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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.1 恩寵のフロストドール
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#7 ドラゴン退治へ

 ドラゴン退治へ向かう日の朝、キミヒコはホワイトと共にクリスとの待ち合わせ場所にいた。


「……そんな装備で大丈夫か?」


「大丈夫じゃない。大丈夫じゃないが、これしかないんだから仕方ないだろ。ホワイトに全部任せる予定だったから、装備の用意なんてしてなかったんだよ」


「ハンターになろうってのに、それはどうなんだ……」


 会うなり、クリスがキミヒコの装備に苦言を呈する。


 キミヒコの格好はこの世界の標準的な旅装束だ。旅をするには十分だが、未開の森を踏破しようとするには、いささか心許ない格好である。


 ちなみに、この世界に来たときに着ていたジャージやスニーカーは、村に来た行商人の下で衣服を買う際に下取りに出していてすでにない。

 ナイロンなどの素材はこの世界にはないため出すところに出せばいい値段にはなりそうだったが、そういったツテもないうえに、この世界では目立つ装いだったため、キミヒコはさっさと手放していた。


「まあ、心配するな。これより悲惨な装備で森を彷徨ったこともあるが、結局はなんとかなった。なあホワイト」


 水も食料もなく、安物のスニーカーで森を歩いてこのシノーペ村までたどり着くことができたのだから、今回だってなんとかなる。


 そう自分に言い聞かせて、キミヒコは心の安寧を図る。


「なんとかなったのではなく、私がなんとかしたんですが」


「わかってる。今回も任せたぞ。頼りにしてるからな」


「ええ、任されました。まあ、ドラゴンだけなら特に問題ありません」


 ドラゴンだけなら。そう言うホワイトは相変わらず、キミヒコとクリスの間に佇んでいる。昨日と同じ、キミヒコをクリスから守るような位置どりだ。


 この人形はクリスのことを警戒しているようだった。

 キミヒコとしては庇おうとしてくれるのは心強いが、おかげでクリスの腰が引けてしまっている。


「なあ、その人形、大丈夫? 大丈夫だよな?」


 不安気にクリスが言う。

 無論、ドラゴンを倒せるかどうかという話ではなく、クリスの身の安全の話だ。


「大丈夫だって、大袈裟だな。しっかり言い聞かせてあるよ。……わかってるな、ホワイト」


「はいはい、何度も言わずとも大丈夫です。そこのハンターは味方だって話ですよね」


 ホワイトの調子は昨日からなので、クリスにどうにかしてくれとキミヒコは頼まれ、一応釘を刺していた。

 もっとも、クリスを警戒するホワイトもホワイトを恐れるクリスも、両方とも心配性だなと思うくらいで、それほど深刻には考えていない。


「……わかった。じゃあ出発するか。ギルドの斥候でおおよその巣の位置はわかっているから、特に問題がなければ今日中にケリをつけよう。念の為、もう一度言っておくが、俺はあくまであんたらの実力の監査で同行するだけだ。キミヒコの護衛はするが、ドラゴンを仕留めるのは完全に任せるからな」


 クリスが言った。


「ああ、それで問題ないよ。さっさと終わらせて、さっさと帰ろう」


 昨日の打ち合わせで確認した内容なので、特に言うこともなく同意するキミヒコ。

 それ以上、打ち合わせることもなく、二人と一体はそのまま、森へ向けて出発することとなった。



 森の中を進み、時刻は正午くらいにキミヒコたちはお目当ての場所と標的を発見した。


「あれがドラゴンの巣か。……案外、すんなりと見つかったな」


 キミヒコの双眼鏡越しの視線の先にドラゴンの巣はあった。一見して鳥の巣のようであるが、その材料は木の枝ではなく、木の幹がそのまま使われている。材料となったであろう周囲の木はへし折られ、巣の周りは拓けていた。


 そして巣の上にはドラゴンがいる。微動だにしないが、眠っているのだろうか。


「普通はこうはいかない。探知もこれだけできるとか、その人形、本当にどうかしてるよ……。その糸は正直気持ち悪いから、村ではやめてほしいんだが」


 キミヒコの隣でクリスが言う。

 今回の捜索ではホワイトの魔力の糸が役に立った。シノーペ村でも張り巡らして情報収集に役立てていたが、森の中でもその能力を遺憾無く発揮した。


 村ではハンターになるべく感知されないように、細く絞って使用していたようだが、クリスにはきっちりバレていたらしい。他のハンターに比べて実力の高さがうかがえる話だ。


「じゃあ、目標は目視で発見できたわけだし、いったん俺たちは離れて、あとはこいつに任せよう」


「……その人形の戦いぶりも観察したい。もう少し近づこう」


「えぇ……。巻き込まれたら危ないし、もっと離れようぜ」


「……駄目だ。これも仕事でな。諦めてくれ」


 ホワイトのことを心底恐れているらしいのに、クリスは頑なだった。


「ギルドの仕事って言ったって、そこまで必要か? 俺は魔獣使いだぞ。直接戦わないのに、間近で確認しなくてもよくないか。結果としてドラゴンさえ退治できればいいんだからさ。クリスだってこいつの強さはわかってるだろうに」


「……それはそうだが、そういう仕事なんだよ。監査ってのはさ」


 クリスはどちらかといえば柔軟に対応するタイプだとキミヒコは思っていたが、仕事においてはかなり頑固な男らしいと認識を改める。


 金に対して誠実なのか、ハンターという仕事に忠実なのかは判断できない。前者であった方が付き合いやすいなとキミヒコは考えた。


「仕方ないな……。ホワイト、もう少し近くて安全に観戦できる場所はあるか?」


「ん、案内します」


 気乗りはしないが致し方ないと、キミヒコはホワイトに指示を出して、移動を開始する。


「ここなら問題ないな? クリス」


「ああ、十分だ。手間をかけたな」


 ホワイトに案内された場所は、ドラゴンからほどほどに離れた岩場の陰だった。

 無事に気が付かれることなく移動できたようで、ドラゴンは相変わらず微動だにしない。


「よし、それじゃ、あとは任せたぞ、ホワイト」


「任されました。では、行ってきます」


 そう言って、ホワイトがドラゴンの下へと向かっていく。ホワイトが移動すると同時に、なぜかクリスがビクリと身を震わせキミヒコから距離を取った。


「どうした?」


「糸が……。いや、なんでもない」


「顔色悪いぞ、大丈夫か? ドラゴンがこっちに来たら、ちゃんと守ってくれよ」


「それはしっかりやるから安心しろ。無用な心配だろうがな。……始まったらしいぞ」


 クリスの言ったとおり、ホワイトが戦闘を開始したらしい。ドラゴンの咆哮があたりに響き渡った。

 キミヒコはその戦いを黙って観戦していたが、それは戦いと呼ぶにはあまりに一方的だった。個体差によるものなのか、弱っていたのか、今回のドラゴンは前回遭遇したものと比べて明らかに弱かった。


 巣の上からは動かずに、噛みつこうとしたり尻尾を振り回して攻撃するが、素早く飛び回るホワイトには擦りもしない。逆に手刀による攻撃を受けて、鮮血を迸らせる。ホワイトの手刀はドラゴンの鱗を簡単に切り裂き、その巨大な体躯をズタズタにしていく。


「あのドラゴン、前のより弱いな」


 なぶり殺しとも言える目の前の惨状に、キミヒコが呟く。


「……弱っているらしいな。とはいえ、ドラゴンはドラゴンだ。それがああも一方的にやられるなんて、あの人形は……」


 ホワイトの戦いを食い入るように見つめるクリスがキミヒコの呟きにそう返した。


 そうこうしているうちに、ドラゴンの首が切り落とされ戦いは終わった。


「おお、あっさり終わったな。よかったよかった」


「……」


 安堵するキミヒコだったが、クリスは返事もせずに険しい目をして目の前の光景を眺めている。


「……どうした?」


「ん、いや、すまない。あんまりにあんまりな強さだったから……」


 クリスの言葉にそういうものかと納得しつつも、どこか違和感を覚える。

 とはいえ、特にそれを追及する意味も見出せず、キミヒコはそうかと短く呟くに留め、ホワイトの下へと向かうことにした。


 キミヒコたちが現場に到着したが、ホワイトはいまだにドラゴンの骸を痛めつけていた。凄惨な光景だが、さすがに二回目ともなるとキミヒコもそこまで驚かない。


 呆れたようにホワイトに声をかける。


「こらこら、もう死んでんだろ。汚いからもうやめろよな」


 死体から臓腑を引きずり出そうとしていたホワイトが、キミヒコの言葉を受けて動きを止める。


「そうですか? よくわからないんですよね、そういうの」


 血と体液塗れの人形がキミヒコの声に反応して、その陰惨な行為をようやく停止した。


「じゃあ、残りも始末しますか」


「は? 残り?」


 キミヒコの疑問の声に答えずに、ホワイトはドラゴンの骸をひっくり返す。死体は地響きを立てて、巣の外へと転がった。


「あー、なるほど。なぶり殺しにあってんのに、巣から動かずにいたのはそういうわけね」


 巣にはドラゴンの子供たちがいた。子供と言ってもそこはドラゴン、キミヒコよりもすでに大きい。

 母親か父親か知らないが、自分たちを守るために死んだ親ドラゴンの骸に向かって、キュイキュイと悲しげな鳴き声をあげている。弱っていたのも、この場を離れられずに餌を取れなかったのだろう。獲物を捕ってきてくれたであろうつがいの片割れは、もういない。


 その姿を見て、一瞬不憫に思ったキミヒコだったが、ホワイトを止めることはなかった。

 事前にそうすると決めていたことでもあるし、自身の足元に転がっているものに気がついたからでもある。


 足元には食い散らかされた骨が散乱していた。バラバラになっているうえに様々な動物の骨が入り混じっているが、その中に人間の頭蓋骨もあった。ドラゴンに攫われた、村人たちの末路だろう。


 しょせん、食うか食われるか、殺すか殺されるかなのだ。可哀想だとかそんな動物愛護の精神が通用するような世界ではない。

 改めて、キミヒコはそう認識する。


 そうして、ドラゴンは親子共々、人形によって殺し尽くされ、キミヒコの仕事は完了となった。

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