#5 一つの体に、二つの命
念の為、注意書きを。
本作には残虐かつ非道徳的な表現が含まれます。
ご承知おきください。
クラインたちの直上より投下された謎の物体は、要塞跡の瓦礫の山へと落着した。
衝撃音とともに土煙が舞い上がり、その中でパチンパチンとなにかが外れる音がする。
何の音なのか、クラインにはすぐにわかった。あの白い化け物の拘束具が外れる音だ。
「レミル、逃げろ。あれは俺が相手をする」
「か、閣下……ですが……」
「足手まといだ早く行け! お前がいたって死ぬだけだ!!」
クラインの叱咤と同時、土煙が晴れて、それは姿を現した。
ふわりと風にたなびく白い髪。ヒラヒラと裾が揺れる白いゴシックドレス。そして、血が通っていないかのような白い肌。
真っ白い少女のようなカタチをしたナニカが、金色の瞳をこちらへ向けて佇んでいる。
「クライン卿、御武運を。周囲の警戒とともに、退却用の馬を準備しておきます。……あなた様は、こんなところで死んでいい人間ではない。努々、お忘れなきよう……」
足手まといにしかならない。武官はそれを理解したのか、聞き分けのない従騎士を連れて後退する。
やれやれ。本当は俺も逃げたいが……惚れた女のためなら、仕方ないか。
後退する彼らを横目に、クラインは皮肉げにそんなことを思う。
そうでも思っていないとやっていられない。騎士にそう思わせるまでに、眼前の敵はおぞましい。
一見して美しい少女の容貌をしている。だがあれは少女ではない。人間ですらない。そんなことはあってはならない。
白い化け物の周囲で蠢く魔力の糸が、クラインにそう思わせた。
あまりに非人間的で、生命に対する冒涜感に溢れ、そしてそれを隠そうともしない。クラインが今まで相対した中で最もおぞましい、そんな魔力。
帝国はこんな化け物を、どっから見つけてきやがったんだ……?
冷や汗を流しながらクラインはそんなことを思う。
そのまま武器を構え、待ち受ける姿勢を維持するクラインに、白い敵はゆったりと向かってくる。
コトンコトンと音を立てながら、少女の形をしたナニカは、瓦礫の山を軽やかなステップを踏むようにして降りてくる。
そうして地面まで降り立つと、弾かれたように跳躍。その手に魔力を集中させ、クラインの下へとまっすぐに突っ込んできた。
クラインもまた、その手の両刃剣に魔力を込めて迎撃の構えをとる。
すれ違いざまに、互いの魔力を込めた一閃が交差して、甲高い衝撃音が辺りに響いた。
敵の手刀による攻撃をいなしたクラインだったが、息をつく暇はない。敵はクラインの後ろへ抜けたのちに、すぐさま反転。今度は反対側の手で手刀を放ってくる。
クラインはそれを、背後を取られたまま体の向きを変えることなく、両刃剣の反対側の刃で危なげなく受け止める。
素早いが、対応できないほどではない。
心中でそう冷静に判断するとともに、敵の姿の違和感を目の端で捉える。
今、手刀を放った腕と反対側の腕。本来あるはずの肘から先がない。
感知した魔力の糸の流れ。自身の戦士としての勘。それらを材料にして、クラインは敵の意図を察した。
すぐさま両刃剣を回転させるように振り回し、受け止めていた敵の手刀を振り払う。そしてそのまま、自身の直上より飛来した、敵のもう片腕による攻撃も弾き飛ばした。
敵はバックステップで距離をとり、弾き飛ばされた肘先を魔力の糸を巻き取るようにして回収。そのまま、回収した腕を装着した。
あの関節の形状……こいつ、自動人形か。
取り外された腕を装着する動作を見て、クラインは敵の正体を自動人形だと理解する。そして、この白くおぞましい人形について、クラインには心当たりがあった。
「白い自動人形……聞いたことがあるぞ。人形遣いのキミヒコと悪魔の人形ホワイト、だったか。帝国に雇われたらしいな」
騎士の呟きに、人形は反応しない。意にも介さず攻撃を再開する。
「こんな侵略戦争に手を貸して、なんとも思わないのか? お前の主人はどこにいる?」
攻撃を捌きながらクラインが問いかけるが、人形は答えない。無視して淡々と攻撃を繰り出してくる。
聞く耳持たずか。まあ人形だからな……。
金で雇われた傭兵にこの戦いにおける王国の大義や帝国の非道を訴えたところで、どうしようもない。そのうえ、現在相対しているのは、人語を解するかも怪しい自動人形である。
雇われのうえに、周囲には帝国兵もいないこの状況なら、本音での対話ができないか。そんな淡い期待したが、それは望めそうになかった。
埒が明かないが、どうする? この人形、おそらくまだ本気じゃない。まだ小手調べの段階ということか……。
人形は本体からの無手による直接攻撃に加え、体のパーツを分離させることで、四方八方からの攻撃を織り交ぜてくる。クラインはそれを両刃剣の二つの刀身で器用にいなし続ける。
攻めに転じないのは、人形にはまだ余力がありそうなことが理由だ。攻めっ気を出した途端に、思わぬ反撃をもらう可能性がある。
だが、ここで時間をかけ過ぎれば、暗黒騎士たちの増援が来るかもしれない。そうなればまず命はない。
クラインとてここで果てる気はない。なら、危険を承知でこの実力が未知数の相手に、打って出るしかない。
そう腹を括ったクラインの後方から、刺すような気配が走った。
――殺気……!?
一瞬、クラインは殺気のした方向へと意識を向けた。その先には、先ほどの暗黒騎士が空の上でこちらを見つめている。
いったんは飛び去ったはずなのだが、いつの間にか舞い戻っていたようだ。だがあの暗黒騎士に仕掛けてくる様子は、ない。
クラインがそれに気を取られたのは、ほんの一瞬のこと。だがその一瞬が、大きな隙となった。
瞬時に距離を詰めた人形が、貫手の構えを見せている。
それを察知したクラインは咄嗟に回避しようとするが、間に合わない。人形の貫手が、得物を握る方の腕を捉えた。
肉と骨とが抉れて、鮮血が噴き出す。完全にちぎれたわけではないが、腕先は残された筋繊維と皮とで垂れ下がるばかりで、もはや手としては機能しない。
「腕を一本やったくらいでッ!!」
まんまと陽動に引っかかってしまった自らの不覚をかき消すように、クラインが吠える。
抉られた腕の激痛など歯牙にもかけず、人形に向けて蹴りを放ち、吹き飛ばした。
十分な魔力を込めて放たれたそれは、並の兵士程度なら即死する威力だったが、人形はダメージを負った様子はない。蹴り飛ばされて体はバラバラになったが、すぐさま人型を形成する。
クソッ、硬い……! それに、瞬時にパーツをバラして衝撃を殺されたか……。
両刃剣をちぎれかけの手から反対の手に持ち替え、敵を見やる。
手を血で染めた人形が、再び攻撃の構えをとっている。空の上では、暗黒騎士がこの死闘を観戦している。いざとなれば介入してくるだろう。
絶望的な状況に、騎士は覚悟を決めた。
せめて一撃、肉を切らせて骨を断つ。そう決意して武器を構える。武器を握る手とは反対の腕からは、鮮血がとめどなく流れ落ちるが、止血する余裕はない。
カウンターのため、待ちの態勢に入るクラインだったが、人形は動かない。
なぜ来ない? 失血死を待っているのか……?
クラインが疑問に思っていると、後方から地響きの音が近づいてくるのに気が付く。なんの音なのかはすぐにわかった。騎兵突撃の音だ。
生き残りの騎兵隊が、この場に騎兵突撃をかけにきていた。先頭の従騎士が上空の暗黒騎士に向けて騎射による牽制を行なう。
暗黒騎士の飛竜はひらりと身をかわして、この場を離脱していった。
人形へ向けて突撃していく騎兵たちを横目に、従騎士はクラインの下へと馬を走らせ近づいていく。
「閣下ッ!!」
従騎士の駆る馬に、クラインは腕が使えぬ状態でありながら器用に飛び乗る。
クラインを乗せるや否や、従騎士はこの場を離脱すべく、馬を走らせた。
「この馬鹿ッ! 逃げろって言ったろうが! 自分の身体のことわかってんのか!?」
従騎士を逃すため死すら覚悟したクラインだったが、彼女はその覚悟をことごとく無駄にしてくる。
思う通りに動いてくれない従騎士に、クラインは怒鳴り散らした。
「馬鹿はあなたよ! 王国にはあなたのような騎士が必要で、子供には父親だって必要でしょう!? 勝手に死ぬつもりにならないで!!」
彼女の絶叫じみた返しに、クラインは言葉に詰まる。
本当に身勝手だったのは、自分自身だったかもしれない。
そんなことを思いつきながら、クラインは自身の腕に応急手当てを施す。
片腕かつ馬上でできることなど高が知れているが、布の切れ端で腕を縛り、とりあえずの止血はできた。
そうして疾走を続ける二人の騎馬の下へ、騎兵隊の一人が追いついてくる。
「……一騎だけか。残りはどうした?」
「ぜ、全滅です! 申し訳ありません。足止めすら叶わ――」
騎士の問いかけに、騎兵は最後まで答えられなかった。
飛来した槍、同僚の得物だったであろうそれに貫かれたからだ。槍の威力はその身体を串刺しにするだけにとどまらず、彼の上半身を破裂させ、粉々に飛散させた。
槍が投擲された方を見れば、全身を赤黒く染めた人形が、追い縋ってくるのが確認できた。跳躍を重ねることで、凄まじいスピードで追いかけてくる。
「ば、化け物……!」
「後ろを見るなッ! 前だけ見て、馬を走らせろ!」
人形を見て戦慄する従騎士に、馬の操縦に集中させるためクラインはそう叱咤する。
このままでは逃げきれない。人形の速度は明らかにこちらの馬を上回っている。
そしてさらに悪いことに、上空を舞う黒い影がクラインの目の端に映った。
暗黒騎士が槍をこちらに向け、その穂先に魔力が集中されていくのが見える。
「レミル、避けろ! 上からくるぞッ!!」
クラインが叫ぶのと同時に、暗黒騎士が魔術を放ってきた。
魔力の光弾が三連射され、そのうち二発はクラインの両刃剣により弾かれる。だが、残りの一発は馬の進行方向の地面へと着弾した。
唐突に目の前の地面が破裂したことで、走行中の馬はバランスを崩し転倒。クラインと従騎士は宙へと投げ出された。
クラインは地面に転がり、その衝撃でちぎれかけだった腕が完全にもげた。激痛に呻く間も無く、騎士のその背に怖気が走った。気味の悪いあの人形の糸が、その身に絡みついている。
クラインは立ち上がることなく、腰を地につけたまま無造作に剣を振るった。
いつの間にか、すぐ傍に立っていた人形に向けた攻撃だったが、その刃は易々と片手で受け止められてしまう。
刃を掴んだ側とは反対の手に、魔力が集中されていくのがクラインにわかった。とどめを刺す気だろう。
「閣下から離れろッ!!」
弓を構えながら、従騎士が叫ぶ。
そのまま人形に向け矢を放つが、それが標的に突き刺さることはなかった。あっさりとその手で掴み取られてしまう。続く第二射、第三射も指二本であっさりと止められる。
掴み取った三本の矢に、人形が魔力を込める。従騎士に向け投げ返す気だろう。
「させるかよ……!」
投擲態勢の隙をつき、クラインはすかさず人形を蹴り飛ばした。人形はもんどりを打って、地面を転がっていく。
さてここからどう逃げるか。そう考えながら立ち上がるクラインの目に、剣を構えて人形に追撃を加えようとする従騎士の姿が映った。
「馬鹿やめろ! 無謀だッ!!」
クラインが叫ぶが、従騎士は止まらない。
上段に掲げた剣を振り下ろし、それは人形の頭部に直撃した。
「……え?」
そんな呟きとともに、従騎士の口から血が溢れ出る。
渾身の一撃だったであろう剣の一閃は、人形にかすり傷一つ負わせることができなかった。人形は顔面に刃を受けたまま立ち上がり、従騎士の下腹部を貫手で打ち抜いている。
「レミルッ!!」
クラインが叫び、従騎士の下へと駆けていく。
刃に魔力を纏わせながら近づいてくるクラインへ向けて、人形は従騎士の頭を掴んで盾にするように突き出した。腹部を貫かれた際に臓腑を痛めたのか、その口からは血がとめどなく流れ続けている。
そんな彼女とクラインは目が合った。ゴポリと血を吐き出しながら、何事か口を動かしている。
いったい、何を伝えようとしているのか。口の動きからそれを読み取ろうとしたクラインの腹部に、激痛が走った。
クラインの脇腹に剣が突き刺さっている。従騎士の得物を、彼女を盾にした状態で人形が投擲したようだ。
血を吐きながら、騎士はその場に膝をついた。
そんな状態のクラインを尻目に、人形は従騎士の体を放り投げ、足元へ転がす。
「や、やめろ……やめてくれ……」
クラインの嘆願も虚しく、人形はその小さな足を彼女の首に添え、そのまま踏み躙った。
ゴキリと、骨の折れる音がする。従騎士の体はその音に合わせてビクリと痙攣して、それきり静かになった。
「ゆ、許さねえ、許さねえぞ……。殺してやる……!」
憎悪がクラインの心を支配する。
自身の得物、両刃剣を杖代わりに、震える足でどうにか立ち上がる。
「許さねえ、お前だけは殺してやる、殺して――」
呪詛の言葉は唐突に止まった。騎士の喉元に、矢が突き刺さったからだ。
騎士の口からは漏れ出るのは、もはや憎悪と殺意の言葉ではなく、肺腑から送られる空気とそれに押し出される血糊だけだ。
人形は従騎士から奪った矢筒から、さらに矢を取り出す。
一本、二本、三本、四本。何本も何本も矢を投げつけ、それらは全て騎士の体に突き刺さっていく。
矢筒から取り出された最後の一本。それが、なおも憎悪の視線を発する眼球へと突き刺さり、クラインは地へと倒れ伏した。
◇
帝国軍による王国軍要塞の攻略戦の翌朝。
キミヒコは後詰めの部隊の中にいた。
帝国軍の連中、俺たちにタダ働きをさせやがって……。
馬車に揺られながら、内心でそうこぼす。
昨日の航空隊による空襲作戦の最中、攻撃中の要塞に王国軍の騎士が一人詰めているという報告が入った。それに伴い、キミヒコの下へとホワイトの出撃要請がきた。
帝国軍に雇われたキミヒコたちの仕事は、アマルテア最強と称される騎士オルレアの殺害である。オルレア以外の騎士はターゲットではない。
それゆえ、要塞に詰めている騎士がオルレアである確証を得るまで、ホワイトを差し向けるのを渋っていたキミヒコだったが、結局は帝国軍の要請に折れた。
戦場において特定の個人のみを狙うのは非常に難しい。敵騎士とホワイトが一対一で戦える状況で、もしその騎士がお目当てのオルレアだったなら、自分たちの仕事はあっさり完了となる。こんな戦地になど一秒だっていたくはないキミヒコにとって、その可能性は魅力的だった。
結局は無駄骨ではあったのだが。
「ホワイトが始末した騎士クラインとやらは、王国軍ではどの程度の位ですかね?」
相席のラミーにキミヒコが問いかける。
「騎士クラインは王国騎士の中では最若手ですので……地位は高くはありませんね。それゆえ、単独で要塞に詰めていたのでしょう」
ラミーの返答は、キミヒコをさらにささくれ立たせた。
お目当ての騎士オルレアではなかったにせよ、騎士を討ったのだからキミヒコにはそれなりの報酬が入る。報酬額についてはゴネる気満々だったのだが、下っ端騎士では思うようにはいかないだろう。
「……彼我の兵力差から考えて、王国に騎士を無駄遣いできる余裕はないはずですが。なんで単独であんな要塞にいたんでしょうね」
嫌な思いを振り払うべく、キミヒコは話題を切り替えた。
「ああも一瞬で、要塞が落とされるとは考えていなかったのでしょう。……もう少し踏み入った見方をすると、王国軍……いえ、王国の首脳部の足並みはあまり揃っていないように思えます」
「……この期に及んで、内輪揉めですか? 政治の煽りを受けて、単独でいたと。ふふ……結構なことですね」
王国軍があまりうまくいっていないことを考え、キミヒコはほくそ笑んだ。
敵は無能であれば無能であるほどいい。まして、今回の味方は最強無敵の帝国軍である。今回ばかりはうまくいく。敗勢に巻き込まれる可能性など万に一つもない。
ふと、馬車の中を風が通り抜けた。初夏らしい、夏草の香りがキミヒコの鼻腔をくすぐる。
備え付けの窓を見れば、瓦礫の山となった王国軍の要塞跡が見えた。
「兵どもが夢の跡、か」
「……キミヒコ殿、到着しましたよ」
目の前の景色に、呑気に一句詠んでいるキミヒコに、ラミーが声をかける。
そのまま馬車から降りた二人の下へ、一人の帝国兵が駆け寄ってきた。その顔色は青いが、キミヒコたちを見るなり露骨に安心したような表情をする。
ホワイトめ。相変わらず、融通の利かないヤツだ……。
帝国兵と会話を交わすラミーを横目に、キミヒコはそんなことを思う。
キミヒコがわざわざ前線近くまで来たのは、ホワイトの迎えのためだった。
敵の騎士を始末したまではよかったのだが、ホワイトは帝国軍の呼びかけを完全に無視。騎士の遺体のそばで佇んでいるらしい。
帝国軍は帝国軍で、ホワイトを刺激することを避けるため、近づこうとはしなかった。
おかげで、騎士の遺体を回収する作業のためだけに、こうしてこんな場所までキミヒコは足を運ぶ羽目になっている。
現地の兵から報告を受け終えると、その兵に連れられてキミヒコたちは歩き出した。
道中、敵の騎兵たちの惨殺死体が転がっているのが見えた。考えるまでもなく、下手人はホワイトだろう。死体は皆一様に、恐怖と絶望の表情を浮かべていた。
彼らの表情に目を背けながら、キミヒコは歩く。
そうして歩き続けるうちに、ようやくお目当ての場所が見えた。
距離を取った帝国兵たちに囲まれるようにして、ホワイトと二つの死体がそこにあった。二つの死体のどちらかが騎士のものだろう。ホワイトはその手に生首を持ちながらぼんやりと佇んでいる。
「う……糸が……」
キミヒコと共に、帝国兵たちの間を抜けてホワイトの下へと歩くラミーがそんなことを呟く。
「糸が、どうしました?」
「人形の足元の遺体に、絡みついて、蠢いて……」
魔力の糸が見えないキミヒコにはわからないことだが、どうやらホワイトは足元の死体を気にかけているらしかった。
「ホワイト、ご苦労。よく騎士を始末してくれた」
「ああ、貴方。どうぞ、こちらが騎士の首級です」
「……それは地面に置いておけ」
その手に持つ首級を渡そうとしてくるホワイトに、キミヒコはそう返した。
生首を受け取るのに忌避感があったこともあるが、一番の理由はその形相の凄まじさだった。片目と喉元に矢が突き刺さっているその首は、怒りと憎悪の表情で固まっている。
キミヒコの指示にホワイトは「そうですか」とだけ言って、首級を地面へと放り投げた。騎士の首は、矢が何本も突き刺さり剣山のようになっている体の方へと転がっていった。
ホワイトのこういった遺体への無惨な仕打ちは、いつものことだ。
「貴方、これは死んでますか?」
ホワイトが妙なことを尋ねてくる。
これ、とは足元の女性の死体のことだろう。首がへし折れ明後日の方向に向いているうえに、胸元と下腹部に穴が開いている。
「死んでるに決まってんだろ。人間はな、首がそんな方向に曲がったら、生きていられないんだよ」
呆れたようにキミヒコが言う。
この人形は生死の判断が曖昧だ。それゆえ、死体に対して過剰な追い打ちをかけたりもする。この遺体の損傷のいくつかは、死後に加えられたものだろう。
だが、今日のホワイトの様子はいつもと異なる。キミヒコにはそう感じられた。
「おい、どうしたんだよ? その死体が気になるのか?」
「……貴方、なぜでしょう? ひとつの体の中に、ふたつの命がある。そんなこと、ありますか?」
ホワイトの言葉に、キミヒコは一瞬呆けた。だが、その意味を理解して愕然とする。
この遺体は年若い女性のものだ。その身に、もうひとつ命があったとはつまり、身重だったということか。いったいなぜ、戦場になど出てきたのか。本人も自覚をしていなかったのか。
頭の中でそんな思考が駆け巡り、キミヒコは二の句が継げない。
「そうか。この従騎士の女性は……。恨んでくれるなよ。これは、戦争なんだ……」
ラミーも同様のことを思いついたらしく、やりきれないようにそう言った。
恨むなってのは、無理があるだろ。たとえ戦争で、お互い仕事でやってるからってさ。ま、いまさら何を言っても、すでに死人だ。気にかけても仕方ないことさ……。
地面に転がる騎士の首。恨みに満ちたその表情を眺めながら、キミヒコはそんなことを思った。
「下腹部に穴を開けて、臓腑を抉って、首の骨を砕いて、心臓を抜いて。でも、まだあった。もうひとつ、小さいなにかが。しばらくしてそれも消えましたが、あれはなんでしょうか?」
「……知らなくていい。お前はよくやったよ。俺にわかるのは、それだけだ」
なおも聞いてくるホワイトにそう言って、キミヒコはその頭を優しく撫でた。




