけに、村人たちの顔は一様に明るい。村の中央広場では酒が振る舞われ、陽気な音楽が奏でられ、皆で喜びを分かち合った。


 村全体が明るい雰囲気に包まれる中、立役者であるはずのキミヒコは行きつけの酒場で一人で酒をあおっていた。


「クソが。どいつもこいつも、ホワイトばかりちやほやしやがって。あの宿の娘なんてひどいもんだぞ」


 キミヒコが一人でいる理由がこれだった。村長やらギルドの支部長やら、それなりの立場の人間はキミヒコに感謝を伝えには来たが、多くの村人たちの対応は冷ややかだった。


 表立って言われることはなかったが、こんなに簡単にできたことを今まで屁理屈を捏ねて先延ばしにしていたことで顰蹙を買ったらしい。とんでもない逆恨みだとキミヒコは思っていた。

 そんなキミヒコの扱いに対し、ホワイトはまさに英雄そのものといった感じで祭り上げられており、それもまたキミヒコには気に食わなかった。特に泊まっている宿の娘のアンナはそれが露骨で腹立たしい。


「いや、そりゃ、しょうがないだろ……。両親の敵討ちしてくれた恩人が、ヒモ男に引っかかってんだから……」


「俺はヒモじゃない! ホワイトは自動人形だぞ。奴の手柄は俺の手柄。つまり、俺こそが真の恩人だろうが」


「えぇ……。あんまり無茶苦茶言うなよ、キミヒコさん。あんまりそういうことは堂々と言わない方がいいと思うぞ」


 所構わずこういう発言を平然とするのが嫌われている一因なのだと、店主がやんわりと指摘するが、キミヒコは納得しない。


「なあ、キミヒコさん。今日はめでたい日で、外では宴が盛り上がってんだしさ。こんな所で一人で飲んでなくてもいいんじゃないか?」


「冷たいこと言うなよ親父。村の連中が薄情すぎるんだよぉ。なんだよ、ヒモ男だの穀潰しだの好き放題に言いやがって。誰のおかげで救われたと思っていやがるんだ、恩知らずどもが」


 そんなことを言われても、といった具合に適当な相槌を続ける店主。

 延々と続くキミヒコの愚痴に疲れた顔で、はあ、とため息をついて葉巻とマッチを取り出す。


「……おいっ!」


 店主の葉巻を見たキミヒコが、声を荒らげてそれを咎めた。


「……ああ、悪い悪い。キミヒコさん、珍しいね。酒はそんなに好きなのに、葉巻が嫌いなんてさ。なにか理由でもあるのかい?」


「……自分でもわからんが、嫌いなものは嫌いなんだよ」


 それだけ言って、仏頂面で酒をあおるキミヒコ。


 葉巻は吸えないし、キミヒコの相手で店は閉められないしで、ほとほと困った様子の店主に裏手の方から誰かからの声がかかる。これ幸いといったふうに、キミヒコに軽く断りを入れてから店主は裏に下がった。


 しばらくして、カウンターまで戻ってきた店主は申し訳なさそうに、だがどこかほっとした様子でこう切り出した。


「あー、すまんね、キミヒコさん。ちょっと呼ばれてるみたいだ。広場の方で酒が足りないんだと」


「えぇ……。ほっとけよそんなの。客を置いていく気か?」


「いや悪いが、蔵の酒を持ってかないと。これも仕事だからさ。ここは貸切で好きに使っていいから」


 そう言って、店主はそそくさと退散する。


 酒の追加注文だったなら、普通は裏口からではなく表から来るだろうに。アルコールの回った頭でもそれくらいは察することのできたキミヒコは、また気分が悪くなった。


 苛立ちを募らせるキミヒコの背後で、扉が開く音がする。


「まったく、どいつもこいつもムカつくぜ。……なあホワイト」


「私はどうも思いませんが」


 扉から入ってきたのはホワイトだった。討伐の際に血と腐臭に塗れたその体は、今はまた真っ白に戻っている。


 キミヒコは無言で自身の隣の椅子を引いて、ポンポンとそこを叩く。それを受けてホワイトもまた、なにも言わずにそこに座った。


「こっちに来たってことは、ひととおり済んだのか」


「済んだと言っても、貴方に言われたとおりに立ってただけですけどね」


 キミヒコと違ってホワイトの下には感謝を告げにくる村人たちがあとをたたなかったため、キミヒコはホワイトにその場への居残りを命じていた。

 村人たちの挨拶やら感謝はひととおり終わったらしい。


「……特に変わったこととかなかったか?」


「変わったことかどうかはわかりませんが、貴方がいなくなってから変な要望を言ってくる人が多かったですね。私だけ村に残ってほしいとかなんとか」


 どうやら引き抜きをかけられていたらしい。

 ホワイトの存在はキミヒコにとって生命線である。とても認められる話ではないのだが、キミヒコは動じない。


「ふうん。で、お前はそれに対してなんて言った?」


「別に、なにも」


 ホワイトの返事に対して、だろうな、とだけ言ってキミヒコは口元を歪める。


 村の連中はこいつのことをなにも理解していない。情に訴えたり、俺の悪口でも吹き込んだのだろうが、そんなことはこの人形には無意味なことだ。案の定、無視をされただけ。ざまあないな。


 自身の人形に袖にされた村人たちを想像して、キミヒコは溜飲を下げる。


「おっと、そうだ。ちょっと座ってろよ」


 そう言ってキミヒコは席を立つ。そのままカウンターの中へ入っていき、棚を物色し始める。


「なにをやっているんですか? 泥棒ですか?」


「泥棒なもんか。普段から俺に対してぼったくり価格で酒を出してるんだから、その補填だよ」


 この酒場に限ったことではないが、キミヒコはこの世界では世間知らずもいいところだったため、公正とはいえない価格で売り買いを行なっていた。


 自身がカモにされている自覚はあったため、ホワイトに盗聴させて他の客にはどんな値段で提供しているのか調べさせたり、外から来た行商人にチップを多めに掴ませてこの国の物価調査を行なったりで、おおよその相場はすでに理解している。


「そのぼったくり価格のままで、飲酒や食事をしていたんですか? 脅すなりなんなりして、安く提供させればいいじゃないですか」


「相変わらず過激だな、お前。ここに滞在している間は波風を立てたくなかったんだよ。ま、こんなクソ田舎とはもうおさらばだから、もはや遠慮は無用ってことさ。……お、このワインはなかなかだな」


 手頃なワインを見つけたキミヒコはそれを持って席に戻る。ついでにワイングラスも二つ拝借してカウンターに並べ、ワインを注いでいく。


「ほら、乾杯だ」


「……私は飲食できないんですけど」


 自身の前に置かれたワイングラスを見ながらホワイトが言う。


「あんまり風情がないこと言うなよ。気分だよ、気分」


 ホワイトが物を食べたり飲んだりができないことはキミヒコも承知していた。いったいどういう原理で動いているのか、補給も休息もこの人形には不要らしかった。


「そういうわけだから、グラスを持てよ」


「……はいはい」


 ホワイトがグラスを持ったのを確認し、乾杯と言ってグラスを合わせる。カチンという音が、静かな店内に響いた。


「んー、まあまあだな」


 拝借したワインを飲みながらキミヒコが勝手な感想を呟く。


 ホワイトはしばらく、グラスに注がれたワインをじっと見つめていたが、キミヒコのグラスが空になるのと同時にグラスに口をつけた。


「……え? お前、飲食できないんじゃ……」


 キミヒコの言うとおりで、ホワイトの体は飲食できる構造ではない。


 口に含んだワインはそのまま、首元の球体関節の隙間から流れ落ちていき、白いドレスを赤く染めた。


「……どうだ? 初めての酒の味は」


「さっぱりわかりません」


「ハハッ、そりゃそうだ」


 ホワイトはドレスに染み込んだワインの赤い染みをペタペタと触っている。その様子を見て、愉快そうにキミヒコは笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] キミヒコより村人達の方がクズですね
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