#4 飛来する殺戮ガジェット
帝国本土からヴィアゴル王国へ国境へ抜けた先、日が傾き始めた頃。帝国軍の四騎の竜騎兵が、歪な編隊を組んで飛行していた。
突出して先行するのは猟兵隊の新参者、ミルヒ少佐の駆る一騎。続く一騎が、残りの二騎を先導するような形で飛行している。
最後列の二騎は並行しながら飛行しているが、その飛び方はぎこちない。その二騎がかりで空輸している物体が原因だ。
二騎の先導役の竜騎兵は、その頼りない飛行にヤキモキしていた。
後ろの二騎からは、ひっきりなしにハンドサインが送られてくる。
『モクヒョウ、マダカ、カクニンモトム』
『アトワズカ、ニンムヲケイゾクサレタシ』
何度目かわからないような後ろからの確認に、これまた何度目かわからないようなサインを返す。
まったく無駄なやりとりに辟易するが、先導役としても後ろの竜騎兵たちの気持ちはわからないではなかった。
クソッ! 特科大隊の連中、本当に魔術封印を施したんだろうな? 全然効果がないじゃないか……!
先導役の竜騎兵は、心中で悪態をつく。
彼の後ろの二騎が運んでいる荷物は、二匹の飛竜により鉄鎖で吊り下げられるようにして空輸されている。
鉄鎖の長さはかなりのもの。加えて積荷には、帝国軍の魔導兵たちによる厳重な魔術封印が施されている。
にもかかわらず、積荷からはおぞましい魔力の糸が這い出て、竜騎兵たちの近くまで寄ってきて蠢いていた。
早くこの積荷から離れたい。
人として当然の気持ちを抱えながらも、兵士としての職務をまっとうすべく、彼らは飛び続ける。
そうすることしばらく。
ようやく、彼らが待ち望んだ目標地点が見えてきた。
先導役の竜騎兵がホッと息をつこうとすると、先頭を飛んでいたミルヒの飛竜がふわりと身を翻す。
卓越した騎乗技術により、彼女はあっという間に、互いの声が届く位置まで飛竜を寄せて並走させた。
「私が先行して、ターゲットの足を潰す! 貴様らは航行速度を堅持しつつ、任務を遂行しろ!!」
「ハッ! 了解であります! 少佐殿、御武運を!!」
互いに声を張り上げ、それだけのやりとりを交わす。
その後、ミルヒは彼女の言葉どおりに、単騎で駆けていく。自らの飛竜に魔力強化を施すことで加速をかけ、たちまちのうちにこの編隊から離れていった。
あの少佐、単騎で対地攻撃をやる気か。よそ者だって話だが、大した腕前だ。猟兵隊じゃなくて、航空隊に本籍を置いてほしいもんだな……。
同じ竜騎兵として、ミルヒの騎乗技術に感嘆するが、そうしてばかりもいられない。残された三騎編隊の先導役としての務めを、彼は果たさなければならなかった。
とりあえずは、不安を抱えて飛ぶ、後ろの二騎をなだめるべきだろう。この嫌な任務の終わりが近いことを、後方に向けて手振り信号で彼は伝え始めた。
◇
クラインの下へと帰ってきた騎兵からの報告は、絶望的なものだった。
帝国軍の数、速度、そして質。それら全てが王国軍の想定を上回っている。
特に質については最悪だった。
「暗黒騎士もいたか。まあ当然、そうだろうな」
クラインがぼやく。その声には諦観の色が見え隠れする。
「確認できた暗黒騎士は七人。まだいる可能性もあります」
「こちらの騎兵を、さんざんに殺してくれたのが、その七人か」
武官の意見に、クラインはそう返した。
偵察に出した騎兵隊の損耗は激しかった。
敵主力の位置を掴んだまではいいが、深入りしすぎたところを、暗黒騎士の集団による攻撃を受けてしまったらしい。
誘い込まれたのだろう。帝国軍に一杯食わされたということだ。
騎兵たちは命からがら、情報を伝えに来てくれたものの、それすら敵の手の内という可能性もある。
「クライン卿。あなた様といえど、この人数差ではとても……」
「そうだな。オルレア卿なら、七対一でもいい勝負はできるだろうが……さすがに、な」
帝国軍猟兵隊、暗黒騎士と呼ばれる帝国軍の戦士たち。
アマルテアにおける騎士文化からは著しく外れた存在のため、あんなものは騎士ではないと言う者もいる。だが、クラインは彼らを騎士と同等の戦力であると認めていた。
司令を兼ねることの多い騎士と異なり、彼らは純粋に戦力として運用される。部隊単位で集中運用されるのが基本であり、多対一に持ち込まれればクライン一人ではどうにもならない。
「噂に聞く、斬首作戦で来る可能性もあるな」
クラインが言う。
帝国軍の十八番、斬首作戦は有名だった。このヴィアゴル王国でも噂となるほどに。
暗黒騎士たちにより編成された部隊を敵の勢力圏に浸透させ、司令部を直撃。暗殺じみたやり口で敵騎士を始末したあとは、混乱する敵部隊に本隊を差し向けて蹂躙する。
この戦術は帝国が抱える各地の戦線で猛威をふるい、数多の騎士たちが葬られてきた。
「斬首作戦で来るのだとしたら、もう猶予はありません。クライン卿、今すぐにでもここから脱してください。あとのことは私が引き継ぎます」
武官はそう提言するが、クラインは即断できなかった。
帝国軍の行軍は速い、異常なほどに。嵐が来ようが雪が降ろうが、平然と進んでくるという話を、クラインは聞いたことがあった。
このままでは、後方の都市まで転進部隊が捕捉されずに行けるかどうかは微妙なところだ。
しかし、少なくとも騎士である自分がここにいれば、敵の意識はこちらに向くだろう。そうすれば、転進中の部隊はより安全となる。
悩むクラインだったが、その悩みはすぐさま無用のものとなった。
「クライン卿!! 敵竜騎兵です……!」
兵の一人が、そう叫ぶ。
見れば、赤焼け空を駆ける黒い影が確認できた。
「もう日が傾いているのに、よくも飛ばしてくる」
うんざりしたようにクラインが呟く。
飛来した竜騎兵は、どうやら爆撃装備ではないようだった。先行する一騎には、特徴的な漆黒の鎧を纏った騎手の姿が見える。
「暗黒騎士か! 対空迎撃!!」
クラインが叫ぶと同時、その竜騎兵は急降下を開始。単騎でクラインの下へと突っ込んでくる。
この場にいる殿軍部隊が対空攻撃を乱射するが、敵の竜騎兵にはかすりもしない。華麗な回避機動を行なうたび、漆黒の兜から漏れ出た赤髪がたなびいている。
暗黒騎士め、来るなら来い……サシでなら負けるものかよ……!
クラインが自身の得物、両刃剣を構える。
応じるようにして、暗黒騎士もその手に槍を掲げた。穂先の十文字の刃までもが黒い、漆黒の騎士武装だ。
跳躍して斬りつけようと、クラインは両足に魔力を込める。だがクラインが地を蹴る直前、暗黒騎士は急旋回し明後日の方向へと飛んでいった。
「……っ! しまった!!」
進行方向から、あの暗黒騎士の狙いをクラインは察したが、どうにもならない。
暗黒騎士の飛竜が、地上すれすれまで高度を下げるのが見え、それと同時にけたたましい咆哮が響き渡った。
グリフォンの絶命の叫びだ。
なぜグリフォンを狙ったのか。クラインにはその理由はすぐに見当がついた。
この身を逃さず、始末するためだろう。
「警戒線を厚くしろ。暗黒騎士どもが来るぞ。俺の首を狙いにな」
「了解です。それから、馬を準備させます。クライン卿は早急に退却を」
この期に及んで死地に残ろうとする騎士に、側仕えの武官が業を煮やして逃がすための足を準備しようとする。
クラインがそれに返事をする前に、聞こえてはならない声が彼の耳に響いた。
普段ならいつまでも聞いていたくなる、クラインの好きな声だ。だが、今この時にあっては聞きたくない、そんな声。
「閣下! ただいま戻りました! 状況は――」
「なぜ戻ってきた!? 命令違反だぞ!」
転進部隊を任せ、そのまま後方に送ったはずの従騎士が、再びこの死地に戻ってきた。クラインの身を案じてのことではあろうが、彼としてはそのまま逃げ延びてほしかった。
「部隊の退却はおおむね完了しました。……わ、私は閣下の従騎士です。傍に控えるのが、当然のことです」
騎士の詰問に、従騎士はしどろもどろになりながらもそう返す。
どうする? グリフォンはもういない。暗黒騎士の部隊は、必ずどこかで襲撃をかけてくる。こいつだけ先行して後方に下げるわけにはいかない。だが……。
王国軍人としての使命、騎士のプライド、そして愛する女性を守りたいという思い。
そうした考えが頭の中でゴチャ混ぜになり、騎士の思考をかき乱す。
だが、いつまでもそうはしていられない。すぐさまにクラインは思考を切り替える。
従騎士は仕事には忠実だ。部隊の退却はもう確実なのだろう。本来であれば、彼女もそのまま最後まで退却して欲しかったのだが、それについてはもう考えない。
ならばできることはもう、逃げることだけだ。彼女を含め、居残り部隊全員でどうにか逃げ延びる。
「転進中の部隊がもう大丈夫なら、早急に退却するぞ。お前は――」
退却指示を出し終える前に、騎士の言葉が止まった。
おぞましい気配がその背を伝い、弾かれたように空を見上げる。
その目に映るのは、夕焼け空を飛ぶ、帝国軍竜騎兵の三騎編隊。それは、奇妙な編隊だった。
先導するように、一騎が前を駆け、後続の二騎が鉄鎖でなにかを吊り下げながら飛んでいる。
二騎がかりで、吊り下げられたなにか。
それは、十字架のようだった。十字架の両端に鉄鎖が括り付けられ、宙に吊るされている。そして、そこには白い人型のナニカが磔にされていた。
白い人型は遠目からもわかるほどに厳重な魔術封印が施され、拘束具で管巻きにされている。
「な、なんだ……あの、化け物は……」
クラインが呆然と呟くと同時、王国軍の部隊の直上まで到達した敵の編隊から、それは投下された。




